十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

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第二章

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翌日の夕方、予定通りミレイユのドレスを完成させた。
彼女は鏡の前でくるりと回り、満足そうに微笑んだ。
「まあ、なかなかの出来じゃない。使用人にしては上出来よ」
相変わらずの物言いだが、もう慣れた。私は黙って頭を下げる。
「明日は朝から準備で忙しいから、貴女は部屋から出ないように。目障りだから」
「......はい」
その夜、屋敷中が寝静まるのを待って、私は物置へと向かった。月明かりを頼りに、埃をかぶった箱の中から母のドレスを見つけ出す。
深い紫色のベルベットに、金糸で薔薇の刺繍が施された美しいドレスだった。少し古い型だが、手直しすれば十分に着られる。
部屋に戻り、夜通しかけてドレスを自分のサイズに直した。朝になる頃には、まるで私のために作られたかのようにぴったりと仕上がっていた。


舞踏会当日の夕方、叔父とミレイユは早々に馬車で出かけて行った。
私が同行しないことに、彼らは何の疑問も抱いていない。
いつものように、物置部屋に閉じこもっていると思っているのだろう。
「セレスティーナ様」
エマが部屋に入ってきた。その手には、美しい髪飾りと手袋が握られている。
「これも、お母様の形見です。さあ、支度をいたしましょう」
エマの手を借りて、私は久しぶりに令嬢らしい装いをした。鏡に映る自分の姿が、まるで別人のようだ。
「お美しい......お母様にそっくりです」
エマが涙ぐんでいた。
「馬車は?」
「裏門に手配してあります。御者には口止めしてありますから」
私はエマの手を取った。
「ありがとう、エマ。貴女がいなければ、私はとっくに心が折れていたわ」
「セレスティーナ様、どうか楽しんできてください。そして......もし何か運命が動くなら、恐れずに掴んでください」
エマの言葉の意味は分からなかったが、私は頷いた。
王宮への道のりは思ったより短く感じられた。
馬車が正門に着くと、衛兵が招待状を確認して通してくれる。

久しぶりに見る王宮の大広間は、シャンデリアの光で眩しいほどに輝いていた。
着飾った貴族たちが談笑し、楽団が優雅な音楽を奏でている。
私は意識して背筋を伸ばし、堂々と広間へ足を踏み入れた。
すると、何人かの視線が私に向けられた。
訝しげな表情の者もいれば、感嘆の眼差しを向ける者もいる。
「あれは......ローレンス家の?」
「まさか、病弱だと聞いていたが」
「なんと美しい」
ひそひそと囁き声が聞こえてくる。私は動じることなく、ゆっくりと広間を進んだ。
その時、正面から叔父とミレイユが近づいてくるのが見えた。
二人の顔が見る見る青ざめていく。
「セレスティーナ!?なぜお前がここに」
叔父が声を荒げた。周囲の注目が一気に集まる。
「正式な招待をいただきましたので」
私は静かに答え、招待状を示した。
「病弱なはずでは......」
近くにいた貴婦人が首を傾げた。
「おかげさまで、すっかり回復いたしました」
私は優雅に微笑んだ。
この十年間、演技することは嫌というほど学んだ。
令嬢らしく振る舞うことなど、造作もない。
「しかし、このような場にふさわしい教育も受けていない小娘が――」
叔父が何か言いかけた時、広間がざわめいた。
「ヴィルフォール公爵のお成りです」
従者の声と共に、広間全体が静寂に包まれた。談笑していた貴族たちの声が途絶え、楽団の演奏も一旦止まる。誰もが入口に視線を向けた。
その静寂を破るように、黒い正装に身を包んだ男性が、ゆっくりと広間に入ってきた。
一歩踏み出すごとに、シャンデリアの光が彼の姿を浮かび上がらせる。

アレクサンダー・ヴィルフォール公爵。

漆黒の髪と鋭い灰色の瞳を持つ彼は、まるで夜を纏っているかのような存在感があった。
年齢は二十代後半だろうか。
整った顔立ちは彫刻のように美しく、それでいて近寄りがたい冷たさを漂わせている。
彼が歩を進めるたびに、周囲の空気が張り詰めていくのが分かった。

広間にいた貴族たちが、波が引くように道を開け、一斉に恭しく頭を下げた。
その光景はまるで、王族を迎えるかのようだった。
私も慌てて膝を折り、母から教わった作法を思い出しながら、優雅にカーテシーをする。
紫のドレスの裾が、大理石の床に柔らかく広がった。

公爵は無表情のまま広間を見渡していた。
その視線は冷徹で、まるで広間にいる者すべてを査定しているかのようだ。
誰もが息を潜め、彼の視線が自分に向かないことを祈っているように見えた。

しかし、ふと、その視線が私の上で止まった。
一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。彼の灰色の瞳が、まるで私の内側を見透かすように見つめている。
その視線には、驚き――いや、何か別の感情が含まれているような気がした。

周囲の華やかな音楽も、人々のざわめきも、すべてが遠のいていく。
私は思わず息を止めた。公爵の視線から逃れることができない。まるで、見えない力で縫い止められているようだった。
「......ローレンス家の」
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