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海
しおりを挟む東京に帰ってきて数日、夏もあっという間に終わりを告げようとし、9月に入ろうとしていた。亜衣に背中を押される形で斉木さんへの思いを伝えようと決心したはずが、俺はなかなか踏ん切りがつかずにいた。というのも、俺は今まで自分から告白したことがなかったのだ。
(告白って、いつどこでどんなタイミングでするものなんだよ……)
この気持ちを本人以外に打ち明けるつもりもなかったから、どうにか自分でネットで検索してみる。
「テーマパーク、ドライブ、夜景の綺麗なレストラン……いや、いやいやいやいやいや」
俺は持っていたスマホをぞんざいに机の上に放り投げた。
相手には彼氏がいる。迂闊にそんな場所に誘い出すなんてあまりにも下衆すぎる。
「はぁ……」
せっかく決心したのに、あと約1ヶ月、大学で会えるまで待たなきゃいけないのか。この宙ぶらりんの状態に神経が摩耗していく感じがして、大きなため息が部屋中を包み込む。
しばらくして何か良い方法はないかと考えているところに、入ってきた一通のLINE。誰からだろうかと通知を見るためにスマホを手に取る。そして、全然予想だにしていなかった相手からのメッセージに俺は通知を二度見した。
「え……?」
"今、東京にいますか?もし良かったら行きたいところがあるのですが…"
紛れもなく差出人は"斉木里香"だった。その名前を見るだけで俺の心臓はバクバクと速くなっていくのがわかった。
(即返信……!)
俺は高まる気持ちを抑えきれずに自分が作った文章の内容を確認もせずに勢いで返信を送った。
(……早く打ち明けて楽になりたい)
今まで経験したことのない「恋煩い」に俺は正直戸惑っていた。しかも相手には彼氏がいるのだからそれはもう尚更のことで。成就しないことは分かりきっていることなのに、想いを打ち明けずにはいられない。それならもう、なるべく早く当たって砕けたいのだった。
-----
9月に入ったとは言え、まだ日中は厳しい残暑が続く頃。俺は、ゆりかもめに乗って日の出駅で斉木さんが来るのを待っていた。
「東京湾クルージング……」
斉木さんの行きたい場所、とはお台場だった。なぜ俺とお台場なのかはよく分からなかったが、自分から誘えずにうだうだしていた自分からしたら、それは神様から出された助け舟でしかなかった。しかも、これに乗りたい、と送られたURLを開いてみると、レインボーブリッジをくぐって東京湾をぐるっと一周するクルージング船のHPだった。
駅の改札で待っていると、斉木さんが今日も変わらずきらきらしたオーラを全開に醸し出して話しかけてきた。相変わらず周囲の人たちの視線を集めている。それに加えて久しぶりに会ったこともあり、斉木さんを直視することが少し照れ臭い。
「遅れてごめんね、久しぶり」
はにかむ斉木さんは思わずため息が出るほど美しかった。
「全然大丈夫。行こっか」
俺らは駅から出て、船が発着する埠頭に向かった。今日の斉木さんは東京駅で会った時と違い、ゆるっとした白いデニムに黒のタンクトップを合わせてシャツを上から羽織っている。後れ毛を残し、ゆるく下の方で作ったお団子ヘアもいつもと雰囲気が違って見えた。
(美人だからなんでもサマになるなあ)
美人は三日で飽きる、なんていうけど斉木さんの七変化的なスタイルは「あれもいい、これもいい」と思えて絶対飽きないだろうな、なんてぼうっと妄想してしまう。
埠頭に行くまでの間と船に乗り込むまでの間、お互い緊張していてあまり会話もできずにいた。なんで今日誘ってくれたのかもかなり気になるところだったが、なかなか突っ込めずに。
(これって、側から見たら恋人同士…に見えるんだろうか…)
そんなことを頭の片隅で考え、斉木さんとそこそこの会話をしながら、埠頭に着いた客船に乗り込む。
「えーっ、思ってたよりずっと豪華!」
船内に足を踏み入れて感動の声を先にあげたのは斉木さんだった。確かにただのクルージングではなく軽食がとれる客船の内装は、高級レストランさながらの煌びやかさだった。
「すごっ。俺、こんなの初めて」
二人できょろきょろしながら船内を見渡す。斉木さんはわくわくしたような表情で、本当に楽しそうだ。そんな彼女の様子に俺も自然と顔が緩む。
指定されたテーブルに着くとテーブルに接した大きな窓から東京湾が見えた。斉木さんとこんな体験しているなんて夢のようだ。でも。
(本当になんで、誘ってくれたんだろう……)
男性との関わりが苦手で、静かに男性の輪から姿を消す斉木さんがわざわざ男である俺を呼んでくれた意味が心底わからなくて。しかも、彼氏もいるのに。こういうのは彼氏と楽しむものではないのかとか、都会育ちの女子にとってはこんなのは特別な体験のうちに入らないのかとか疑問が次々と浮かんでくる。
そんな俺をよそに、斉木さんは出港する前も出港してからもずっと目をきらきらさせながら窓の外の大きな海を眺めていた。しばらくしてケーキとコーヒーが運ばれてくると、斉木さんの目はより一層輝いた。スマホを取り出し、写真に収める姿が見てて微笑ましい。
すると、ケーキを運んできてくれたウェイトレスさんが俺たちに一言声をかけた。
「良かったらお二人ご一緒にお写真撮りましょうか?」
あ、斉木さんそれは苦手かな、とちらっと斉木さんの方を見ると、一瞬だけ悩んだ末に、躊躇しながらウェイトレスさんにスマホを手渡した。
「…お願いします……」
ちょっと固くなっている様子が面白くて、ふっと笑いが出てしまう。そんなになってまで写真をお願いするのがかわいくて。しかもスマホを手渡した後に「ごめんっ大丈夫だった…!?」と俺に確認する始末。俺は笑いながらシャッターボタンをタップしようと構えるウェイトレスさんの方を向いた。
「あっ、彼女さん。もう少し右に寄ってもらえますか?」
ウェイトレスさんは手を右側に寄せるジェスチャーで斉木さんに呼びかける。深い意味もなく当然のように呼ばれた”彼女"という言葉にはさすがに俺も少し身を固くした。……斉木さんの様子は見なくても予想がつくし、なんとなくもう空気で伝わってくる。もはや斉木さんの方を見るのは可哀想になってきたので俺はウェイトレスさんの方を向いたままシャッターが切られるのを待った。
「では確認してくださいね」
そう言われて斉木さんはスマホを受け取った。斉木さんは恥ずかしさからなのか、確認もしないまま即「大丈夫です!ありがとうございました!」と言い、その言葉を受けたウェイトレスさんはにこにこしながら去っていった。
「ねえ、見せて」
俺が半ば声を出して笑いそうなのを堪えながら斉木さんの方へ手を差し出す。
「やっやだ…!!やだやだ!」
「なんで?見たい、見せてよ」
斉木さんも恥ずかしそうにしながらも笑いながらスマホをぎゅっと胸の前で握りしめている。斉木さん自身もまだ確認できていない写真をどうしても見てみたくて、俺は「ん」と一言言って更に斉木さんの方へ手をずいっと出す。
「……はい」
押しに弱いタイプなのか、意外と早い段階で斉木さんはおずおずと、差し出された俺の手のひらにスマホを載せる。俺は受け取ったスマホの画面に目を落とした。
「……斉木さんっぽい」
「…、ど、どういうこと…!?」
俺は笑いながら黙ってスマホを斉木さんに返す。斉木さんもさすがに見る決心がついたのか恐る恐る自分のスマホに映った写真に目をやると。
「……わー!!わっ私、大野くんと話してる時こんな顔してるの……!?」
斉木さんは口元に手を当てて、目を見開いて声をあげた。
写真の中の斉木さんはというと、真っ赤に顔が染め上がり笑顔ともなんともいえない微妙な表情でカメラから目線を逸らして写っていた。
「んー、最初はそんな感じだったかも。でも考えてみたら今は違うね」
そうだったんだ、恥ずかしすぎる…、と斉木さんがまた頬を赤らめ小さくなって独り言のように呟いた。
「ちなみに……、最近はどんな感じになってるの?」
あまり答えに期待していないように、でも気になるから念のため聞いてみよう、そんな感じで首を傾げて聞いてくる斉木さんが、また幼い少女のように見える。
「そうだなぁ……そういえば、自然に笑ってくれるようになったような気がする」
初めて話した時とは明らかに変わった斉木さんの様子。もちろんまだ慣れていない様子もあるのだけれど、目を見て話してくれるようにもなったし、冗談だって言ってくれる。それが俺としては素直に嬉しく喜ばしい変化だった。そして、俺は思いついたように口を開いた。
「じゃあさ…逆に聞きたいんだけど」
「…うん」
改まってじっと斉木さんの方を見てそう告げると、斉木さんもさっきまでの恥ずかしがっている様子を堪え、小さく頷く。
「なんで…今日、誘ってくれたの?」
今日、俺は斉木さんに想いを告げようと決心してここに来た。まさか斉木さんからそのきっかけがもらえるなんて思っていなかったのだから、誘ってくれたのが本当に嬉しかった。ただ、斉木さんの目的がいまいちわからなかった。
「あ、そうだよね、ごめんね。えっと……謝りたくって」
「謝る?」
謝られるようなことで思い当たる節がなく俺が聞き返すと、斉木さんは頷いた。
「東京駅でさ、感じ悪いままお別れしたよね。絶対大野くん気分悪かっただろうな、怒ってるだろうなって。でもその後もそれについて全然謝れなくて…本当にごめんね」
まさか、そんなことを気にしているなんて全く想像もしていなくて。ただ、俺はその時斉木さんのために何かできることはないかと考え、結局自分には何もないのだと気付いて自分一人で落ち込んでいただけだったのに。
「そんな、謝ることじゃないよ。俺こそ…話聞いてあげたりとかすれば良かったのに気が利かなくてごめん」
俺の言葉に斉木さんは思いっきりぶんぶんと首を横に振る。そういえば前にもこうやって首を横に振ってくれたことがあったな、なんて一瞬過去の記憶が蘇る。
「それなのに、図書館で会ったとき話しかけてくれて…本当に嬉しかったし安心したの。いつも大野くんには甘えてばっかりで…本当にありがとう」
斉木さんは女の子に対してするのと同じように真っ直ぐ俺の方に向かってにっこりと笑って言った。
(こんな笑顔向けられて好きになるななんて無理な話だよなぁ…)
「……ちなみにさ、こうやって男と二人で会うのって、彼氏的には大丈夫なの?」
ちょっと踏み込んだ質問に緊張する。
が、斉木さんは俺の言葉に顔を顰めて首を傾げた。
「……彼氏?あれ?今はいないって話さなかったっけ?」
「え……?いや、まぁその時はそう言ってたけど、その後その東京駅で会った男の人…と、付き合ったんじゃないの…?」
俺の言葉を聞いて斉木さんの表情は一瞬固まったが、すぐに眉尻を下げて笑った。
「違う違う。付き合ってないよ」
それだけ言って、本当に何でもないようにくすくすと笑う。俺は、自分の心がぱぁっと明るくなるのを感じた。彼氏がいないというだけで俺と何か進展がある保証があるわけでもないのに。
「私も逆にさ…気になってたんだけど……7月に渋谷で会った時の。くっついてた子は…大野くんの彼女?」
亜衣のことを言っているのだろう。あの時は悪ノリした友達が俺と亜衣をくっつけようと無理矢理距離を近づけただけで。斉木さんにその瞬間を見られて反射的に否定の言葉を口にしかけたものの、そんなもの斉木さんには関係ないだろうとそのままにしていたが、まさかそのことを覚えていたなんて。
「ううん、違う。同じ高校だった友達だよ」
俺がそう言うと、斉木さんは顔が少し緩んで「そっか」と一言だけ口にした。
それから、もう一つ気になっていたこと。
「ちなみに、どうしてクルージングなの?」
「…んと、大野くんってほら、確か海のないところ出身だったよね?」
「あぁ、うん。そうだけど」
「もしかしたら、海見たことないかなぁ…なんて思って」
その言葉を聞いた途端に俺は吹き出した。船の中で大笑いするわけにもいかず、俺は肩を震わせて俯きながらなるべく声を押し殺して笑う。
「…え!?もしかして海見たことあった……!?」
そうやって焦り出す斉木さんはかわいすぎる。ずっと隣にいてくれたら、そんな気持ちが溢れ出して到底引っ込みそうもない。
「…ははっ、あるなあ、さすがに…」
笑いながらそう言うと斉木さんは「えー!」と言わんばかりに口を大きく開けて「失敗だぁ…」としょんぼりした。
「いや、全然失敗じゃないよ、大成功。斉木さんにはやっぱ敵わないわ」
笑いすぎて目尻に溜まった涙を指で拭いながら俺がそう言うと、斉木さんは訳がわからないという顔で俺を見つめてから、自分でもおかしくなったのか一緒に笑い始めた。
───謝りたいとずっと思ってくれていたこと、いると思っていた彼氏が実はいなかったこと、亜衣の存在を気にしていたこと、俺に(初めての)海を見せようと企ててくれたこと。立て続けに入ってくる嬉しいニュースに、俺は背中を力強く押してもらったような気がした。
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