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エクストラステージ

冬夜くんの恋人

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 今日は俺も真山くんもバイトがお休みで。しかも世間的にいう休日で。どこか遠出しようかなんて話していたんだ。 
 なのに……。 

「一体どうしてこんな姿になっちゃったんだよ、真山くん!」 
「オレに、言われてもなあ……」 

 朝起きたら、手のひらサイズの真山くんがいた。
 テーブルに立って腕を組みながら、俺を見上げて拗ねたような顔をしている。 

「漫画やゲームじゃあるまいし、こんな……」 
「まあ、オレは元々2次元の住人だし、こういうこともあるのかもな」 
「何を落ち着いてるんだよ! も、元に、元に戻らなかったら」 

 それどころか、このままどんどん小さくなっていって消えてしまったらどうしよう。 
 足元が底なし沼に沈んでいくような感覚があって、くらりと目眩もした。 

「泣くなよ。なあ、冬夜。きっとすぐ、元に戻るさ」 

 俺はこんなにテンパってるのに、当の本人はケロリとしてる。 
 ……いや、そう見えないだけかもしれないけど。内心は不安で押し潰されそうになっているかも。 

「それに小さいのは悪いことばかりじゃない。食費があまりかからない」 
「そもそもバイトできないだろ!」 
「あっ、そっか。参ったな」 

 ここで初めて、ことの重大さに気づいた、みたいな顔を。
 現実的なんだかそうじゃないんだか。まったくもう……。 
 まあ、真山くんがバイトできなくても、ゆくゆくは彼くらいなら俺が養って……って、そういうことじゃないだろ、俺も! 

「オレは元々ゲームから出てきたわけだし、戻るためのお約束みたいなことをすれば戻るんじゃないか?」 
「なるほど。でも、縮むにもお約束があるよな。真山くん、何か拾い食いでもしたんじゃないの?」 
「そんなわけないだろ。廃棄の弁当と、冷凍庫に入ってた冬夜のアイスをこっそり食べたくらいだ」 
「え!? あれ、楽しみにとっといたのに! それが原因だよ! バチが当たったんだ!」 
「それか!」 

 この緊張感のなさよ……。
 まあ、どうやら消えるような雰囲気はないし、だんだん俺も落ち着いてきた。 
 縮んでしまったものは仕方ない。嘆くより元に戻る方法を探したほうがいい。 

「えっと……。じゃあ、まず、お湯をかぶってみる? ちょっと待ってて」 

 大きめの丼に火傷しないくらいのお湯を用意して、テーブルに置いた。 

「はい、どうぞ」

 服を脱がずにお湯の中に飛び込む真山くん。

「カップ麺になった気分だ」 

 どっちかっていうとお風呂に浸かるって感じじゃないか? 目玉の親父みたいだな……。

「どう?」 
「ああ……。いい湯だ」 
「湯加減を訊いてるんじゃないんだよ!」

 本当に緊張感の欠片もない。というか、むしろ湯に浸かってリラックスしている。 

「やっぱり、ここはキスかな」 
「ははっ。お約束だな。じゃあ、キスしてくれよ、王子様」 

 お、俺からするのか。なんか小さいから怖いな。このサイズだと真山くんから顎に手を添えてちょっと背伸びしてチュッがメルヘンチックでいい感じだと思うんだけど。 

「じゃあ、失礼して」 

 丼を両手で持ち上げて、そのまま唇を近づける。 

「なんか食われそうだな。ふ、ふふ、くすぐったい」 

 こんな時だっていうのに、ムラッときてしまった。 
 きゃっきゃとはしゃぐ真山くんにキスをしてみたけれど、特に変化はない。 

「ダメかー。なら、くしゃみとか?」 
「わかった。胡椒持ってくるよ」 

 キッチンから胡椒の入った瓶を持ってきて、真山くんに振りかけてみた。 

「ちょ、おま、盛大すぎ……、っくしゅ、はっくしゅ」 

 声がいつもより高い気がして、くしゃみもなんだか可愛らしい。 

「濡れた服に胡椒が染みて大変なことに……。この身体じゃ、一緒に縮んだこの服以外に着るものないのに」 
「そもそも、脱がずに入るからさー」 
「だ、だって冬夜、じっと見てんだもん。恥ずかしいだろ……」 

 そんな理由だったのか。 
 くそっ、可愛いぞ。ムラッとその2だ。いかんいかん。 

「じゃあ、ハンカチでも上下に巻いておく?」 
「ノーパンで、しかもスカートみたいだな」 
「そんなこと言ったって、うちに人形なんてないし」 
「フィギュアはあるけどな」 
「あれは服が身体にくっついてるから」 
「まあ背に腹はかえられないか」 

 真山くんは渋々といった様子で、ハンカチを器用に身体へ巻き付けていく。上手い具合に、見えないように濡れた服を脱いでいくとか、女子か。

 で。結局くしゃみでも戻らなかったわけですが。 

「真美さんに相談してみよう」 

 真山くんが凄い意外なことを言い出した。 

「俺はいいけど、確実に玩具にされると思うよ」 
「でも、あの人ならなんとかしてくれる気がしねえ?」 
「まあ、なんか魔法や魔術くらい使えそうな人ではあるけどさ」 

 この姿の真山くんを外に連れ出すのは危険な気がする。小さい真山くんと一緒にお出かけっていうのも、楽しそうだけど……。人形のフリとかされたら、間違いなく俺は変質者だ。

「じゃ、オレ、鞄の中入ってるから。ついたら呼んでくれ」 

 楽しそうなイメージはガラガラと崩れ去った。 
 そ、そうか。そうだよなー。ちょっと息苦しそうだけど、それが妥当だ。むしろ、手や肩に乗せて冒険に出掛けようみたいな構図を思い描いていた自分が恥ずかしい。頬が熱くなってきた。 

「わかった。今支度するから……」 
「ん」 

 真山くんは頷いて、その辺りをうろうろしたり、鞄によじのぼって転がってみたり、ミニマムな世界を満喫しているようだった。 
 まったく、人の気も知らないで……。ふとした瞬間に、不安で押し潰されそうになるんだぞ、俺は。 
 溜息をつきながら簡単に支度を終え、鞄に財布と真山くんを入れてバイト先のコンビニへ向かった。 




 真美さんは基本的に深夜帯の人なんだけど、今日は夕方の高校生がいないとかでタイミング良くシフトに入っている。とはいえ、一人で働いてるわけでもない。
 今日真美さんと一緒に働いているのは、確か最近入った高木とかいう大学生だったはず……。あまり面識ないけど、俺が苦手な感じのイケメン。真山くんは先輩風を吹かせながら指導に当たっていた気がする。 
 ……小さくなった真山くんの姿を見せても平気な相手かどうか不安になってきた。
 電車の揺れが平気なのか気になりつつ、人形とひとり戯れる大学生という構図が怖くて鞄にしまったまんまだし、それも不安。

 悶々としているうちにコンビニへついてしまった。 

「いらっしゃいませー。あれ、冬夜クン、どしたの? ひとりー?」 

 店内にはお客さんは一人もいなくて、入ってすぐ真美さんに声をかけられた。やたら声が弾んでるのは、暇つぶしの道具がきた、とでも思われているのかもしれない。
 高木らしき男もバックヤードから表に出てきた。俺を見て、ぱあっと顔を輝かせる。

「おーっ、君が噂の冬夜くん!」 

 噂ってなんだ。真山くん何を話してるんだ。いや、真美さんからの情報か? 
 真美さんは何故かきょろきょろとあたりを見回して、俺の背中側に回った。

「……おかしいな。千里クンの気配がするのに、姿が見えない」 

 何者だこの人。って、いつも俺が真山くんとペアみたいにいるから、からかってるだけだよな。うん。 

「真山くんなら大学で、後から来ますよ」 

 なんとなく、ちょっと嘘をついてみた。

「でも、鞄の中から千里クンの気配がするんだけど、なんで?」 

 マジで何者だよ。
 本当にこの人なら、今の真山くんをなんとかしてくれちゃうかもしれない。

「その、実は……」 

 俺が鞄を開けると、ちっちゃい真山くんが息もたえだえといった様子で這い出してきた。 

「うぐぐ……。もう少し丁寧に運べよ。うぷっ……。グラグラする」 
「なっ、なっ、な、なんだこれええー!」 

 あっ、しまった。高木くんがいたのに、人払いもせず普通に出してしまった。 

「よー。高木。なんかオレ、急に小さくなっちゃってさ。真美さんに治してもらいに来たんだ」 
「そ、そうか。大変だな……」 

 軽ッ! 高木くんも普通に納得してるし。俺が知らない間に、結構親しい関係なのかな……。そのあたり、全然聞いてないから恋人としては少しもやっとする。
 ……いやいやいや、親しい関係だと、相手が小さくなっててもすぐ納得するのかよ。どう考えてもおかしいだろ!

「えーっ!? 治してもらいにって……。真美、さすがにこんなの治せないよー。医者でもなんでもないんだし!」
「ええ? 何か呪文とか唱えたらできたりしません? 気功とか使ったりとか」 
「普通の女子大生に無茶ぶりしないで! 無理無理」 

 もっともだ。でも真美さんがどうにかできないなんて、なんだか意外……って、それが普通だろ。毒されすぎだ、俺も。 

「そこをなんとか!」 

 食い下がる真山くん。 

「んー。確かにおっきくするのは真美の得意分野だけどぉ、千里クンのことなら冬夜クンのが得意じゃないかなあ?」 
「えっ? 俺にそんなことできるわけないじゃないですか」 

 同意を求めるように真山くんと高木くんを見ると、何故か少し頬を染めて俯いている。 
 ……ん? なんだ? 

「こんにちはー」 

 俺が二人の表情の意味を訊く前に、入り口から香織さんが入ってきた。 

「あら? どうしたんですか、森下さ……って、それ真山さんですか!?」 

 し、しまった、見られ……! 

「凄い! 可愛い! お人形さんみたいです!」 

 このコンビニには異常事態に強い人間しかいないようだ。って、そんなレベルのことなのかな、これ……。

「ハンカチを巻いてるってことは、服がないんですか?」
「冬夜のやつが、胡椒まみれにしやがったんだよ」
「ちょうどいいのがありますよ。これ、ドールの服なんですけど……」
「ありがたい……って、女物じゃねーか!」

 香織さんが取り出したそれは、ピンク色でヒラヒラフリルのドレス。
 思わず真山くんが着たところを想像して、頭の中がピンク色になった。
 手のひらサイズの真山くんが、恥ずかしそうにフリル服を着て涙目で俺を見上げる。
 あんまり見るなよ冬夜、なんてご丁寧に音声つきで再生される始末。
 ああ、俺は真山くんのせいですっかり変態になってしまった。

「似合うと思うんです! 着てみてください!」
「や、やだよ!」
「オレも見てみたい!」
「高木までやめてくれ」

 高木くんと香織さんは小さい真山くんを囲んで、きゃあきゃあ盛り上がっている。
 俺が入っていくと、なんだか取り返しのつかないことを口走りそうで傍観していると、一番ノリノリで騒ぎそうな真美さんがニヤニヤしながら耳元でそっと囁いてきた。

「戻るためにまだ試してないこと……あるよね?」

 まだ……試してない、こと。

「恋人がちっちゃくなっちゃった、なんてシチュエーション。せっかくの休日にこんなチャンス、ここで時間を消費しててもいいのかなあ」

 さすがの俺も真美さんが何を言わんとしているかわかる。
 小さくなった真山くんに対して、不安で可哀想でそんな場合じゃないって自分を諌めてきたけど……。
 真美さんにチャンスって言葉でそそのかされて、すっかりその気になってしまった。

「真山くん。帰ろう」
「お、おう! ここにいたら、何か大切なモノを失っちまう! 早く!」

 真山くんは逃げるように、俺の鞄へ飛び込んだ。
 多分俺についてきたほうが、大事なものを失っちゃうと思うけど……。自ら飛び込んできた兎に余計なことを言う狼なんているはずもなくて、俺は宝物をしまうみたいに鞄を閉じた。

「それじゃあ、俺は帰るね。また来週!」
「うーん、いい笑顔だ」
「これからお楽しみかなー?」
「みっ、みなさん、不潔です!」
「えー。真美、ナニがお楽しみかなんて言ってないけど、かおちゃんナニを想像しちゃったのかなー?」
「っ!!」

 みんなも楽しそうで何よりだ。




 帰宅後、鞄からのそのそと出てきた真山くんは、かなり疲れてるみたいだった。

「平気? また酔った? 体調悪い?」
「いーや。まあ、少し酔ったけど。結局戻れなくて無駄足だったなーってさ。せっかくの休日なのに、こんなんでゴメンな」
「君が謝るようなことじゃないだろ。それに俺は充分楽しかったし」

 これからお楽しみを、するし。

「冬夜……」

 そんな下心なんてまったく気づく様子もなく、真山くんがどこかうっとりと俺の名前を呼ぶ。

「千里」

 俺も彼を下の名前で呼んで、逃げられないように両手でそっと小さな身体を持ち上げた。

「まだ、試してないことがある」
「ん?」
「えっちしてみるとか」
「は!? む、無理に決まってんだろ! サイズ差を考えろよ、お前!」

 ハンカチをめくろうとすると、真山くんが必死で布を押さえる。

「でも、これもお約束じゃないか?」
「そりゃーエロゲでいえば女体化とか幼児化のお約束じゃないか? オレのパターンは、寝てれば治るって感じで。よし寝よう!」
「そうだね。なら今すぐに布団敷こう」
「お前の寝るは、なんか絶対に違うほうだろ!」

 こんなふうに、頭のてっぺんから爪先まで一度に見られる機会なんてそうはない。
 真山くんは俺の手の中で、往生際悪くジタバタと暴れている。

「お前、真美さんじゃあるまいし、一部分だけおっきくしてやろうなんて下ネタなあ……」
「えっ? あ、ああー! あれそういう意味か。うん、確かに。それなら得意だ、俺」

 まったく気づいてなくて、普通に返してしまってた。真山くんはあの時頬を染めてたから、意味がわかってたんだろう。

「じゃ、早速大きくしてあげるから」
「ノーサンキューだ!」
「なんでそんなに嫌がるかなあ? 触ったり舐めたりするだけで、別に痛いことは何もしないって。元に戻れるかもなんだから、試してみないと」
「でっ、でも、この身体じゃお前を気持ちよくできねーし、オレだけなんて、ヤダ……」

 拗ねたように唇を尖らせて、頬を染めて。馬鹿だな、そんなの逆効果だ。真山くんは本当にいつも通り、見事なまでに俺をあおってくれる。

「千里が気持ち良さそうなの見てるだけで、俺も気持ちいいから」

 足を撫でると、手の中で真山くんの身体がみじろいだ。

「凄いな。小さくてもちゃんと感じるんだ」
「ば、馬鹿ッ……、お前マジで馬鹿だろ、変態っ」
「君が可愛すぎるのがいけない。変態にもなる」
「っ……、クソ。これで戻らなかったら、しょーちしねーから、なっ……、あ、んんッ」

 擦ったり舐めたりする度に、小さくて甘い声が上がる。いつも通りの表情だけど、顔だけ身体だけじゃなく、全身をしっかり堪能できる。はああ、可愛いなぁあ……。

「そんな、舐めるなよ……」
「でも、気持ちいいだろ? ほら」
「ひっ……。あ、や……ッ強い、強いって……!」

 うわ。凄い、やらしー。跳ねたのが手の中でわかるって、少し感動かも。
 でも触れ合えないもどかしさが……。見てて気持ちいいのは本当だけど、下が張り詰めすぎてきついし。

「……あ、あのさ。ローションとか使って、お前のに身体全体でしがみついたら、気持ちよくしてやれねーかな……」

 ああ、でもさすがにそれは倒錯的すぎ……。




「起きろよ! お前寝すぎ! 今日は二人とも休みだから朝から出掛けようって言ってただろ!」
「っ……真山くん、おっきい……」
「んなっ、なんだよ。お前現実のオレを差し置いてエロイ夢でも見てたんじゃないだろうな?」

 まさにその通りなんだけど、逆に小さかったんだよ。
 はあ……夢かあ。そうだよな。

「いや、実はさ……」

 見ていた不思議な夢の内容を話すと、真山くんはふふっと笑って俺の額を小突いた。

「そんなファンタジー、現実であるわけないだろ? 漫画やゲームじゃあるまいし」

 その台詞、君にだけは言われたくなかったよね。

「で。これからどうする? どこ行く?」
「んー……。ごめん。今日は1日、君を抱き締めていたいかも」
「ばぁか。昼間から盛ってんなよ」
「そんなんじゃないよ。ちゃんと君がここに、当たり前の形でいるって感じたいんだ」
「冬夜」

 ぎゅっと抱き締める。しっくりくる。
 ああ、いつもの真山、くんだ……。

「じゃ、しねーの?」
「…………するけど」
「よし。現実ではオレがお前をおっきくしてやろう」
「ば、馬鹿」

 っていうか、もうとっくに。
 俺にとってはこの現実が、夢のような幸せ。
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