地下室に幽閉された私、実は王国唯一の【刻印の紡ぎ手】のようです

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第二章

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地下室での生活が始まって三日目。
一日一回運ばれてくる食事は、冷たいパンと水だけ。
寝床は藁を敷いただけの床。窓はなく、僅かな光も届かない。

だけど私は動じなかった。
むしろ、この静寂が心地よかった。
地上では常に継母の監視と妹の嫌がらせに晒されていた。
些細なことで怒鳴られ、理不尽な仕事を押し付けられ、休む暇もなかった。
ここでは、誰にも邪魔されず、自分の力を磨くことができる。

暗闇の中、私は指先で宙に古代文字を描く。
光の軌跡が複雑な図形を形作り、やがて小さな球体として結実する。

照明の刻印。
簡単な魔法具の一つだが、材料なしでしかも空中に直接刻印を施せる者は、王国広しといえども私だけだろう。

淡い光が地下室を照らす。

石造りの壁、天井の梁、隅に積まれた古い木箱。
この部屋は、かつて父が秘密の実験室として使っていた場所だった。
父の死後、マデリンが存在を忘れていたのか、物置として放置されている。

私は木箱に近づき、蓋を開けた。
中には、父の遺品が詰まっていた。古い羊皮紙の束、インク壺、そして......。

「これは......」

小さな黒曜石のペンダント。
手に取ると、古代文字が表面に刻まれているのが分かった。【記録】【保護】【伝達】。
これは、記憶を保存し、特定の人物に伝える魔法具だ。
私は魔力を込めた。ペンダントが光り、父の声が響いた。

「エリス、もしお前がこれを見つけたなら、私はもうこの世にいないのだろう」

父の声。
三年前に病で亡くなった、優しい父の声だった。

「お前の母、アデリアは素晴らしい刻印師だった。お前が持つ【刻印の紡ぎ手】は、母から受け継いだ血だ。そして、私が知る限り、お前の母だけが【フェイタル・グリフ】を使えた」

心臓が跳ねた。
母も、【フェイタル・グリフ】を......。

「だが、その力は諸刃の剣だ。エリス、決して私怨で使ってはならない。運命を歪める力は、使い手をも蝕む」

父の警告が、胸に突き刺さる。

「もしお前が苦境に立たされているなら、王都の『銀月商會』を訪ねなさい。そこに、お前の母の旧友がいる。ロザリンド・シルヴァという女性だ。彼女なら、お前を助けてくれるだろう」

記録はそこで途切れた。
私はペンダントを握りしめた。

お父様、ごめんなさい。私はもう、継母たちにフェイタル・グリフを施してしまった。
だが、後悔はしていない。
彼女たちは私から全てを奪った。尊厳も、自由も、未来さえも。このまま黙って耐えることなど、できるはずがない。
その時、地下室の扉が開いた。

階段を降りてくる足音。一人ではない。
光が差し込み、私は目を細めた。

現れたのは、セシリアと、見知らぬ男だった。
男は三十代半ばほどだろうか。
整った顔立ちだが、目つきが悪い。貴族の服装をしているが、どこか品がない。

「これが例の娘か」

男は私を値踏みするように見た。

「はい、クラウス様。姉のエリスです」

セシリアが、媚びるような声で答えた。
クラウス......聞いたことがある名だ。クラウス・ヴェルナー。辺境の男爵で、魔法具の収集家として知られている。
だが同時に、悪名も高い。
気に入った技術者を借金漬けにして隷属させ、死ぬまで働かせるという噂があった。

「ふむ......確かに、魔力の質が違うな」

クラウスが私に近づく。本能的に後退したが、壁に背中がぶつかった。

「セシリア嬢から聞いたよ。君は【刻印の紡ぎ手】で、妹に嫉妬して仕事を妨害したそうだな」
「違います」

私は言い返した。

「私は何も......」
「黙れ」

クラウスの声が、地下室に響いた。

「君のような出来損ないに、弁解の権利などない。だがね、私は寛大な男だ。君に、新しい人生を与えてあげよう」

懐から、一枚の羊皮紙を取り出す。

「これは、債務契約書だ。君の家は、顧客への賠償で借金まみれだそうじゃないか。この契約書にサインすれば、私がその借金を全て肩代わりしてあげる」
「その代わり......?」
「当然、君は私の専属刻印師として働いてもらう。期間は......そうだな、三十年ほどでどうだ」

三十年。
私は今二十一歳。三十年働けば、五十一歳になる。刻印師としての最盛期を、全てこの男に捧げることになる。

「断ったら?」
「君の家は破産し、セシリア嬢も路頭に迷うだろうな。まあ、セシリア嬢は若くて美しいから、娼館で働けば食いつなげるかもしれないが」

セシリアが青ざめた。

「そんな......クラウス様、お話が違います!」
「うるさい。黙っていたまえ」

クラウスがセシリアを一瞥する。その目には、人を人とも思わない冷酷さがあった。
セシリアは唇を震わせたが、何も言えなかった。

「さあ、エリス。どうする? サインするか、それとも家族もろとも地獄に落ちるか」

私は契約書を見つめた。
細かい文字で、契約内容が記されている。
給与は雀の涙ほど。休日はなし。逃亡した場合は、全財産の没収と、十年の強制労働。

奴隷契約と何も変わらない。
だが......。

「分かりました」

私は羽根ペンを手に取った。

「エリス!」

セシリアが驚きの声を上げた。
その目には、僅かな動揺があった。

私は契約書にサインする。
古代文字で、私の真名を記す。【星降る夜に生まれし者】。刻印師だけが持つ、魔法的な署名。
契約書が淡く光った。

「よろしい」

クラウスが満足げに笑う。

「では、明日から私の屋敷に来てもらおう。最初の仕事は......そうだな、【支配の首輪】を十個作ってもらおうか。奴隷管理用の魔法具だ」

支配の首輪。
着用者の意思を奪い、命令に絶対服従させる、禁忌の魔法具。
王国法で製造も所持も禁じられている。

「それは......違法です」
「知っている。だが、需要があるのだ。辺境の鉱山では、奴隷労働者が必要でね。君が作れば、一つ金貨百枚で売れる」

私は歯を食いしばった。
このまま、この男の言いなりになるのか。
父が警告した、私怨での【フェイタル・グリフ】。その代償を、私は今まさに味わっているのかもしれない。

「......三日、時間をください」
「何だって?」
「支配の首輪は、高度な刻印技術が必要です。準備期間が必要です」

クラウスは考え込む素振りを見せた。

「まあ、良いだろう。三日後、私の屋敷に来たまえ。それまでに準備を整えておけ」

彼は契約書を懐にしまい、階段を上がっていった。
セシリアは、私をじっと見つめていた。

「姉様......ごめんなさい」

小さな声。
だが、その目に本当の謝罪はなかった。あるのは、安堵と、僅かな優越感だけ。

「セシリア」

私は妹を見つめた。

「あなたは、自分が何をしたか分かっている?」
「私は......お母様の言うとおりにしただけ」
「お母様の言うとおり? 自分の意思はないの?」

セシリアは答えなかった。
彼女はいつもそうだった。自分で決断せず、常に母親の後ろに隠れている。その方が楽だから。責任を負わなくて済むから。

「いいわ。あなたたちが望んだ未来、しっかりと見せてあげる」

私の言葉に、セシリアは眉をひそめた。

「何を......」
「何でもないわ。早く行きなさいな。クラウス様が待っているわよ」

セシリアは何か言いかけたが、結局何も言わず階段を上がっていった。
扉が閉まる。
再び、私は暗闇の中に取り残された。
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