親友ポジション

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ステージ2

幼なじみちゃん

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 渋谷についた。相変わらずの人の多さ。視線が気になる。
 元々見られるのには慣れてないし、人と話すのも得意じゃない。許されるなら一生引きこもっていたいくらいだ。さすがにそんな親不孝なことはしないけど。
 
「何背中丸めて歩いてんだよ、冬夜」
 
 ピシッと背中を叩かれた。やめてくれ。よけい注目される。
 
「やめてください、あまり見られたくない」
「……何、もしかして人の視線が気になる?」
 
 声を出せなくなって頷くと、真山くんは呆れたように肩を竦めてみせた。
 
「みんなそこまで気にしちゃいないさ。人混みの中で一人一人の顔をチェックしてる奴なんてそうはいない。大体お前、見られるほど目立たないだろ」
 
 それはわかってる。でも気になるんだ。
 
「オレにしたってさ、誰もが振り返る美形ってほどじゃないし。ほら、顔を上げてみろって。こっちを見ている奴は、どれくらいいる?」
 
 真山くんが俺の顔を覗き込んで笑う。顔を上げれば目に飛び込んでくる人の波。
 それはたまたまかもしれない。でも、その時見た限りでは、こちらを見ている人は誰もいなかった。
 
「誰か見てたか?」
「……誰も」
「だろ? そりゃ、たまには目があってしまうこともあるかもしれないが、明日になれば今日見た顔なんてすぐ忘れる」
 
 理屈じゃそれはわかってる。外へでる時は何度も自分に言い聞かせてきた言葉だ。
 だからそう言われたからって何がどうなる訳でもないんだけど……。
 俺は、人にそう言われたのは初めてだった。そのせいか、なんだか凄く、安心してしまった。
 自分が思うことに賛同してくれる相手がいるというだけでこんなにも落ち着けるものなんだ。
 これなら服を買いに行くミッションも、思うよりは楽にこなせるかもしれない。
 ただ、俺は三次元には興味がないからな……。モテたいと思っている奴にとっては真山くんの行動は願ったりかなったりなんだろうけど、俺にとってはやっぱりよけいなことでしかないや。
 それよりも開き直ってみれば、真山くんのことが気になって仕方ない。
 
「ところで、やたら町に詳しいのはどうして? そんな細かいところまでプログラムされているものですか?」
 
 真山くんは明らかに、町の構造をわかって歩いているような感じだった。
 ゲームを作ったのは引きこもりだったと言っていたし、そういう店にまで詳しいとも思えない。
 
「うーん……。そういう細かいところは、多分適当に補正がかかってるんじゃないかな。オレ、お前の家から駅までの道も知ってた気がするし……」
 
 真山くんが少し考え込んで。
 
「ってか、実際のとこさ、オレにもあまりよくわかってないんだよなー」
 
 それから楽しそうに、そう笑った。
 それって、明るく笑って言えるようなことなのか? それって……なんか……。
 
「お、あの店あの店。それじゃ、ささっと買って帰ろうぜ」
「え……?」
「ん? 何?」
「いや、なんというか……。もっと連れ回されると思ってたから」
「オレはそんなスパルタしないよー。まだ今の冬夜には、それはハードルが高いよな。なっ? だから今日は、オレの見立てで服を買うだけ。オーケー?」
「お、オーケー……」
 
 強引な割りには俺のことちゃんと考えてくれてるんだな……。とか、ほだされたらダメだ、俺。
 三次元には興味がないって言ってるのに、無理矢理ハッピーエンドを迎えさせようとしているような男なんだからな。
 それにしてもクセなのかわざとなのか、身体を屈めて下から顔を覗き込んでくるのはやめてほしい。なんだか凄く、気恥ずかしいし。
 
「あの、下から顔を覗き込んでくるの、やめてくれませんか」
「だってお前、常に俯きがちなんだもん。覗きこまれるのヤなら、ちゃんと前を向いて歩くこと。オーケー?」
 
 今度は、オーケーと返せなかった。 




 店に入って、聞きたくもない店員のお世辞を聞きながら、真山くんのお勧めを購入させられる。
 どんな派手なのを選ばれるかと不安だったけど、割りと普通……というか、今俺が着ているのと大差ない。
 なのに、着てみると確かにバランスがいいというか、センスがいいのがわかる。
 でも、やっぱり財布には大打撃だった。
 長時間居座ることもなく、本当に買い物だけって感じ。
 それもそうか。デートって訳じゃないし、男同士の買い物なんてこんなものなのかもしれない。かと言って、女の子と買い物に来たこともないけど。
 紙袋を手に店を出ると、真山くんがニヤニヤと笑いながら話かけてきた。
 
「オレが着てるみたいな服買わされるかと思ってたろ」
 
 どうやら、よほど顔に出ていたらしい。
 
「うん、まともなのでホッとした」
「冬夜はこのままな感じで、小綺麗にしたほうがいいと思ったんだ。でも、簡単なアクセサリーならつけるのもいいかもな。コンタクトにするとか」
「コンタクトは少し怖い。そこまで悪くないし、メガネで充分だ」
「目の中に異物入れるもんなあ。冬夜が嫌なら仕方ないな」
 
 思ったよりあっさりと引いてくれた。もっとしつこく言ってくるかと思ったのに……。
 
「冬夜!」
 
 拍子抜けしつつ前を向いた瞬間、昔はよく聞いていた声が雑踏の中、耳に響きわたる。真山くんとは違う高い声。耳障りだ。腹の奥がムカムカした。
 俺の名前を呼んでいるから聞き間違えということもないし、何より後ろから手を引かれた。俺は思いきりそれを振り払った。
 なんで声なんて、かけてくるんだ……。特に、真山くんには見られたくなかった。
 ターゲットにするって、絶対言い出すだろうこともわかるし。こいつとは、ありえないのに。
 
「あ、ヒッドーイ。女の子の手振り払うなんて! 見慣れない美形連れてるから、数年ぶりに声かけてあげたのに」
「何? 冬夜の彼女? カワイイじゃん」
 
 そんなはずないってわかってるくせに、真山くんがそんなことを言う。
 でも、これが友人として一番無難な反応か。
 
「アタシ、こいつの幼なじみでユカっていいます。かっこいいですねー!」
「そう? ありがと。冬夜、こんな可愛い幼なじみがいるなんて聞いてないぞ~」
 
 からかうようなちょっと怒ったような真山くんの言葉は半ば本気だ。女性関係教えろみたいなこと言ってたけど、こいつの名前は出さなかったし。
 ああ、本当に……最悪だ。
 
「……っ、そんなことどうでもいいだろ! もう行こう」
「えっ……ちょっ、おい!」
 
 気づけば俺は、真山くんの手を引いて駆けだしていた。
 休日の渋谷だ。いろんな人にぶつかる。歩くというより流されるようなこの人の波の中を走っているんだから、それも当然。
 信じられない。俺に、あんなことをしたくせに、なんで普通の顔して話しかけられるんだ。これだから三次元の女は信用できない。 
 ある程度走って裏通りへ出ると、ようやく人の波が途切れ出す。そして、連れ回してしまった真山くんより先に、俺の体力が尽きた。情けない。
 無理矢理引っ張ってきて、さすがの真山くんも怒っているだろうかと後ろを見ると、笑っていた。
 
「な……に、笑ってるんですか」
「だって、ハハッ……冬夜が女の子から逃げてるなんてさあ」
 
 確かに俺と現実の女の子って組み合わせは、おかしな感じがするのかもしれない。自分でもそうだ。
 怒るよりは、笑ってくれていたほうがまだいい。笑い話になるほうが、救われた感じがするから。
 まあ、息が切れてて笑う余裕もない訳だけど。
 
「それで、さっきの女の子と何かあった?」
「……何、見たんですか? 好感度……」
「見るまでもないだろ。お前のあの様子見たら、誰だって普通、何かあったんだろうって思う」
 
 自分の行動を思い返して、頬に熱がたまっていく。
 外は身を切るような寒さなのに、走ったせいか身体も熱いし……。
 
「ずいぶん感情的になってた」
 
 熱くなった頬を撫でられる。真山くんの手は冷たい。無機質な固さは指輪があたっているからだろう。
 言われた通り、ずいぶん感情的な行動をしてしまった。恥ずかしい。
 しかもよくみたら、片手は繋ぎっぱなしでもう片方の真山くんの手は俺の顔にあてられてるって、これどんなラブシーンだよ、男同士で。
 今度こそ周りからの視線を欲しいままにしていたのに気づいて、慌てて手を振り払った。
 
「アンタには関係ないだろッ」
「あるだろ。おおいにあるね。まあ、それは帰りにミスドでも寄ってゆっくり話してもらうとして……」
 
 真山くんは俺の隣に並んで、駅へ向かって歩き出す。俺も、それに倣う。もうさっさとこの人混みを抜けたい。
 ……でもなんだろうな。人混みの中連れ回されて、そのせいで会いたくない奴に会ってしまって服まで買わされて。しかもこれからミスドへ行って奢らされるのも確定。
 なのになんか、楽しいとか、こうして話すのも出かけるのも悪くないとか思ってしまう。
 はたから見たら、友人には見えないくらい、でこぼこなんだろうけど……。
 
「オレ甘い物結構好きなんだよね。冬夜は?」
「嫌いじゃない」
「幼女は?」
「好……って、何言わせるんだ、馬鹿っ!」
「いいじゃねーの、素直で」
 
 真山くんは言葉通り、ミスドへつくまではさっきの話題を出さないでくれた。
 ついたらきっと聞かれるんだろうけど。でも、少し時間を開けることで心の整理ができてくる。
 俺にとってはあまり話したくはない事柄だ。でも、彼になら話してもいいかと思い始めている俺がいる。
 話せば……ユカとくっつけようなんてそんな気は、起こさないでくれるだろうとも思った。
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