サファイアの雫

膕館啻

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Phantom

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ジャック……、ジャック……。
声に気づいた彼が振り返る。
「ああ、これが例のやつか?」
何者かに体が乗っ取られたような……でも、私の意思もある。体が半分に分かれているみたいだ。
声は出せない。奥底から響くように名前を呼ぶものは、何だろうか。
「ジャック……こっちへ」
「そんなお利口さんだと思うか? 俺が」
「教えてあげよう、彼らの秘密を」
「秘密も何も、あんたが連れていっちゃったんだろ。そっちも気になるけど、俺はまだここにいるよ。こんな俺でも、あいつらは寂しがっちゃうからねえ」
「……ジャック、君は自分の役を壊したね。先程のは君らしくない。たった一言で動揺して、この場所のことまで喋ったね。気づかれてしまったじゃないか」
「先生の姿で言われると、なんか嫌だなあ。俺凹んじゃうよ」
「そういう言い方をするってことは、ジャックが言ったこと、私が気づいたことは合っているということか?」
突然声を上げた私に気づいたのか、ジャックがこちらに振り返った。
「これが……ジョーカーなのか? 足元に巻きついているこの黒い煙、これがお前か? こんなものに皆は連れ去られたというのか? 皆はどこにいる、なぜ私の中に入って話しているんだ!」
「先生……先生か? ジョーカー離れろ! 先生から離れろっ」
「だからそういう態度が……っく、なんだこれ、ごめんジャック……思うように話せない」
「いいんだ先生……分かってるから。あんたのこと、俺はちゃんと理解してる」
「ありがとうジャ……もう終わりにしよう。そろそろ限界だ。世界が壊れ始めている……え、壊れているってどこが?」
ジャックから見れば、私が一人二役を演じているように見えるのだろう。混乱しているだろうが、私も意識が引っ張られないように必死で食らいつく。
「ジャック、とにかく今はこいつから逃げて……ジャック、君には期待していたんだけど、思ったよりも弱かったな。その弱さが人間らしさか? そんなものになりたかったのか? お前は」
なぜ彼にそんなことを言うのだろう。私は彼の素が見えて嬉しかったのに。
「先生、あんたの言葉だけ聞くぜ。俺は惑わされない」
「無駄だ。お前が何をしようと、結果はもう決まっているんだ」
手が勝手に動き、彼の手を掴んだ。強い力で、壊れそうなほど。
「どうし、て……っ、離すことができないんだ」
「先生……いいよ、無理しなくて」
「ダメだ、君が傷つくところを見たくない……っ。ほら、ちゃんと見るんだ。彼の腕を」
掴んでいた感触が変わった。ゆっくり手を離すとそこは、人間の手首ではなくなっていた。
「球体関節……?」
「見るな、先生! ジョーカーが見せている幻覚だ! 目を閉じろ! 見るな、見るなああああ!」
「……気づいてしまったみたいだな。ほら、もっとよく触れてみろ。君の手に馴染むはずだ。何度も撫でただろう? これを……」
「せ、んせ……」
「どうして口に出さない? 言ってあげればいいじゃないか。思い出したことがあるんだろう?」
爪の先までこだわった美しい指を持ち上げて、光に照らした。ただでさえ白い体が更に白く染まる。
「ジャック、君の体……背中より少し下かな。腰の辺り……そこに刻印があるはずだ」
「なに、言って……」
シャツを引っ張って、そこを出す。脳内にあった映像と同じ。デザインされたJの文字が刻まれていた。
「売り物なら傷はつけないが、これは自分の為に作った。だから、一人一人に証を刻んでおいたんだ」
ジャックの顔から力が失われていく。
「ごめんね、ジャック……気づいてしまった」
抱きしめた体は既に硬く、反応することはなかった。
そっと机の上に置いて、頭を撫でる。
「美しい……」
煙の方が呟いた。それがなんだかおかしくて、吐き捨てるように笑った。
「君が壊したくせに」
「仕方ないだろう。私はお前の影なのだから。忘れられた記憶の部分。出てきてはいけないはずだった」
「どうして現れたのか、なんとなく分かる」
「自分のことだからな、分かってしまうのだろう。いくら誤魔化していても心は覚えている。都合の良すぎる空間、それに耐えられなくなったのだろう」
「自分はこんなに好かれるべき人間ではないという思いが、常にあった」
「覚えていなくても、変わらないということか。ここまでしてダメなら、手遅れなんだろう」
「でも手遅れって、もっと絶望的なものかと思っていた。今の私の目に映るのは、美しいものだけだ」
「ちょっとはポジティブになった、のか? まぁいいや。さて、有終の美を飾りにいこう。この物語は君が主役だ」
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