双星のギリカ・カーレ

 梨々帆

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副騎士長クラウドの苦悩

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 歴史というものが人々に何を与えるのかは、正確には断定できないだろう。 
なぜなら歴史といっても色々な種類があるからだ。
 歴史とは過去、古き時への回想。その回想の中に同じ時代を生きた人々の思いに思案を巡らす者はそういないだろう。
ごく少数の関わりを持った人だけが、感じとった思いを感情へと正確に表せるのだ。

 だから、同じ歴史を学んだ人でも心への作用が違う。
人によって感じる情が違う分、歴史も姿を変化させる。
 悲しい時代、楽しい時代、それらを作り出しているのは人の感情なのだから、様々な歴史に種類があると言ったのは、即ち人の感情の種類のことである。
 感情を断定することはできない。
その意味で歴史、過去から学ぶ教訓が与えるものは人によって様々で断定できないのだ。


 では、此処は。この場所をどう解釈したらいいのか。 

 
 クラウド・ライセット副騎士長は全面に広がる石碑を見ながら思った。
 数多いという言葉では言い表せないほどの石碑の先頭には、そこにある石碑三つ分の高さを持ったアーチ状のオブジェがある。
そのアーチの最も盛り上がった部分にほとんど茶色に近い色をした鐘がぶら下がっていた。元はもっと鮮やかな色だったのだと思われるが、むしろこっちの方がしっくりくる。
 死者を弔う追悼の鐘、または霊を鎮めるための鐘である。
クラウドはそこに立って鐘の中から伸びる鎖を手にした。
 こうして此処に立って鎖を持つことが彼にとって最も心痛を与える。
教会に行き、祈りを捧げることや神父に自分の罪を告白する方が余程軽く感じられた。

 なぜなら、クラウドはこの場にいたからだ。此処で永遠の眠りについた何人もの人が身体に温かみを帯びていた頃に。
彼らの中にはクラウドの友人がいた。
友人であり、戦友であった彼らはこのコメン村で命を落とした。 
 彼らやこんなにも多くの人が命を落とさなければならなかった理由は約十年前、正確には十一年前に起こった出来事が原因だった。
十一年前にこの村を何が襲ったのか、それには少し歴史をさかのぼる必要がある。
  
  
 この国の名前はレミルド連合王国。
 大陸の南西に位置し、国の西側は海に面している。
そこまで大国という訳でもないが、古くからが戦争続いてきた大陸全土では戦乱の炎を耐え、防いでこれるほどの国力を備えた国だった。
 元はレミルド連合王国という名称ではなく、単にレミルド王国といって一人の王が統治していた。
 しかし、国王は死期が近づくと当時二人いた息子の王子たちに領土を東西に分け与えた。
本来王の元には四人の王子たちがいたが、二人目と三人目の王子は先の戦争で命を落とし、一人目と四人目の王子だけが残っている状況だった。
国王は残った二人の愛息子に平等に権利を与えたかったのか、または醜い権力争いをする二人の姿を案じてか、西レミルド地区の王を兄に、東レミルド地区の王を弟に取り決めた。
こうしてレミルド王国には二人の王が即位し、レミルド連合王国として姿を変えていくことになる。
 東レミルド王の弟はとても貪欲な性格だった。
元々彼は四番目の存在、まさか王位が自分の手に入るとは思ってもいなかった。
またとない幸運に恵まれた訳だが、彼は欲しい物は何としてもでも手に入れたい性分だ。
無論、手に入れられる物は何でも。
そうでもしないと末弟である彼が三人の兄と同じ足場に立つことができなかったからだ。
権利は上から順に与えられていく。
末弟の彼は激しい生存競争の中に生き、兄たちはその敵でしかない。
 長年の念願を手に入れても、培った性格は西レミルドの王座にも手を伸ばそうとしていた。
しかし、長男である西レミルド王は弟の性格を把握していた。
彼は弟の侵略に警戒しながら自信の受け持つ国の繁栄を願っていた。

 やがて、長男の西レミルド王が若くして病死すると十四になったばかりである王子が即位した。
あどけなさが残る若い王の補佐役として先王の時代からの家臣が就任した。
 だが、補佐役の重臣は主君が即位してわずか半年で突然死してしまったのである。
年的にも死ぬにはまだ若く、生前に病状が全く見られなかったことから彼の死は謎が深まるばかりであった。
中には毒殺されたのではという噂が流れ、暗殺の傾向に疑惑がもたれるようになった。
その様な状況下では誰も若い王の補佐役などかって出なかった。
暗殺の疑い晴れない以上、死に急ぐようなものだと誰しも言う。
 すると、その状況の中、東レミルド王が西レミルド王を自ら手助けすると言い出した。
 西レミルドの民は東レミルド王の策略かもしれないと疑ったが、(国王補佐役の暗殺を仕向けたのは東レミルド王という疑いもついていた)王の親族であるためあからさまに断ることはできなかった。
まして十四歳の若い王に全てを任せることはできないのである。

 東レミルド王の申し出を受けた西レミルドの民たちは自分たちの予想が的中していたのを悟った。

 年々、国の経済が乏しくなっていく様を打破しようと十八になった西レミルド王は締結した協定の改変を持ちかけた。
 協定の結び直しに向かう彼は従者を伴い、東西レミルドを分かつ関所に足を踏み入れる。
この関所は東西レミルドを分断するため、レミルド王国の中部に位置しているコメン村に建てられたものだった。
 しかし、幾度となく通って来たこの関所を通過しようとした時が、この若き西レミルド王の最期の瞬間となる。
 彼が門を通過することはなくなった。
齢十八にして暗殺という形で短い生涯の幕を閉じることになったのだ。
 東レミルド王はこの件を聞き、関所の管理者と当日警備を担っていた兵士を暗殺疑惑と管理の不届きとして首をはねた。

 死んだ若き西レミルド王は日記をつけることを好んでいた。
彼の日記にはこう記されていたらしい
「せめて、父とその重臣が生きていてさえすれば、私は叔父を恨むことはなかったであろう」と。
そして、東レミルド王は東西レミルドを支配する独裁者になり、レミルド連合王国にとって最悪の時代が幕を開けた。 

 月日が流れ、貪欲な暴君がこの世を去ると新たな王が即位をした。
この王は暴君東レミルド王の妻、つまり王妃の弟に当たった。
前王と王妃は結婚はしていても子供がいなかった。 
二人は政略結婚で夫婦となったが、それは形だけの関係だった。
前王と王妃の性格は反りが合わなかったのだ。
慈悲深く、人としての情に溢れた彼女は夫の政策を快く思えなかった。
 そんな王妃と血筋がつながっている新王は、前王の手によって歪んだ東西レミルドを戻そうと努めた。
 王はまず西レミルドを長きに渡って苦しめた協定の撤廃を行い、コメン村に建てられた関所も取り壊した。
これにより、以前よりも西レミルドの状態は改善された。 
 他にも、同じ国を取り繕う家臣だというのに西レミルド出身というだけで家臣同士蔑みあったり、西レミルド出身の貴族は軽んじられたりするなどの様々な問題が生じたが、新たな王の手腕により解決の方向へ進んでいった。
 西レミルド王が亡くなってから、西レミルドに王は即位しなかったため、実質レミルド王国の形に戻った訳だが、国名は敢えてレミルド連合王国のままにした。
西レミルドの存在を消すように感じられたからである。

 新たな王族の統治により、安定した政治が続いていたように思われたが、十一年前に事は起きた。

十一年前、突如としてコメン村に襲撃が襲いかかった。
犯行は武装した少人数の集団によるものだった。
彼らは自らをドイピローゼと名乗り、コメン村に対する襲撃を続けた。
東西レミルドからはいくつかの兵士団が突入したが、ドイピローゼたち少人数の方が圧倒的に強かった。
 そこで国王は国の守りの要である精鋭部隊に突撃を命じる。
彼らは他の兵士団とは違い国王や国の重臣から直に命令を受けて活動する。
そして他の兵士団への指揮も彼らが行った。
彼らは王宮騎士団と呼ばれていた。
 その王宮騎士団の実力をもってしても、ドイピローゼの相手は厳しかった。
なぜなら、ドイピローゼは少人数に見せかけてコメン村を襲っていたが、実はそんな小さな規模の組織ではなかった。
同じ程の人数構成である残り二部隊が現れ、王宮がある首都へ進み始めたのである。
彼らは元々三部隊に別れていたのだ。
まだ、出撃をしていない兵士団や王宮騎士団の兵士たちは現れた二部体の方へ駆けつける。

しかし、それは誤算だった…。

 二部隊は東レミルド地区を三分の一程進んだ所で旋回し、更に別々の方向からコメン村を挟み撃ちする形で襲いかかった。
コメン村に三部隊が集結し、村人と兵士たちは袋の鼠同然の状態になった。
本来なら応援部隊も来るべき所であるが、首都の方へ駆り出されてしまっている。

 悲劇に悲劇が重なった状況の中、クラウドは王宮騎士団の一兵士としてコメン村にいた。無数の悲鳴と敵が飛び交う中を走り抜け、村人に襲いかかる者を斬りつけた。
クラウドがいくら戦っても倒れていく村人や兵士の数はきりがない。
反対にあの武装した集団は増加した。 
月光さえ届かない曇天の下、ドイピローゼの目と武器だけが光っている。
奴らの目は獣のように細められ、的確に獲物を狙っていた。
 クラウドは剣を振りながら希望を失っていた。彼自身死の淵に立っているようなものだ。
自分もすぐ後を行く、クラウドは助けられなかった村人や兵士が倒れるのを見ながら彼らに心の中で言った。
そして、彼の上に崩壊した家が降ってきた。 

  目を開けると何も見えなかった。

 真っ暗だった。
クラウドは手と足が何とか動かせると分かると力を入れた。
普通に力を入れただけでは何も動かせないことから、家の下敷きになったことを思い出した。それでも何とか力を入れてもがくと光が少しだけ見える。
クラウドは光に向かって片手を精一杯伸ばした。
 彼の手は数十分後引っ張られ、彼は救出された。
あれほどの重みを上にして彼が潰されなかったのは、後二人下敷きになった村人のおかげだった。
二人は重なるようになって死んでおり、それがクラウド一人分、生き残れる程の隙間を作ったのだ。
 簡単な応急処置を受けながら、彼は昨夜がどうなったのか兵士団付きの医師に聞いた。

「明朝、ドイピローゼ集団はコメン村を後にしました。弱って逃げそびれた数人を捕まえて尋問したところ、彼らは初代西レミルド王時代からの重臣たちの無念を晴らすために働いたそうです。最後の西レミルド王が暗殺されたのはコメン村でしたから、コメン村を襲撃したんですね」

手際良く包帯を巻く医師の説明を聞き、クラウドは妙にすっきりしないのを感じた。
本当にそれだけのためにあの練達した集団を集めたのか。
コメン村一つの被害ですませる気なのか。 しかし、そんな事を考えても無駄だと言わんばかりに辺りの悲惨な状況が目に付いた。
 殉職した兵士の中にはクラウドが尊敬する先輩や心の底からライバルと思える同僚、入団したばかりの時に面倒を見た後輩などもいた。 
王宮騎士団は少人数構成の部隊なので犠牲者の大半は彼のよく知った顔であった。
 

 彼らの死と向き合い十一年、クラウドは再び被害を出さぬよう努めている。
コメン村が襲われたあの日、悲しみと共に暮らし始めた人々を同じ思いを味わった者として、もう二度とあのような思いをさせないために力を尽くす。
 しかし、このコメン村に来るとクラウドはどうしても怒りや苦しみ、戦友の彼の顔が浮かぶ。
自分は彼らや自身の無念晴らしのためにここまでしてきたのだろうか。
あのドイピローゼと同じものを抱いていると思える時がある。
それと同時に、自分が今此処で眠る彼らにできる最善のことはこうして鐘を鳴らすだけだとも自覚させられた。

 痛みを伴いながらもクラウドは鐘を打つ。
一つ、鐘の音が淋しく鳴り、消えていった。
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