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4.とびきりの美形登場
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対面に座るキラキラしい容貌の青年が、深緑の瞳で真っ直ぐに私を見ている。
エドガー・ライケンス。
噂から想像する以上の美丈夫だ。
これだけ容姿に恵まれていれば、たしかに女性をとっかえひっかえするのも難しいことではないだろう。
派手な噂が飛び交うのも無理はない気はする。
だけどなぜだろう。私の目には、彼が遊び人には見えなかった。
「お初にお目にかかります。シェリル・スカーディナと申しますわ」
「お招きいただきありがたく思います。本来であればこちらからご招待させていただくべきでした」
礼儀正しく言って、小さく頭を下げる。
年齢は五つほど上だったか。
低くなめらかな声で発される自己紹介は耳に心地よく、柔らかな口調は人当たりも良さそうだ。
まだ二十代半ばにも関わらず堂々たる体躯で、物怖じする様子もなく落ち着いた声で話す。
どこかアンニュイな雰囲気が漂っているけれどなよなよした感じではなく、その絶妙なアンバランスさがさらに女性を惹きつけるのだろうか。
「改めまして、このようなお話をいただけましたこと、深く感謝いたします」
「こちらこそ。面識もない者からの申し出にも関わらず、このような場を設けていただけるとは」
冷静に分析しながら当たり障りない会話を続ける。
父と母は挨拶を終えると早々に応接室を出ていってしまったから今は二人きりだ。
その状況でも彼の態度は崩れないのを見るに、わかりやすい裏表があるわけではなさそうだ。
家格も財政状況も釣り合うから、政略結婚を望んでいるのは分かる。
けれど彼の言う通り面識もない女にこんな話をするのはなぜなのか。この容姿と肩書であれば、結婚相手などよりどりみどりだろう。
にも関わらず、スカーディナ家からの持参金は不要で、婚礼費用は全部ライケンス家持ちでいいとまで言ってくれている。
父の話によれば、ライケンス侯爵家として男児一人を後継者として産んでくれれば、二子以降はスカーディナ家の養子にするので構わないらしい。
破格の条件だ。
うちに縁談を申し込むまでもなく引く手あまただったはずなのに。
私の噂を知らないのだろうか。
何か理由があるにしても、わざわざ私のような難あり物件を選ばなくても。
「あの……不躾な質問で失礼いたしますが、なぜ私に?」
やはり、また顔で選ばれたのだろうか。
「俺の顔をどう思いますか」
仏頂面になりかけた瞬間、思いがけない問いに返事が遅れて口が半開きになる。
え、なにこれ褒めなきゃいけない流れ?
「……ええと」
戸惑いに視線が泳ぐ。
今まで散々言われ慣れているだろうことを自ら要求するとか、どれだけ自分大好きなの。
確かに今まで見た中でダントツ一位の美形かもしれないけれど、うちの家族も美形一家として名高い。
家族だけですでに美形は見慣れているし、美形の両親から受け継いだパーツが奇跡の配合を見せた結果、自分で言うのは嫌だが私の顔はその上をいく。
それを目当てに自分に自信を持ち過ぎた美男もこぞって押し寄せてきていたし、むしろ美形は見飽きている。
リチャードだって、顔だけなら良かった。
百点満点の美形に囲まれて肥えた目では、百二十点の美形を見ても「すごいですね」としか思えない。
「大変麗しく、国一、いえ世界一端正なお顔ですわ」
それでも再びパーティーに出席する日々を思えば、誉め言葉の一つや二つ惜しくもなんともない。
それに自分大好き人間ならば、私に興味を持たずに放っておいてくれる可能性が高い。
「その完璧な美しさは、太陽の神すらも嫉妬するほどではないでしょうか」
いささか棒読みになってしまったけれど、なかなか悪くないのではないか。
表情も上手く作れたとはお世辞にも言えないけれど、淀みのない賛辞を贈れたと思う。
「……」
喜ぶかと思ったのに、エドガーは真顔のまま口を閉ざした。
さすがに心がこもっていなすぎただろうか。
怒られるかもしれない。
そう思って身構えた私の目の前に、無言ですっと右手が差し出された。
握手を求める姿勢に、訳も分からず反射的に手を出して応じると、ぎゅっと堅く握りしめられた。
「えっ、あの……?」
そのまま無言でぶんぶん振られ戸惑う。
そんなにあの安っぽい誉め言葉が嬉しかったのだろうか。
予想外の行動にびっくりしてぽかんとしていると、ようやくエドガーは手を離してくれた。
その後で彼は、長い長いため息をついた。
「我がライケンス侯爵家は古くから続く有力な貴族というのはご存知でしょうか」
「え、ええ。ライケンス侯爵家のことはよく聞き及んでおりますわ」
「私はその嫡男で、弟妹はおらず次期当主の座を約束されています。加えてこの顔と身長のせいか、縁談だけでなく直接のアプローチも山ほどありました」
やっぱり自慢なのかしら。
白けた気持ちでそんなことを思う。
でもなんとなく、言っている内容とエドガーの表情が合っていないように見える。
「良かったですね……?」
どういった反応を求められているのか判じかねて曖昧に言う。
これが自慢げだったり高慢な口調であればもう少しリアクションも取りやすいのだけど、エドガーの顔にはどうにも疲労感が濃く漂っているように見えた。
「良くはない。本当に。心から」
私の口先だけの言葉に、やや据わった目でエドガーが投げやりに言う。
そのうんざりした口調に、既視感を覚えてわずかに身を乗り出す。
「それは一体、なぜなのでしょう」
「あれは社交界デビューの日のことでした……」
エドガーが眉根を寄せて語りだす。
その表情には、もはや見間違えようもないほどに苦渋に満ちていた。
エドガー・ライケンス。
噂から想像する以上の美丈夫だ。
これだけ容姿に恵まれていれば、たしかに女性をとっかえひっかえするのも難しいことではないだろう。
派手な噂が飛び交うのも無理はない気はする。
だけどなぜだろう。私の目には、彼が遊び人には見えなかった。
「お初にお目にかかります。シェリル・スカーディナと申しますわ」
「お招きいただきありがたく思います。本来であればこちらからご招待させていただくべきでした」
礼儀正しく言って、小さく頭を下げる。
年齢は五つほど上だったか。
低くなめらかな声で発される自己紹介は耳に心地よく、柔らかな口調は人当たりも良さそうだ。
まだ二十代半ばにも関わらず堂々たる体躯で、物怖じする様子もなく落ち着いた声で話す。
どこかアンニュイな雰囲気が漂っているけれどなよなよした感じではなく、その絶妙なアンバランスさがさらに女性を惹きつけるのだろうか。
「改めまして、このようなお話をいただけましたこと、深く感謝いたします」
「こちらこそ。面識もない者からの申し出にも関わらず、このような場を設けていただけるとは」
冷静に分析しながら当たり障りない会話を続ける。
父と母は挨拶を終えると早々に応接室を出ていってしまったから今は二人きりだ。
その状況でも彼の態度は崩れないのを見るに、わかりやすい裏表があるわけではなさそうだ。
家格も財政状況も釣り合うから、政略結婚を望んでいるのは分かる。
けれど彼の言う通り面識もない女にこんな話をするのはなぜなのか。この容姿と肩書であれば、結婚相手などよりどりみどりだろう。
にも関わらず、スカーディナ家からの持参金は不要で、婚礼費用は全部ライケンス家持ちでいいとまで言ってくれている。
父の話によれば、ライケンス侯爵家として男児一人を後継者として産んでくれれば、二子以降はスカーディナ家の養子にするので構わないらしい。
破格の条件だ。
うちに縁談を申し込むまでもなく引く手あまただったはずなのに。
私の噂を知らないのだろうか。
何か理由があるにしても、わざわざ私のような難あり物件を選ばなくても。
「あの……不躾な質問で失礼いたしますが、なぜ私に?」
やはり、また顔で選ばれたのだろうか。
「俺の顔をどう思いますか」
仏頂面になりかけた瞬間、思いがけない問いに返事が遅れて口が半開きになる。
え、なにこれ褒めなきゃいけない流れ?
「……ええと」
戸惑いに視線が泳ぐ。
今まで散々言われ慣れているだろうことを自ら要求するとか、どれだけ自分大好きなの。
確かに今まで見た中でダントツ一位の美形かもしれないけれど、うちの家族も美形一家として名高い。
家族だけですでに美形は見慣れているし、美形の両親から受け継いだパーツが奇跡の配合を見せた結果、自分で言うのは嫌だが私の顔はその上をいく。
それを目当てに自分に自信を持ち過ぎた美男もこぞって押し寄せてきていたし、むしろ美形は見飽きている。
リチャードだって、顔だけなら良かった。
百点満点の美形に囲まれて肥えた目では、百二十点の美形を見ても「すごいですね」としか思えない。
「大変麗しく、国一、いえ世界一端正なお顔ですわ」
それでも再びパーティーに出席する日々を思えば、誉め言葉の一つや二つ惜しくもなんともない。
それに自分大好き人間ならば、私に興味を持たずに放っておいてくれる可能性が高い。
「その完璧な美しさは、太陽の神すらも嫉妬するほどではないでしょうか」
いささか棒読みになってしまったけれど、なかなか悪くないのではないか。
表情も上手く作れたとはお世辞にも言えないけれど、淀みのない賛辞を贈れたと思う。
「……」
喜ぶかと思ったのに、エドガーは真顔のまま口を閉ざした。
さすがに心がこもっていなすぎただろうか。
怒られるかもしれない。
そう思って身構えた私の目の前に、無言ですっと右手が差し出された。
握手を求める姿勢に、訳も分からず反射的に手を出して応じると、ぎゅっと堅く握りしめられた。
「えっ、あの……?」
そのまま無言でぶんぶん振られ戸惑う。
そんなにあの安っぽい誉め言葉が嬉しかったのだろうか。
予想外の行動にびっくりしてぽかんとしていると、ようやくエドガーは手を離してくれた。
その後で彼は、長い長いため息をついた。
「我がライケンス侯爵家は古くから続く有力な貴族というのはご存知でしょうか」
「え、ええ。ライケンス侯爵家のことはよく聞き及んでおりますわ」
「私はその嫡男で、弟妹はおらず次期当主の座を約束されています。加えてこの顔と身長のせいか、縁談だけでなく直接のアプローチも山ほどありました」
やっぱり自慢なのかしら。
白けた気持ちでそんなことを思う。
でもなんとなく、言っている内容とエドガーの表情が合っていないように見える。
「良かったですね……?」
どういった反応を求められているのか判じかねて曖昧に言う。
これが自慢げだったり高慢な口調であればもう少しリアクションも取りやすいのだけど、エドガーの顔にはどうにも疲労感が濃く漂っているように見えた。
「良くはない。本当に。心から」
私の口先だけの言葉に、やや据わった目でエドガーが投げやりに言う。
そのうんざりした口調に、既視感を覚えてわずかに身を乗り出す。
「それは一体、なぜなのでしょう」
「あれは社交界デビューの日のことでした……」
エドガーが眉根を寄せて語りだす。
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