【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ

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5.彼の過去

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エドガーが王宮主催の大きな舞踏会に出席したその日。

会場に足を踏み入れた瞬間、令嬢たちの熱い視線が自分に一斉に向けられた。
そのギラついた視線に竦み上がりそうになったのだという。

当時の彼は、自分の肩書や容姿にどれほどの価値があるかよく分かっていなかったのだろう。

私にも経験があるから分かる。
頭のてっぺんから足の先まで、品定めでもするように無遠慮に眺めまわされるのだ。

「彼女たちの打算や恋情に満ちた目は正直なところとても恐ろしかった……だが家のためにも、真面目で有能で家柄的にも申し分ない女性と出会わなければならない。しかし」

彼は言葉を途切れさせ、悲しそうに眉根を寄せた。

「気の合った女性と話を進展させようとすると、皆精神的に不安定になり付き纏いが激しくなるんです」

不安定とはどういうことなのだろう。
曖昧な言葉に首を傾げる。

恋に狂うと人は不安になったり嫉妬深くなったりすると聞くが、そのことだろうか。
私自身は恋愛をしたことがないのでよく分からないけれど、恋とはそういった不安定さも含めて楽しむものではないのだろうか。

「……熱烈な方が多くて羨ましいです」

まったく羨ましくはないけれど、無難そうな言葉を選ぶ。
彼と噂になった女性たちは、社交界に疎い私でも知っているような有名人ばかりだ。下手なことは言えない。

それにどう見ても彼は嬉しそうではないし、どの程度の付き纏いかは分からないが私だったら絶対に嫌だ。

「あなたは行く先々で偶然を装って同じ女性が出没したり、一度も返事をしていないのに毎日愛を綴る手紙が届いたり、なんの祝いでもない日に大量の贈り物が届いたり、その中に髪の束がひと房入れられていてもそう思いますか」
「えっ、急なホラーやめてください」

ゾッとしながら言うと、エドガーが両手で自分の顔を覆った。

「すべて実体験な上にそれぞれ別の女性です……」

重苦しいため息と共に、絞り出すように言う。
それで彼の言うことが事実なのだと理解できた。

大量の贈り物だけでも迷惑なのに、髪束を仕込むなんてさすがにそれは行き過ぎだ。
私なら悲鳴を上げて腰を抜かしてしまうかもしれない。

なるほど、疲労感が見える理由はこれか。
しかもつけ回されるのも手紙も贈り物も別口。
うんざりを通り越してノイローゼになっても不思議ではない。

もしかしたら社交界に出てこなくなった理由もこれかもしれない。
思い至って深く同情してしまう。

「どうしてそのような過激な行動に……?」
「分かりません。私が聞きたいくらいです」

ため息交じりに言ってまぶたを伏せる。
憂いを帯びたその表情は、一点の曇りもなく美しい。
この完璧な美しさが原因だろうか。
美しいというだけで人はそこまでおかしくなるものだろうか。

「ちなみに、深い関係になったというわけではないのですよね?」

疑わし気に尋ねると、エドガーは真剣な表情で頷いた。

「ええもちろん。手に触れることさえありません。せいぜいが二人きりでお茶をする程度のものです」

ますます分からない。
たったそれだけでそこまで過熱してしまうほどの何かが彼にはあるということか。

紅茶を飲むふりでジッと彼を観察する。
切れ長の目と、それを縁取る長いまつげ。
通った鼻筋と男らしい薄い唇。それに高身長。

見た目だけでも女性の大半が彼に見惚れてしまうだろう。
その上、彼からはなんとなくミステリアスな空気を感じてしまう。それが女性の心を強く引きつけるのだろうか。

「少しでも距離が近付くと例外なくそうなるのです……不本意ですが、どうやら私は『魔性』というやつらしい」
「んっふ」

およそ男性を形容する言葉じゃないはずの単語が、けれど目の前の青年に妙にしっくりきて思わず紅茶を噴き出しそうになる。

「失礼いたしました」

不審げな表情を向けられ、口許を隠しながら目を逸らす。

「……とにかく、女性とはまともな関係を築くことが難しくてね」

冷たい印象を受けるほどに整った美貌のエドガー。
けれど話をしてみれば意外なほどに口調は穏やかで友好的。
そのギャップによって、自分だけに心を開いてくれていると錯覚してしまうのだろうか。
なかなかに興味深い人だ。

「私を好きだという女性は、なぜか私の過去を無駄に深読みするようです。今の母はいわゆる後妻なのですが、血が繋がっていないから裏でいじめられているんだろうなどと」
「いじめられているのですか?」
「まさか。至って良好な関係です」

肩を竦めながらムッとした顔でエドガーが言う。
その疑いをかけられることがよほど嫌なのだろう。

「実母は幼い頃に亡くなってほとんど記憶にありません。物心ついた時から義母は優しく、時に厳しかった。言われるまでは本当の母親だと思っていたし、なんなら実父よりも仲が良いくらいです」

目を細めながら言う彼の口調はどこか誇らしげだ。
母親が大切だということがよく伝わってくる。
うちも家族仲がいいので共感できる。
それどころか、プライドのせいか家族を貶しがちな男性が多い中、衒いもなくそう言えるエドガーにむしろ好感を持った。

「しかし何度そう説明しても信じてくれない。『本当の愛を知らない可哀想な人』『意地悪な継母を庇おうとする優しい人』と勝手に解釈して、挙句には『愛情不足で寂しいはず』『私が本当の家族になってあげる』と迫ってくる」
「やはりホラーですわね」
「そうかもしれません……」

若干引きながら感想を言うと、エドガーはくたびれたような顔で項垂れた。
そこまで飛躍した考えばかり持つ女性ばかりが周りにいれば、そんな顔にもなるだろう。

見た目のアンニュイさに加えて母親が継母だと、暗い過去を背負っていると深読みされてしまうらしい。

「跡継ぎなのでどうしても結婚する必要があります。が、このままだと誰を選んでも血みどろの未来しか見えません」
「ええ、刺すか刺されるかのヒリヒリした新婚生活が見えますわ……」

その執着の強さでは、少しでも彼に近付く女性がいただけで激情に突き動かされて最悪の結末を迎えてしまいそうだ。
たとえ結婚して妻の座を手に入れたところで、それは変わらないだろう。

「私は穏やかで温かな家庭を築きたいだけなんです……!」

嘆くように言って、苦し気に眉根を寄せる。

その表情は悲哀に満ちていて、なんというかうん、確かに暗い過去がありそうに見えるわ。

彼は明るい家族計画を口にしているだけなのに、物凄い悲劇を演じている舞台役者のように見えてくるから不思議だ。
ありもしない行間を読み取って、彼の内面を深読みしたくなる令嬢の気持ちも分からなくはない。

「人はこの見た目にありもしない背景を読み取って、都合のいい人形に仕立て上げたくなるものらしい」
「分かります!!」

反射的に強く同意すると、エドガーがびっくりした顔で固まった。

その表情は意外なほどにあどけなく見えた。
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