隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。

深野ゆうみ

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告白

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 斉木さんもたくさん笑ったところでぎこちなかった空気は完全に融和され、窓から見える景色に興奮したりオープンデッキに出て潮風に当たったりして楽しい時間を過ごした。

 あっという間に船はぐるっと東京湾を周り、俺たちはお台場で下船した。

「楽しかったね~私あんまり海の方来たことないから新鮮だった!」

「うん、俺も。さすがに海は見たことあったけどあんなに優雅に船に乗るのは初めてだった。ありがとう」

 俺の言葉を聞くと斉木さんは満足気にふふっと笑った。

(……ご機嫌だ)

 周りにふわふわと花が咲いたような空気を醸し出す斉木さんの様子に、俺も自然と笑みが零れる。

「あっ、あそこで買い物してもいい?」

 斉木さんはショッピングモールを指差して俺に訊ねる。1分1秒でも長く斉木さんと一緒にいたいと思う俺に拒否できることなどない。俺は「もちろん」と言って頷いた。


-----


 買い物したい、と提案して多分1時間くらいが経過した。斉木さんはモールに入っているお店を転々としながら一人でああでもないこうでもないと独りごちていた。

「わ~美味しそうな紅茶だぁ~香りに癒される~」

 と言うものの、

「でもまだ家にストックあるからなぁ」

 と、お買い上げには至らず。その他にも、

「見て見て綺麗なお花!ダリア買って帰りたいな~。でもお台場から生花を綺麗に持って帰れる自信ないしなぁ」
「かわいいピアス!大ぶりなの欲しいんだよねぇ~。でも似たの持ってるしなぁ」
「このお皿とかすごい使い良さそうじゃない?なんでも映えそう~!でも私料理しないしなぁ」

 といった調子で手に取る物にテンションが上がっているのに、結局は商品を元あった場所に戻すのだった。その様子がなんだかおかしくて。

「斉木さん、さっきから"でもでも"言って全然買わないね」

 と笑いながら言うと、自分でも自覚がなかったのかハッとして「確かに…!」と恥ずかしそうに笑った。

「なんだろう、私、こうやって可愛い物眺めて、"こういう時に使いたいなぁ""こういう風に飾りたいなぁ"とか考えるのが好きなのかも。それで満足するっていうか」

 そう言って、自分で納得したかのように頷く。

「ごめん、なんか斉木さんって派手に買い物しそうなイメージだったから意外だなって思って笑っちゃった」

「え!?私そんなに浪費家っぽい!?」

「いや…というか、やっぱり華やかなイメージあるから…かな。でも知れば知るほど人間味があるっていうか…。すっごく遠い存在みたいに思ってたけど、意外と普通の女の子なんだなって」

「…だめだった?」

 心配そうに斉木さんが俺の顔を覗き込む。

「そんなわけないじゃん。少なくとも俺はこうやって斉木さんの意外な一面がいっぱい知れて嬉しく思ってるよ」

 きっぱりとそう答えると斉木さんはほっとしような表情を一瞬だけ見せて、俯いた。

「大野くんは私の恥ずかしい部分も肯定的に受け止めてくれてる気がして、それが私は、嬉しい、です」

 急に敬語になって声が小さくなる斉木さんとその言葉に、はは、と軽く笑いが出る。

「付き合ってくれてありがとう、そろそろ出よっか」

 結局斉木さんは何一つとして買い物をしないままだった。それでもこんなふうに一緒に過ごして同じ時間を共有し「これかわいいね」と同調を求める声に「うんうん」と頷くことがとても楽しかった。

 時間はもう6時になる頃だった。モールから直接繋がる海浜公園に出てみると、目の前には真っ赤な夕焼けが広がっていた。

「えーっ!きれいきれいきれい!」

 あまりの空の美しさに斉木さんは語彙力を失って"綺麗"を連呼していた。それくらい眼前の夕焼け空は絶景だった。ライトアップが始まったレインボーブリッジも幻想的な美しさを醸し出している。

「ほんと、綺麗だね。東京って感じ」

「うんうん!あのビル群のシルエットが都会的な感じする!湾岸エリアってやっぱり憧れるな~」

 最後までにこにこと笑顔を見せる斉木さんが愛おしい。

「あのさ、…まだ時間あるなら散歩してもいい?」

 きっと、伝えるなら今しかない。今日一日斉木さんと過ごして、改めて彼女のことが好きなんだと自覚することができた。時折見せる少女のような幼さは、普段の斉木さんの完成された美からは想像もつかない。だからこそそんな一面をもっともっと見たいし、独り占めしたいなんて思ってしまう。

「うん、しよしよ」

 俺の気持ちを知ってか知らずか(多分知らない)、斉木さんは明るく簡単に返事をする。俺たちは海岸沿いをのんびりと散歩することにした。

 昼間はまだ残暑を感じるが、この時間にもなると風も涼しく、心地良い。

 斉木さんと関わり始めて5ヶ月ほど。春が終わり、夏も過ぎ、ちょうど秋に入る頃。斉木さんへの想いは日に日に募っていくばかりで。諦めよう、俺には不釣り合いすぎる、と思ったこともあったが、やっぱり気持ちを伝えないまま終わらせることは難しかった。

「あのさ…、斉木さんが困っちゃうことは分かってるんだけど。でも言わせて」

「うん…?」

 潮風を受けて斉木さんの前髪がなびく。斉木さんはちょっと不安そうに俺の顔を見上げた。横に並んで歩いていた俺は歩を止め、斉木さんの方に体ごと向ける。緊張に、ごくりと生唾を飲み込む。こうやって自分の想いを真正面からぶつけるのは初めてのことで。心臓の音が、自分でも聞いたことがないような速さで大きく鳴り響く。

「……俺、斉木さんのことが好き」

 そうやって言い切ると、斉木さんは信じられないといった顔で俺の目を見つめる。

「えっ…?」

 斉木さんの目は泳ぎすらしない。あまりにも微動だにしない彼女の様子に、時間が止まってしまったのかと錯覚するほどだった。

「ごめん。急に言われて斉木さん困らせるの分かってるんだけど、どうしても伝えたくて」

 ここまで言い切ると、不思議と鼓動は少しずつ落ち着いていった。俺は軽く拳を握って言葉を続ける。

「最初は同じ学科の美人な人って、思ってただけなんだけど、知れば知るほど斉木さんのこと気になっちゃって。きっとそんなに多くの男には見せてない斉木さんの意外な一面が、自分にとってはめちゃくちゃ可愛く思えて」

 斉木さんはじっと俺の言葉を一つ一つ噛み締めるように聞いている。固まっていた表情がなんとなく少しずつ柔らかさを取り戻していくのが分かる。

「何かに没頭できる姿も自分にはないものだから羨ましいって思ったし、レポートの洗練された文章とか読んでると一人の人間として尊敬できるっていうか…。うん、とにかくもっと斉木さんのこと知りたいって欲が出ちゃったんだよね」

 素直な、正直な気持ちを伝えた。伝えたらあとはもうどうにでもなれ、という気持ちで微笑みながら。

「でも、斉木さんに相応しい男だなんて自分で思ってるわけじゃないし、ただの自己満足、ごめん」

 相当な美人なのに告白されることに慣れていないであろう斉木さんは、とても困っていることだろう。本当は今すぐ走って逃げ出したい気持ちだろう。そんな思いにさせてしまっていることが申し訳ない。でも、これが最後だから、一回だけだから、とそんな思いで思いを告げた。

「えっと…」

 斉木さんは、ゆっくりと、慎重に言葉を選ぶように口を開く。想像していなかったであろう展開に動揺しているのが、もぞもぞと動かす両手から見て取れる。

「…私は、男の人と喋ると必要以上に緊張しちゃうんだけど……、それが大野くんに対しては、そういうのがなくなってって…。それがどういうことなのか、自分でもよくわからないの」

 本当は逃げ出したいだろうに、しっかりと自分の言葉を紡ごうとする姿から誠意が伝わってくる。ああ、こういうところも好きだなあ、なんてぼんやり考えてしまう。

 「……でも、大野くんが人として私のことを認めてくれてるのはすごく伝わってきて…。私の情けない部分も全てひっくるめて受け入れてくれるところとか…、だから等身大の自分を見せられる気がして…。それが個人的にはとても嬉しいというか…」

 そんな風に思っていてくれたとは露知らず、振られるにしてもとても嬉しかった。気持ちを全て伝え切った自分は清々しい気持ちで斉木さんの言葉の続きを待つ。

「えーーと、何が言いたいのかっていうと…、うんと、えぇっと、あの…」

 斉木さんは顔を下に向けて、口籠った。そして、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で、確かに言った。

「…っも、もしよければ、…もっと仲良くなりたい、です」

 ───俺の脳の処理が追いつかなかった。もっと、きっぱり、こう「ごめんなさい」と言われると想像していたのに。思いがけない言葉に俺はつい前のめりになって問い質す。

「それは…男と女として…ってこと?」

 斉木さんのその言葉の真意が知りたくて。もしかしたら俺の悲しい勘違いかもしれない、その可能性を拭うために。

 すると、斉木さんは小さく、だけど確かに2回首を縦に振って肯定の意を示した。

「本当に?」

「…本当、です」

 信じられずに、しつこいくらい確認をしてしまう。だって本当に信じられないことだから。しかし、斉木さんはその度にYESの反応を見せてくれる。

「それは、付き合ってくれるっていうこと…?」

 最後の質問。

 はっきりとさせたいその言葉は、さすがに落ち着いていた俺の心臓を再び激しくさせた。

「…はい、よろしくお願い、します」

「……っ」
 
 ───気がつけば、俺は腕の中に斉木さんを包み込んでいた。包み込んだら、今度はもう力いっぱい抱きしめていた。

「~~~~!!大野くん……!?」

 いきなりのことにびっくりして、そして俺の力の強さに息苦しくさせて斉木さんは声を上げる。

「あ~~~もうっ、本当だよね!?」

 抱きしめる力を少しだけ弱めて俺は斉木さんに言った。これが実は夢なんじゃないかと、俄に信じられない思いを幾分か抱えながら。

「ほ、本当…です…」

 自分の腕の中から、緊張によって強張った声が聞こえてくる。その言葉に心臓がぎゅっと掴まれるような感覚がする。

 顔に当たる斉木さんのふわっとした柔らかい髪の毛。なんだかわからないけどほんのりと鼻に届く良い匂い。これ以上強く抱きしめたら折れてしまうのではないかと思う細い肩。俺の腕の中に感じる斉木さんの熱っぽさ。全てが愛おしくて、全部全部、ずっと俺だけのものにしたい。

 自分の中にこんなに強い独占欲が存在するなんて思いもしなかった。

「ねぇ、ほんっっっとに嬉しいんだけど」

 ようやく腕から斉木さんを解放して伝える。気がついたら斉木さんはちょっと涙目になっている。きっと、相当な勇気をもって答えてくれたのだろう。

「私も……、大野くんがそんな風に思ってくれてたなんて…全然考えてなかったから…」

「いやいや、斉木さんのこと知っていって沼るなって方が無理でしょ…」

 俺は全身を駆け巡る幸福感でいっぱいになって笑う。斉木さんもそれに対して恥ずかしそうに笑ってくれる。

 ふいに俺は、斉木さんの頬に手を当て自分の方へと顔を向けさせる。

「……っ」

 そして少しずつ顔を近づけると、分かりやすく斉木さんはカチカチに固まって息を飲む。

 唇がミリ単位でゆっくりと近づく。目を瞑る斉木さんが微かに震えているのが伝わってくる。

 その震える唇に俺は軽く自分のを触れさせた。


───斉木さんを初めて見た入学式の日。とんでもない美人がいる、と周りがざわついていたことを思い出す。周囲の視線を集めながら女友達と笑いながら歩くその姿に、「男なんてとっかえひっかえなんだろうな」と、ぼんやり思ったのだった。

 そんな彼女はびっくりする程に異性に慣れていなくて。男性が近寄ろうものなら気配を消してその場から消えていたり険しい表情になったり。そして時には自分の好きな本について我を忘れて熱く語ったりして。そんな意外すぎる斉木さんの一面を知るほどに俺は段々と惹かれるようになり。

 「好き」という想いは取り返しのつかないところまで膨れ上がってしまって戸惑うこともあった。そして、この想いがまさか実を結ぶだなんて全く想像していなかった。


「一生、大事にする」

 安っぽい言葉、なんて思っていたけど今の俺にはその気持ちしかないほどに斉木さんへの愛しさが溢れて止まらない。

 潮風が気持ち良い、秋の夕暮れだった。

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