【完結】メンヘラ製造機の侯爵令息様は、愛のない結婚を望んでいる

当麻リコ

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17.正面対決

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「クレーベルク公爵夫人でいらっしゃいますよね」

正面玄関から出ていくと逃げられてしまうと思い、通用口からこっそり出て少し離れたところから声を掛ける。

「……ええそうですわ。あなたはどなたかしら」

話しかけると一瞬だけ焦ったような顔をしたあと、敵意も顕わにそう返される。

私が誰か分からないはずがない。
挑発されているのは明らかだった。

「エドガー・ライケンスの妻の、シェリル・ライケンスと申します」

それでも怯むことなく真っ直ぐにそう答えると、彼女の目つきが鋭くなった。

「あら、その名前なら聞いたことがあるわ。確かエディのお飾りの妻ね」

嘲笑交じりに言って、わざと愛称を強調して呼ぶ。
自分の方が彼と親しいというアピールだろう。完全に開き直っているようだ。

「うちに何かご用でしょうか。夫とのお約束はないようですが」

けれどいちいちそんなことに突っかかったりせずに、余裕の笑みでチクリと刺してみる。

ずっとここにいた彼女が、エドガーと会う約束なんてしていないことは明白だ。
あなたと夫が深い関係にないことなんて知っていますよということを言外に含ませている。

案の定彼女の顔が強張って、一瞬で格上の強気な態度が剥がれ落ちた。

「なによ! 政略結婚しただけの女のくせに!」

けれどさすがに、ここまであっさり本心を露呈してくれるとは思わなかった。

もう日が落ちたと言ってもまだ人通りは絶えていない。
彼女のヒステリックな声に、通りすがりの男性が驚いたような顔をこちらに向けた。
けれどヨハンナにキッと睨まれてすぐに目を逸らしてしまった。

「いいこと? たかが結婚くらいでいい気にならないことね。結婚なんて家同士の面子の問題で、なんの意味もないんだから」

憎々し気に唇を歪めながらヨハンナが言う。
どうやら人目も気にならないくらい私に腹を立てているらしい。

噂に聞く彼女は、聡明で美しいのにそれを鼻にかけることもなく、控えめで夫を立てる素晴らしい女性だ。
彼女を射止めたクレーベルク公爵は羨ましいとしきりに言われるような人物だった。

「彼が本当に愛しているのは私なの。妻と名乗れるからといって思い上がらないことね」

けれど今目の前にいる彼女は、感情的で嫉妬深く、失礼で不遜な人間にしか見えない。

噂って本当に当てにならないわ。

改めてそんなことを思って、頭を抱えたくなる。

「失礼ですが、ヨハンナ様はご結婚されているのですよね?」
「だからなによ。不倫だとでも言いたいの? 馬鹿にしないで。私と彼の出会いは運命よ。彼との愛をそんな低俗なものと一緒にしないでちょうだい」

いや不倫も何も。
一方的な感情を押し付けているだけならそれはただの浮気心でしょう。

呆れてしまったけれど、それを言ったら「これは浮気なんかじゃなくて本気よ」と怒り出しそうなので黙っておく。

それにしてもどうして彼に執着する女性はみんな、運命だの真実だのと言いたがるのだろう。
運命で真実なら、それこそ私の出番なんてくる前にとっくに彼女たちの誰かと結婚しているのではないか。

「クレーベルク公は愛してらっしゃらないのですか」
「言ったでしょう結婚に意味なんてないって。結婚が早かっただけ。先にエディに出会っていたら絶対に彼と結婚なんてしていなかったわ」

ますます分からない。
彼女の言うことは矛盾だらけだ。

運命なら先にエドガーに出会っているだろうし、結婚は面子だと言うならどちらにしろクレーベルク公爵と結婚しているはずだ。

それにしてもクレーベルク公が気の毒だ。
彼は愛妻家で有名だったし、ヨハンナも彼を深く愛していて仲睦まじい夫婦だと聞いていたのに。

願わくば、彼が愛妻家だという噂も嘘でありますように。
だってそうじゃないとあまりにも可哀想すぎる。

「あんたとの結婚は形式上だけのもの。きっともうすぐ捨てられるわ」
「……私は政略結婚でも意味がないとは思いませんわ」

なんだかムカムカしてきて、思わず反論の言葉が出てしまう。
なんだろう、この気持ちは。
クレーベルク公爵への同情だろうか。
いやたぶん違う。

「夫婦として重ねてきた時間は、面子や体裁のためではありませんもの」

確かに最初は利害の一致がきっかけだった。
互いの容姿や中身には大して興味がなかったし、平穏に過ごせればそれでいいと思っていた。両家の後継ぎを無事に産むことができれば、その後は離婚しても構わないとさえ思っていたかもしれない。

だけどエドガーは思っていた以上に誠実な人だった。

彼は私のことを常に気遣ってくれて、嫁いだ後も過ごしやすいようにと配慮してくれた。女性関係で私を巻き込まないように努力していたし、私の話をきちんと聞いてその方向が間違っていたと改めてもくれた。

結婚だけして、あとは顔も合わせず口もきかず、義務的な夫婦生活のみという選択だってできたのに。

「政略結婚だとしても、私とエドガーとの絆は確かにあります」

子供を産んだ後も、私は彼と一緒にいたい。
義務や義理ではなく、心からそう思う。彼と過ごすうちに、いつの間にかそうなっていた。

エドガーもそう思ってくれていたらいいのに。
そんな気持ちが自然と溢れてしまった。

「ふざけないで!!」

そしてすぐに後悔する。

ああ、なんでこんなことを言ってしまったのだろう。
適当に彼女に話を合わせて穏便に追い返すつもりだったのに。

バチンと言う鈍い破裂音と共に頬に衝撃が走る。
視界がくらりと揺れた。

叩かれたのだと理解した時には罵倒の嵐が始まっていて、やり返すタイミングを逸してしまった。
だけどそれで良かったのかもしれない。

「愛されていないくせに! 顔だけのくせに! 中身が空っぽのあんたなんか誰も本気で愛さないんだから!!」

醜く顔を歪めて、唾を飛ばしながらヨハンナが私を罵る。

これまで色んな令嬢達から投げつけられた断片的な悪口の寄せ集め。
不倫を低俗と言ったその口で、不倫よりも低俗で幼稚な言葉を並べ立てる。

その言葉の羅列はどれも私を表すものではないのに。
私をよく知りもしないで、見た目だけで決めつけて勝手に貶める人達。
大嫌いだ。

叩き返したら、そんな人と同じところに落ちてしまう。
そんなのはごめんだ。

「……結婚してから一度も会っていないのに、ご自分は愛されていると?」

燃えるような熱を持つ頬を押さえながら、妙に冷静な声で言う。

「彼は自分の覚悟を試そうとしたのよ! 私を夫から奪う覚悟を!」
「おっしゃりたいことがよく分かりませんわ」

唇の端が濡れている感覚がある。叩かれた時にどこか切れたのかもしれない。

「自分も結婚することで私を深く知ろうとしたのよ。あんたはそのための踏み台。分かる?」

馬鹿にしたような笑みを浮かべて、ヨハンナが勝ち誇ったように言う。

「いいえ全然」
「私には分かってるわ。だからエディが私を心から理解して迎えに来てくれるまで待っていたの」

説明を聞いてもやっぱり分からない。

彼はそんな回りくどいことはしない。
本当にヨハンナを愛しているなら、彼女の幸せを願って潔く身を引く。そんな人だ。
人様の家庭を壊してまで自分の愛を貫こうとなんてしない。

それになにより、ライケンス家のためにもクレーベルク公爵を怒らせるような真似はしないはずだ。

彼女も結局はエドガーの見た目だけしか愛していないのだ。
誰も彼の中身を知ろうともせず、自分に都合のいい理想ばかりを押し付ける。

そんな自分たちのせいで、エドガーは私なんかと結婚するはめになったのだ。
それなのにその原因すら別の人間に押し付けて。

「言いたいことはそれだけですの?」

深いため息の後、あえて高飛車な態度で言い放つ。

ごめんなさい、エドガー。
穏便になんてもう絶対に無理。

心の中で詫びて、唇の血を拭う。

闘志が燃え上がって、鼓動が微かに速い。
もうこの勢いは止められそうになかった。

せめて「エドガーのために」なんて綺麗ごとの建前は取っ払ってしまおう。
私は、私がムカついたから闘うのよ。

そう自分の気持ちを整理して、ヨハンナを真っ直ぐに睨み据えた。
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