双星のギリカ・カーレ

 梨々帆

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入学前の春休み2

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 レニアにとって十二年間で一番早い春休みが終わろうとしていた。
小級学校の卒業式は終業式の前にあるので、通例よりは日数が長いはずだが、目まぐるしく彼女の部屋のカレンダーには斜線が引かれていった。
入寮の準備や教材の揃え、制服のサイズを確認しているうちに明日はクレンが先に学校に戻る日になった。
在校生は新入生よりも二日前には首都に戻り、入学式の準備を手伝わされるらしい。
学校が広いので式場を設営するのも大変だとクレンは言っていた。
おまけに、寮の方でも新入生を迎える準備があるので、学校中が一番忙しくなるのがやはりこの時期なのは、名の知れた名門校でも同じように言える。

 レニアは二日後にはクレンに会えると分かっていても、明日寮に戻ってしまうのは寂しく感じた。
どうせなら、一緒に入学式の日に行ければいいのにと彼女は思う。
学校ではクレンは上級生になる五年生、レニアは一年生になり、校内で会うことは難しいだろう。
今のうちに何か聞くことはあったろうかとレニアは考えながら夕食の準備を手伝っていた。 

 今日はクレンが寮に戻る前日であり、レニアが入学する前、家族で過ごせる最後の夜なのでメニュ-が少し豪華だった。
彼女が嬉しかったのは好物のアップルパイがデザートに用意されていることだ。
クレンが好きなエビのグラタンはテーブルの中央に堂々と置かれる予定だ。
レニアは皿を並べながらクレンと父のライトがそれぞれの剣を磨いているのを見た。
普段なら母のリーサが「食事の前に物騒な物を」と文句を言うのだが、明日寮に戻る息子とその父親が談笑している所を咎める気にはならなかったようだ。
 こうして見ると、クレンはライトによく似ているように見える。
暖炉の火がクレンの髪色を輝かせてレニアは少し羨ましくなった。
自分もリーサやクレンと同じ金髪だったら、あるいはライトのように明るめの茶髪だったらと思うのだ。
彼女の髪は光を通さない黒色で、この国ではさほど多い髪色ではないが、おしゃれをする時に金髪や茶髪だったらもっと似合う髪留めも増えたかもしれないと時々思う。
それに、金髪のクレンと黒髪のレニアはあまりにも対照的である。

そんなことを考えていたら、リーサがオーブンからグラタンを出してきた。
レニアは急いで皿を並べなくてはいけないと分かり、残りの皿を手早く並べていく。

「あなた、クレン。そろそろ準備ができるわ。早く剣をしまってきて」

リーサが談笑をしている二人に声をかけた。
こういう時にクレンはすぐ言われた通り行動するのだが、ライトは剣を暖炉の方に向けて見たりして、また磨き始めたりする。
リーサは溜め息をついた。

「もう。夏休みにはレニアちゃんもこうなっちゃうのかしら。夕食の手伝いは誰がしてくれるのかな」

レニアはライトの姿を見て苦笑した。
自分の剣を置いてきたクレンがライトを促していたからだ。
まだ少し物足りなさそうな顔をしながら、ライトは剣を部屋の隅に立てかける。
自分の部屋に持って行かないのはまた夕食後に手入れをするためだろう。
 ライトが来るのを待って全員は席に着いた。
綺麗な焦げ目のついたグラタンとアップルパイが湯気を立てて存在を主張している。
アップルパイの横には切り分けた時に横に添えるためのクリームが小さめのボウルに入って置かれていた。
冷めない内にとリーサは手早くグラタンを小皿に分ける。気持ちクレンの分は多めだ。

「もう帰る準備はできているの、兄さん?」

レニアはクレンならもうできていると思っていたが何となく聞いてみた。

「もう五年目だしね、今更慌てないよ。レニアの方が大丈夫なの?」

レニアは微妙な顔をした。その代わりリーサが答える。

「大丈夫よ。クレンの時より早めに準備し始めたから。あなたの時よりも万全かもしれないわね」

「それじゃあ、レニアは後二日ゆっくりしてればいいよ。僕たちは大忙しだけどね」

「まぁ、でも二日なんてあっという間だろう。クレンも明日の朝には発つし、レニアは明日、明後日でコメン村の方に行った方がいいだろう。今日は二人ともゆっくりしていなさい」

ライトにそう言われてレニアとクレンは顔を見合わせて笑う。夕食の後は二人でゆっくり話をすることに決めた。


 夕食の後、レニアはクレンの部屋にいた。もちろん話をするためだが、特にこれと言った話題も決めていないので二人で寛いでいるといった感じだった。
クレンがいつも勉強用に使用している机には明日寮に戻るための荷物が置かれていて、その机の椅子にクレンが、彼のベッドにレニアが座っている。
机の上の小さな本棚は本の高さがしっかり揃っていた。

レニアはベッドに座って足をパタパタと前後させながら「学校に戻るのは嫌にならないの?」と聞いた。
というのも、クレンが休みの始めから終わりまでずっと一定に落ち着いているように見えるからだ。
普通、休暇の終わりには少なからず気分が下がるものなのに、彼にはそういった様子が全く見られない。

「休みが終わるのは残念だけど、学校が嫌って訳でもないな」

「春休みにやり残したこととかないの?」

「そりゃあ、あるよ。春休みが一番短いからね。でも、夏休みにやりたいことがあるから夏が楽しいんじゃない?」

クレンは淡々と言った。
レニアはクレンのような考え方は自分には難しいと思った。
いつだってクレンは冷静で彼の調子はいつも一定のように他人に見せることができるのだ。
それは彼が冷静で、現実の前後を考慮した上、前向きな思考をとることができるからだと思っている。
 レニアは一つ溜め息をつきたくなったが、出る寸前で飲み込んだ。

「夏休みまで長いね」

「そうだね。そう言えば、レニアはいつコメン村に行くの?今回は家族で行ってないね」

「春休みは私も忙しくて、
都合があいづらかったからかな?
行けるなら明日行きたいけど」

「明日かぁ、
父さんも行けるなら一緒に行きたいと思っているかもね。今のこと話してみたらどうかな?」

このクレンの言葉にレニアは少し驚いた表情をした。
 毎回コメン村に行く時はライトが仕切って日付を決めたりするのだが、そのライトが今年の春休みには声をかけなかったのは敢えてレニア一人で行かせようという意図なのかもしれないと思っていたからだ。
事実、家族揃って行こうと思えば行けない訳ではなかったと思う。
クレンもそう思っていたのだろう。
だから、レニアはリーサやクレンが一緒に行きたいと思っても、ライトが三人の中で一番強く望んでいるのは意外だった。

「そうなの?じゃあ、この後にでも声をかけてみようかな。多分、暖炉の前で剣を磨いてると思うし」

「あぁ。そうしてみたらいいよ」

クレンはなぜか真面目な顔をしてこうレニアに力強く促した。
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