隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。

深野ゆうみ

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「里香ってさ、好きな人いないの?」

 大きめの制服がまだ馴染まない中学1年の春。私、斉木里香は地元の公立中学校に進学し、特に小学生の頃と変わらない様子で過ごしていた。当時の私といえば、髪を短くし、制服以外でスカートを穿くことはなく、一年中日焼けしているほど常に外を走り回っていた。端的に言えば、男の子っぽい女の子。

「え!?好きな人!?いないいないいない!」

 だからこういう話が持ち上がる度に、こんな話はもっと大人になってからする話じゃないのかと困惑するのだった。小学生の頃だってそういう話はちょこちょこ耳にしてきた。だが、中学生になるとその頻度は格段に増え、というか何組の誰がかっこいいだの、何年の先輩が素敵だのとそんな話でいつも溢れかえっていた。

 きっと自分の中で”大人になること”への恐怖とか抵抗とかがあったのだろう。恋だのなんだのは今の私には縁遠いもので、今は自分の好きなことや頑張らなきゃいけないことだけに向き合おうと、あえて距離を置いているところもあったように思う。

「そうなんだ~。でもさ、里香って男子とめっちゃ仲良いよね」

 その言葉に一瞬、顔が強張る。

 いつからだろう、その言葉を真っ直ぐに受け止められなくなったのは。

「そうかな?ほらまあ、私はさ、男子から同じ男だと思われてるんだよ」

 あはは、と瞬時に笑顔を作り直しそう言うと、友達も「なにそれー」と言って笑う。

 ───小学6年生の頃。休み時間になると教室を走って飛び出し鬼ごっこを始める男子たち。暑くても寒くてもおかまいなしにただひたすら砂埃を上げて走り回る男子たち。…に交ざる私。ちょっと前は、4、5年生の頃は女子も一緒に走っていたはずだ。なのに6年生になって気がつくと、この外遊びに交ざる女子は私だけになっていた。

 でも何も気にしなかった。だってそれが楽しかったから。外で遊び回ることがその時の自分にとって一番楽しいことだったから。別に男子と遊びたいわけではない、遊ぶ相手がたまたま男子だっただけなのだ。

 しかし、周りの目にはそうは見えなかったらしい。

「里香って、よく男子と一緒に遊べるよね」

 どういうことだろう?と友達の言った言葉の真意が分からないほど小学生の私は馬鹿だった。

「え?なんで?遊ぶの楽しいじゃん」

「うそ、普通に恥ずかしくない?男子と遊ぶのとか」

 ”男子と遊ぶことが恥ずかしいこと”

 そんな感覚が一ミリも湧いたことがなかった自分には衝撃的な言葉だった。なんで恥ずかしいのか。友達と遊ぶことが恥ずかしいってどういうことなんだろうか。そういえばどうして外遊びに女子は加わらなくなったのか。ぐるぐると頭の中が混乱してくる。

 そういえば、同じクラスのあやかちゃんは藤井くんのことが好きとか言っていた。そういえば、掃除の時に屋上に続く階段で早瀬くんが沙奈ちゃんに告白していたとか耳にした。そういえば、桃ちゃんと裕奈ちゃんが男子2人と一緒にテーマパークデートしたとか騒いでた。

 そんな話は自分には右から左の話題で、何も気に留めたことがなかった。が、今ここで気がついた。私一人だけが取り残されていたんだ、と。みんなしっかり「男」と「女」に分かれてお互いがお互いを異性として意識して過ごしていたのだと。”そんな話はごく一部の大人っぽい子たちに限られた特別な話で、大多数の子はそんなことには興味ないはず、私と一緒なはず”。自分中心に物事を考え判断する幼い自分が、勝手にそう思い込んでいただけだったのだ。

 それでもどうしても自分は遊ぶことをやめられなかった。自分はまだ「女」ではないし、周りの男子たちだって私を「女」として見てはいないはずだ。そこに性の意識はお互いないのだ、何も問題ない。そう都合よく自分に言い聞かせた。そうして周りの女子たちの冷ややかな視線を感じないふりしながら、卒業するまで自分は男子と同じ男の子のように遊び続けた。

 そして中学生になった今、どうしているかというと。

 私は相変わらず、小学生から仲の良かった男子たちと、暇が合えば校庭や放課後の公園で遊んでいるのだった。その延長で、学校でも普通に男子と笑って話をするしそれが普通のことだと思っていた。周りの女子が「男子と仲良い」ではなく、ただ純粋に仲良くしているつもりだった。



 しかし、ある時事態は急変する。

「斉木のことがずっと好きだったんだけど」

 顔を真っ赤にしてぶっきらぼうにそう言ったのは、小学生の頃からずっと一緒に遊んできていた男の子だった。その日はたまたま公園に来たのが私とその男子の二人だけで、遊具を使ってぴょんぴょん跳んだりはねたりして馬鹿なことをして笑い合っていた。いつもと変わらない景色だった。

 なのに、少し休憩と思ってベンチに座ったら、少し距離を空けて座った彼が、自分の思いの丈を打ち明けたのだ。

「え…???」

 事態が全く飲み込めなかった。ずっとずっと友達として楽しく遊んできていた相手が、自分のことを「女」として見ていて、友達以上の好意をもって接していただなんて。一つも想像していなかった出来事だった。

 好きだからなに?友達としての好きと、女の子としての好きに違いはあるの?女の子として好きだと付き合うの?付き合うってどういうこと?こうやって公園で思いっきり遊んで大声で笑い合うのとは違うの?
 
 ずっと遠い世界の話だと思っていたことが急に自分に降りかかる現実についていけない。

 
 ───この男の子は今、どんな顔をしているのだろう。

 ふと現実から目を背けるように、そんなことを思いついた。私を「好き」だと言った男の子、私を「女」として見ていた男の子。急にそんなことが気になって、真っ赤になって俯く彼の顔を横からそっと少し覗き込む。


 「…!」


 私は息を飲んだ。

 そして、ぐるぐるしていた頭の中はぐるぐるしたまま、私の顔も熱を帯び始め、ぐんぐん赤くなっていくのが自分でもよくわかった。


 (雄、だ…!)


 紛れもない、男の顔だった。私が見ていた小学生の頃のその子の顔ではなかった。私を「女」として見る「男」の顔だった。性の差を感じなかったあの時とはもう違う。

 「え…えと、あの、私そういう好きとかよくわからなくって…今まで考えたこともなかったから…」

 何か言わなきゃ、でも何て言うのが正解なのかもわからないまま慌てふためき、しどろもどろになる。

 「うん、わかる。ごめん。でも斉木のこと好きな奴、結構いるから誰かに取られるの嫌で、つい」

 頭をガンっと強く殴られたようだった。

 自分のことをそんな目で見てくる男の子がいるなんて想像したことすらなかったのに。知らされる事実に頭がついていかない。

 「わ、わわわ私、ちょっと帰るね、ごめんね、また明日!」

 ”また明日”なんていつもの調子でつい言ったけど、この時ほど"明日なんて来なければいい”と思ったことはなかった。その男の子をベンチに残して私は足早にその公園を後にした。

 

 それから拗らせてしまうのは難しくなかった。私は必要以上に男子を意識するようになり、あんなにカジュアルに関わっていたあの男子たちと話すことすらできなくなってしまった。

 結局告白をしてきた男の子とはその後一言も言葉を交わすことなく、中学を卒業した。周りの女子は私と男子のことを「仲良い」と言っていたけど、私が男子と関わりを断ち外野から眺めてみると、よっぽど私以外の女子の方が男子と仲良く上手に付き合っているじゃん、なんて思ってしまった。

 それは中学を卒業した後も引きずり続け、男子と関わる機会が少なくなればなるほどもっともっと「雄」としての意識が強くなり、男の人と関わることを必要以上に避けるようになってしまった。
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