箱庭の宝石

膕館啻

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《32》

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キラキラと眩しい装飾品が、私の目にはボヤけて見えた。一人で豪華な椅子に腰をかけて、部屋全体を見つめる。
偽物でも多少はそれなりに見えるものだ。蘭晶の提案した部屋はエキゾチックな雰囲気で、自室では扱い辛そうな家具が並んでいる。壁一面にカーテンを掛け、天井からは薄い布が垂れ下がっている。あちこちにあるランプはステンドグラスのように色がつけられていて、部屋を暗くしてそれだけ点灯すると、怪しい雰囲気になる。それに合わせて窓のガラスも紫色に塗ってみた。
外から布を貼って、室内に明かりが入らないようにする。一つぐらいはこんな部屋があってもいいだろう。この部屋はもともと校舎の裏側なので、あまり光が入らない。
最近は完全に一人になることがなくて、誰かと話し終わっても、また他の生徒が待ち構えていた。特にリーダーの目がなくなった生徒が隙を見て、こちらに来てくれる。私が望んだことだ。私が描いた未来、怖いほど思い通りの。
目を閉じて、一人一人の顔を思い浮かべる。それでもやはり印象に強いのは黒の生徒達だ。
翠の姿を思い出すと、じわりと目元に涙が滲んだ。誰に聞かれた訳ではないが、私はもう言い訳できないところまできていることを、認めなければならない。
彼らと向き合う時、制御ができなくなり始めている。感情が大きく揺さぶられる。彼らと自身を重ね合わせているのか、だから前の自分を思い出して苦しいのか。彼らが私に、担任という枠を超えた目を向けてくれるのが嬉しいのか。純粋故に見え始めている狂気、でもそれは間違いなく愛なのだろう。
私しか選べない環境下で、外に出れば簡単に吹き飛んでしまうようなものに、終わりの見えない愛を。私は認めるべきなのか。誰かは許してくれるだろうか。以前なら絶対にあり得ないと思っていた。報道される度に、人間以下の屑だと罵っていた。生徒を裏切ることをしてはいけない、そんなことは当たり前だ。しかしそんな感情も、私が愛を知らなかったからだろうか。こんなに心が掻き乱される日々を味わうのは初めてだった。その大半は嬉しいはずなのに、心が握り締められているかのように苦しい。これはただの同情なのか? 彼らが可哀想だから?
ここで何をしても世間に知られることはない。私が先生でなくなっても、そんなことに関心を示すような人間はいない。
でも……私のこの想いが間違いだったら?  本当は素直に頼ってくれていただけで、私が近づいたら怖がって埋められない溝になってしまうかもしれない。彼らに拒絶されたら、きっともう生きていけない。もしかして彼も……こんなことを考えていたのだろうか。私が手を振り払ってしまったあの後、自分のことしか考えられなかったが、彼は絶望したのかもしれない。そんな私が、みんなから愛されて幸せに過ごすなんて良いのだろうか。優しくしたい。ただそれだけしか考えなかった。その中には嫌われたくない、簡単に好かれたい、そんな気持ちも含まれていたはずだ。私はまだ幼い彼らに、洗脳のように良いことばかりを言って、私に懐くようにした。
こんな私より甘い言葉を伝えず彼らに、ある意味で向き合っていた前の担任二人の方が、人としてマシなのかもしれない。私は最低だ。考えれば考えるほど、彼らに相応しくない。しかし私はここにいるしかない。いや、校長とあの人がいれば勉強はしないかもしれないが、平穏に過ごすことはできるのか。私が去っても、その内穏やかな日々に戻るだろう。
例えば私が誰かの手を取ったとき、そこにいなかった人物は深く悲しむだろう。狭い世界で唯一と勘違いしたまま、幻想に包まれ美化された私に捨てられたと思ったら、命を投げ打ってしまうかもしれない。彼らは特に不安定で、陶酔できる何かをいつも探している。彼らの暇は永遠に近い。いつ終わるのか誰も知らない。究極の暇潰しを探すとしたら、これに辿り着くのだろう。
今まではクラスの対立があった。完全に消えた訳ではないが、以前のような空気は消えつつある。競い合う必要がなくなった後、その次は自分が心地良く過ごせる場所を求める。それを以前から種を蒔いて、自分のところに来るように仕掛けたのが私だった。友人同士で起こる場合もあり得るが、ほとんどの生徒がこちらに来るということは、私がそれほどまでに甘い顔をしてしまったのだろう。先生という特別な立場が、更に彼らの理想を広げているのかもしれない。彼らは不幸だ。本当に。私しかいないのだから。私が彼らにやっていることは、結局自分の為だ。彼らに優しく接すると、どこかで気分が良かった。彼らの悩みが深刻であればあるほど、私は満たされた。それを自分だけに打ち明けてくれるのだと思うと、今までそんな経験がほとんどなかったが為に、身が震えるほど幸福を味わえた。外面では心配していたが、内面では可哀想で可愛い彼らをもっと苦しめ、もっと私に溺れるようにと願っていた。
法律では捌けないかもしれないが、私は罪だらけだ。私こそ懺悔をしなければいけない。心の中で誰かを殺すのと、実際に誰かを殺すのはそこまでの差があるだろうか。私自身が醜いのは、どこへ行っても変わらないじゃないか。
今ここから消えても、それはそれで迷惑をかけてしまう。皆を無理やり船に乗せて出航したのに、自分だけ安全な内に外に飛び出し、彼らを見送る。良いことをしたと信じて、一人で満足をする。そう考えたらやはり出るべきではない。しかしこのままなら私は……教師ではいられなくなる。父親か? 彼らを子供だと思えば良いのか? 親なら愛情を与えても構わない。大人になり切れなかった私がどうしたら、正しい愛を注げるのか。
ふと目を開けると、視界の端に誰かいるのが見えた。こちらと目が合うと蘭晶は、周りを警戒するように見渡してから、しっかりとドアを閉めた。聞かれてはいけない話だろうか。
「先生……今大丈夫? なんだか疲れているみたいだから」
「ああ、ごめん。平気だよ。この部屋、素敵になったね」
「ふふ、ここにいるとお姫様になれたみたいに思えるわ」
隣の椅子に座ると、こちらに身を乗り出してきた。コソコソと入ってきた割には元気そうだ。私が心配させてしまったのだろうか。
「寝ていたの? 疲れちゃった?」
「いやそんなことないよ。ただぼうっとしていただけ。蘭晶はどうしたの」
「……私、先生のことが知りたいの」
笑みが消えて、どこか泣きそうな顔になる。ぎゅっと手を握り締めた。
「秘密を教えて。秘密って何にでも勝てるものだと思うのよ。お金にも。 愛の誓いなんかより、よっぽど強いものになるわ。私は強い絆が欲しい。秘密を交し合った時、それが永遠になる……私は覚悟ができている。先生に全部を見せる覚悟が。だから先生……その覚悟ができたら、私に伝えにきて」
珍しく彼の顔は真剣だった。茶化すようなものはなく、縋るような目を向けている。
私にそんな大きな秘密なんてない……そんなことを伝えれば、彼は傷ついてしまうだろう。しかし僅かに残っている。私が彼らに話していない過去。これを伝えるなら一人でなく、全員に話したい。彼一人と共有はできなくなってしまうが。
「皆に、話したいことがあるんだ。秘密って程のことでもないんだけど。それは伝えようと思う。ごめんね……蘭晶に教えられるような面白い過去が私には、無いな」
「……ワガママを言っちゃった。ごめんなさい。でも、もう一個だけワガママを言うなら……昔のことじゃなくてもいいの。今、先生が考えていること、悩んでること何でもいいから。先生が誰にも言っていないことを知れたら、いいの……私、おかしなこと言ってる。貴方を困らせてしまってる。こんなはずじゃなくて……私はただ……もう少しだけでも自信が欲しくて」
「蘭晶……っ」
駄目なのは私の方だ。私がしっかりしていなかったから、彼を傷つけた。このままでは他の生徒も傷つけてしまう。分かっている。憧れた教師を目指して、それになることができたのに、自分でそれを手放した。今度もまた自分から道を外れようとしている。何故だ、何故ちゃんとできない。
私が先生という立場になることができたら、孤独になる子を救ってあげたいという目標があった。私もそういう生徒の一人だったからだ。目立つ子ばかり贔屓されていた。しかしその子達も努力をしていた、他人を納得させるだけの理由があった。私にはそう努力をする為の場や、許されるような空気が元より存在していなかった。同じ立場の生徒に、解放できる場を与えたかった。それは自分が誰かにしてほしかったことだ。結局私は過去の自分が報われるように生きてきただけだ。だから……辞めたんだ。
人として仕方なかったのかもしれない。心が壊れてしまったら元も子もない。しかし教師としては間違いだったのだろう。私は先生などというものにはきっと向いていない。……そうか、私は失敗したんだ。人生に失敗した。だからここにいる。じゃあ……仕方ないのか。
私の奥から、自分という存在が染み出してくる。全てを放棄して逃げ出そうとする奴だ。一度は逃げられたかもしれないが、今はただその黒い世界に沈んでいたかった。
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