隙なしハイスペ女子大生は恋愛偏差値が低すぎる。

深野ゆうみ

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自覚して!

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「…大野くん……」

 教室に響く斉木さんの鋭い声。いつもの柔らかさなど微塵も持ち合わせていない。ようやく呼吸が落ち着いてきたというのに俺の心臓は異常な速さで動いていた。

「……はい」

 向かい合って座っていたけど目線を伏せていた俺は、観念したかのように斉木さんの方を見る。怖いけど。

「……!」

 斉木さんを見て俺は一瞬で胸が苦しくなる思いを覚えた。彼女はぼろぼろと大粒の涙を流していた。声を上げることもなくただ静かに目から零れ落ちているのだ。そして、震える唇を微かに開いて言った。

「ひ、ひどい…です」

 その言葉にハッとする。自分本位の行為をこんな場所でしてしまったこと、斉木さんの気持ちなど無視して己の嫉妬心から安易な行動をとってしまったことに、どっと後悔の念が押し寄せる。

 ”終わった”

 そう思った。

「ごめんっ、本当にごめん…」

 謝っても謝りきれないようなことをしてしまった自覚はある。でも、今の俺には頭を下げるしかできない。

「とりあえず、服…」

 力が抜けてそのまま座り込んだ斉木さんは下着もデニムも足首まで下ろされたままの状態だ。そんな様子を見ると、自分のした行為の荒々しさを自認せざるを得ない。

 しかしそうは言っても、斉木さんの下着はすっかり汚れてしまっている。でも替えの物を持っているわけでもないので斉木さんは嫌々ながらそのまま静かに着衣した。

 その間もずっと重い空気が部屋を包み込んでいた。最悪、別れを切り出されてもおかしくない状況だ。でもそれくらい酷いことをしたのも事実。自分の欲を抑えきれずに。

 俺は正座をして斉木さんに向かい合い、太ももの上に乗せた両掌をぎゅっと握る。

「斉木さん…本当にごめんなさい。ごめんなんだけど……、俺こんな嫉妬したり独占欲出したことがなくって、なんて言うか、自分でも戸惑ってるところあって。そんなのただの言い訳なんだけど…」

 俺は、少しでも自分の謝意と誠意が伝わるように真っ直ぐと斉木さんを見つめてそう言った。自分の正直な気持ちを。

「……嫉妬って、さっき喋ってた人に?」

 俺は頷いた。それからゆっくりと口を開く。

 あんなに親しげに斉木さんが男の人と笑い合っている姿を見ると、自分が自分でいられなくなるような欲望の渦に巻かれてしまうこと。斉木さんは自分のものなんだって思いたいがために欲求に負けてしまったこと。全て斉木さんに打ち明けた。

 斉木さんは、それを黙って静かに聞いていた。もちろん俺の自分勝手な言い分で斉木さんに嫌な思いをさせてしまったことは重々承知している。

「…もう…こんな所でやらないって約束して…」

 斉木さんは鼻をすすって涙声になりながら俺に小さく言った。即別れを切り出してもおかしくないのに、斉木さんはチャンスを与えてくれたのだと思うと安堵で肩の力が少し抜ける。

「斉木さんのこと、本当に好きだから。だから、絶対やらない。約束する。嫌な思いさせて本当にごめん」

 それを聞いて、斉木さんは了承したように頷いた。俺の言葉を信用して安心してくれたのか、涙は少しずつ乾き始め、落ち着きを取り戻したようだった。

「……あのね、大野くんのおかげなんだよ」

 僅かに柔らかさを取り戻した斉木さんの声。その口からは意外な言葉が発せられた。俺のおかげ、とは。俺は意味が分からないという風に斉木さんの目を見た。

「…だって言ってくれたよね。”斉木さんはきっとちゃんと苦手を克服できるよ"って。覚えてる?」

 何のことなのか一瞬よくわからなかったが、すぐに思い出した。図書館で自分が失恋を確信したとき、斉木さんに言った言葉だ。

「…覚えてるけど……それが一体…」

「克服できるって思ってくれてる人がいるんだから、ちゃんと勇気を出して一歩踏み出そうと思ったの」

 斉木さんは自分に言い聞かせるようにうんうんと頷いた。少しずつ俺たちを包む空気も温かいものになっていくのが感じられる。

「サマーキャンプはせっかくの機会だし、男の人がその場にいても逃げないようにして、ちゃんと向き合おうって思ったんだ」

「それで…あの人とも喋るようになったっていうこと?」

 嫉妬心でいっぱいだった俺の頭が少しずつクリアになっていく感覚を感じた。斉木さんは「そうなの」と言って頷いた。

「話してみたらね、私の知らないこととか世界をもってて楽しかったの。今まで"異性"ってだけで男性全員を避けてきたんだけど、そういうのってやっぱり自分の人生に広がりもないし損しちゃうかもって気づけたっていうか」

「…もちろん、友達として、だよね?」

 異性と関わらずに生きていくなんてきっと無理で。いつかはこうやって斉木さんも男性と話をしたりコミュニティに入ったりしていくことなんて簡単に想像のついた話だ。そんなことにいちいち憂いていたらキリがない。しかも背中を押した張本人は紛れもなく自分である。それでも、まだやっぱり当分は斉木さんを独り占めしたかった。

(あんなこと言わなければよかったのかも…)

 過去の自分を責めて苦笑が零れる。情けないけど、今の自分は余裕もなくそんなことを考えてしまうような男だ。

 そんな俺の不安を感じ取ったのか、斉木さんは俺の手を優しく取って握る。

「もちろんだよ。だって…私は、大野くんが好き、だもん…」

 はにかみながら俺を見つめる斉木さんの手が温かい。あんなに酷いことをしておいて俺の醜い部分も受け入れてくれる斉木さん。その包み込むような優しさに愛しさが溢れて止まらない。俺は無意識のうちに斉木さんを抱きしめていた。

「本当にごめん…。でも……、斉木さんも自覚して…!」

「……自覚?」

 抱きしめて耳元でそう言うと、斉木さんはどういうことか本当に分からないというように聞き返した。俺は体を離し、斉木さんの肩を優しく掴んで小さい子供に言い聞かせるように真っ直ぐと言った。

「斉木さんがかわいすぎること!そんなん見せられたらみんな斉木さんのこと好きになっちゃうから!」

 俺はいたって真面目に言っているのに、斉木さんは「そんなわけないじゃん」と言って本当におかしそうに笑う。

(だから、それを自覚してって言ってるのに……)

 当分は斉木さんのこの無自覚さに俺はヤキモキさせられることだろう。でも、斉木さんが言ってくれた"好き”という言葉を俺は信じるしかない。ハイスペ斉木さんと付き合うということはそういうことなのだ。

「それにね」

 笑っていた斉木さんが少し恥ずかしそうに、そっと呟いた。

「それに、私もさっきの…あの、ちゃんと気持ちよくなっちゃって…私こそ、ごめんね」

 そう言って俺の顔を覗き込む。

「ぅあ~~~~~!!斉木さん!!」

「!?」

 俺の言葉にならない言葉に、斉木さんはびくっと背筋を伸ばして驚く。本当に俺はこの先、理性的に斉木さんと付き合っていけるのだろうか。

「も~~!!自覚して!!!」

 俺の言葉に斉木さんはしばらく目を丸くしてから、俺のおかしな様子に声をあげて笑った。呑気にしている彼女をかわいいと思ったり心配と思ったり。斉木さんを目の前にすると俺の感情はぐちゃぐちゃと複雑になってしまう。

「斉木さん、ごめん。もう俺、はっきり周りに打ち明けたい。自分たちの関係のこと」

 ふざけた雰囲気から一変、俺はまた真っ直ぐに目を見て告げた。この関係を守るためには俺がちゃんと動かなくてはいけない。悠長に構えていたら簡単に盗られてしまう、それほど魅力的な彼女なんだから。

「…うん。」

「斉木さんは何も気にすることないよ。俺が一人で恨まれたりそういう目で見られるだけだから」

 俺は苦笑しながら呟いた。

-----


「つ、付き合ってる…!!?」

 俺がやらかしてしまった日から初めてのプレゼミの日。まずはお互いの共通する小さなコミュニティから、ということで意見が合い、プレゼミのメンバーに打ち明けることにした。

「菜月ちゃん、ごめんね。隠してたわけじゃないんだけど…」

 打ち明けて一番大きなリアクションをとった杉本さんに斉木さんがフォローを入れる。

「謝ることじゃないけど!全然知らなかった…!」

「ほんとだよ。いつの間にそんなことになってたんだよ」

 杉本さんのような寛大さを欠いた紘が詰問するように俺に迫る。

「付き合うことになったのは夏休み」

 俺が簡単にさらっと答えると、紘はあからさまに恨めしそうな顔をしながら口を開く。

「結局さ、大野みたいな"女に興味ありませーん"みたいな奴が全部いいとこ持ってくんだよな~」

 その言葉に俺はつい吹き出してしまった。確かにいつもの恋愛なら俺はそういう姿勢だった。だけど今回だけは全然様相が違くて。でもそんなことは俺と斉木さんしか知らない。

 俺は斉木さんと顔を見合わせると二人で笑った。

「うわ~、なにその甘い空気!」

 杉本さんと紘が一緒になって突っ込んでくる。

 人に話すことで不思議と俺の中に潜んでいた嫉妬心だとか独占欲だとかもすっきりとしたような気がする。そして今まで以上に「彼氏と彼女」という斉木さんとの関係が自然なもののように感じられた。
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