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「とはいえ俺も人のことは言えんな。身一つで異界渡りをしたらしい。見事に無一文だ」
ボロボロの衣類を改めて見て自嘲気味に笑う。
魔王様の身に着けるものだ、生地や仕立ては良いのだろう。けれど、いかんせん綻びが過ぎている。これでは古着として売ることさえ出来ない。
私だったら未洗濯の状態での高額買取に応じることも可能だけど。
「すまんがしばらく軒先を貸してもらえるか。厩があれば尚ありがたいが」
「ええと、軒、とか厩とか、そういうものは現代にはあまり無くてですね……」
「そうなのか? とりあえず拠点となる場所を探したいと思ったのだが」
困ったな、と魔王様が眉根にシワを寄せる。
どうやらここにそのまま居るという発想はないらしい。なんて慎ましやかな人だろう。
魔王様なのだ。魔族で一番偉い人なのだ。
もっと傲慢でいてくれたって文句はないのに。
そのシワの間に挟まりたい気持ちをグッと堪えて頭を切り替えて口を開く。
「あのっ、もし魔王様さえ良ければここで暮らしてくだじゃい!」
「……いいのか?」
思い切り噛んだことをスルーしてくれる優しい魔王様が、遠慮がちに聞いてくる。
別世界とはいえ魔族界トップだったお方だというのに、この謙虚さだ。もっと勇者の前で演じていたように横暴なフリで命令してくれたら全力で従っていたというのに。
「もちろんです! だって私は魔王様を尊崇していますので!」
胸を張って応えると、魔王様は奇跡のようなご尊顔をくしゃりと崩した。
「やはりあかりは変わった人間だ」
その飾らない笑みさえ奇跡そのものの尊さなのだけど。
「うわぁぁあああ!!」
あまりの破壊力の高さにとうとう叫び出してうずくまる。
完全に不審者なのは解っているけれどもう耐えられなかった。
「どっ、どうしたあかり」
正直その美声に名前を呼ばれるたびに理性は崩壊しそうだったのだ。むしろよくここまで耐えたと自分を褒めてやりたかった。
困惑したような声音すら胸を締め付ける。
「大丈夫か、何か精神攻撃のようなものを受けているのか!?」
「……いえ、ご心配なく……うっかり自我が崩壊しかけただけで……」
「自我が!?」
「あっ、だめですそれ以上近付かないで!」
胸元を押さえてぜえぜえと息切れする私を心配そうに覗き込んでくる魔王様から必死で目を逸らす。
精神攻撃なんてレベルじゃない。彼の存在そのものが私の生命を脅かすのだ。
「……やはり近付かれるのは恐ろしいか」
「え? いえそれは全然」
私の言葉に素直に距離を取り直す魔王様が、少し悲しそうな顔になる。
えらく可愛いけれど、変な誤解をされたくないので即座に否定した。
「なんというかあまりに神々しいので……信者としてはそう軽々に奇跡を与えられては身が持たないと言いますか……」
「神々しい? 魔族の王相手に異なことを言う」
「でもそれくらいに愛が深いんですよ」
ようやく少し落ち着きを取り戻して姿勢を正す。
魔王様は案の定よくわかっていない顔だ。
推しを崇めるということは信仰と同じ。
それを理解してもらうには膨大な時間を要するだろうから、説明は割愛させていただこう。
「なぜこれほどに慕われているかは理解不能だが。あかりが構わないというのなら、しばらくは厄介にならせてもらいたい」
「どうぞどうぞ! 狭いところですがお寛ぎくださいね! 私は部屋の隅っこで観葉植物並みに大人しくしているので」
「何を言っている。家主はあかりだろう」
苦笑しながら魔王様が言う。
「わからないことだらけで面倒をかけると思うが、居候として存分にこき使ってくれ」
それから異世界という開放感からか、魔王らしさを取り払って晴れやかに笑う。
「うぐぅっ……」
その笑みは何よりも尊いもので、私は動悸のあまり低く呻くことしか出来なかった。
ボロボロの衣類を改めて見て自嘲気味に笑う。
魔王様の身に着けるものだ、生地や仕立ては良いのだろう。けれど、いかんせん綻びが過ぎている。これでは古着として売ることさえ出来ない。
私だったら未洗濯の状態での高額買取に応じることも可能だけど。
「すまんがしばらく軒先を貸してもらえるか。厩があれば尚ありがたいが」
「ええと、軒、とか厩とか、そういうものは現代にはあまり無くてですね……」
「そうなのか? とりあえず拠点となる場所を探したいと思ったのだが」
困ったな、と魔王様が眉根にシワを寄せる。
どうやらここにそのまま居るという発想はないらしい。なんて慎ましやかな人だろう。
魔王様なのだ。魔族で一番偉い人なのだ。
もっと傲慢でいてくれたって文句はないのに。
そのシワの間に挟まりたい気持ちをグッと堪えて頭を切り替えて口を開く。
「あのっ、もし魔王様さえ良ければここで暮らしてくだじゃい!」
「……いいのか?」
思い切り噛んだことをスルーしてくれる優しい魔王様が、遠慮がちに聞いてくる。
別世界とはいえ魔族界トップだったお方だというのに、この謙虚さだ。もっと勇者の前で演じていたように横暴なフリで命令してくれたら全力で従っていたというのに。
「もちろんです! だって私は魔王様を尊崇していますので!」
胸を張って応えると、魔王様は奇跡のようなご尊顔をくしゃりと崩した。
「やはりあかりは変わった人間だ」
その飾らない笑みさえ奇跡そのものの尊さなのだけど。
「うわぁぁあああ!!」
あまりの破壊力の高さにとうとう叫び出してうずくまる。
完全に不審者なのは解っているけれどもう耐えられなかった。
「どっ、どうしたあかり」
正直その美声に名前を呼ばれるたびに理性は崩壊しそうだったのだ。むしろよくここまで耐えたと自分を褒めてやりたかった。
困惑したような声音すら胸を締め付ける。
「大丈夫か、何か精神攻撃のようなものを受けているのか!?」
「……いえ、ご心配なく……うっかり自我が崩壊しかけただけで……」
「自我が!?」
「あっ、だめですそれ以上近付かないで!」
胸元を押さえてぜえぜえと息切れする私を心配そうに覗き込んでくる魔王様から必死で目を逸らす。
精神攻撃なんてレベルじゃない。彼の存在そのものが私の生命を脅かすのだ。
「……やはり近付かれるのは恐ろしいか」
「え? いえそれは全然」
私の言葉に素直に距離を取り直す魔王様が、少し悲しそうな顔になる。
えらく可愛いけれど、変な誤解をされたくないので即座に否定した。
「なんというかあまりに神々しいので……信者としてはそう軽々に奇跡を与えられては身が持たないと言いますか……」
「神々しい? 魔族の王相手に異なことを言う」
「でもそれくらいに愛が深いんですよ」
ようやく少し落ち着きを取り戻して姿勢を正す。
魔王様は案の定よくわかっていない顔だ。
推しを崇めるということは信仰と同じ。
それを理解してもらうには膨大な時間を要するだろうから、説明は割愛させていただこう。
「なぜこれほどに慕われているかは理解不能だが。あかりが構わないというのなら、しばらくは厄介にならせてもらいたい」
「どうぞどうぞ! 狭いところですがお寛ぎくださいね! 私は部屋の隅っこで観葉植物並みに大人しくしているので」
「何を言っている。家主はあかりだろう」
苦笑しながら魔王様が言う。
「わからないことだらけで面倒をかけると思うが、居候として存分にこき使ってくれ」
それから異世界という開放感からか、魔王らしさを取り払って晴れやかに笑う。
「うぐぅっ……」
その笑みは何よりも尊いもので、私は動悸のあまり低く呻くことしか出来なかった。
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