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気が乗らないから
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旭は手付かずの冷めたコーヒーをもったいないと自分で飲み干し、カップを洗う。そのまま部屋の掃除と洗濯をする。やってくれる嫁や彼女はいないので、日頃たまった家事を自分で済ませなくてはならない。幸い誰からの連絡もなく、午後になる頃にはすべて片付き、余った時間はテレビを見ていた。典型的な、寂しい男の休日である。
夕飯を安いカップ麺で済ませ、なけなしのお金を持っていざ出撃。一番安いチップならなんとか数枚買える。
また葉月と勝負をしたいところだが、たかっているようでさすがに申し訳なさを覚えていた。
それでもカジノへつけば、まず葉月の姿を探してしまう。
今日は浅黄からもらった言葉のおかげで安心感もあった。
彼と会うのがやたらと楽しみなのも、早く顔が見たいと思うのも、すべて友情によるものだ。そうわかっているから気も軽く、会いたい気持ちだけが膨らんでいく。
葉月がどこにいるかは、見回してすぐにわかった。好きな相手は自然と目に入るもの……などという甘い理由ではなく、単に葉月の回りに人だかりだできていたからだ。
この前は言い寄られて迷惑そうにしていたが、今日はちやほやされてずいぶんと楽しそうにしている。
手には真っ赤な液体の入ったワイングラス。黒いロングコートで配下を従えるようなその様はまるで本当に吸血鬼か何かのようで、異様な雰囲気を作り出していた。
葉月は旭のほうに気づくこともなく、静かに笑っている。ついこの前までは、これが当たり前だった。
けれど。一度出会って、一緒にギャンブルをして笑いあって……。そうなった今、喪失感や寂しいという感情が溢れ出す。もっと言ってしまえば、葉月を取り巻く存在に、嫉妬していた。
(本当に、友情なんだよな……これ)
締め付けられるような胸を服の上からぎゅっと押さえ付ける。
相変わらず性的な感情は浮かんでこなかったが、今すぐ手を引いてあの場所から連れ去りたいと思った。
子供じみた独占欲を恥じながら、バーのカウンターにつく。
すると、注文してもいないのにカクテルグラスを目の前に置かれた。
「こちら、ブラッディマリーです」
「え……?」
「葉月様からですよ」
白髪の混じるスリムなバーテンダーに言われて葉月を仰ぎ見るが、さっきと変わらない光景が広がっている。おそらく先に頼んでおいたのだろう。
「よく俺だってわかりましたね。貴方に名前を告げたことはないと思いますけど」
「旭様は旭様で、それなりに何かとウワサの方ですので」
「…………」
知らぬは本人ばかりという、伝説のカモネギである。今は葉月に言われて多少自覚してはいるが。
とはいえ、客同士で勝負に及ぶことはないので、その恩恵はすべてカジノ側へ流れている。
葉月が何を思って奢ってくれたのかはわからないが、ドリンクを買うのもつらそうな財布の中身を心配してくれたのかもしれない。
ワイングラスに注がれた赤い液体は、葉月が飲んでいるのと同じものに見えた。わざわざ同じアルコールをオーダーしてくれたのが嬉しく、また事実軍資金はカケラほどしかないのでありがたく頂戴することにした。
「しかし葉月様は相変わらず凄い人気者ですね。一緒のゲームにつけば必ず負けるのに、それでも入りたがるのですから」
「……彼は、前からあんな?」
「ええ。ただ、いらっしゃる時間帯は旭様とは微妙にずれていましたけど」
「ふ、ふーん……」
なら今日は時間を俺にあわせてくれたのだろうかと、旭は胸にじんわりと込み上げる温かさをごまかすように、赤い液体を光りに透かす。濁っていて、向こう側が見えることはない。いつもならどのゲームをしようかワクワクしてたまらないのに、旭の胸中はこの液体のように濁っている。奢ってもらっておきながら、そんな気分でいる自分にまた自己嫌悪だ。
口をつけたそれは飲み慣れない酸っぱさで、なんだか染みた。
「今日は勝負しないのか?」
葉月ではない声色に顔を上げれば、見たこともない男の姿。
「はあ……」
「この前の勝負、二回とも見たぜ。面白かった。葉月は客との勝負は滅多にしないからな」
いつの間にか、葉月の姿が消えている。気になったが男の手前、気のないそぶりをしてみせる。
「オレは葉月の勝負ならいくらでも見たいが、実際やる気にはならないな。負けんのわかってるし」
「勝負なんて、やってみるまで……わからないじゃないか」
「わかるさ。まあでも、わかってても勝負したがる奴は後をたたないんだけどな」
男は陽気に笑って旭の肩をポンと叩いた。
「で、勝てるとわかってるからアンタとはやりたい。どうだ? 一勝負」
「いや、遠慮しとくよ」
「そうか。残念だな」
葉月と同じように、旭も客同士でゲームをすることはほとんどない。
元々大きなレートでやるより、小さなレートでちまちまと楽しむほうが旭の好みだ。葉月との勝負に乗ったのは、金がなくてもギャンブルができるという甘言に乗せられたからに過ぎない。
話は終わったはずなのに、何故か男は旭の傍から動こうとしない。値踏みでもするような視線に、気分が悪くなる。元々上機嫌にはほど遠かったので、余計にイライラしてきたと言ったほうが正しい。
男は旭の左隣に座り、ジントニックを注文した。どうやら居座るつもりのようだ。
と、その時、右から肩に手を置かれた。反射的に顔を向けるとそこには葉月が一人で立っていた。取り巻きの姿は見えない。思い返せば旭に初めて勝負を仕掛けてきた時も、彼は一人だった。
「よう」
「葉月……」
舌が乾くような感覚を覚えながら、その名を呼ぶ。想像以上に馴染んでいる気がして、なんだか照れ臭くなった。
「コイツ、おれのツレなんだけど、オジサンなんか用?」
「おじ……ッ? 別に、なんでも」
明らかにトゲのある葉月の言葉に、けれど男は気を悪くした様子もなくどこかソワソワしている。
「その、また勝負やる時は是非見物させてくれ」
そしてそれだけ告げて、中身の半分残ったグラスを置いてフラリとどこかへ消えてしまった。
「彼は葉月様のファンですからね。緊張していたんでしょう」
「……なるほど」
バーテンにそう言われ、ようやく胸のつかえが取れる。
「邪魔したか? 言い寄られてるみたいだったから、この前の礼に割り込んでみたんだが」
「いや、助かった。言い寄られてたわけじゃないけど。何しろ彼は、葉月のファンみたいだし」
男はオジサンというにはまだ若く、どう見ても三十代。見た目に差はあれど、同年代である葉月に言われたのでは浮かばれないだろう。
「そうか。じゃあ悪いことしたな。お前がメイワクしてそうに見えたからさ」
旭が男に対して迷惑に近い感情を抱いたのは確かだ。
男に何か非があったわけではないが、葉月の見立ても間違ってはいない。そんなに迷惑そうな顔をしていたのだろうかと、旭は自分の頬を指で擦った。
「まあ、お前が助かったと感じたんならそれでいいか」
無意識か意識的にか、葉月がそう特別を匂わせる。お前は特別なのだと直接言われた時よりも日常に何気なく混ぜられた言葉のほうが心に響く。
「葉月は……さっきの人たちは、いいのか?」
「なんだ、見てたのか。声をかけてくれたらよかったのに」
「普通声かけづらいだろ、アレ」
さすがの旭もあの人垣をかきわけて、その中心人物に声をかけられる図々しさは持ち合わせていない。
「それもそうだな」
葉月はくすりと笑って、首を傾げた。
「で、今日はもう何かゲームをしたのか?」
「いや、まだ……。来たばかりだし。葉月は?」
「おれはルーレットとブラックジャックを1回ずつ」
「結果は?」
「わかりきっているコトを訊く必要が?」
つまり、勝ったということだろう。
珍しく、どちらからも勝負をしようと言い出さない。お互い、付き合い初めの恋人同士のように相手の様子を窺っている。二人の間を気まずい沈黙が流れた。
普通に賭けるほどのお金はなく、あまりに毎回勝負を望むのもタカリに近い気がする。葉月が言い出さないので、そう思われているのではないかという不安もあった。
「今日はなんか、気分が乗らないから、やめておこうかな」
「……お前、何しにここへ来たんだよ。雰囲気だけ味わいに来たとでもいうつもりか?」
「うん」
「マジで?」
実際、お金がない時は酒だけ飲みながら他人のプレイを見たりすることもある。しかしそれは葉月にとっては理解できない行動だったらしく、不思議な生き物を見るような目で旭を見ている。
雰囲気だけ味わいにくることもある……が、今日はギャンブルをしていくつもりだったから、今日に限っては嘘だ。
むしろ、強いて言うのなら。
葉月に、会うために来た。
というのが正しいかもしれない。
そうでなければ三度の飯を削ってでもするギャンブルをやらずに、こんな提案を思いつきはしないだろう。
旭は手でグラスを弄びながら、葉月の顔をチラリと見た。
「だから、今日は葉月のプレイを観ているから……。終わったら飯でも食いに行かないか?」
まるでデートの誘いのようだ、と自分でも思う。だからこそ相手の反応が気になっていろいろな想像を巡らせた。
「飯を食う余裕もないから、おれに奢れってコトか?」
しかし待っていたのはとんでもない勘違いだった。
そう思われたくないから勝負を持ちかけずにいたのに、そんな誤解をされてはたまらない。
「違う! ギャンブルだってお金がないからやらないわけじゃない。いやお金は確かにあるとは言えないけど……。本当に、気が乗らないだけなんだ」
「雰囲気だけでも楽しみたいというお前の気が乗らない日なんてあるのか?」
「うっ……。そ、そんな日だってある」
「食事を切り詰めてでもギャンブルしそうなのに?」
「ボディーガードは身体が資本だから……」
そんな旭の本日の夕飯は安いカップ麺だ。
いや、だからこそ今から食べに行くのだ、と自分に言い訳をした。
「なのに、わざわざカネのかかる外食を選ぶワケだ。おれと、食事に行きたいから」
おそらく、葉月は初めからわかっていた。旭に肯定させたかっただけだ。
その事実は隠された内面を引きずり出されたようで酷く恥ずかしかったが、同時に安心もした。妙な誤解をされるよりはずっとマシだし、友人を食事に誘いたいと思うことは何も悪くない。
「それに、いつも奢ってもらってばかりじゃ、悪いから……一度くらいは俺がご馳走しようと思ったんだよ」
「旭が!?」
今度は先程と違い、素で驚いた様子だった。
「でもお前、おれに奢ったらしばらくギャンブル代が危うくなるんじゃないか?」
「そ、そんな高いのは奢れないぞ、悪いけど」
「……人から奢ってもらうなんて久しぶりだな。回らない寿司でいいか?」
「ちょっと、聞いてます? 葉月さんっ! 高いのは無理だって」
葉月は想像以上に嬉しそうで、しばらくギャンブルを我慢してでも高い物を奢ってやりたくなる。
そもそも葉月は賭けに負けた旭を連れ回しては、食事代を出してくれていた。旭が出したものなど、安いインスタントコーヒーくらいだ。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「え、今から?」
「おれも、気が乗らなくなった」
そう言って葉月はニッと笑う。
一般的にはカッコイイで括られる笑顔。けれど旭は、それを可愛いと思ってしまった。
夕飯を安いカップ麺で済ませ、なけなしのお金を持っていざ出撃。一番安いチップならなんとか数枚買える。
また葉月と勝負をしたいところだが、たかっているようでさすがに申し訳なさを覚えていた。
それでもカジノへつけば、まず葉月の姿を探してしまう。
今日は浅黄からもらった言葉のおかげで安心感もあった。
彼と会うのがやたらと楽しみなのも、早く顔が見たいと思うのも、すべて友情によるものだ。そうわかっているから気も軽く、会いたい気持ちだけが膨らんでいく。
葉月がどこにいるかは、見回してすぐにわかった。好きな相手は自然と目に入るもの……などという甘い理由ではなく、単に葉月の回りに人だかりだできていたからだ。
この前は言い寄られて迷惑そうにしていたが、今日はちやほやされてずいぶんと楽しそうにしている。
手には真っ赤な液体の入ったワイングラス。黒いロングコートで配下を従えるようなその様はまるで本当に吸血鬼か何かのようで、異様な雰囲気を作り出していた。
葉月は旭のほうに気づくこともなく、静かに笑っている。ついこの前までは、これが当たり前だった。
けれど。一度出会って、一緒にギャンブルをして笑いあって……。そうなった今、喪失感や寂しいという感情が溢れ出す。もっと言ってしまえば、葉月を取り巻く存在に、嫉妬していた。
(本当に、友情なんだよな……これ)
締め付けられるような胸を服の上からぎゅっと押さえ付ける。
相変わらず性的な感情は浮かんでこなかったが、今すぐ手を引いてあの場所から連れ去りたいと思った。
子供じみた独占欲を恥じながら、バーのカウンターにつく。
すると、注文してもいないのにカクテルグラスを目の前に置かれた。
「こちら、ブラッディマリーです」
「え……?」
「葉月様からですよ」
白髪の混じるスリムなバーテンダーに言われて葉月を仰ぎ見るが、さっきと変わらない光景が広がっている。おそらく先に頼んでおいたのだろう。
「よく俺だってわかりましたね。貴方に名前を告げたことはないと思いますけど」
「旭様は旭様で、それなりに何かとウワサの方ですので」
「…………」
知らぬは本人ばかりという、伝説のカモネギである。今は葉月に言われて多少自覚してはいるが。
とはいえ、客同士で勝負に及ぶことはないので、その恩恵はすべてカジノ側へ流れている。
葉月が何を思って奢ってくれたのかはわからないが、ドリンクを買うのもつらそうな財布の中身を心配してくれたのかもしれない。
ワイングラスに注がれた赤い液体は、葉月が飲んでいるのと同じものに見えた。わざわざ同じアルコールをオーダーしてくれたのが嬉しく、また事実軍資金はカケラほどしかないのでありがたく頂戴することにした。
「しかし葉月様は相変わらず凄い人気者ですね。一緒のゲームにつけば必ず負けるのに、それでも入りたがるのですから」
「……彼は、前からあんな?」
「ええ。ただ、いらっしゃる時間帯は旭様とは微妙にずれていましたけど」
「ふ、ふーん……」
なら今日は時間を俺にあわせてくれたのだろうかと、旭は胸にじんわりと込み上げる温かさをごまかすように、赤い液体を光りに透かす。濁っていて、向こう側が見えることはない。いつもならどのゲームをしようかワクワクしてたまらないのに、旭の胸中はこの液体のように濁っている。奢ってもらっておきながら、そんな気分でいる自分にまた自己嫌悪だ。
口をつけたそれは飲み慣れない酸っぱさで、なんだか染みた。
「今日は勝負しないのか?」
葉月ではない声色に顔を上げれば、見たこともない男の姿。
「はあ……」
「この前の勝負、二回とも見たぜ。面白かった。葉月は客との勝負は滅多にしないからな」
いつの間にか、葉月の姿が消えている。気になったが男の手前、気のないそぶりをしてみせる。
「オレは葉月の勝負ならいくらでも見たいが、実際やる気にはならないな。負けんのわかってるし」
「勝負なんて、やってみるまで……わからないじゃないか」
「わかるさ。まあでも、わかってても勝負したがる奴は後をたたないんだけどな」
男は陽気に笑って旭の肩をポンと叩いた。
「で、勝てるとわかってるからアンタとはやりたい。どうだ? 一勝負」
「いや、遠慮しとくよ」
「そうか。残念だな」
葉月と同じように、旭も客同士でゲームをすることはほとんどない。
元々大きなレートでやるより、小さなレートでちまちまと楽しむほうが旭の好みだ。葉月との勝負に乗ったのは、金がなくてもギャンブルができるという甘言に乗せられたからに過ぎない。
話は終わったはずなのに、何故か男は旭の傍から動こうとしない。値踏みでもするような視線に、気分が悪くなる。元々上機嫌にはほど遠かったので、余計にイライラしてきたと言ったほうが正しい。
男は旭の左隣に座り、ジントニックを注文した。どうやら居座るつもりのようだ。
と、その時、右から肩に手を置かれた。反射的に顔を向けるとそこには葉月が一人で立っていた。取り巻きの姿は見えない。思い返せば旭に初めて勝負を仕掛けてきた時も、彼は一人だった。
「よう」
「葉月……」
舌が乾くような感覚を覚えながら、その名を呼ぶ。想像以上に馴染んでいる気がして、なんだか照れ臭くなった。
「コイツ、おれのツレなんだけど、オジサンなんか用?」
「おじ……ッ? 別に、なんでも」
明らかにトゲのある葉月の言葉に、けれど男は気を悪くした様子もなくどこかソワソワしている。
「その、また勝負やる時は是非見物させてくれ」
そしてそれだけ告げて、中身の半分残ったグラスを置いてフラリとどこかへ消えてしまった。
「彼は葉月様のファンですからね。緊張していたんでしょう」
「……なるほど」
バーテンにそう言われ、ようやく胸のつかえが取れる。
「邪魔したか? 言い寄られてるみたいだったから、この前の礼に割り込んでみたんだが」
「いや、助かった。言い寄られてたわけじゃないけど。何しろ彼は、葉月のファンみたいだし」
男はオジサンというにはまだ若く、どう見ても三十代。見た目に差はあれど、同年代である葉月に言われたのでは浮かばれないだろう。
「そうか。じゃあ悪いことしたな。お前がメイワクしてそうに見えたからさ」
旭が男に対して迷惑に近い感情を抱いたのは確かだ。
男に何か非があったわけではないが、葉月の見立ても間違ってはいない。そんなに迷惑そうな顔をしていたのだろうかと、旭は自分の頬を指で擦った。
「まあ、お前が助かったと感じたんならそれでいいか」
無意識か意識的にか、葉月がそう特別を匂わせる。お前は特別なのだと直接言われた時よりも日常に何気なく混ぜられた言葉のほうが心に響く。
「葉月は……さっきの人たちは、いいのか?」
「なんだ、見てたのか。声をかけてくれたらよかったのに」
「普通声かけづらいだろ、アレ」
さすがの旭もあの人垣をかきわけて、その中心人物に声をかけられる図々しさは持ち合わせていない。
「それもそうだな」
葉月はくすりと笑って、首を傾げた。
「で、今日はもう何かゲームをしたのか?」
「いや、まだ……。来たばかりだし。葉月は?」
「おれはルーレットとブラックジャックを1回ずつ」
「結果は?」
「わかりきっているコトを訊く必要が?」
つまり、勝ったということだろう。
珍しく、どちらからも勝負をしようと言い出さない。お互い、付き合い初めの恋人同士のように相手の様子を窺っている。二人の間を気まずい沈黙が流れた。
普通に賭けるほどのお金はなく、あまりに毎回勝負を望むのもタカリに近い気がする。葉月が言い出さないので、そう思われているのではないかという不安もあった。
「今日はなんか、気分が乗らないから、やめておこうかな」
「……お前、何しにここへ来たんだよ。雰囲気だけ味わいに来たとでもいうつもりか?」
「うん」
「マジで?」
実際、お金がない時は酒だけ飲みながら他人のプレイを見たりすることもある。しかしそれは葉月にとっては理解できない行動だったらしく、不思議な生き物を見るような目で旭を見ている。
雰囲気だけ味わいにくることもある……が、今日はギャンブルをしていくつもりだったから、今日に限っては嘘だ。
むしろ、強いて言うのなら。
葉月に、会うために来た。
というのが正しいかもしれない。
そうでなければ三度の飯を削ってでもするギャンブルをやらずに、こんな提案を思いつきはしないだろう。
旭は手でグラスを弄びながら、葉月の顔をチラリと見た。
「だから、今日は葉月のプレイを観ているから……。終わったら飯でも食いに行かないか?」
まるでデートの誘いのようだ、と自分でも思う。だからこそ相手の反応が気になっていろいろな想像を巡らせた。
「飯を食う余裕もないから、おれに奢れってコトか?」
しかし待っていたのはとんでもない勘違いだった。
そう思われたくないから勝負を持ちかけずにいたのに、そんな誤解をされてはたまらない。
「違う! ギャンブルだってお金がないからやらないわけじゃない。いやお金は確かにあるとは言えないけど……。本当に、気が乗らないだけなんだ」
「雰囲気だけでも楽しみたいというお前の気が乗らない日なんてあるのか?」
「うっ……。そ、そんな日だってある」
「食事を切り詰めてでもギャンブルしそうなのに?」
「ボディーガードは身体が資本だから……」
そんな旭の本日の夕飯は安いカップ麺だ。
いや、だからこそ今から食べに行くのだ、と自分に言い訳をした。
「なのに、わざわざカネのかかる外食を選ぶワケだ。おれと、食事に行きたいから」
おそらく、葉月は初めからわかっていた。旭に肯定させたかっただけだ。
その事実は隠された内面を引きずり出されたようで酷く恥ずかしかったが、同時に安心もした。妙な誤解をされるよりはずっとマシだし、友人を食事に誘いたいと思うことは何も悪くない。
「それに、いつも奢ってもらってばかりじゃ、悪いから……一度くらいは俺がご馳走しようと思ったんだよ」
「旭が!?」
今度は先程と違い、素で驚いた様子だった。
「でもお前、おれに奢ったらしばらくギャンブル代が危うくなるんじゃないか?」
「そ、そんな高いのは奢れないぞ、悪いけど」
「……人から奢ってもらうなんて久しぶりだな。回らない寿司でいいか?」
「ちょっと、聞いてます? 葉月さんっ! 高いのは無理だって」
葉月は想像以上に嬉しそうで、しばらくギャンブルを我慢してでも高い物を奢ってやりたくなる。
そもそも葉月は賭けに負けた旭を連れ回しては、食事代を出してくれていた。旭が出したものなど、安いインスタントコーヒーくらいだ。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「え、今から?」
「おれも、気が乗らなくなった」
そう言って葉月はニッと笑う。
一般的にはカッコイイで括られる笑顔。けれど旭は、それを可愛いと思ってしまった。
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