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その後のお話
大晦日
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「さむ……」
口癖のようにそう言ってから、寒くないのに気づく。
隣には心地よい温もりもある。葉月とこういう関係になってから、もう一週間経つのに、俺はまだ、これが夢なんじゃないかと思ってしまう。今、夢から覚めたばかりなのにな。
まあ……見ていたかもしれない夢の内容は、例によってまったく覚えてないんだけど。
ここ数年は安普請のアパートで寒々しい毎日を過ごしていたから、空調の効いたこの部屋は天国のようだ。加えて、傍には大好きで大好きでたまらない、葉月の寝顔がある。幸せすぎてどうにかなりそう。
「ん……」
「あ、ごめん。起こした?」
「ああ……。邪悪な視線を感じてな。毎朝お前のそのニヤけたツラ見るのにも慣れたぜ。デッレデレの顔しやがって」
「ふがっ……鼻つばむなよ、はづぎっ……!」
そう言われても、嬉しいものは嬉しいんだから仕方ない。
一旦手からこぼれ落ちそうになった宝物は、取り戻した今、俺の中で一層輝きを増していて、もうメロメロなのだ。テレビ画面に出ているアイドルを嫁にもらったら、こんな感じなのかもしれない。葉月はある一部の間では、それこそアイドルのようなもんだけどさ。憧れの存在っていうか。
「お前、それどうにかならんのか? さすがにウザイ」
「ひどっ……。仕方ないだろ、好きなんだから」
「だがなあ、毎朝そんな……こう、母親が子供を見るような眼差しで見つめられてみろ。地味にダメージくるぞ」
「そ、それは例えがちょっと……」
「じゃあ普通にしてろよ、普通に。お前、ただでさえワンコオーラダダ漏れなんだから」
俺にとってはむしろ、葉月がにゃんこだ。気まぐれで、トリッキー。でもたまに見せるデレがたまらない。今だってツンなことを言いつつ実は照れくさいだけなんだって、わかってるんだからな。
「いいだろ、ダダ漏れで。ワンコでいいさ。それで葉月が可愛がってくれるなら」
「あーハイハイ。早く支度しろよ。今日も仕事なんだろ? 大晦日なのに」
「でも正月は休みとったからな!」
「単に仕事がないんだよな? オトクイサマである高校も休みだし」
「その通り……」
ちなみに浅黄さんは、今日はもちろん正月も仕事だ。そんなにも仕事が回ってくるなんて凄い、カッコイイ、羨ましい、と去年は思っていた。年末や正月は特別手当がつくから、予定でも入っていなければオイシイのだ。軍資金がなきゃ、ギャンブルもできないし。
でも今年は暇なのがありがたい。
「……あー……。今夜、年越しソバ、食うか?」
「まさか葉月が作ってくれるとか!?」
「おれは何をやらせても器用なオトコだからな。まあ、だが面倒だ! 面倒なことは」
「金で解決だろ。つまり買っといてくれるってことか」
「その通り」
それはそれで嬉しいけど、ちょっと残念だ。葉月の手料理が……。まあ、蕎麦くらいで手料理も何もないか。それに一緒に過ごせて蕎麦を啜れるだけで充分嬉しい。
「でもなんか、不思議な気分だ」
葉月がそんなことをポツリと呟く。
「不思議って、何が?」
「おれ、誰かと年末こんなふうに、ソバ食べながら過ごすって初めてだからな……それが」
「っ……! 俺、今日死ぬ気で急いで帰ってきて、粉から蕎麦打つから待ってて! 作るから!」
「いや、ムリだろ。つうか本当に死にそうだからやめてくれ」
そうと決まったら急いで支度! 早くついたからって終わる時間が早くなるわけじゃないけど、こう気構え的な。
打つのは冗談としても、せめて茹でよう。つゆもレシピ見てちゃんと作ろう。具はネギだけでいいかな。
楽しみすぎてやばい。しかも正月入ったら姫はじめだろ?
「あ……。で、でも、カジノの年越しイベントはいいのか?」
「お前こそ」
「俺は、今年くらいは、葉月と二人きりで過ごしたいかな」
「…………まあ、おれも、そんなようなカンジだ」
「今日死ぬ気で急いで」
「だからやめろ」
くっそ、こんな、出勤前に可愛くデレるなんて卑怯すぎる。キスしたい抱きつきたいヤりたい。
とりあえず抱きついてみたら、さっさと行けと蹴飛ばされた。つれない。
仕方ないのでモヤモヤというかテンション上がりすぎた気分を発散させるべく、急いで支度を終えて玄関へ行く。
葉月が後ろをテコテコとついてきた。お見送りのサービスまでしてくれるだと。
あああ、葉月ぃいいい。可愛いぃ。
「行ってきます!」
「ああ。……あのよ」
「ん?」
「ソバ、やっぱおれが作ってやるよ。茹でるくらいだけどな……」
「え!? なんで!?」
「お前さっき、バカみたいに嬉しそうな顔してたからな。どうせおれの作った飯が食いたいとか、そういうこと考えてたんだろ?」
考えてましたとも! うわああ、もう、このまま押し倒したい……!
俺が感動に打ち震えて言葉を発せないでいると、葉月は少しだけ視線を斜め下に落とした。
「だから、死ぬ気で……じゃなく、死なずに、帰ってこいよ」
そこまで言って盛大に恥ずかしくなったらしく、俺は家からさっくりと閉め出された。
こんな幸せな大晦日、産まれて初めてだ。葉月は自分のせいで俺が不幸になるなんてよく言ってるけど、俺より幸せな男はそうはいないと思う。マジで。
……ゴム、お徳用を箱買いして帰ろう。今夜は寝かせてあげられそうにない。
あれだ。俺がもし死ぬんだとしたら、幸せの中、腹上死でお願いしたい。
口癖のようにそう言ってから、寒くないのに気づく。
隣には心地よい温もりもある。葉月とこういう関係になってから、もう一週間経つのに、俺はまだ、これが夢なんじゃないかと思ってしまう。今、夢から覚めたばかりなのにな。
まあ……見ていたかもしれない夢の内容は、例によってまったく覚えてないんだけど。
ここ数年は安普請のアパートで寒々しい毎日を過ごしていたから、空調の効いたこの部屋は天国のようだ。加えて、傍には大好きで大好きでたまらない、葉月の寝顔がある。幸せすぎてどうにかなりそう。
「ん……」
「あ、ごめん。起こした?」
「ああ……。邪悪な視線を感じてな。毎朝お前のそのニヤけたツラ見るのにも慣れたぜ。デッレデレの顔しやがって」
「ふがっ……鼻つばむなよ、はづぎっ……!」
そう言われても、嬉しいものは嬉しいんだから仕方ない。
一旦手からこぼれ落ちそうになった宝物は、取り戻した今、俺の中で一層輝きを増していて、もうメロメロなのだ。テレビ画面に出ているアイドルを嫁にもらったら、こんな感じなのかもしれない。葉月はある一部の間では、それこそアイドルのようなもんだけどさ。憧れの存在っていうか。
「お前、それどうにかならんのか? さすがにウザイ」
「ひどっ……。仕方ないだろ、好きなんだから」
「だがなあ、毎朝そんな……こう、母親が子供を見るような眼差しで見つめられてみろ。地味にダメージくるぞ」
「そ、それは例えがちょっと……」
「じゃあ普通にしてろよ、普通に。お前、ただでさえワンコオーラダダ漏れなんだから」
俺にとってはむしろ、葉月がにゃんこだ。気まぐれで、トリッキー。でもたまに見せるデレがたまらない。今だってツンなことを言いつつ実は照れくさいだけなんだって、わかってるんだからな。
「いいだろ、ダダ漏れで。ワンコでいいさ。それで葉月が可愛がってくれるなら」
「あーハイハイ。早く支度しろよ。今日も仕事なんだろ? 大晦日なのに」
「でも正月は休みとったからな!」
「単に仕事がないんだよな? オトクイサマである高校も休みだし」
「その通り……」
ちなみに浅黄さんは、今日はもちろん正月も仕事だ。そんなにも仕事が回ってくるなんて凄い、カッコイイ、羨ましい、と去年は思っていた。年末や正月は特別手当がつくから、予定でも入っていなければオイシイのだ。軍資金がなきゃ、ギャンブルもできないし。
でも今年は暇なのがありがたい。
「……あー……。今夜、年越しソバ、食うか?」
「まさか葉月が作ってくれるとか!?」
「おれは何をやらせても器用なオトコだからな。まあ、だが面倒だ! 面倒なことは」
「金で解決だろ。つまり買っといてくれるってことか」
「その通り」
それはそれで嬉しいけど、ちょっと残念だ。葉月の手料理が……。まあ、蕎麦くらいで手料理も何もないか。それに一緒に過ごせて蕎麦を啜れるだけで充分嬉しい。
「でもなんか、不思議な気分だ」
葉月がそんなことをポツリと呟く。
「不思議って、何が?」
「おれ、誰かと年末こんなふうに、ソバ食べながら過ごすって初めてだからな……それが」
「っ……! 俺、今日死ぬ気で急いで帰ってきて、粉から蕎麦打つから待ってて! 作るから!」
「いや、ムリだろ。つうか本当に死にそうだからやめてくれ」
そうと決まったら急いで支度! 早くついたからって終わる時間が早くなるわけじゃないけど、こう気構え的な。
打つのは冗談としても、せめて茹でよう。つゆもレシピ見てちゃんと作ろう。具はネギだけでいいかな。
楽しみすぎてやばい。しかも正月入ったら姫はじめだろ?
「あ……。で、でも、カジノの年越しイベントはいいのか?」
「お前こそ」
「俺は、今年くらいは、葉月と二人きりで過ごしたいかな」
「…………まあ、おれも、そんなようなカンジだ」
「今日死ぬ気で急いで」
「だからやめろ」
くっそ、こんな、出勤前に可愛くデレるなんて卑怯すぎる。キスしたい抱きつきたいヤりたい。
とりあえず抱きついてみたら、さっさと行けと蹴飛ばされた。つれない。
仕方ないのでモヤモヤというかテンション上がりすぎた気分を発散させるべく、急いで支度を終えて玄関へ行く。
葉月が後ろをテコテコとついてきた。お見送りのサービスまでしてくれるだと。
あああ、葉月ぃいいい。可愛いぃ。
「行ってきます!」
「ああ。……あのよ」
「ん?」
「ソバ、やっぱおれが作ってやるよ。茹でるくらいだけどな……」
「え!? なんで!?」
「お前さっき、バカみたいに嬉しそうな顔してたからな。どうせおれの作った飯が食いたいとか、そういうこと考えてたんだろ?」
考えてましたとも! うわああ、もう、このまま押し倒したい……!
俺が感動に打ち震えて言葉を発せないでいると、葉月は少しだけ視線を斜め下に落とした。
「だから、死ぬ気で……じゃなく、死なずに、帰ってこいよ」
そこまで言って盛大に恥ずかしくなったらしく、俺は家からさっくりと閉め出された。
こんな幸せな大晦日、産まれて初めてだ。葉月は自分のせいで俺が不幸になるなんてよく言ってるけど、俺より幸せな男はそうはいないと思う。マジで。
……ゴム、お徳用を箱買いして帰ろう。今夜は寝かせてあげられそうにない。
あれだ。俺がもし死ぬんだとしたら、幸せの中、腹上死でお願いしたい。
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