【完結】偽物の聖女は辺境の地で愛を歌う

当麻リコ

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「……どうして、あなたが、ここに……?」

呆然としたまま、掠れた声でナディアは問う。

「遅くなってごめん。まさかこんなことになるなんて」

痛ましい表情でイーライがナディアの頬にそっと触れた。

イーライの隣には厳めしい顔つきの壮年男性がいる。
その人物に気づいて、周囲がどよめくのが分かった。

彼は他の貴族たちとは違いナディアを罵ることもなく、国王陛下に向かい合った。

「ずいぶんと下劣な見世物ですな、陛下」
「ローゼンバーグ辺境伯……」

国王が忌々し気な顔でその名を呟く。

ローゼンバーグ辺境伯。
聞いたことのある名だ。

確か国境警備の要である騎士団を擁し、その強さは国王直属の精鋭騎士団にもひけを取らないほどだとか。
ローゼンバーグ辺境伯は王侯貴族から一目置かれ、国王も気を遣うほどの発言権を持っている。

そう家庭教師から聞かされた記憶がある。

その辺境伯が彼なのか。
だがどうしてそんな人がここに?

度重なる不測の事態に混乱し、ナディアはぼんやり彼を見ることしかできなかった。

「父上、彼女を連れ出しても?」
「ああ構わん。あとは私に任せなさい」

今、イーライはローゼンバーグ辺境伯のことを父と呼んだか。

「行こう、ナディア」

新たな情報に頭がパンク寸前のナディアの肩を抱いて、イーライは彼女を会場の外へと連れ出した。



「助けに、来てくれたの……?」

イーライと乗り込んだ馬車の中で、ナディアは混乱のまま口を開く。
その後ですぐ、馬鹿なことを聞いてしまったと後悔する。

いつから狙っていたのかは分からないけれど、あれはロザリンドが引き起こしたことだ。
誰か協力者がいた様子もない。

だからイーライだってこんなことが起こるなんて知らなかったはずなのだ。

「そんなかっこいいもんじゃないさ」

自嘲するようにイーライが言う。

「フラれたんだから諦めなきゃって思ったんだけど」

そう言って苦笑し、うなだれるようにうつむいた。

「どうしてもあれがナディアの本心だと思えなくて。父に相談したんだ。駆け落ちしたい相手がいるんだけどって」
「ええ!?」

思いがけない告白に、先ほどまでの絶望も忘れて思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「殿下と結婚する相手ならそれは聖女だって父が言った。そりゃ断れないよね」

イーライは笑いながら言うが、それがそんな軽い話でないことはナディアにも分かった。

けれど彼が冗談みたいに話してくれるおかげで、ナディアはようやく落ち着きを取り戻せてきた。
座席の背もたれに寄りかかって、ゆっくり深呼吸をする。

「あなた、ローゼンバーグ辺境伯のご子息だったのね……あの方だけは私に怒ってないみたいだった」
「父はもともと聖女一人に背負わせる国のあり方に否定的なんだ」

イーライの父親は今の制度が間違っていると、ずっと陛下に訴えていたらしい。
だから今日の婚約発表も、ギリギリまで反対していたのだという。

「いっそぶち壊してしまえ、なんて俺をけしかける始末だったよ」
「……ロージーにぶち壊されてしまったわね」

言ってナディアは小さく笑う。
あんなことが起こったすぐあとだというのに、笑うことができるなんて。

ついさっきまでは足元が崩れていくような恐怖があったのに、気づけばもう震えも止まっていた。

「ホント、先を越されちゃったな。予想外もいいところだ」

笑いながら言って、イーライがナディアの手をぎゅっと握る。
どきりと心臓が跳ねた。

「……ロージー、どうしてあんなことをしたのかしら」

緊張を誤魔化すようにそんなことを口にする。

ロザリンドの一番近くにいたのは自分だ。
そんな自分でさえ分からないことを、イーライに聞いたって答えられるはずもないのに。

「彼女、もともと貴族とのコネを作るつもりで君についてきたらしい」

けれど思いがけず答えが返ってきてナディアは目を瞠る。

「それって、前にイーライが言っていたパトロンというもの?」
「そう。彼女は王宮メイドに自分の仕事を押し付けて、あちこち粉をかけてたって」

王宮で働く知り合いに聞いたらしい。
ナディアの部屋にいない間は、羽振りのいい貴族のもとへ行って情事に耽っていたのだと。

「……なんだ、私、ずっと騙されていたのね」

諦めにも似た思いで苦笑する。

ロザリンドがここにいてくれたのは、ナディアのためではなく自分のためだった。
歌手の夢を諦めたのではなく、歌手になるためにナディアを利用するつもりで。

「言ってくれれば、協力したのに……っ」
「ナディア……」

言いながら、あまりに自分が情けなくなって涙がこぼれそうになる。
自分はロザリンドからこれっぽっちも信頼されていなかった。
親友でも姉妹でもなく、体のいい踏み台でしかなかったのだ。

「ふふ、バカみたい。ちょっと考えれば分かりそうなものなのに」

無理に笑って涙を呑む。

「違う。ナディアのせいじゃない」

眉根を寄せ、悲しそうな顔でイーライが首を振る。
ナディアの手を握るイーライの手にグッと力が入った。
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