隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。

深野ゆうみ

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亜衣

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 鬱陶しい空模様の続く日が幕を閉じ、本格的に夏に入る頃。大学の試験も終わり、夏休みになった。

 俺は、去年の夏休みと同じようにバイトをし、空いた時間でサークルに顔を出したり友達と遊んだりして過ごしていた。

 あれっきり斉木さんとは話すことも連絡を取ることもない。だからきっと次に顔を合わせるのは2ヶ月後、後期が始まる9月の終わり頃だろう。詳しいことは結局わからないままだが、ヨリを戻したあの男性と上手くやっていっているのだろう。

 そう、特段変わったこともなく、ただ斉木さんのことを意識する前の生活に戻っただけだった。



 そんな折、地元の高校時代の友達が数人東京に遊びに来るという連絡が入った。帰省する度に、仲の良かった男友達とは会っていたが、今回は女子も含めて5人ほどで旅行に来る計画らしい。せっかくだからと東京で一人暮らししている俺にも連絡をくれ、どこかのタイミングで一緒にご飯でも食べようという話を持ちかけてくれたのだ。


(亜衣もいるのか…)


 そのメンバーの中には遠藤えんどう亜衣あいも含まれているようだった。

 亜衣とは、高校時代のほとんどを一緒に過ごした元カノで、大学進学をきっかけに別れることになった。正直なところ、良い別れた方をしたとは言えない。そして、その別れ話をきっかけに長いこと会っていなくて、これが久しぶりの再会となりそうだった。

 どんな顔をして会えばいいだろうかとちょっと面倒な気持ちもあったが、さすがに別れて1年以上経つ。きっと向こうだって友達として接することだろうと、そこまで深く考えてはいなかった。


-----


 そして、その当日。

 渋谷駅で待ち合わせをした後、駅直結のお店でご飯を食べることにした。久しぶりの再会に近況を報告し合い、くだらない話に花を咲かせた。


 亜衣とは長い間付き合っていたから周りの友達はみんな自分たちの関係を知っている。既に別れていることも。だから妙に気を遣われているかもと思うこともあったが、俺自身が気にしていないという素振りを見せ続けた。

 しかしその一方で、亜衣はちょこちょここちらに目線を投げかけてくる。

 

(そもそも、なんで亜衣はこの集まりに着いてきてんだ……)


 友達として関係を続けると心に決めていても、普通、元カレを交ぜて楽しくご飯が食べられるものだろうか。繰り返しになるが、そんなポジティブに考えられるほど良い別れ方をしていないのに。


 それでも友達がいる手前、表面上は何でもないふうに装って適度に亜衣にも話しかけたりしてその場をやり過ごしていた。亜衣から話を振られることはなかったが、俺がそうやって亜衣のことを気遣うと、本人は心なしか嬉しそうにしていた。


 2時間ほどが過ぎ、お腹もいっぱいになったと誰もが思った頃に退店し、カラオケにでも移動しようかとわいわい店の前の歩道で話が弾む。ふと俺が輪から外れたタイミングを見計らったのか、背中をとんとんと叩かれる。

 振り返ると、亜衣の姿があった。亜衣は身長が低めであるのに加えて、きっと緊張しているのだろう。さらに小さくなって恥ずかしそうに下を向いている。高校の頃から変わらない亜衣のボブヘアに、ほんの一瞬だけ高校時代の記憶が蘇る。

「……どうした?」

 少し緊張して心臓の音が速くなる。でもそれは恋愛の昂りではなくって、この後亜衣は何と言い出すのか全く予想がつかないという、この場の状況によるものだろう。

 俺が黙って言葉を待っていると、亜衣は恥ずかしそうに小さな声で言った。

「……あのさ、もし良かったら、なんだけど、ちょっと二人で話したいなって…」

「……」

 何と返事すれば良いのかわからなかった。何の話をするのだろう。男と女としての話なのかそれとも友達としての話なのか、過去の話なのか未来に向けての話なのか。


 俺が言葉を選んで口をつぐんでいると、近くにいた友達が俺らの様子に気付き、声をあげる。

「あ、遠藤さんと大野、抜けるの?」

 その声をきっかけにみんなの視線が集まる。亜衣はハッとして「ちがうちがう!」と自分から誘っておいたのにも関わらず否定し始めた。予想外の展開でよほど慌ててしまっているのがわかる。

「いいじゃんいいじゃん!行ってきなよ!」

 久しぶりに再会したからなのか、やたらとテンションの高い友達らは俺ら二人の今後の展開を期待するかのように盛り上げる。

「俺らはカラオケ行くからさ、二人で場所変えてゆっくりしてきたら?」

 きっと良かれと思って言っているのだろう。俺と亜衣の背中を同時に押し、2人をくっつけるようにして友達はそう言った。



 その時だった。近くから聞き覚えのある柔らかく透き通った声が聞こえてきた。



「……大野くん……?」


 声のする方に顔を向けると、そこには信じられないことに斉木さんの姿があったのだ。

 
「え…斉木さん……」



 まさかのこんなタイミングでの鉢合わせに、目が泳ぎ言葉に詰まる。




「え!?大野の友達!?」


 そう友達が大声を上げてハッと我に返った。

 突然の美女の登場に、友達らはかなり動揺し、俺と斉木さんの顔を交替に見る。俺はようやく落ち着きを少し取り戻して、あくまでも冷静に言う。

「あーっと、うん、大学の」

 斉木さんは黙って俺と亜衣を一緒に見据える。俺と亜衣の距離は、俺たちの意思とは関係なく友達に無理やりくっつけられそうになっていたので、とても近い。


「あっ、ちが…これは」

 なぜか口をついて否定の言葉が出る。別に否定も肯定も斉木さんには関係のないことなのに。

 そんな言葉をかき消すように周りの男たちは斉木さんの美しさにざわついている。



(……あ、まずい)

 
 きっとこういう状況、斉木さんは大の苦手だ。絶対に困っているはず。俺は彼氏でもなんでもないけど、一人の友達として斉木さんに嫌な思いをしてほしくなかった。そう、友達として。

「ちょっと、お前ら黙ってろよ」

 そう言おうと思ったのに。

 俺が口を開いたその瞬間に、斉木さんが先に言葉を発した。にっこりと笑いながら。

「こんにちは。斉木里香っていいます」

 さながら後光の差す女神像のような美しい笑顔を作って、男たちに優しく声をかける斉木さん。とても男性が苦手だなんて誰も思わないだろう。友達らはそんな斉木さんの微笑みに息を飲んだ。

「ごめんね呼び止めちゃって。じゃあ、またね大野くん」

 そう言って斉木さんはくるりと踵を返し去っていった。斉木さんのオーラを全身に浴びた友達らはしばしフリーズ状態だった。


「……」

 そんな彼女の後ろ姿を俺はただ黙って見送ることしかできない。


 きっと、あまりの美しさに圧倒されてこの場にいた誰も気づいていないだろう。にっこりと微笑みながらも微かに斉木さんの足が震えていたことに。

「……悪いけど、俺明日早いし帰るわ」


 俺はそう切り出してこの場から離脱しようとした。すぐそばにいる亜衣は気まずそうにしているが、やっぱり亜衣と今ここで二人になって話すという気分ではない。なんてったって、俺たちはもう既に終わった関係なのだから。


(斉木さんに何て思われただろう)

 亜衣との不自然なほどの距離の近さを一瞥して一瞬固まったことは、俺でもわかった。でも、別に弁明したところで、斉木さんにだって涼太さんがいる。何をそんな必死に否定しようと、誤魔化そうとしているのか。その焦りに苦笑してしまう。


(何と思われても別に関係ないのにな)


 亜衣が俺に向かって何かを言い出そうとしていたが、俺はそれを制するように「じゃあまたお盆に」とその場にいる全員に向かって声をかけて駅の方へ歩き出した。


 斉木さんの姿は、もうどこにも見えない。

 諦めたはずなのに、望まないと決めたはずなのに、彼女が自分の視界に入り、自分の名前を呼ぶだけでふっと欲望が顔を出してくる。

 このどっちつかずの感情にいつまでも振り回されていてはいけないと、自分でもわかっていた。しっかりとけじめをつけるべきなのだろうというこも。


-----
 


 暑さが本格的に増し、蝉の声が耳痛く鳴り響く頃、俺はお盆より少し早めに実家に帰省した。

 いつものように地元の友達と集まる予定を立て、祖父母の家に家族で顔を出すという毎年の恒例行事も決まっていた。何も変わらない、いつものお盆になるはずだった。


 しかし、予想していなかったことが一つだけあった。


”会って話がしたい”


 亜衣からの連絡だった。
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