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第三幕

2踏目

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 身体に毛布をかけられる感触。溜息の音。
 直人さん帰って来たんだ。どうしよう寝ちゃってた。
 今起きればお仕置きしてもらえるかな。それとももう少し引き伸ばした方がより凄い……ハァハァ。
 
「凄いにやついた顔……」
 
 しまった、顔に出てしまったらしい。
 しかも鼻つままれた! 口閉じてるのに。無理矢理起こそうってことか。
 
「いい夢見てんのか」
 
 けど指はパッと離れていって、今度は衣擦れの音。ネクタイをほどく音ってどうしてこうエッチなんだろう。生着替え、直に見たい……。
 あぁ、直人さん。直人さん、直人さーん……。
 
 ぎしりとベッドが軋む。まさかこのまま寝る気!?
 これはまずい、起きないと、お仕置きが。
 
「う、んー……」
 
 わざとらしく声を出してから目を開けて直人さんを見る。
 
「お帰りなさい、僕寝てしまって! どんなお仕置きでも受けますから、許してください!」
「判った、許すから家へ帰れ」
「えええええ!」
「眠い」
 
 時計を見れば朝の六時。さすがの僕も待ち切れず眠ってしまう筈だ……。
 ご主人様の眠りを妨げる訳にもいかず、今日もぽつーん。というか仕事だ。直人さんは普段忙しそうにしてるけど今日は休みなのかな。
 そっか。きっと仕事で忙しかっただけだ! それで帰れなかったんだ!
 なんか香水の匂いとかするけど……。ポケットにSMクラブのチラシとか入ってるけどっ!
 僕がいるのにいい! いくらでも殴ってくれて構わないのに、僕以外の人を殴るなんて!
 
 でも……。寝てる僕に毛布をかけてくれた優しさは信じていいよね?
 これは恋人に対する優しさだよね?
 泣いても仕方ない、信じよう。
 寝ている直人さんの髪を恐れ多くも少し撫でて、柔らかくキス。
 これくらいいいよね……。寝てるし。恋人同士なんだし。
 
 朝食を直人さんのために作って、僕は駅前でカロリーメイト。
 さあ、今日も一日頑張って、帰ったら恋人同士の語らいをしに行くぞー! 
 
 
 
 
「また来たのか……」
 
 大きな溜息をつかれた。恋人同士なのにうんざりした表情、酷い……。ぞくぞくする。
 
「お邪魔します」
 
 遠慮なく上がり込んで部屋の隅に座る。
 
「お前図々しいのか謙虚なのか判らないな」
 
 直人さんがクッションに座ってテレビを見ながら、僕を手招きした。
 傍へ行ってもいいってことだ。
 どうしよう、嬉しい……!
 そろそろと近寄って、そっと寄り添ってみる。
 ……怒られない。
 
「馬鹿みたいに嬉しそうな顔しやがって」
 
 肩を抱き寄せられる。キスをされて、気付けば天井を見ていた。
 
「あ、あの……直人さん?」
「黙ってろ」
 
 直人さんはそのまま僕の腹の上に座った。まるでソファにでも座るように、横掛けに。
 おっ、お尻の感触がッ……。ああ、撫でたい舐めたい突っ込みたい。
 
「あの……」
「黙っていろと言ったはずだぞ」
 
 体重をかけられて、お腹に心地よいというよりは苦しさが走る。
 僕にとってはもちろん、その苦しさが快感だ。尻の感触とあわせて勃起しそう。
 
 直人さんはそのままテレビを見始めた。二時間くらい、僕を椅子にしままま。
 僕はずっと直人さんの横顔と尻を眺めていた。
 興奮しすぎてテレビなんか見てる暇ないって、やばい!
 昨日お仕置きできなかったから、これがそうなんだ。覚えててくれた……。
 
 僕が感動に打ち震えていると、直人さんが近くにあるリモコンを拾ってパチリとテレビの電源を切った。
 
「お前、本当にどうしようもないマゾだな」
「も……もっと言ってください、ハァハァ」
「……くそっ」
 
 サンドバッグみたいに思い切り殴ったり蹴ったりされた。気持ち良すぎてイッた。
 僕はこれでも快感になるけど、なんだかプレイっぽくないし、直人さんらしくないと思う。
 まだらしくないと言えるほど長い時間を一緒に過ごした訳じゃないけど、そんな気がした。
 
「何かあったんですか?」
「さぁな」
 
 今度はさっきと違って、馬乗りになられた。
 
「気が変わった、抱かせろ」
 
 えええええっ! 何この展開!
 突っ込む突っ込まれるを抜きにしようって言ったのは直人さんなのに!
 
「やっ、嫌だ、やめてください!」
「お前これだけは嫌がるんだな……」
「だって抱きたいですもん! 僕は絶対中じゃ気持ちよくなれないです!」
「マゾのくせに。濡らさないで突っ込んでやるよ。ずたずたになって気持ちいいぜ、きっと。俺のこと好きなら、抱かせな」
 
 その言い方は狡い。でも、僕は……貴方を抱きたい。
 
「嫌です。抱きたい。抱きたいです」
「くくっ……。冗談だ、本気になるなよ」
 
 直人さんは笑って僕の上から降りた。訳が判らない。 
 
「でもお前の嫌がる顔は悪くないな」
「そ、そうですか?」
「ああ、すっとした」
 
 それはなんか違う気もするうぅぅ。
 ……でもいいか。褒めてくれたんだと思っておこう。うん。
 恋人同士で凄く幸せなはずなのに、なんだか直人さんが遠い気がする。
 もっと僕を頼ってくれてもいいのになあ。
 サンドバッグがわりにはしてくれたか。役に立てたなら嬉しいけど。
 
「直人さん、キス……していいですか?」
「ダメだ」
 
 口付けたらなんか判る気がしたのに。ちぇっ。
 直人さんの隣で真ん丸く縮まっていると、ぐいっと顔を引っ張られた。
 え!? サンドバッグの続き!?
 
「っ……」
 
 キス、されてた。しかも舌が入ってくる。
 絡められて歯の裏ぬるぬるってされて気持ちいい。
 思わず腕を回してしがみついた。スーツとは違う、スウェットの柔らかい感触が心地いい。
 
「ん、ん……」
 
 舌の先を強めに噛まれて、背を波立たせる。
 
「僕もしたい……」
 
 キスの合間に希望を告げると咎めるようにまた唇を塞がれて、今度は鉄の味が滲むほど歯を立てられた。
 あぁう……。そんなにされたら僕、イッちゃいそう……!
 
 長いキスのあと、直人さんは男前に笑って自分の唇を湿らすように舌でぺろりと舐めた。
 もう充分潤っててらてらしている唇に、それはことのほかエロイ仕種だった。
 
「なっ、な、直人さぁん!」
 
 僕はもうたまらなくなって、その場に直人さんを押し倒した。
 
「さっきから中途半端に煽られて、僕もう……! 誘ってるんですか? 誘ってるんですよね!?」
「誰がいつ誘っ……」
 
 言葉の続きを待たずにキスをした。
 今は何にも言わせません。ただ僕のキスを受けていて。 
 
「やめろ、今はそんな気になれない」
「奉仕を……ご奉仕をさせていただくだけですからぁぁ!」
 
 きっとそれだけじゃ止まらない。最後までしてしまいたい。
 ずっとお預けされて、それはそれで快感だけどさすがに僕だって限界がくる。
 
「ッ……よせ」
 
 そう言いながらも直人さんの抵抗は弱い。
 本当に嫌なら、直人さんは躊躇いなく蹴ったり殴ったりして止めることができるはず。
 それをしないということは、少なからず僕は許されている……。
 勇気付けられるようにねっとりと首筋を舐めあげる。
 
「好きなんです、本当に。どうしていいか判らないくらい」
 
 直人さんは何も言わなかったけれど、僕に身を任せてくれた。
 
 ……後ろを舐めようとしたら、さすがに殴って止められたけど。
 そうなってしまえば体格差や力的に僕が叶うはずもなく、結局僕がご奉仕しただけで終わってしまった。
 殴られるだけでも気持ちいいけど、ちゃんとした性行為もしたい。突っ込んだり突っ込まれたりはなしというルールがこんなに辛いとは思わなかった。
 きっと一度してしまったから余計に抑えがきかないんだ。童貞だった頃はきちんとできてないSMですら僕を快感の渦へと導いてくれていた。
 今は容赦なく殴ってくれる直人さんがいて、充分なはず。
 一つ欲求を満たすとどんどん欲張りになっていくっていうのは本当なんだな。
 
 今日もベッドの隣で生殺し放置プレイ。
 きっと明日も明後日もこうだろう。そう思うと酷くやるせない気分になる。
 なのに結局は、来てしまうんだろう。恋人の元へ。
 僕を殴ってくれる手の平と蹴ってくれる足、罵ってくれる愛しい声を求めて。 
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