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錯覚と勘違い
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眠れない……。
泊まっていけと言う葉月を押し切って家へ帰り、冷たい布団で寝返りを打ちながら、旭は大きな溜息をついた。
眠れない原因は、もちろん葉月のことだ。自分から帰ったくせに、もう少し一緒にいたかったと寂しくなっているのだから世話はない。もっと親しくなりたいが、これ以上踏み込んではいけない気もし、どうしたらいいかわからなかった。
感覚的には、クライアントである女子高生たちに抱く感情に近い。可愛いが恋愛対象にしてはいけないとどこかで歯止めをかけている。それは普通なら、少し気になる程度の存在なのだろうが、何故男なんかをと不思議に思う分、余計に相手のことを考える割合が多くなってしまう。
連絡してみようか……。いやでも……。
枕の傍に置かれたスマートフォンを横目で眺めては再び天井のシミを数える。そんなことを幾度か繰り返し、眠れたのは夜中の三時過ぎだった。
そして日曜早朝。旭はまたしてもインターホンの音で目が覚めた。遅くまで眠れなかったせいか上手く起きられず、唸りながら枕元を探る。
昨日と違うところは、メールがきていること。
(メールアドレス、教えたしな)
旭はそれを葉月からの初メールだと信じて疑わず、確認もせずに玄関へ急いだ。
「ごめん、寝ててメール気づかなか……って、浅黄さん!?」
しかしそこにいたのは、相変わらず無表情な、職場の先輩だった。
「誰だと思ったんだ?」
「い、いえ……。メール、浅黄さんですか?」
「一通しか届いてないなら、オレだな」
葉月もそうだが、浅黄もこんな安アパートには似合わぬ風体で、部屋へあげるのが申し訳なくなるくらいだ。芸能人が家を訪ねてきたらこんな感覚になるのかもしれない。
「今、部屋汚いんで、近場のファミレスでいいですか?」
「移動してる時間があまりない。30分ほどだな」
浅黄は腕時計を確認し、玄関の扉に身体をもたれかけさせた。
「ここで話していっても構わないが、お前が近所でいたたまれない噂をされるかもしれないぞ」
「い、いえ。浅黄さんに玄関で立ち話なんかさせられませんよ。寒いですし、入ってください」
安普請な旭のアパートは決して暖かいとは言えないが、それでも外よりは幾分マシだ。
安いインスタントコーヒーを淹れ、テーブルの上に小さな音を立ててマグを置く。浅黄はビシッとスーツだが、旭はまだゆるゆるのパジャマ。葉月相手の時はこんな格好悪い姿を見せたくはないと思ったが、先輩相手に気取っても仕方ないと今日はやや開き直り気味でいた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
礼を言うものの、浅黄はコーヒーに口をつけようとしない。
置いたクッションも横へ避け、カーペットの上に正座をしている。
「それで、何の用なんだ?」
そう尋ねたのは旭ではなく来訪者である浅黄だ。本来なら違和感を覚えるが、連絡がほしいとラインをしたのは旭だった。浅黄は折り返さず、わざわざ来てくれたようだ。
そんな相手に対して申し訳ないことに、旭は連絡を入れたことすら忘れていた。葉月のことで頭がいっぱいだったのだ。
「え……っと」
かと言って、浅黄さんはゲイなんですかと正面切って率直に訊くわけにもいかず、黙り込む。こんなことなら連絡がほしいと書かずに、ラインで直接訊ねてしまえば良かった。
そんな旭の様子を見て、浅黄がふっと笑う。大方旭の用件など、察していたのだろう。そもそも事務所では耳に入らないわけがないほど、噂になっている。
「お前、オレに気があるか、それともゲイなのか?」
「ち、違います!」
「興味本位で訊いてくるタイプだとは思わなかったんだがな……。まあ、女子高生に泣きつかれでもしたか」
見事なまでに図星だった。だが、理由はそれだけではない。
「それもありますが……。俺は浅黄さんと親しいつもりでいたのて、事実だとしたら噂で先に知ったことがショックだったんです」
「……質問、されなかったからな」
「はい?」
「ゲイなんですか、と。訊かれたから答えただけだ」
「訊かれたら、答えちゃうんですか」
「別に隠しておく必要もないからな。まあ、安心してくれ。年下は対象外だ」
どうやら流れている噂は、どこまでも事実らしい。
この分だと噂の発端は彼自身だ。ただ、今答えたようにアッサリと返したため、信じられていないのかもしれない。
「じゃあ浅黄さんは本当に、ゲイなんですね」
「ああ」
「……あの。実は俺、少し気になる相手がいて……」
「男か?」
「はい。話すと楽しくて、ドキドキして、もしかしたら恋なんじゃないかと不安で」
「不安……ね。で、その相手に欲情はする?」
「し、しません」
「じゃあそれは、単なる錯覚か勘違いだ」
驚くほどアッサリと、結論を言われた。
「迫られたり思わせぶりなことを言われでもしたんだろう。そこへオレの話を聞いたもんだから、もしかしたら自分もそうじゃないかと変な方向に気になっただけだ」
浅黄は笑って、旭の顎に手をかける。キスするギリギリの距離。整った顔が間近に見えて、思わず固まった。
「たとえば。オレがこうやって迫ったら大抵の相手は浅黄サンになら抱かれてもいい! と言うな」
「……確かに、言いそうです」
「だが、いざそうなったら拒否するだろう。そんなもんなんだよ。そういう気になってるだけ。デキそうな気がするだけなんだ」
勃たないなら尚更だと言葉を続け、浅黄は旭の顎から手をどけて身体も引いた。
確かに言われてみれば、思い当たることばかりだ。ゲイかもしれないと不安になり、過剰に意識してしまっていたのだろう。
葉月がゲイに好かれやすいと話していたため、男を好きになるのはどんな感じかと考え、彼のことを異性と同じような視線で見ていた節もある。
「友情で済ませられるなら友情にしておけ。見たところお前はノンケだから安心しろ」
「そうですか、よかった……」
普通なら、そう言われたところで……と思うものかもしれないが、ゲイだと公言する浅黄の言葉には妙な安心感があった。
「気にしている事務所の奴にはお前から言っておいてくれ。香奈嬢にもな」
「ああ……はい」
案の定、旭の噂入手ルートはお見通しだ。
浅黄は結局コーヒーには口をつけないまま、立ち上がってコートの襟を整える。
「オレはこれから任務が待っているから、もう行くぞ」
「はい。お仕事頑張ってください」
「ギャンブルはほどほどにしておけよ」
座る旭の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、風のようにその場から去っていった。
訊かれたことに関しては過剰とも言えるくらい喋る浅黄だが、依頼に関しては一言たりとも洩らさない。そんな浅黄のことを好いている人間は、恋愛を別にしても多い。男でゲイでなくとも、浅黄になら抱かれてもいいという人間がいくらでもいるだろう。
旭も浅黄のことは尊敬しているし好意もある。付き合いも長い。ゲイだとわかった今も、その気持ちに変化はない。
こんな相手が傍にいて恋にならないのだから、葉月への気持ちも友情以上のものはないだろうと納得した。相変わらず単純な男である。
香奈への義理も果たし、気になっていた真実は明らかになり、悩みも解決した。とても、いい気分だ。
「これは、今日は勝てそうな気がする……」
それは葉月への想いが勘違いなこと以上に見事な勘違いなのだが、旭は残り少ない財布の中身で今日のカジノ行きを決めるのだった。
泊まっていけと言う葉月を押し切って家へ帰り、冷たい布団で寝返りを打ちながら、旭は大きな溜息をついた。
眠れない原因は、もちろん葉月のことだ。自分から帰ったくせに、もう少し一緒にいたかったと寂しくなっているのだから世話はない。もっと親しくなりたいが、これ以上踏み込んではいけない気もし、どうしたらいいかわからなかった。
感覚的には、クライアントである女子高生たちに抱く感情に近い。可愛いが恋愛対象にしてはいけないとどこかで歯止めをかけている。それは普通なら、少し気になる程度の存在なのだろうが、何故男なんかをと不思議に思う分、余計に相手のことを考える割合が多くなってしまう。
連絡してみようか……。いやでも……。
枕の傍に置かれたスマートフォンを横目で眺めては再び天井のシミを数える。そんなことを幾度か繰り返し、眠れたのは夜中の三時過ぎだった。
そして日曜早朝。旭はまたしてもインターホンの音で目が覚めた。遅くまで眠れなかったせいか上手く起きられず、唸りながら枕元を探る。
昨日と違うところは、メールがきていること。
(メールアドレス、教えたしな)
旭はそれを葉月からの初メールだと信じて疑わず、確認もせずに玄関へ急いだ。
「ごめん、寝ててメール気づかなか……って、浅黄さん!?」
しかしそこにいたのは、相変わらず無表情な、職場の先輩だった。
「誰だと思ったんだ?」
「い、いえ……。メール、浅黄さんですか?」
「一通しか届いてないなら、オレだな」
葉月もそうだが、浅黄もこんな安アパートには似合わぬ風体で、部屋へあげるのが申し訳なくなるくらいだ。芸能人が家を訪ねてきたらこんな感覚になるのかもしれない。
「今、部屋汚いんで、近場のファミレスでいいですか?」
「移動してる時間があまりない。30分ほどだな」
浅黄は腕時計を確認し、玄関の扉に身体をもたれかけさせた。
「ここで話していっても構わないが、お前が近所でいたたまれない噂をされるかもしれないぞ」
「い、いえ。浅黄さんに玄関で立ち話なんかさせられませんよ。寒いですし、入ってください」
安普請な旭のアパートは決して暖かいとは言えないが、それでも外よりは幾分マシだ。
安いインスタントコーヒーを淹れ、テーブルの上に小さな音を立ててマグを置く。浅黄はビシッとスーツだが、旭はまだゆるゆるのパジャマ。葉月相手の時はこんな格好悪い姿を見せたくはないと思ったが、先輩相手に気取っても仕方ないと今日はやや開き直り気味でいた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
礼を言うものの、浅黄はコーヒーに口をつけようとしない。
置いたクッションも横へ避け、カーペットの上に正座をしている。
「それで、何の用なんだ?」
そう尋ねたのは旭ではなく来訪者である浅黄だ。本来なら違和感を覚えるが、連絡がほしいとラインをしたのは旭だった。浅黄は折り返さず、わざわざ来てくれたようだ。
そんな相手に対して申し訳ないことに、旭は連絡を入れたことすら忘れていた。葉月のことで頭がいっぱいだったのだ。
「え……っと」
かと言って、浅黄さんはゲイなんですかと正面切って率直に訊くわけにもいかず、黙り込む。こんなことなら連絡がほしいと書かずに、ラインで直接訊ねてしまえば良かった。
そんな旭の様子を見て、浅黄がふっと笑う。大方旭の用件など、察していたのだろう。そもそも事務所では耳に入らないわけがないほど、噂になっている。
「お前、オレに気があるか、それともゲイなのか?」
「ち、違います!」
「興味本位で訊いてくるタイプだとは思わなかったんだがな……。まあ、女子高生に泣きつかれでもしたか」
見事なまでに図星だった。だが、理由はそれだけではない。
「それもありますが……。俺は浅黄さんと親しいつもりでいたのて、事実だとしたら噂で先に知ったことがショックだったんです」
「……質問、されなかったからな」
「はい?」
「ゲイなんですか、と。訊かれたから答えただけだ」
「訊かれたら、答えちゃうんですか」
「別に隠しておく必要もないからな。まあ、安心してくれ。年下は対象外だ」
どうやら流れている噂は、どこまでも事実らしい。
この分だと噂の発端は彼自身だ。ただ、今答えたようにアッサリと返したため、信じられていないのかもしれない。
「じゃあ浅黄さんは本当に、ゲイなんですね」
「ああ」
「……あの。実は俺、少し気になる相手がいて……」
「男か?」
「はい。話すと楽しくて、ドキドキして、もしかしたら恋なんじゃないかと不安で」
「不安……ね。で、その相手に欲情はする?」
「し、しません」
「じゃあそれは、単なる錯覚か勘違いだ」
驚くほどアッサリと、結論を言われた。
「迫られたり思わせぶりなことを言われでもしたんだろう。そこへオレの話を聞いたもんだから、もしかしたら自分もそうじゃないかと変な方向に気になっただけだ」
浅黄は笑って、旭の顎に手をかける。キスするギリギリの距離。整った顔が間近に見えて、思わず固まった。
「たとえば。オレがこうやって迫ったら大抵の相手は浅黄サンになら抱かれてもいい! と言うな」
「……確かに、言いそうです」
「だが、いざそうなったら拒否するだろう。そんなもんなんだよ。そういう気になってるだけ。デキそうな気がするだけなんだ」
勃たないなら尚更だと言葉を続け、浅黄は旭の顎から手をどけて身体も引いた。
確かに言われてみれば、思い当たることばかりだ。ゲイかもしれないと不安になり、過剰に意識してしまっていたのだろう。
葉月がゲイに好かれやすいと話していたため、男を好きになるのはどんな感じかと考え、彼のことを異性と同じような視線で見ていた節もある。
「友情で済ませられるなら友情にしておけ。見たところお前はノンケだから安心しろ」
「そうですか、よかった……」
普通なら、そう言われたところで……と思うものかもしれないが、ゲイだと公言する浅黄の言葉には妙な安心感があった。
「気にしている事務所の奴にはお前から言っておいてくれ。香奈嬢にもな」
「ああ……はい」
案の定、旭の噂入手ルートはお見通しだ。
浅黄は結局コーヒーには口をつけないまま、立ち上がってコートの襟を整える。
「オレはこれから任務が待っているから、もう行くぞ」
「はい。お仕事頑張ってください」
「ギャンブルはほどほどにしておけよ」
座る旭の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、風のようにその場から去っていった。
訊かれたことに関しては過剰とも言えるくらい喋る浅黄だが、依頼に関しては一言たりとも洩らさない。そんな浅黄のことを好いている人間は、恋愛を別にしても多い。男でゲイでなくとも、浅黄になら抱かれてもいいという人間がいくらでもいるだろう。
旭も浅黄のことは尊敬しているし好意もある。付き合いも長い。ゲイだとわかった今も、その気持ちに変化はない。
こんな相手が傍にいて恋にならないのだから、葉月への気持ちも友情以上のものはないだろうと納得した。相変わらず単純な男である。
香奈への義理も果たし、気になっていた真実は明らかになり、悩みも解決した。とても、いい気分だ。
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