琥珀は紅玉の夢を見る

真城詩

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雨宿り

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「だーっ!もう!なんでこんなことになるんだ?もう!」
「仕方ないのう、こうなっては」
「そうだ!琥珀、お前天候を操作できるとか言ってなかったか?それを今使え!すぐに!」
「儂の力はこんなことのためにあるのではないのじゃ、村人たちを救うための力なのでな、この事態に困っている村人が一定数いないと力は使えん。そして今、困っている者はいないようじゃ」
「はーっ、使えねー力だな、おい」
「なんじゃと!?……まあ気持ちはわからんでもないが」

紅葉狩りの帰り、雨に降られた二人は風呂敷を頭に駆けていた。

「朱火、次の道を右に曲がれ、少々狭い道だろうが構わん、その先に洞窟がある!」
「分かった!」

朱火は草の根をかき分けて小道を進む。そうして洞窟に着いた。朱火は風呂敷で顔を拭い、琥珀は龍の姿に戻って犬のように体を震わせている。

「そこでプルプルすんな!俺に水がかかるだろうが!」
「仕方ないじゃろう、そんなに広い洞窟でもないのでな」

ひとしきり水を払いきった琥珀は人間の姿に戻る。するとそこには紙がしっとりと濡れた程度の、乾いた服を着た琥珀がいた。

「あー!それずりい!俺もそれやりたい!」
「ふん、これは儂のみに許されておる特権じゃからな。さあ朱火、脱げ」

そう言うといきなり脱げといわれて警戒している朱火を脱がせ、自身の乾いた羽織を着せた。

「濡れた着物を着ているよりこちらのほうがいくばくかましじゃろうからな。あとは黙って儂に抱かれておけ」

背面からぎゅうと抱き竦められた朱火はあわあわしている。琥珀のぬくもりがじかに伝わってきて、温かいのは確かなのだが、なんとなく落ち着かないのだ。

「こっ琥珀ぅ、もうちょっと何とかならねーのか?これ。あったかいけどさあ……」
「何が不満だというのじゃ、儂にはこの方法以外思いつかん。ぬしは温かいし、儂はぬしを抱きしめられる。これ以上にいい方法なんぞ、あるものか」

堂々と抱きしめたいですといわれた朱火は、それでも琥珀の腕の中に収まりながらもじもじしている。そうして二人の間には静寂が訪れた。外は桶をひっくり返したかのような大雨で、酷くやかましいのに洞窟の中は静かだ。そのうちにその静寂に耐えられなくなった朱火がしどろもどろに話し始めた。

「こっ琥珀さぁ、俺を初めて見たときに言ったじゃん?久々の生贄だって。そそそれってさあ?前にも生贄がいたってことだよなあ、うん。そ、そんだけっ、なんでもないからっ」
「ふふん。おぬし……さては儂の女性遍歴を気にしておるのじゃな?心配せんでもよいよい、皆仲良くしたいのに儂を怖がるものでな、苛立って食い殺してしまったわい。おぬしのようにここまで深い関係を持てたのは朱火、ぬしだけじゃ。安心せい」
「でも琥珀お前、前に料理は恋人が教えてくれたって言ってたじゃないか。それはどうなんだ?」
「あー。それを覚えていたか」

琥珀はあーとかうーとか言って渋々とばかりに話し始めた。

「そうじゃな、一人だけいたんじゃ。朱火。ぬしのように儂を見て怯えない奴が。あやつは儂の恋人になってくれた。料理も教えてくれた。ずっと一人ぼっちでいた儂に、人といる温かさを教えてくれたんじゃ。みすずという女でな、美しい女じゃったよ。あの紅葉も、みすずが場所を教えてくれたんじゃ。見に行こうといってな、弁当を持って、酒を持って。しかしあやつは儂と居始めて一月ひとつきで逝ってしまった。流行り病だったんじゃよ。しかし、だからと言って朱火、儂はおぬしをみすずに重ねているつもりは全くない。それだけは信じてくれ。朱火よ、わしはぬしを朱火としてしか見ていない。本当のことだ」
「……そっか。琥珀も、大変だったんだな」

そう言ったきり、朱火は何も言わなかった。代わりに体の力を抜いて、琥珀に体重を預けた。朱火が考えているのは、己のことだった。己もずっと、一人ぼっちで生きてきて、今、人といるぬくもりを琥珀に教えてもらっている。全ては循環しているのだ、そう朱火は思う。そのうちに雨はやまないまま夕暮れがやってきて、そして闇があたりを包んだ。

「腹、減ったな」
「そうじゃな」
「寒いな」
「今日はここで夜を過ごさねばならないのう。朱火、羽織を脱いで、それを敷布団にしよう。幸いここの地面は平らじゃし、今儂が着ているものを掛布団にすれば少々の冷えは防げるじゃろ」

そう言って琥珀は脱ぎ始めた。いつも通り、しかしお互い裸で、朱火は琥珀に抱きしめられる形で横になる。けれど今日、朱火は琥珀に顔を合わせる向きで抱き合った。それは寒かったのもあるし、ほかの何かがあったかもしれない。温かいと思いながら朱火は眠りについた。
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