地下室に幽閉された私、実は王国唯一の【刻印の紡ぎ手】のようです

er

文字の大きさ
3 / 8

第三章

しおりを挟む


その夜、私は地下室で古代文字を編んでいた。
クラウスとの契約を破棄する方法はないか。
違法な魔法具の製造を強要されることを、誰かに訴えることはできないか。

だが、どれも不可能だった。
契約書には、私の真名が刻まれている。
これは魔法的な拘束力を持つ。

違反すれば、私の魔力そのものが枯れ果てるだろう。
そして、クラウスは貴族だ。平民である私が訴えても、誰も取り合わない。

絶望的な状況。
だが、諦めるわけにはいかない。
私は父の遺品、黒曜石のペンダントを握りしめた。

父が言っていた、母の旧友。
ロザリンド・シルヴァ。
彼女なら、何か方法を知っているかもしれない。
でもどうやって地下室から脱出する?

扉には鍵がかかっている。
窓もない。
使用人が食事を運んでくる時に逃げ出すことも考えたが、屋敷は継母の息のかかった者ばかりだ。

その時、地下室の隅で何かが動いた。
私は身構える。
鼠だろうか。それとも......。

「誰かいるの?」

声をかけると、暗闇の奥から小さな人影が現れた。

子供......いや、違う。
背丈は子供ほどだが、顔には皺が刻まれている。長い白髭を生やした、小人だった。

「おや、人間がおるとは。しかも【刻印の紡ぎ手】とは、珍しい」

小人は、私を興味深そうに見つめた。

「あなたは......?」
「わしか? わしは、この屋敷に住み着いておる土精霊じゃ。名前は、グリム」

土精霊。
伝説の存在。大地の魔力を操り、岩や土を自在に動かす。だが、人前に姿を現すことは滅多にないと言われている。

「土精霊が、なぜここに......」
「お前の父親がな、昔わしを助けてくれたのじゃ。だからその恩返しに、この屋敷を見守っておった」

グリムは私の周りをゆっくりと歩いた。

「じゃが、最近の屋敷は酷いものじゃのう。お前を地下室に閉じ込めるとは。あの継母め、傲慢が過ぎる」
「あなた、私を助けてくれるの?」
「助ける? いいや、わしは中立じゃ。人間の揉め事には介入せん」

私の希望が、音を立てて崩れた。

「じゃが......」

グリムが、いたずらっぽく笑った。

「お前が自力で脱出しようとするなら、少しばかり手伝ってやってもよい。
たとえば、この壁の向こうには、古い地下通路がある。屋敷の外に繋がっておるぞ」

地下通路。

「本当?」
「嘘は言わん。じゃが、通路の入口は固く塞がれておる。普通の人間では開けられんじゃろうな」

グリムが壁を指差す。
私はその壁に近づき、手を当てた。
確かに、向こう側に空洞がある。そして、壁の表面には、微かに古代文字の痕跡が残っていた。

「封印の刻印......」
「さすが、【刻印の紡ぎ手】じゃな。気づいたか」
「これを解除すれば、通路が開く?」
「そういうことじゃ。じゃが、この刻印は複雑でな。解除には、相当な魔力と技術が必要じゃぞ」

私は目を閉じ、深呼吸をした。

魔力を集中させる。指先に古代文字を浮かび上がらせる。
【解放】【開示】【帰還】。

三つの古代文字を組み合わせ、封印の刻印に重ね合わせる。
壁が、微かに震えた。
刻印が輝き、やがて崩れ去る。

石壁が音を立てて開き、暗い通路が姿を現した。

「やるじゃないか、娘っ子」

グリムが嬉しそうに笑った。

「これで、お前は自由じゃ。さあ、行くがよい」
「ありがとう、グリム」

私は通路に足を踏み入れた。
冷たい空気が頬を撫でる。遠くから、地下水の流れる音が聞こえる。
振り返ると、グリムはもう姿を消していた。

私は通路を進んだ。
暗闇の中、照明の刻印だけが道を照らす。

やがて、通路の先に階段が見えてきた。上へと続く、古い石段。
登り切ると、そこは屋敷の裏庭だった。
夜空に、星が瞬いている。
自由の空気を吸い込んだ。
私は、まだ負けていない。

そして私は、王都へと向かう。母の旧友、ロザリンド・シルヴァに会うために。



王都までは徒歩で三日の距離だ。
だが、私には金がない。馬車賃を払うこともできず、宿に泊まることもできない。
幸い、街道沿いには旅人向けの休憩小屋が点在している。私はそこで夜を明かし、道中で木の実や野草を採って飢えを凌いだ。
二日目の夜、小屋で休んでいると、馬車の音が近づいてきた。
扉が開き、一人の老婆が入ってきた。

「おや、こんな夜更けに一人旅とは、珍しいねえ」

老婆は私を見て、優しく微笑んだ。

「体が冷えているだろう。これを飲みな」

懐から小瓶を取り出し、私に差し出す。温かいハーブティーの香りがした。

「ありがとうございます」

私は小瓶を受け取り、一口飲んだ。体が芯から温まる。

「あんた、魔力持ちだね。しかも、相当な質だ」

老婆が、私の手を見つめた。

「私、ミラっていうんだ。行商人さ。薬草や魔法具を売り歩いている」
「エリスです」
「エリスちゃんか。良い名前だ。ところで、あんた、どこへ行くんだい?」
「王都です。銀月商会という店を探しています」
「銀月商会!」

ミラが目を丸くした。

「あの有名な魔法具商か。あそこの主人、ロザリンド様は凄い人だよ。
元は平民だったのに、今じゃ王宮御用達の商人だ」
「その方に、会いたいんです」
「縁があるのかい?」
「私の母が......昔、お世話になった方だと聞いています」

ミラは頷いた。

「そうかい。なら、明日、私の馬車に乗りな。ちょうど王都に行くところだ」
「でも、馬車賃が......」
「いらないよ。若い娘が一人で歩くなんて、危険だからね。それに......」

ミラが、いたずらっぽく笑った。

「あんた、良い魔力を持っている。いつか、その力で私を助けてくれたら、それで十分さ」

翌朝、私はミラの馬車に乗せてもらった。
馬車は快適で、ミラは道中、様々な話をしてくれた。
王都の様子、貴族たちの噂、そして銀月商会のこと。

「ロザリンド様はね、魔法具に対する目利きが凄いんだ。
どんなに偽物が上手く作られていても、一目で見抜く。
だから、あの店で売られている品は、全て本物だって評判なのさ」
「素晴らしい方なんですね」
「ああ。それに、困っている職人を助けることでも有名だ。
腕はあるのに報われない職人を見つけると、店で雇って育てる。
今じゃ、銀月商会の職人たちは、王国一の腕前だって言われているよ」

私の胸に、希望が灯った。
ロザリンドなら、私を助けてくれるかもしれない。

夕刻、馬車は王都の門をくぐった。
石畳の大通り、立ち並ぶ商店、行き交う人々。王都の活気が、私を包み込む。

「銀月商会は、北の商業区にあるよ。この通りをまっすぐ行けば着く」
「ありがとうございます、ミラさん」

私は馬車を降りた。

「エリスちゃん、頑張りな。あんたなら、きっと大丈夫さ」

ミラの励ましに、私は深く頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

救国の代償で白髪になった聖女、一度のミスを理由に「無能の戦犯」として追放される ~隣国の覇王に拾われ、愛され、奇跡の力を見せつける~

スカッと文庫
ファンタジー
聖女アリシアは、百年に一度の大氾濫から国を守るため、禁忌の魔力全解放を行い、単身で数万の魔物を殲滅した。その代償として、彼女の美しい金髪は真っ白な「白雪色」に染まり、魔力は一時的に枯渇してしまう。 しかし、その功績はすべて現場にいなかった「偽聖女セシリア」に奪われ、アリシアは「結界を一部損壊させた戦犯」「魔力を失った役立たず」として、婚約者の王太子ギルバートから国外追放を言い渡される。 「失敗したゴミに、この国の空気は吸わせない」 泥の中に捨てられたアリシア。しかし、彼女を拾ったのは、敵対国として恐れられていた帝国の「武徳皇帝」ラグナールだった。彼はアリシアの白髪が「高純度の神聖魔力による変質」であることを瞬時に見抜き、彼女を帝国の宝として迎える。 数ヶ月後。アリシアが帝国の守護聖女として輝きを取り戻した頃、王国では「一度きりの奇跡」だったセシリアの魔力が尽き、本当の滅亡が始まっていた。 「今さら結界が解けたと泣きつかれても、もう私の魔力は一滴も残っていません」

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

阿里
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 〜王子たちの胃袋を『あんこ』で掴んだら、王宮で極甘に溺愛されています〜

あとりえむ
恋愛
「起きなさい、この穀潰し!」 冷たい紅茶を浴びせられ、無実の罪で男爵家を追放された地味なメイド、ミア。 泥濘の中で力尽きようとしたその時、彼女の脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。 それは、炊きたての小豆の香りと、丁寧にあんこを練り上げる職人としての誇り…… 行き倒れたミアを救ったのは、冷徹と恐れられる第一王子ミハエルだった。 バターと生クリームの重いお菓子に胃を痛めていた王族たちの前に、ミアは前世の知恵を絞った未知のスイーツ『おはぎ』を差し出す。 「なんだ、この食感は……深く、そして優しい。ミア、お前は私の最高のパートナーだ」 小豆の魔法に魅了されたミハエルだけでなく、武闘派の第二王子やわがままな王女まで、気づけばミアを取り合う溺愛合戦が勃発! 一方で、有能なミアを失い、裏金のカラクリを解ける者がいなくなった男爵家は、自業自得の崩壊へと突き進んでいく。 泣いて謝っても、もう遅い。 彼らを待っていたのは、処刑よりも皮肉な「全土小豆畑の刑」だった…… これは、一粒の小豆から始まる、甘くて爽快な逆転シンデレラストーリー。 あなたの心も、あんこのように「まあるく」癒やしてみせます。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる

もちもちほっぺ
恋愛
亡き母の形見の庭を守ることだけが、フェリシアの居場所だった。 継母に食卓での給仕を命じられ、義妹に母の形見の花を踏みにじられても、父は「仲良くしなさい」と言うだけだった。 植物魔法は「雑草いじり」と蔑まれ、フェリシアはルミナリス家の娘ではなく、使用人以下として生きてきた。 転機は突然訪れる。 「氷の魔王」と恐れられるギルバート・ウィンストン公爵との縁談。嵐の中、馬車も出してもらえず送り出されたフェリシアが辿り着いたのは、十年間何も育たなくなった荒廃した庭だった。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

処理中です...