親友ポジション

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ステージ2

『理想』の親友

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「で、何があったんだよ。ユカちゃんと」
 
 確かにミスドにつくまでは聞かないと言っていたよ。
 でもな、ついて早々聞くってのもどうかと思うんだよ。
 まあ、もう話す気でいたからいいんだけどさ。
 それにしても男二人でミスドっていうのもな……。ゲームの中の女の子とは何度も食べにきてるけど、これはまた新しいパターンだ。
 俺はハニーディップを一口かじって、溜息をついた。
 
「よくある話ですよ。俺は小学校の頃、あいつのことが好きだった。ラブレターを出した、クラスの女子に回し読みされて馬鹿にされ、黒板に貼られたっていう」
 
 今思うと、どうして好きだったのかわからない。ハッピーエンドの約束されてない現実なんて、つまらないし、くだらないのに。
 こういった話を出せば多少の同情は買えるだろうが、別に同情してほしいわけじゃない。勝手にしてくれ。
 
「よかった。小さな頃から二次元にしか興味がなかった訳じゃないんだな」
 
 しかしこの反応は想定外だった。
 
「当たり前だ。それにギャルゲーをやりだしたのは、小学校四年からです」
「はええよ、それでも。エロは大学生になってからだろ!」
「……全年齢のだっていっぱい出てる」
 
 高校へ上がる頃にはエロ系もそれなりにやっていたが、もう時効だと思いたい。
 十八歳まで一切のエロ本を読んだことがない奴なんて、それこそ見てみたいもんだ。
 
「それがきっかけで、生身の女には興味がなくなったと」
「逆です」
「逆?」
「そう。現実なんてくだらないって、気付いただけ。でも傷つけられたのは確かだし、俺はあいつが嫌いだ。だから、あいつと恋愛関係になるなんてありえない」
「ふーん……」
 
 真山くんが肘をつきながら、たこやきみたいな一口大のドーナツを頬張る。行儀が悪い。
 
「ともかく、俺は二次元にしか興味がないんで」
「……罪悪感」
「え?」
 
 指先で、胸のあたりをとすんと突かれる。
 何か妙な技でも使われたかのように、胸がどきりと高鳴った。
 
「ユカちゃんのお前に対する好感度は確かに低かった。そのかわり胸を占めていたのは、罪悪感だ。きっとお前に謝りたいと思ってる」
 
 どう見ても、そんな態度には見えなかったんだけど、さっき……。相変わらずやかましいし。
 こいつ、本当に好感度なんてわかるのか?
 
「今更謝ってもらったって仕方ない。どうでもいい」
「本当に? どうでもいいなら、お前なんで、まだ怒ってんの?」
「それは……」
 
 単にプライドを傷つけられたからだ。
 謝られたところで、あいつを再び好きになる訳じゃない。三次元の女の子もいいなと思い始めもしないと思う。
 だって二次元の女の子は凄く可愛い。嫁もいっぱいいる。なんで今更、現実の女を好きにならなきゃいけないのか。
 自分の性癖に気付いただけ。過去のことはきっかけにすぎない。
 人は生きながら、少しずつ自分の好みをはっきりさせていく。
 俺にとってはそれが、二次元の世界だっただけだ。
 
「このままだとお前、一生童貞だぞ。いいのか? あんなに凄い快楽を知らないままで」
「いいんです。俺は画面の中の嫁を裏切らない。あいつらも俺を、裏切らない」
「えー……。柔らかい身体、興味ねーの?」
「ない」
 
 ……ということはない。いくら二次元が好きでも、男なら快楽が好きで当然だ。おっぱいにもさわってみたいと思う。
 でもそれは女が好きな訳じゃない。女の身体が好きなだけだ。恋なんかじゃなく、それこそただの興味にすぎない。
 そんなことを言ってどこまで理解されるかわからないから、黙ってた。熱弁をふるえばふるうほど、キモイと思うし。
 
「とにかく、あいつのことは好きになれない。ユカだって性的な意味でなら、俺なんてお断りに決まってる」
「どうだろうな」
「決まってる」
「まあ、それでいいさ。女の子はいっぱいいる。何もターゲットを今から絞ることはない。明日からオレもお前の大学へ通って知り合いを増やし、合コンとかいろいろ取り付けてやる!」
 
 お金もないのにどうやって入学するつもりなんだ……?
 やっぱり何か不思議な力が働いてしまうものなんだろうか。
 その割りにドーナツ代とか電車代とか奢らされてるんだけど。
 葉っぱがお金になったりはしない。妙なところで現実的だ。 
 
「あとなー、バイトも始めないとな……。コンビニでいいか?」
「……なんで俺に聞くんですか」
「一緒のとこがいいだろ、やっぱり」
 
 ちょっと待て。どうして俺までバイトする展開になってるんだ。
 
「俺は勉強があるんで……」
「ギャルゲーする暇はあるのに? 出会いは多いほうが、彼女ができやすいぜ」
「だから、彼女なんていりませんってば!」
 
 真山くんは急に真面目な顔になって、俺をじっと見た。
 
「お前は嫁を、小遣いで買うのか?」
 
 痛いところを突かれた。
 確かに、ギャルゲーを小遣いやお年玉で買うのは罪悪感があった。
 人から指摘されると余計に気になってしまう。
 
「それに、親友がいればつまらないバイトも楽しいもんさ。何事も経験、な」
 
 なんだろう……。本当に楽しいことみたいに思えてきた。麻痺してるのか、俺は。
 今までこんなふうに、俺のことを連れ出してくれる奴なんていなかったから。
 家でゲームをやっていたいと思う気持ちは変わらないのに、なんでこんなに胸が踊るんだろう。
 
「オレ、言ったろ。現実って名前のゲームをクリアさせてやるって。ひとつひとつさ、イベントクリアしていこうぜ」
 
 ゲーム……。そうだ俺、今ゲームの世界にいるみたいだって思ってる。
 ここはまぎれもない現実世界。目の前の君だけが虚構の存在。
 その君と会話をすることで、俺は片足をバーチャルに踏み入れる。
 一緒に……いろんな世界を見たいと望むのは、新しいゲームを買って封を開ける前の気持ちによく似ていた。
 
「……バイト、してみようかな」
「そーうこなくっちゃな!」
「あ、言っておくけど、嫁を自分のお金で買いたいからであって、三次元で彼女を作る気はまったくないですから!」
「わかったわかった。ちょうどここに無料のバイト情報誌があるし、さっと決めちまお」
 
 本当にわかってるのかな。しかも話が凄い勢いで進みすぎてちょっと怖い。
 
「お前の家から近いのは、こことここかな。逆に、少し離れてるほうがハードル低いか。いつも利用してないとこ。大学と家の中間とか」
 
 こういうとこは、わかってるんだよな。
 服を買う時も思ったけど、強引なのに最終的には俺の気持ちを汲んで気遣ってくれる。
 だから俺は強く拒めないし、なんというか……多分、仲良くしたいって……真山くんの言うように、親友になりたいとか思い始めているんだ。
 今日昨日会ったばかりの相手にそんなことを考えるのはおかしいのかもしれない。
 あれか、耐性がないから、ちょっと優しくされただけで舞い上がって……情けない。
 俺は三次元には興味がない。だけど……真山くんの言う通り、向こうから猛烈アタックしてくれたらその気になってしまうのかもしれない。真山くんはそこまで見抜いているんだろうか。 
 
「可愛い女の子がいるといいな」
「だから俺は……」
「別にオレが嬉しいだけで、ターゲットの話じゃないけど?」
 
 ニヤニヤしやがって。絶対わざと言ってる。
 真山くんが女の子といちゃつきたいなんて、なんだか変な感じだ。彼女がいないのが不思議なくらい、チャラっぽいのに。
 そういえば、ゲームの中ではどうだったんだろう。付きあった相手とかいたのかな。本当の親友が、いたり、とか。
 
「真山くんはさ、ゲームの中の世界に、友達とかいた? 彼女とか。どういうキャラだった? 今と同じ?」
「急に質問責めだな」
 
 苦笑された。
 でも仕方ない。だって気になるじゃないか。ゲームの中の世界はどんな感じだろうって思うのは、ゲーマーとして当然だ。その話がこうして現実で聞けるなんて、凄いことだ。
 
「オレは、お前が起動してくれて初めてオレになった。あのゲームは未完成だ。プログラムとして、名前が刻まれていただけでオレって存在はなかったんだよ」
「よくわからない……」
「うーん……。オレにもあまりよくわかってないんだけど、多分オレはお前の理想」
 
 飲みかけたコーヒーを思わず噴き出しそうになった。理想って何それ。理想の、親友?
 
「ああ、言い方がおかしいな。想像? 予想図? 現実じゃなくて、お前がもしギャルゲーの世界に入ったとするよな? プレイでもいいか。その時の親友役はこんなもんかっていう、まあ一種のパターンだ。ある程度チャラくて外見よくて女にもてて、でも主人公のことを一番の親友だと思ってる。ヒロインはそんなカッコイイ親友よりも貴方がいいのって主人公を選ぶんだよ。これでわかるか?」
 
 今度はなんとなくわかった。当たり前だけど、ゲームごとにキャラは違う。最近発売されているゲームでは、親友役は女の子みたいだったり、いっそ女装をしていたり、三枚目だったり様々だ。
 真山くんは俺が、親友役ならこんな感じじゃないかなと思った姿ってことなんだろう。
 
「でも俺が思った通り動いてる訳じゃないですよね。こんな想像、したことないし」
「いわゆるきっかけにすぎないからな。いやまあ、記憶喪失とでも思ってくれたらいい。日常生活に差し障りはないけど、過去がない、ってな。とりあえず、これだけは言える。オレは、お前のためだけに動いてる。お前のハッピーエンドを誰よりも願ってるんだ」
 
 告白みたいな台詞だ。聞いているほうが恥ずかしくなる。
 画面から俺の理想の嫁が飛び出していたら、これと同じような台詞を吐いてくれたんだろうか。
 それはギャルゲーをやる人間にとってまさに夢のような話に違いない。
 昨日までは確かに、なんで男が出てきたんだとかそんなことを考えていたはず。どうせ出てきてくれるなら、嫁がよかったと。
 でも今は何故かがっかりした気持ちにはならなかった。出てきたのが君でよかったと、そう思ってしまったんだ。
 理想というのも、あながち間違ってはいないかもしれない。きっと君は、俺にとって理想の親友像なんだろう。
 話は終わったとばかりに無料の求人雑誌をチェックしていく真山くんを、俺はぼんやりと眺めていた。
 現実世界じゃ……女の子は親友より貴方がいいのとか言わずに、これ真山くんに渡してくださいとかバレンタインチョコやラブレターを渡して去っていくんだろうなと思いながら
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