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プロローグ
追放された少年
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「フィリ・イスフォード!!」
「セロ・アフィミス!!」
叫び声が轟き、2人の魔術は宙でぶつかり、暗闇を照らしていた……
―――――
「ファイアボール!」
……
「サンダーブレイク!」
……
「ウィンドカッター!」
……
マリエス帝国魔術師学院の広大な訓練場の真ん中で、少年は必死に魔術を唱えるも、その周りは何も起こらなかった。
訓練場の端、入学試験の審査官を担当している教師の隣に、やたらと豪華な椅子に座っている男―ラスマ・シュバルージェ伯爵のこめかみに青い筋が走り、歯ぎしりの音は彼のとてつもない苛立ちを物語っている。
「シュバルージェ伯爵様、あ、あの、どうやらご子息のほうは魔術の才能は、そ、その皆無のようですね……」
ラスマ・シュバルージェ伯爵の隣に座っている今回の入学試験の担当者―フェルト教師は恐る恐るラスマ伯爵に入学試験の結果を申し上げると、ラスマ伯爵のこめかみにこみあげてきた青い筋はますます太くなり、今にもはじけそうだ。
「分かってる! そこをなんとかできないのか!」
「む、難しいことをおっしゃいますね。魔術の才能がなければ、どのみち卒業どころか、授業を受けることすらできません」
「ううっ」
ラスマ伯爵は大きな声で唸り、そして広大な訓練場の真ん中までも聞こえる声量で叫んだ。
「フィリ! もういい! これ以上醜態を晒すな! 戻ってこい!」
少年は父親に呼ばれて、目尻を濡らした涙を乱暴にふき取り、よろよろとラスマ伯爵のところに向かった。
「もういい! 帰るぞ、フィリ! アイシャは合格したからいいものを、お前はほんとに役立たずだな!」
少年―フィリ・シュバルージェは俯いたまま、必死で悔しさを我慢していた。自分より少し遅れて生まれてきた異母妹であるアイシャ・シュバルージェはマリエス帝国魔術師学院に合格したというのに、自分は魔術の一つも使えないときたら、その悔しさは想像を絶するものである。
アイシャも決して優秀ではない。ただ、幼少のときから、魔術の一つも使えない兄―フィリの存在によって、家中での評価はずば抜けていた。
「坊ちゃんってほんとに貴族の子供なのですか?」
「奥様が平民と不倫してできた子なんじゃありませんかね?」
「魔術の一つも使えないなんて貴族の恥さらしですね」
「それに比べて、お嬢様は側室の子でありながら大層な魔術を使いこなせていらっしゃいますわ」
大層な魔術と言っても、ファイアボールのような基本な魔術なのだが、使用人の目には、無能な兄と比べて、アイシャの魔術が輝いて見えた。
もちろん、アイシャも使用人の言葉を耳にしている。それ故に、もともと兄に対して持っていた薄い兄妹愛が軽蔑に変わるのにさほど時間はかからなかった。
「お兄様? いや、フィリ、あんたなんか所詮お義母さんと平民の間で生まれた子なんですから、私に近寄らないでいただける? とても汚らわしいですわ」
幼少期から妹にそんな罵詈雑言を浴びせられているから、フィリの心が清く、正しく成長するはずもなく、いつの間にかフィリは劣等感の塊となっていた。敢えてフィリの心にある劣等感以外の感情を挙げれば、それは憎しみでしかない。
父親が自分を雑巾のように見る視線、母親が不倫したかもしれない疑惑、自分がそのせいで魔術が使えないこと、そして、物心がついてからしばらく仲良くしてくれていた妹の豹変ぶり。それらすべてがフィリの憎悪の対象なのだ。
でも、仮にも自分の子供なのだから、ラスマ伯爵はほんの僅かだけフィリに期待していた。年も16になり、マリエス帝国魔術師学院の入学試験という土壇場で、フィリの魔術の才能が開花するのではないかと。だが、それも泡となって消えていった。
屋敷に戻る馬車の中で、ラスマ伯爵はかねてから思っていたことをフィリに切り出した。
「この役立たずが! フィリ、貴様は今日からシュバルージェの人間ではない!」
「お、お父さま、そうすれば家を継ぐものがいなくなります」
この言葉はフィリの精一杯の抵抗だった。
「そんなことは貴様が考えるようなことではない! アイシャがいる。侯爵家か別の伯爵家から次男以降の男子をアイシャの結婚相手として婿入りさせて、家を継がせるわ! 貴様みたいな我が家の恥さらしになんて家を継がせられるか!」
「お父さま……」
「あきらめが悪いです。お兄様、いや、フィリ。お父さまはあんたを追放したのですよ、今。分かりませんか? 追放ですよ、追放。もうこの家にあんたの居場所なんてないのです」
敢えて、フィリをお兄様と呼んでおいたことから、アイシャの性格の悪さがうかがえる。それもそうである。兄のフィリに尊敬できるところなど皆無なのだから、アイシャにとって、フィリの存在意義は自分にからかわれ、自分の優越感を満たしてくれること以外にないのだ。
フィリがまた声を上げようとする瞬間、進行中にもかかわらず、馬車のドアが開かれた。そして、ラスマ伯爵は足に力を込めて、思いっきりフィリを馬車から蹴り落した。
フィリは道路を何週も転がって、土ぼこりまみれになり、地面に突っ伏した。
「いいか! もう顔を見せるな! そして絶対、二度とシュバルージェを名乗るな!」
遠ざかっていく馬車から、ラスマ・シュバルージェ伯爵の怒声が聞こえてくる。
フィリは何もできずに、ただ頭を少し上げて、馬車がいなくなるのを見つめ続けた。
この瞬間、フィリの心を、絶望と憎しみが支配したのだった。
「セロ・アフィミス!!」
叫び声が轟き、2人の魔術は宙でぶつかり、暗闇を照らしていた……
―――――
「ファイアボール!」
……
「サンダーブレイク!」
……
「ウィンドカッター!」
……
マリエス帝国魔術師学院の広大な訓練場の真ん中で、少年は必死に魔術を唱えるも、その周りは何も起こらなかった。
訓練場の端、入学試験の審査官を担当している教師の隣に、やたらと豪華な椅子に座っている男―ラスマ・シュバルージェ伯爵のこめかみに青い筋が走り、歯ぎしりの音は彼のとてつもない苛立ちを物語っている。
「シュバルージェ伯爵様、あ、あの、どうやらご子息のほうは魔術の才能は、そ、その皆無のようですね……」
ラスマ・シュバルージェ伯爵の隣に座っている今回の入学試験の担当者―フェルト教師は恐る恐るラスマ伯爵に入学試験の結果を申し上げると、ラスマ伯爵のこめかみにこみあげてきた青い筋はますます太くなり、今にもはじけそうだ。
「分かってる! そこをなんとかできないのか!」
「む、難しいことをおっしゃいますね。魔術の才能がなければ、どのみち卒業どころか、授業を受けることすらできません」
「ううっ」
ラスマ伯爵は大きな声で唸り、そして広大な訓練場の真ん中までも聞こえる声量で叫んだ。
「フィリ! もういい! これ以上醜態を晒すな! 戻ってこい!」
少年は父親に呼ばれて、目尻を濡らした涙を乱暴にふき取り、よろよろとラスマ伯爵のところに向かった。
「もういい! 帰るぞ、フィリ! アイシャは合格したからいいものを、お前はほんとに役立たずだな!」
少年―フィリ・シュバルージェは俯いたまま、必死で悔しさを我慢していた。自分より少し遅れて生まれてきた異母妹であるアイシャ・シュバルージェはマリエス帝国魔術師学院に合格したというのに、自分は魔術の一つも使えないときたら、その悔しさは想像を絶するものである。
アイシャも決して優秀ではない。ただ、幼少のときから、魔術の一つも使えない兄―フィリの存在によって、家中での評価はずば抜けていた。
「坊ちゃんってほんとに貴族の子供なのですか?」
「奥様が平民と不倫してできた子なんじゃありませんかね?」
「魔術の一つも使えないなんて貴族の恥さらしですね」
「それに比べて、お嬢様は側室の子でありながら大層な魔術を使いこなせていらっしゃいますわ」
大層な魔術と言っても、ファイアボールのような基本な魔術なのだが、使用人の目には、無能な兄と比べて、アイシャの魔術が輝いて見えた。
もちろん、アイシャも使用人の言葉を耳にしている。それ故に、もともと兄に対して持っていた薄い兄妹愛が軽蔑に変わるのにさほど時間はかからなかった。
「お兄様? いや、フィリ、あんたなんか所詮お義母さんと平民の間で生まれた子なんですから、私に近寄らないでいただける? とても汚らわしいですわ」
幼少期から妹にそんな罵詈雑言を浴びせられているから、フィリの心が清く、正しく成長するはずもなく、いつの間にかフィリは劣等感の塊となっていた。敢えてフィリの心にある劣等感以外の感情を挙げれば、それは憎しみでしかない。
父親が自分を雑巾のように見る視線、母親が不倫したかもしれない疑惑、自分がそのせいで魔術が使えないこと、そして、物心がついてからしばらく仲良くしてくれていた妹の豹変ぶり。それらすべてがフィリの憎悪の対象なのだ。
でも、仮にも自分の子供なのだから、ラスマ伯爵はほんの僅かだけフィリに期待していた。年も16になり、マリエス帝国魔術師学院の入学試験という土壇場で、フィリの魔術の才能が開花するのではないかと。だが、それも泡となって消えていった。
屋敷に戻る馬車の中で、ラスマ伯爵はかねてから思っていたことをフィリに切り出した。
「この役立たずが! フィリ、貴様は今日からシュバルージェの人間ではない!」
「お、お父さま、そうすれば家を継ぐものがいなくなります」
この言葉はフィリの精一杯の抵抗だった。
「そんなことは貴様が考えるようなことではない! アイシャがいる。侯爵家か別の伯爵家から次男以降の男子をアイシャの結婚相手として婿入りさせて、家を継がせるわ! 貴様みたいな我が家の恥さらしになんて家を継がせられるか!」
「お父さま……」
「あきらめが悪いです。お兄様、いや、フィリ。お父さまはあんたを追放したのですよ、今。分かりませんか? 追放ですよ、追放。もうこの家にあんたの居場所なんてないのです」
敢えて、フィリをお兄様と呼んでおいたことから、アイシャの性格の悪さがうかがえる。それもそうである。兄のフィリに尊敬できるところなど皆無なのだから、アイシャにとって、フィリの存在意義は自分にからかわれ、自分の優越感を満たしてくれること以外にないのだ。
フィリがまた声を上げようとする瞬間、進行中にもかかわらず、馬車のドアが開かれた。そして、ラスマ伯爵は足に力を込めて、思いっきりフィリを馬車から蹴り落した。
フィリは道路を何週も転がって、土ぼこりまみれになり、地面に突っ伏した。
「いいか! もう顔を見せるな! そして絶対、二度とシュバルージェを名乗るな!」
遠ざかっていく馬車から、ラスマ・シュバルージェ伯爵の怒声が聞こえてくる。
フィリは何もできずに、ただ頭を少し上げて、馬車がいなくなるのを見つめ続けた。
この瞬間、フィリの心を、絶望と憎しみが支配したのだった。
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