【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ

文字の大きさ
18 / 35

17.正面対決

しおりを挟む
「クレーベルク公爵夫人でいらっしゃいますよね」

正面玄関から出ていくと逃げられてしまうと思い、通用口からこっそり出て少し離れたところから声を掛ける。

「……ええそうですわ。あなたはどなたかしら」

話しかけると一瞬だけ焦ったような顔をしたあと、敵意も顕わにそう返される。

私が誰か分からないはずがない。
挑発されているのは明らかだった。

「エドガー・ライケンスの妻の、シェリル・ライケンスと申します」

それでも怯むことなく真っ直ぐにそう答えると、彼女の目つきが鋭くなった。

「あら、その名前なら聞いたことがあるわ。確かエディのお飾りの妻ね」

嘲笑交じりに言って、わざと愛称を強調して呼ぶ。
自分の方が彼と親しいというアピールだろう。完全に開き直っているようだ。

「うちに何かご用でしょうか。夫とのお約束はないようですが」

けれどいちいちそんなことに突っかかったりせずに、余裕の笑みでチクリと刺してみる。

ずっとここにいた彼女が、エドガーと会う約束なんてしていないことは明白だ。
あなたと夫が深い関係にないことなんて知っていますよということを言外に含ませている。

案の定彼女の顔が強張って、一瞬で格上の強気な態度が剥がれ落ちた。

「なによ! 政略結婚しただけの女のくせに!」

けれどさすがに、ここまであっさり本心を露呈してくれるとは思わなかった。

もう日が落ちたと言ってもまだ人通りは絶えていない。
彼女のヒステリックな声に、通りすがりの男性が驚いたような顔をこちらに向けた。
けれどヨハンナにキッと睨まれてすぐに目を逸らしてしまった。

「いいこと? たかが結婚くらいでいい気にならないことね。結婚なんて家同士の面子の問題で、なんの意味もないんだから」

憎々し気に唇を歪めながらヨハンナが言う。
どうやら人目も気にならないくらい私に腹を立てているらしい。

噂に聞く彼女は、聡明で美しいのにそれを鼻にかけることもなく、控えめで夫を立てる素晴らしい女性だ。
彼女を射止めたクレーベルク公爵は羨ましいとしきりに言われるような人物だった。

「彼が本当に愛しているのは私なの。妻と名乗れるからといって思い上がらないことね」

けれど今目の前にいる彼女は、感情的で嫉妬深く、失礼で不遜な人間にしか見えない。

噂って本当に当てにならないわ。

改めてそんなことを思って、頭を抱えたくなる。

「失礼ですが、ヨハンナ様はご結婚されているのですよね?」
「だからなによ。不倫だとでも言いたいの? 馬鹿にしないで。私と彼の出会いは運命よ。彼との愛をそんな低俗なものと一緒にしないでちょうだい」

いや不倫も何も。
一方的な感情を押し付けているだけならそれはただの浮気心でしょう。

呆れてしまったけれど、それを言ったら「これは浮気なんかじゃなくて本気よ」と怒り出しそうなので黙っておく。

それにしてもどうして彼に執着する女性はみんな、運命だの真実だのと言いたがるのだろう。
運命で真実なら、それこそ私の出番なんてくる前にとっくに彼女たちの誰かと結婚しているのではないか。

「クレーベルク公は愛してらっしゃらないのですか」
「言ったでしょう結婚に意味なんてないって。結婚が早かっただけ。先にエディに出会っていたら絶対に彼と結婚なんてしていなかったわ」

ますます分からない。
彼女の言うことは矛盾だらけだ。

運命なら先にエドガーに出会っているだろうし、結婚は面子だと言うならどちらにしろクレーベルク公爵と結婚しているはずだ。

それにしてもクレーベルク公が気の毒だ。
彼は愛妻家で有名だったし、ヨハンナも彼を深く愛していて仲睦まじい夫婦だと聞いていたのに。

願わくば、彼が愛妻家だという噂も嘘でありますように。
だってそうじゃないとあまりにも可哀想すぎる。

「あんたとの結婚は形式上だけのもの。きっともうすぐ捨てられるわ」
「……私は政略結婚でも意味がないとは思いませんわ」

なんだかムカムカしてきて、思わず反論の言葉が出てしまう。
なんだろう、この気持ちは。
クレーベルク公爵への同情だろうか。
いやたぶん違う。

「夫婦として重ねてきた時間は、面子や体裁のためではありませんもの」

確かに最初は利害の一致がきっかけだった。
互いの容姿や中身には大して興味がなかったし、平穏に過ごせればそれでいいと思っていた。両家の後継ぎを無事に産むことができれば、その後は離婚しても構わないとさえ思っていたかもしれない。

だけどエドガーは思っていた以上に誠実な人だった。

彼は私のことを常に気遣ってくれて、嫁いだ後も過ごしやすいようにと配慮してくれた。女性関係で私を巻き込まないように努力していたし、私の話をきちんと聞いてその方向が間違っていたと改めてもくれた。

結婚だけして、あとは顔も合わせず口もきかず、義務的な夫婦生活のみという選択だってできたのに。

「政略結婚だとしても、私とエドガーとの絆は確かにあります」

子供を産んだ後も、私は彼と一緒にいたい。
義務や義理ではなく、心からそう思う。彼と過ごすうちに、いつの間にかそうなっていた。

エドガーもそう思ってくれていたらいいのに。
そんな気持ちが自然と溢れてしまった。

「ふざけないで!!」

そしてすぐに後悔する。

ああ、なんでこんなことを言ってしまったのだろう。
適当に彼女に話を合わせて穏便に追い返すつもりだったのに。

バチンと言う鈍い破裂音と共に頬に衝撃が走る。
視界がくらりと揺れた。

叩かれたのだと理解した時には罵倒の嵐が始まっていて、やり返すタイミングを逸してしまった。
だけどそれで良かったのかもしれない。

「愛されていないくせに! 顔だけのくせに! 中身が空っぽのあんたなんか誰も本気で愛さないんだから!!」

醜く顔を歪めて、唾を飛ばしながらヨハンナが私を罵る。

これまで色んな令嬢達から投げつけられた断片的な悪口の寄せ集め。
不倫を低俗と言ったその口で、不倫よりも低俗で幼稚な言葉を並べ立てる。

その言葉の羅列はどれも私を表すものではないのに。
私をよく知りもしないで、見た目だけで決めつけて勝手に貶める人達。
大嫌いだ。

叩き返したら、そんな人と同じところに落ちてしまう。
そんなのはごめんだ。

「……結婚してから一度も会っていないのに、ご自分は愛されていると?」

燃えるような熱を持つ頬を押さえながら、妙に冷静な声で言う。

「彼は自分の覚悟を試そうとしたのよ! 私を夫から奪う覚悟を!」
「おっしゃりたいことがよく分かりませんわ」

唇の端が濡れている感覚がある。叩かれた時にどこか切れたのかもしれない。

「自分も結婚することで私を深く知ろうとしたのよ。あんたはそのための踏み台。分かる?」

馬鹿にしたような笑みを浮かべて、ヨハンナが勝ち誇ったように言う。

「いいえ全然」
「私には分かってるわ。だからエディが私を心から理解して迎えに来てくれるまで待っていたの」

説明を聞いてもやっぱり分からない。

彼はそんな回りくどいことはしない。
本当にヨハンナを愛しているなら、彼女の幸せを願って潔く身を引く。そんな人だ。
人様の家庭を壊してまで自分の愛を貫こうとなんてしない。

それになにより、ライケンス家のためにもクレーベルク公爵を怒らせるような真似はしないはずだ。

彼女も結局はエドガーの見た目だけしか愛していないのだ。
誰も彼の中身を知ろうともせず、自分に都合のいい理想ばかりを押し付ける。

そんな自分たちのせいで、エドガーは私なんかと結婚するはめになったのだ。
それなのにその原因すら別の人間に押し付けて。

「言いたいことはそれだけですの?」

深いため息の後、あえて高飛車な態度で言い放つ。

ごめんなさい、エドガー。
穏便になんてもう絶対に無理。

心の中で詫びて、唇の血を拭う。

闘志が燃え上がって、鼓動が微かに速い。
もうこの勢いは止められそうになかった。

せめて「エドガーのために」なんて綺麗ごとの建前は取っ払ってしまおう。
私は、私がムカついたから闘うのよ。

そう自分の気持ちを整理して、ヨハンナを真っ直ぐに睨み据えた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

婚約破棄されたので、自由に生きたら王太子が失脚しましたあ

鍛高譚
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢 ロザリー・フォン・アーデン は、王太子 エドワード・カミル・レグノード の婚約者として誰もが認める完璧な貴族令嬢だった。 しかしある日、王太子は突如 “聖女” を名乗る平民の少女 セシリア・ブランシュ に夢中になり、ロザリーに無情な婚約破棄を言い渡す。 「これは神の導きだ! 私の本当の運命の相手はセシリアなんだ!」 「ロザリー様、あなたは王太子妃にふさわしくありませんわ」 ──ふたりの言葉を前に、ロザリーは静かに微笑んだ。 「……そうですか。では、私も自由に生きさせていただきますわね?」 だが、これがロザリーの “ざまぁ” 逆転劇の幕開けだった! 神託と称して王太子を操る “聖女” の正体は、なんと偽者!? さらに王室財政を私物化する 汚職貴族との黒い繋がり も発覚!? 次々と暴かれる陰謀の数々に、王宮は大混乱。 そして、すべての証拠が王の手に渡ったとき──王太子 エドワードは王太子の地位を剥奪され、偽の聖女と共に国外追放 となる! 「ロザリー様を捨てた王太子は大馬鹿者だ!」 「やっぱり王妃にふさわしかったのはロザリー様だったのよ!」 社交界ではロザリーへの称賛が止まらない。 そしてそんな彼女のもとに、なんと隣国の 若き王クラウス・アレクサンドル から正式な求婚が──!? 「私はあなたの聡明さと誇り高き心に惹かれました。私の王妃になっていただけませんか?」 かつての婚約破棄が嘘のように、今度は 本物の愛と自由を手にするチャンス が巡ってくる。 しかし、ロザリーはすぐに頷かない。 「私はもう、誰かに振り回されるだけの人生は選びません」 王妃となる道を選ぶのか、それとも公爵家の令嬢として新たな未来を切り開くのか──?

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

婚約者の恋は全力で応援します!

透明
恋愛
伯爵令嬢ジュディスと伯爵令息アランは婚約者同士。 ジュディスはアランが大好きだがアランには他に好きな人がいてジュディスのことはほったらかし。 ジュディスはアランの恋を応援することにしたが、なぜかアランはジュディスに執着してきて・・・ チグハグな2人の思いはどうなるか。

【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

婚約者に「ブス」と言われた私の黒歴史は新しい幸せで塗り替えました

四折 柊
恋愛
 私は十歳の時に天使のように可愛い婚約者に「ブス」と言われ己の価値を知りました。その瞬間の悲しみはまさに黒歴史! 思い出すと叫んで走り出したくなる。でも幸せを手に入れてそれを塗り替えることが出来ました。全四話。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

処理中です...