隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。

深野ゆうみ

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涼太さん②

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 それから数日後、なぜか私は今、涼太さんと一緒にご飯を食べている。


 本当は会うつもりなんてなくて、LINEでお礼だけ伝えるつもりだったのに。あれよあれよと上手く丸め込まれてる?と思うほど、流れるようにしてランチの約束をしていたのだった。

 改めて明るいお昼の時間に会うと、なんだか涼太さんの雰囲気が違ったように感じた。スーツじゃなくて私服だったことも大きいのだろう。でも優しい顔つきはあの時と全く一緒で。



「里香ちゃんってさ、男の人苦手だよね?なのに会ってくれてありがとうね」

 なんでそんなことまでこの人には分かってしまうのだろう。男性3人の突然の登場に怯んだ時も、吐き気が酷くて目の前が真っ暗になった時も。

 今日のこのランチもぎりぎりまでキャンセルしようかどうか悩んでいた。ちゃんと約束通り来られたのは、モラルのない人間だと思われるのが嫌だっていう変なプライドを守るため。

 私がお礼を言う立場なのに、逆に感謝されちゃって一体私は何をしているんだろうと変な気持ちになる。

 しかも涼太さんはそんな私を気遣ってくれているのだろう。必要以上に私に話を振ろうとせず、自分の仕事のこと、趣味のこと、大学時代のことなど、私を楽しませるようにおもしろおかしく話してくれた。



「…ごめんなさい、わたし、男の人と話すのがとっても苦手で…緊張しちゃってつい…」

 一通り涼太さんが話し終えると、私の素直な気持ちを打ち明けた。気遣ってもらっている以上、上手く話せないことをきちんと謝っておきたかった。面倒な女だと思われるだろう。

(でもそれでもいいや、どうせ今日だけなんだから)

 けれど、涼太さんは笑って言った。とっても優しい笑顔で。

「謝ることなんてないよ。むしろそのまま変わらないでいてほしいくらい」


 ”変わらなくていい”

 その言葉が自分の胸に温かく響く。



 そう、私は焦っていたのだ。「変わらなきゃ」「直さなきゃ」と。でもそう思えば思うほど上手くいかなくて───

 こんなありのままの私を受け入れてくれる人がいるなんて思ってもいなかった。

「…そんなこと言ってくれる人がいるなんてびっくりです……」

 相変わらず俯いたままそう言葉にすると、また涼太さんは軽く笑った。

「そのままの里香ちゃんが一番かわいいよ」

「~~~っ」

 面と向かってそんなことを言われると耳まで真っ赤になるのが自分でもわかった。真っ赤になることで更に恥ずかしくなって今度は目にうっすらと涙が滲んでぐずぐずする。
 
「わーっ大丈夫?俺泣かしちゃった?」
 
 さっきまでの大人らしい余裕の色がその一瞬で消え去り、あたふたし始める涼太さんがおかしかった。


「…ふふっ。涼太さん面白い」

 少しだけ顔を上げて自然と笑うことができた。涼太さんと目が合う。少し緊張するけど、ちょっとは顔を見ることができる。

 そんな私の様子を見て、涼太さんはふぅっと息をつく。そして、さっきまでのふざけた雰囲気が一瞬にしてなくなるような畏まった表情に変わった。

「あのさ、10才も離れたおじさんだけど…また会ってくれる?」

 真っ直ぐに私の目を捉えてそう伝えてくる涼太さんの真意は、いくら子供の私でも分かる。



「…はい」

 この人なら、大丈夫かもしれない。”変わらなくていい”と言ってくれたこの人なら。


 


 それから私たちは頻繁に連絡をとり合い、いろんな話をした。短い期間に何度かデートもした。涼太さんの車に乗せてもらって日帰りで旅行したり、ウィンドウショッピングをしたり、映画館に行ったり。

 そんなある日、いつものように涼太さんと通話しているとふいに思い出したような口調で聞いてきた。

「そういえば里香ちゃんっていつ19才になるの?」

 特に話す必要もないだろうと思ってあえて伝えていなかったことなのだけど。

「えっと…あさってです…」

 答えると同時に涼太さんが「えー!!」と大声をあげるので、私は慌ててスマホを耳から遠ざけた。

「言ってよ!!」

「ごめんなさい…普通伝えるものなのかどうかわからなくて…」

「あー謝る必要ないんだけどさ…。うわー、なんとかして仕事の都合つけるからさ、あさってお祝いしようよ」

 
 言葉に詰まる。というのも、誕生日は毎年家族でお祝いするということが決まっている。今年も例外なくそうだろう。父も母も私がいつまでも子供だと思っているようで、先週からウキウキで何が食べたいかとか何が欲しいかとかで盛り上がっているのだ。

「本当に気持ちは嬉しいんですけど…当日は両親と過ごすことになってて…なので翌日以降であれば嬉しいです…」

「…箱入り娘だ」

 ちょっと拗ねたように冗談めかして言ってくれる優しさにほっとする。

「本当に当日以外ならいつでも良いんです。涼太さんの仕事のこともあるし、忙しくない時に会えればそれで十分ですから」

 なんかちょっと申し訳ないことしちゃったかも、と思いながら涼太さんの優しさに甘えることにした。

「じゃあさ、何かしたいことある?食べたい物とか。なんでもいいよ」

「えっと…それじゃあ…」

「うん」

「涼太さんのお家に行ってみたいです」


-----


 その会話の数日後、19才になった私は涼太さんの住むマンションに招待された。涼太さんがどんな家に住んでどんな生活をしているのか、なんとなくの興味本位で言ってみたのだが、いざ行くとなると緊張で心臓がばくばくする。

(家…ってことは、…しちゃうよね)

 数日前から頭の中はそのことでいっぱいだった。経験がないわけではない。高校生の頃、勢いで付き合った彼に迫られて何回かしたことはある。だから大体の流れもわかっているし大丈夫、そう自分に言い聞かせた。

 涼太さんのマンションの最寄駅で待ち合わせをし、近くのコンビニでお菓子や飲み物を買い込む。


「男の一人暮らしなんて味気ないもんだよ」

 そう言って、どうぞと玄関に招き入れてくれる。閑静な住宅街に立つ存在感のある低層マンション。1LDKの間取りで、広いバルコニーから広いリビングに差し込む陽光があたたかで心地良い。

「わーっなんか涼太さんらしいね」

 綺麗に整っているけど、整い過ぎて生活感があまりない。恐らく多忙な仕事のため、寝ることでしか使わない部屋なのだろう。

 それから2人でソファに並んで座り、話していた通りの映画を観た。いちいちテレビに向かってリアクションをする私が涼太さんにとって新鮮だったのだろう。観終わった時には「映画より里香ちゃんの方がおもしろかった」と言っていた。

 
 日が傾き始めた頃、涼太さんが「ちょっと遅れたけど誕生日おめでとう」と自室からブランドものの紙袋を持ってきて私に手渡した。かわいい包みを解いていくと現れた高そうなピアス。こんなのもらっていいのかな、と気後れもしたけど嬉しくてその場ですぐ着けてみる。涼太さんは「かわいい」と言って頭を撫でてくれた。




 「もうこんな時間になっちゃったね」

 気がつくと辺りはすっかり暗くなり、時計の針は18時を指していた。

 今の今まで涼太さんは私に指一本触れていない。きっとこれからそういう雰囲気になっていくのだろう、そう思っていたのだけれど。

 「そろそろ帰らなきゃだよね。送っていくついでにどっかでご飯食べようか。この近くのイタリアンでいい?」


 涼太さんの提案に拍子抜けする自分がいた。どころか、自分ばかりそんなことを考えていたのかと恥ずかしささえ覚える。結局この日は、というかこの日も本当に何もないままお別れをした。



 この日以降、もしかして自分には女としての魅力がないのか、自問自答をする日々がしばらく続いた。そういえば付き合って1ヶ月以上、キスもなければ手をつないだこともさっぱりないのだ。

 あまりこういう話は得意ではないのだけど、大学で仲の良い菜月ちゃんに相談をしてみることにした。


 実は1ヶ月以上前から彼氏がいたこと、その後何の進展もないこと。なんとなく、涼太さんの年齢や会社などの個人情報は伏せて。

 そして菜月ちゃんはさっぱりした感じで答えた。

「本人に聞いてみるのが手っ取り早いよね」

「な、なるほど……!!」




 そして今日。土曜日の昼下がり、渋谷の商業施設に入るカフェで涼太さんに直接聞いてみることにしたのだ。


「…あの…涼太さんは、その…わたしと…あ、あ、あれをしたくないんですか…」

 明らかに無理している私の様子を見て涼太さんは笑いながら答えた。

「あれ、ってなに?」

「~~~!わかりますよね!もう!」

 涼太さんは更に大きな笑い声をあげた。

「そんな簡単に19歳の子に手出せないよ」

 尚も涼太さんは大きな口を開けて笑っている。


(……そんなものなのかぁ。もっと男の人ってがつがつしているのかと思ってたけど…)

「俺だってがつがつ行きたいよそりゃあ」

「!?」

 心の声が漏れてるのかと思ってびっくりする。私の考えていることが見事に的中したのだとわかった涼太さんは、また楽しそうに笑った。

「…涼太さんって、結構意地悪なとこありますよね…」

 考えていることがバレた恥ずかしさで、肩をすくめてぽつりと呟く。

「ごめんごめん。でもね、もちろん男だから我慢してるんだよ」

「…全然そんなふうに見えないです」

「大人に見せるように必死なの。里香ちゃんに気に入られようとかっこつけてるだけ」

 平然とそんなことが言えちゃうのがやっぱり大人だなぁと思いながらじっと涼太さんの顔を見る。そんな私を涼太さんは「どうしたの?」という感じで見つめ返してくる。



 もう目が合っても大丈夫だった。たぶん、涼太さんとならこの先も進めるはず。

「私、涼太さんなら大丈夫…です」
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