12 / 14
第十二章
しおりを挟む宿舎に戻ると、アーロンは約束通り、私の部屋の前で警備についてくれることになった。
「何かあったら、すぐに呼べ」
「わかったわ」
私は部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。
今日起こったことが、まだ信じられない。
闇ギルドの襲撃。
リュートを奪おうとされたこと。
そして――アーロンに助けられたこと。
私はリュートを抱きしめた。父の形見は無事だった。そして、私も無事だ。
窓の外を見ると、満月が煌々と輝いている。
まだ、危険は去っていない。
ストラトフォード侯爵は、諦めないだろう。
今回の襲撃が失敗したと知れば、次はもっと巧妙な手を使ってくるかもしれない。
私は立ち上がり、リュートを手に取った。
弦を爪弾く。
澄んだ音色が、部屋に響く。
そして――音花の恵みが、再び発動した。
淡い金色の光の粒子が、部屋を満たす。
私は光の粒子に命令した。
「情報を集めて。ストラトフォード侯爵について。彼の次の計画について」
光の粒子が、小さな鳥の形になった。
鳥は窓から飛び出していった。
私にできることは、まだある。
ただ守られるだけではなく、自分でも戦う。
アーロンが私を守ってくれるなら、私はアーロンを支える。
そう、心に誓った。
◆
数日後、私はアーロンの執務室に呼ばれた。
「おはよう、クレア」
「おはよう、アーロン」
彼は疲れた表情をしていた。
おそらく、一晩中私の部屋の前で警備していたことに加えて、彼らの尋問に時間がかかったことも関係しているのだろう。
アーロンが書類を広げる。
「『黒蛇』のリーダーが口を割った」
「本当?」
「ああ。侯爵から直接依頼を受けたわけではないが、魔導師団の副団長ブラッドフォードを通じて、指示を受けていたそうだ」
アーロンは別の書類を見せた。
「報酬は金貨五千枚。それと、魔導師団の研究成果の一部」
「つまり――」
「ストラトフォード侯爵が黒幕だという確証は得られた。だが」
アーロンの表情が険しくなった。
「侯爵を逮捕することはできない」
「なぜ? 証拠があるのに」
「侯爵は、現国王陛下の従兄弟なんだ」
アーロンは重々しく言った。
「王族の血を引く者を逮捕するには、国王陛下の直接の命令が必要になる。だが――」
彼は声を潜めた。
「現国王陛下と王太子殿下の間には、政治的な対立がある。国王陛下は保守派で、軍事力の強化を重視している。
一方、王太子殿下は改革派で、文化や芸術の振興を掲げている」
私は息を呑んだ。
「つまり......」
「ストラトフォード侯爵は、国王陛下の側近だ」
アーロンは苦い表情で続けた。
「侯爵が音花の恵みを兵器として研究したがっているのも、国王陛下の意向に沿っている。だから、国王陛下は侯爵を守るだろう」
「じゃあ私は......」
これからもずっと侯爵の魔の手に怯えながら生活するのだろうか。
私の不安を感じ取ったアーロンが立ち上がる。
「――王太子殿下に、俺が直接報告する」
「殿下はお前の才能を認めている。そして、芸術家を守ることに熱心だ。
殿下から侯爵に警告していただければ、少なくとも表立った行動は取れなくなる」
「それで......私は安全になる?」
「完全に、とは言えない」
アーロンは正直に答えた。
「だが、侯爵が動きづらくなるのは確かだ。それに――」
彼は私の手を取った。
「俺たちの婚約を、王太子殿下に認めていただこう」
「ええっ」
私は目を見開いた。
「そうすると、何か変わるの?」
「ああ。今の婚約は書面だがもっと強い効力を働かせる方法がある」
アーロンは真剣な表情で続けた。
「だが、王太子殿下の前で婚約を宣言し、殿下の祝福を得れば――それは王室公認の婚約となる。
そうすれば、お前は近衛騎士団隊長の婚約者として、より強い保護を受けられる。侯爵も、簡単には手出しできなくなる」
私の心臓が、激しく打ち始めた。
王室公認の婚約。
「でも、それって私がもらってばかりだわ。あなたはどうなの?」
思い切って尋ねると、アーロンが少し驚いた顔をした。
数秒して、くすくすと笑い始める。
「もう、真剣な話をしているのに!」
「いや、悪い。ちゃんと俺にも益がある」
そして――アーロンは私の手を両手で優しく包み込んだ。
節くれだった指先が私の指を優しくなぞる。
爪先、指のあいだ、手のひら、そして手首。
「あ、アーロン?」
くすぐったくて引っ込めようとしたが、逆に引き寄せられた。
そっと手首にアーロンの唇が落とされる。
「!」
手首へのキスの意味を、私は知っている。
それは『好意』だ。
彼の黒髪がほんの一瞬だけ指先にかかる。猫の毛みたいに柔らかかった。
ふっとアーロンが顔を上げた。目がかち合う。
「君のまわりに変な虫を寄り付かせなくて済む、とかな」
顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
突然、なんてことを言うの。
「だめか?」
そのまま上目遣いで迫られたら、もう抵抗はできなかった。
「わ……」
「なんだ? よく聞こえないな」
アーロンの唇が手首から手のひらへと移っていく。
このまま何も言わないでいると、もっと違うところにもキスしてくるかもしれない。
「分かったから、手を離してちょうだい」
そういうと、ようやく彼は拘束を解いてくれた。
「続きは、侯爵の件がかたづいたら、な」
なんだかとんでもない事になった気がする。
その日、私は一日中練習してもアーロンの顔がずっと思い浮かび、楽師としてまったく使い物にならなかった。
◆
翌日、私とアーロンは王太子殿下の私室に通された。
殿下は執務机の前に座り、穏やかな笑みを浮かべていた。
その隣には、腹心の側近であるエドワード卿が控えている。
「クレア・エヴァンス、アーロン・ブラックウッド。よく来てくれた」
殿下の声は優しかった。
「本日は、お二人の婚約について正式に承認するために、お呼びした」
私は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、殿下」
「いや、礼を言うのはこちらだ」
殿下は立ち上がった。
「クレア、君の音楽は素晴らしい。祝賀会での演奏は、我が国の威信を大いに高めてくれた。
ヴァルデマール王国の王女殿下も、大変感銘を受けておられた」
「恐れ入ります」
「それに――」
殿下は窓の外を見た。
「ストラトフォード侯爵の件、アーロンから報告を受けている」
私の背筋が凍った。
「侯爵は優秀な魔導師だが、時として行き過ぎた行動を取る。今回の闇ギルド『黒蛇』を使った誘拐未遂は、決して看過できない」
殿下の声には、明確な怒りが込められていた。
「ただ――」
エドワード卿が口を開いた。
「侯爵は陛下の従兄弟であり、保守派の重鎮です。殿下が直接処罰なさることは、政治的に難しい」
「わかっている」
殿下は頷いた。
「だからこそ、クレアとアーロンの婚約を王室公認とすることで、侯爵に対する牽制とする」
殿下は私たちの方を向いた。
「クレア・エヴァンス、アーロン・ブラックウッド。お前たちの婚約を、私の名において承認する。今後、クレアは近衛騎士団隊長の婚約者として、王室の保護下に置かれる」
アーロンが片膝をついた。
「ありがたき幸せ、殿下」
私も慌てて膝をついた。
「ありがとうございます」
「立ちなさい」
殿下は優しく言った。
「それから、クレア。君には一つ、頼みたいことがある」
「何なりと」
「来月、隣国との和平条約調印式が執り行われる。その式典で、演奏をお願いしたい」
私は驚いた。
和平条約調印式――それは、国家間の最も重要な儀式の一つだ。
「私が、そのような大役を――」
「君なら大丈夫だ」
殿下は微笑んだ。
「君の音楽には、人の心を一つにする力がある。それを、この式典で発揮してほしい」
私は深く頭を下げた。
「精一杯、務めさせていただきます」
45
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
実家を追い出され、薬草売りをして糊口をしのいでいた私は、薬草摘みが趣味の公爵様に見初められ、毎日二人でハーブティーを楽しんでいます
さら
恋愛
実家を追い出され、わずかな薬草を売って糊口をしのいでいた私。
生きるだけで精一杯だったはずが――ある日、薬草摘みが趣味という変わり者の公爵様に出会ってしまいました。
「君の草は、人を救う力を持っている」
そう言って見初められた私は、公爵様の屋敷で毎日一緒に薬草を摘み、ハーブティーを淹れる日々を送ることに。
不思議と気持ちが通じ合い、いつしか心も温められていく……。
華やかな社交界も、危険な戦いもないけれど、
薬草の香りに包まれて、ゆるやかに育まれるふたりの時間。
町の人々や子どもたちとの出会いを重ね、気づけば「薬草師リオナ」の名は、遠い土地へと広がっていき――。
家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~
チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。
そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。
ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。
なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。
やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。
シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。
彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。
その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。
家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。
そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。
わたしはあなたの側にいます、と。
このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。
*** ***
※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。
※設定などいろいろとご都合主義です。
※小説家になろう様にも掲載しています。
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる