その身を賭けろ

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カモネギ男と凄腕ギャンブラー

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「おれの勝ちだな」
 
 そう言って目の前の相手はテーブル越し、トランプのカードを落として笑った。旭の命運が決まった瞬間だった。
 勝ったら一万円くれてやるという相手の言葉。そのかわり負けたらそれに見合っただけのことを、ひとつすること、という単純な賭けだ。一万円程度が前提なので、当然ながら命や犯罪に関わることはなし。
 元々お金を儲けたいというより賭事そのものが好きな旭は、軽い気持ちであっさりとその賭けにのった。負けた悔しさはあったが、相手が何を命令してくるのか、好奇心のほうが勝っていていっそ楽しみでもあった。

 ……その、内容を聞くまでは。
 
「は?」
 
 旭は思わず素っ頓狂な声をあげる。
 年若く見える男が告げた言葉が、理解しがたいものだったからだ。
 時代錯誤な黒衣に身を包み、やや長めの黒い前髪を横に流すようにしている姿は、どこかゲームキャラクターやファンタジーな世界を彷彿とさせる。加えて、凄腕のギャンブラーという肩書き。その肩書きをこのカジノの常連で知らないのは、おそらく旭くらいのものだろう。
 
「約束は約束だ。お前の身体を、一晩おれの自由にさせろ」
 
 先程と同じ言葉を告げられ、旭ももう一度同じ言葉を返すところだったが、すんでのところで口を閉じた。
 さすがに言葉の意味がわからないほどガキではなかったし、男同士を否定するつもりもない。だが、それが自分の身に振りかかってくるとなれば話は別だ。
 幸い操を立てる相手は今はいない。問題は、旭にとってただひとつだけだった。
 
「お……俺の身体はそんなに安いのか?」
 
 相手が提示した金額が、一万円。見合うだけの命令をすると言われていただけに、心中複雑なところがあるのだろう。
 人とは少しずれた旭の文句がツボに入ったのか、男は楽しそうに笑った。
 
「一万円が安ければ、追加金を払ってやってもいい。お前、今月は生活費ギリギリまで散財しているだろう? 明日食うにも困っているんじゃないか?」
「な、何故それを……」
「上のバーで飲む度に愚痴っているのに、何故もないと思うが」
 
 確かに、旭は金に困っていた。だからこそこんな馬鹿げた賭けにものってしまった。
 
「さあ、どうする? 勝負をなかったコトにして逃げるか、おれに金を払うか、ついてくるか」
 
 もっと払ってもいいという言葉は魅力的だったが、身体まで売るつもりは毛頭なく、旭は喉の奥で低く唸った。
 とはいえ、約束を違えるわけにもいかない。弱いとはいえ、ギャンブラーのはしくれとして。そして金は、当然ない。
 身体の提供、約一万円分。どれくらいのことをされるのか想像はつかない。そもそも自由にさせろと言われただけで、具体的なことは何も言われてはいないのだ。純潔まで奪われる可能性は極めて低い……と思いたい。
 単に安く見積もられている可能性は排除した。

 考えた末に、旭は絞り出すような声でポツリと漏らした。
 
「一万円分、くらいなら」
 
 目の前の男は、再び楽しそうに笑った。
 
「リョーカイ。お前、想像以上に面白い男だな」
 
 了解してもらえたことで多少の安心感が生まれ、旭の胸中は再び好奇心で満たされた。
 
「おれの名前は葉月(ハヅキ)だ。ヨロシク、旭クン」
 
 少しだけ語尾が上がる独特なイントネーション。常に何かを尋ねられているような気分になる。
 手を差し出され、旭も反射的に手を差し出す。
 
「あ、その……よろしく」
 
 これから身を売る相手に言うにはどうかと思う台詞だが、ある意味一番ふさわしいとも言えた。
 
「じゃあ早速行こうか。今日のギャンブルはココまでだ」
 
 そう言って葉月はポーカー台の上に散らばったカードを綺麗にまとめてシャッフルし、端にトンと置いた。思わず感嘆の息をもらしてしまうほど、あざやかな手つきだった。
 そのせいか、周りからやたら視線をあびている。だが、その見事な腕前に見惚れているというだけではないような気がした。
 実際には勝負をしている時から注目を浴びていたのだが、鈍い旭は今初めてそれに気がついた。
 
「なんか凄く注目を浴びている気がする……」
「そりゃそうさ。有名な凄腕ギャンブラーと、負けても懲りないコトで有名なカモネギの勝負だ。万一ひっくり返ったらミモノだろう?」
「凄腕? カモネギ? 有名って、俺も?」
「フッ……。自分で気づいてないあたりがなんともいい感じだな」
「いや、俺のことは置いといて、そんな奴が、なんで俺なんかに勝負を持ちかけてきたりするんだよ」
「お前がギャンブルにどんなユメを見てるかはワカランが、勝てて当たり前の勝負なら、骨の髄までしゃぶりつくすのがフツウじゃないか?」
 
 葉月が旭をどれほどの馬鹿だと思っているかは謎だが、これからもカモにするつもりなら自分のそんな肩書きをばらしはしないはずだ。
 つまり、彼は骨の髄までしゃぶりつくそうとは思っていないらしい。
 
「ほら、周りはもう気にするな。おれの背中だけ見てろ」
 
 周りから注目を浴び、居心地の悪い気分になりながら、旭は葉月の背を追って外へ出た。早いところ好奇の目から解放されたくて、どこか急ぎ足になる。幸い葉月は歩くのが早く、時間はそんなにかからなかった。

 ああいった勝負をし、注目を浴びている中で勝ったのなら、旭はそこに居座り自慢をし、巻き上げた一万円でその場にいる全員に酒くらいは奢っていたかもしれない。
 何事もなかったかのようにクールな振る舞いをする葉月に、旭は自分とは相成れない人種だな、と思った。
 地下カジノを抜けて、空を仰ぎ見る。深夜と言える時間帯。街灯があたりを照らす。星も月もない夜。明日は雨かもしれない。
 
「貴方の家はこの近くなのか?」
「どうしてそう思う?」
「いや、凄腕のギャンブラーというくらいだから、カジノの近くに住んでいるのかなって……。歩いて五分で行ける距離で、毎日ギャンブル! みたいな」
「ベガスに住むっていうのは、悪くないかもしれないな。だが、おれはあいにくと日本が好きなんだ」
 
 ちんけな旭とは考えているスケールが違った。
 確かに、凄腕のギャンブラーが住むのならこんな寂れたカジノの近くなどではなく、もっとランクの高い場所にするだろう。
 
 歩いて五分。カジノ専用の駐車場、黒いクラシックカーの前で葉月が足をとめた。
 
「乗れ」
「えっと……俺が運転するのかな?」
「他人に自分の車を運転させるようなリスクの高いコトを、おれがするとでも?」
「……そりゃそうか」
 
 そもそもカジノへ出入りしているのだから、車を運転できる年齢なのは当たり前だ。ただ、ともすれば高校生に見えてしまいそうな若い容貌をしているのでつい尋ねてしまった。
 けれど、車に乗って発進してみれば予想に反して葉月の運転はずいぶんと様になっており、旭は助手席からその姿に見惚れた。
 普段はカードやコインを操るその指先が今は華麗にハンドルを握る。ギアの入れ方ひとつとっても器用そうなのがよくわかる。
 そうなると、負け知らずギャンブラーというのは凄腕のイカサマ師なのではないかと疑いたくもなるものだ。まあ、それに気づけない時点で旭が何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないのだが。
 
「どうした、じっと見て」
 
 信号でとまり、葉月は旭のほうを強い眼差しで見据えてから、そう言ってにやりと笑った。
 旭はそこで初めて、言葉を失うほど彼を見つめてしまっていたことに気づく。指摘され、気恥ずかしくなって頬を染め上げた。
 
「いや、上手い運転だなと思って」
「その割には、やけに熱い視線だったな?」
 
 否定したかったが、そう思われてもしかたないほど見つめていたのは確かなので、言葉を飲みこむ。
 
「……まあ、褒められて悪い気はしないな。車は好きなんだ。子供の頃は、自分で運転できたらと何度も思ったものだった」
「ああ、それは何かわかる気がする。で、運転してみたら、なんだこんなものかって思うんだよな。初めは楽しいんだけど」
「そうか? おれは今でも楽しいな。助手席に口説きたい相手を乗せてる時なんて、サイコーだ」
「くどっ……」
 
 お前のことだと言われたわけではない。たとえかもしれない。だが、自分がいる時にそう言われると、妙な気分になってくる。おまけに、身体を買われているのだ。その対象はお前だと、言われているようなものだった。
 そのまま本当に口説かれるのではないかと身構えたが、葉月は目的の場所へ車を停めるまで、それ以上口を開かなかった。
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