地下室に幽閉された私、実は王国唯一の【刻印の紡ぎ手】のようです

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第四章

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銀月商会は、商業区でもひときわ目立つ建物だった。
三階建ての白亜の館。
正面には銀色の月のマークが掲げられ、大きなガラス窓からは、美しい魔法具が展示されているのが見えた。
私は深呼吸をして、扉を押し開けた。

店内は、想像以上に広かった。
天井は高く、シャンデリアが優雅な光を放っている。
壁際には、様々な魔法具が整然と並べられている。
照明器具、護身用の指輪、旅行者向けの保存食器。

どれも、一流の職人が作った品だと一目で分かる。

「いらっしゃいませ」

若い女性店員が、笑顔で近づいてきた。

「何かお探しですか?」
「あの......ロザリンド様に、お会いしたいのですが」

店員の表情が、僅かに曇った。

「ロザリンド様は、大変お忙しい方でして。アポイントメントはお取りですか?」
「いえ、でも......」

私は黒曜石のペンダントを取り出した。

「これを見ていただきたいんです。
私の父が、ロザリンド様に会うように言い遺したものです」

店員はペンダントを見て、目を見開いた。

「これは......お待ちください」

彼女は奥へと駆けていった。
しばらくして、階段から一人の女性が降りてきた。
四十代半ば。
深緑のドレスを身にまとい、栗色の髪を優雅にまとめている。
だが、その目には鋭い知性と、底知れぬ力があった。

「あなたが、エリス?」

女性が、私を見つめた。

「はい」
「私がロザリンド・シルヴァよ。そのペンダント、見せてくれる?」

私はペンダントを差し出した。
ロザリンドは、それを手に取り、じっくりと見つめた。やがて、魔力を込める。
ペンダントが光り、父の声が響いた。

「ロザリンド、もし私の娘がそちらを訪ねたら、どうか助けてやってほしい......」

記録が終わると、ロザリンドは深く息をついた。

「アデリアの娘......」

彼女の目に、涙が浮かんでいた。

「お母様を、ご存知なんですか?」
「ええ。アデリアは、私の親友だった。いえ、姉妹同然の存在だった」

ロザリンドは、私の手を取った。

「あなた、よくここまで来たわね。さあ、上に上がりましょう。ゆっくり話を聞かせて」

三階の応接室は、落ち着いた雰囲気だった。
暖炉に火が灯り、柔らかいソファが置かれている。
ロザリンドは私に紅茶を淹れ、自分も向かいに座った。

「まず、あなたの状況を教えて。なぜ、こんなにやつれているの?」

私は、全てを話した。
父の死後、継母に虐げられたこと。
些細なミスで何時間も説教され、食事を抜かれたこと。
妹が私の工房を台無しにし、それを全て私のせいにされたこと。
地下室に閉じ込められ、クラウス・ヴェルナーと奴隷契約を結ばされそうになったこと。

ロザリンドは、黙って聞いていた。
だが、その目は次第に厳しくなっていった。

「クラウス・ヴェルナー......あの男、まだそんなことをしているのね」
「ご存知なんですか?」
「ええ。彼は、若い職人を借金漬けにして搾取することで有名よ。
王宮にも何度か訴えがあったけれど、彼は貴族だから、処罰されずにいる」

ロザリンドは、紅茶を一口飲んだ。

「でも、契約書にサインしてしまったのね」
「はい......」
「見せてもらえる?」

私は、懐から契約書の写しを取り出した。脱出する前に、密かに複写の刻印で作っておいたものだ。
ロザリンドは、それを読んだ。やがて、冷たく笑った。

「この契約、無効にできるわ」
「本当ですか!?」
「ええ。契約書には『自由意思での署名』が必要と明記されている。でも、あなたは地下室に監禁され、脅迫された状態で署名した。これは強制契約とみなされる」

私の心に、光が差し込んだ。

「それに......」

ロザリンドが、契約書の一部を指差す。

「ここ、見て。『違法な魔法具の製造を強要しない』という条項がある。でも、クラウスは支配の首輪を作れと言った。これは明確な契約違反よ」
「では、この契約は......」
「法廷に持ち込めば、確実に無効にできる。
そして、クラウスは強制契約と違法魔法具の製造教唆で、爵位剥奪もあり得る」

ロザリンドは、契約書を机に置いた。

「でも、裁判には時間がかかる。それまでの間、あなたはここに滞在しなさい。私が守るわ」
「本当に......いいんですか?」
「当然よ。あなたは、アデリアの娘。私にとって、姪も同然なんだから」

ロザリンドが優しく微笑む。
その温かさに、私は涙が溢れそうになった。

「ありがとうございます......」
「泣かないで。まずは、お風呂に入りましょう。それから、温かい食事を用意するわ」

ロザリンドが私の手を取って立ち上がった。

「あなた、いつからまともな食事をしていないの? 頬がこけているわ」
「三日......いえ、もっと前から、継母が食事を減らしていて......」
「まあ!」

ロザリンドが眉をひそめた。

「そんな......あなた、よく倒れなかったわね」

彼女は使用人を呼び、すぐに風呂の準備をさせた。

「今夜は、ゆっくり休みなさい。明日、これからのことを話し合いましょう」

用意された浴室は、想像以上に豪華だった。
大理石の浴槽に、湯気を立てる温かいお湯。薔薇の花びらが浮かび、甘い香りが漂っている。

「エリス様、お背中をお流しいたしますわ」

若い侍女が、優しく声をかけてきた。

「いえ、自分で......」
「遠慮なさらないでください。ロザリンド様のご命令です」

侍女は丁寧に私の髪を洗い、背中を流してくれた。
その手つきは優しく、まるで大切な家族を扱うようだった。
湯船に浸かると、体の芯まで温まった。

地下室の冷たさ、継母の冷酷な視線、セシリアの裏切り。
全てが、少しずつ溶けていくようだった。

浴室を出ると、新しい服が用意されていた。
柔らかい綿の部屋着。肌触りが心地よい。

「お食事の準備ができております」

侍女に案内され、食堂へと向かった。
テーブルには、温かい料理が並んでいた。

野菜のスープ、焼きたてのパン、ローストチキン、サラダ、デザートのタルト。
どれも、美味しそうな香りを放っている。

「さあ、たくさん食べて」

ロザリンドが、私の向かいに座った。

「遠慮しないで。あなたは、これから体力をつけなければならないのだから」

私は、スープを一口飲んだ。
温かくて、優しい味がした。
気づけば、涙が頬を伝っていた。

「どうしたの?」
「......温かいです」

私は、震える声で答えた。

「こんなに温かい食事、父が亡くなってから、初めてです」

ロザリンドが、優しく微笑んだ。

「これからは、毎日温かい食事が食べられるわ。ここは、あなたの家でもあるのよ」

食事の後、私は客室へと案内された。
広い部屋に、ふかふかのベッド。窓からは、王都の夜景が見える。
ベッドに横になると、体が沈み込むようだった。
柔らかい。
温かい。
安心する。
久しぶりに、心から安らげる場所だった。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
夢の中で、父と母が微笑んでいた。

「よく頑張ったね、エリス」
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