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第1章 魔術学院編
第1話 パンツとの出会い
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サカエル帝国の帝都マリエスからシュバルージェ伯爵領の間にある街―ポーリンは廃れていた。
そこには貴族らしき者は見当たらず、たまに貴族の使用人と思しき者が露店から何かを買っているところが目に付く。だが、それもおそらく男爵か準男爵の爵位しか持たない貴族の使用人なのだろう。
もっと爵位の高い貴族は帝都もしくは自分の領地の貿易が発達している都市で買い物をする傾向がある。帝都に至っては、使用人に任せず、ガードを連れて馬車に乗り、自ら買い物に興じる貴族すらいる。
ゆえにポーリンみたいな物価の安い街は、税収が低く、財政困難の下位貴族に、生活用品を拵えるのに重宝される。ポーリンの住民にとってそれはありがたかった。
そんなポーリンの街の露店の間をゆっくりと通る少女の姿があった。
少女が通り過ぎると、男どもは必ずと言っていいほど二度見してくる。それほど少女は美しい。
だが、少女はそんな男どもをよそに、ぽつりと呟いた。
「うちの旦那になる人っていないかな~」
露店のある場所から少し離れた住宅街で、少女はピッタリと足を止めた。いかにも倒れそうな建物の壁を背もたれに、うずくまっている少年がいた。その少年を見て、少女の目は花が咲いたようにキラキラしだした。
その少年はボロボロのマントで身を包み、着ている服は塵やほこりですっかりと本来の色を失っているが、見る人が見れば、それは上位貴族が身に着けてるものだというのが分かる。何日もろくに飯を食べていないせいか、少年はやや痩せ細っている。
少女は少年に声をかけずにはいられなかった。
―――――
うーん、パンツ? 俺も頭が空きすぎて、お腹が回らなくなったのか。
いや、逆か。
まあ、どっちでもいいや。
「君、ここで何をしているの~?」
パンツが話しかけてきた。
やべぇ、俺はいよいよ幻聴まで聞こえるようになったのか。餓死寸前になると、幻覚を見たり、幻聴を聞いたりするってのはほんとなんだな。
あーあ、死ぬ直前にパンツの幻覚を見るなんて、俺ってよほど性欲が溜まってるのだろう……まあ、もともと性欲は強いほうだし、貴族は平民と違って暇なのだ。俺は魔術が使えないため、英才教育すら受けさせて貰えず、余計に暇を持て余していた。おかげで毎日性欲に支配されながら悶々と過ごしていたな。暇は性欲のスパイスである。
使用人のメイドには蔑まれてるから、性処理を頼めそうになかった。もし可能だったら、メイドに罵倒されながらでも、してもらえたらなぁ。
でも家を追放されたから、余計にかないそうにないか……
「あの~」
俺だって、魔術が使えたら、そのまま家を継ぎ、立派な貴族になりたかったな。欲を言うと、侯爵家以上の令嬢と結婚して、もっと地位を向上させたかった。
ちっちゃいときは野心家だったな。帝国の頂点に上り詰めたいって本気で思ってた。魔術が使えないって分かった後も、少しくらいは夢見てたし。
俺はこのまま夢もかなえられずに餓死してしまうのか……
「ちょっと~」
うるさいな、黙れ! パンツ。
だが、次の瞬間、短いスカートからちょこっと顔を見せていたはずの紫のパンツがみるみるに俺に近づいてきた。
そして、肩を叩かれた。
「あの~! ちょっと~! ここでなにしてるの~!」
あまりにも大きな声に、俺はびっくりして、頭を微かに動かし、声のする方向に目を向けた。
そこには俺を見下ろしている美しい少女の姿があった。ただ少女というには、その体つきはまさに女性のそれだった。
俺は目を凝らして、じっくりと自分の目の前に立っている少女を観察した。
実にけしからん体だ!
豊満な胸に、綺麗なくびれ、そして、艶やかなプラチナ色の髪が腰まで伸びていて、その容姿はまさに絶世の美女。おまけにいい香りが彼女から漂ってくる。彼女の存在すべてが男を誘惑するためにあると言っても過言ではない。
ただ、彼女の肌はつるりとしていて、透き通るような白さの中に幼げを感じさせる桃色が少し混じっていて、若々しさを漂わせている。
思わずよだれが出そうになったが、ぐっと堪える。
仮にも貴族だから、無様な顔を晒せるか! 元だけどね。
「見てて分からないのか?」
ちょっと傲慢だったかな。でも、追放されたとは言え、俺は貴族だ。これくらいがちょうどいいかも。
それにしても、でかいな。
舐めるように少女の豊満な双峰を見つめる。絶景かな、絶景かな。ああ、惨めだけど幸せ。
「分からないからこうやって聞いてるんだよ~?」
「何も食べてないから動けないんだ。見りゃ分かるだろう」
つくづく傲慢な態度だけど、これが俺の平常運転だ。使用人に蔑まれていようと、俺は名目上ご主人だから、態度は一丁前にデカかった。
「そうなんだ~ 君、名前は?」
は? 餓死寸前の人に名前を聞くか? 普通。胸と違って頭にはなんも詰まっていないのか?
「フィリだ」
「へえ~ 苗字は?」
喋り方が能天気すぎるだろう、この子。紫のパンツ履いてるくせに。
「ない」
「ないわけないでしょう? だって貴族の服を着てるんだもん~」
しつこいな……でも、くびれがすごい。
内心で少女のことをしつこいと思いながらも、じっくりと彼女の体を穴が空くほど見入ってごっくりと喉を鳴らす。
「家を追放されたから、もうないんだ」
なんだかんだいって、俺は律儀にもこの子の質問に答え続けてるよな。なんでだろう?
何日も人と話していないから? 絶世の美少女だから? もう理由なんてどうでもいいや!とにかく会話を続けて、彼女の体をもっとじっくりと見たいんだ。
「そうなの~? 年はいくつ~?」
追放されたところはスルーですか、そうですか!
もはや目の前の少女に対して、俺は驚愕を取り越して呆れている。
「16だよ」
「ほんとに~?」
そこは食いつくんだな。
「ほんとだよ。嘘つくメリットでもあんのか」
「確かに~」
そういうと、少女は腕を組んで頷いた。どうやら納得した様子。
天然……なのか。
「なのに、パンツは紫か……恐ろしい」
あっ、やべぇ、つい心の声を漏らしてしまった。
「えっ? パンツ? 紫? あっ! やだ~ えっち~」
少女は自分の下半身を見て、慌ててスカートに手を当てた。
少女の服装自体もきわどいものだった。露出の多いトップスに短いスカート。そんな恰好で男の前に無防備に突っ立っている自分が悪いと思うよ? そりゃ、パンツの一枚や二枚も見えるだろう。
いや、パンツ二枚も履いている女の子なんていないだろう……
でも、可能性はあるよね、確かめたい。俺は必死にもう一度パンツを見るためにスカートの中を覗こうとしたが、少女の手が邪魔で見えそうで見えない。
「み、見た?」
少女は赤面して、恐る恐る俺に聞いてきたから、俺はすっと目線を少女から離した。
「み、見てないよ?」
必死に取り繕う俺。スケベにはスケベの流儀がある。ましてや貴族なのだから、自分がスケベだということはバレていいものではない。
まあ、追放されたけどね。
「今、紫って」
「ごめん、お腹空きすぎて幻覚見えちゃったのかも」
もはや言い訳とも呼べない言葉を並べて、俺はこの場を乗り切ろうとした。
「よかった~」
普通の女の子なら、そんな言葉を信じるわけもないのだが、ことこの少女においては、もはや人を疑う発想がない。
この子の頭どうなってんだ……
あっさり自分の言葉を信じてくれたせいで、俺は別の意味で混乱した。
「そういえば、お腹空いてるって言ってたよね~ クッキー食べる~?」
そう言って、少女は胸の谷間からクッキーを一枚取り出した。
「そんなところに入ってたものが食えるか!」
そう突っぱねたが、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
もちろん、少女が手を胸に突っ込んだところから、クッキーを取り出すところまで、バッチリと目に焼き付けた。
今なら俺の目玉を調べたら、そこにはぷるんぷるんとした肌色のなにかが映っているだろう。
「心配しなくていいよ? これはうちの魔術で作った異次元収納庫から取り出したの~」
位置! 異次元収納庫の位置がおかしすぎだろうが!
内心でそう叫びながらも、空腹には逆らえず、少女の手から奪うように、クッキーを取り、自分の口の中に一気に放り込んだ。
不思議なことに、たった一枚のクッキーをかみ砕いて、胃袋に入れただけで、俺の空腹はすっかりと満たされていく。
「……こ、これってなに?」
「うちの手作りの魔力補充用のクッキーよ~? 足りないの~?」
「いや、ありがとう」
ここは紳士らしくお礼を言おう。
ただ、いままで散々少女のことをいやらしい目で見といて、今更お礼を言ったくらいで果たして紳士と言えるのかどうかはまだ議論の余地がある。
……紳士ってことにしとこう。そうしよう。
俺は改めて目の前の少女を見つめ直した。一枚だけで、空腹を満たすどころか、全身に力と精力を沸き上がらせてくるほどのクッキーを、俺は今まで聞いたことも、食べたこともない。
「ねえ、君、うちの養子にならない~?」
「はい?」
少女の唐突な申し込みに、俺は思わず声を漏らした。
「あっ、ごめんね~? 声小さかった? うちの~! 養子に~! ならないか~!」
「うるさいな! そこじゃないんだよ!」
少女がいきなり放った大声に、俺は反射的に耳を塞いだ。うるさい、黙れ! パンツ。名前知らないから、もうこの子の呼び名はパンツでいいだろう。やはり、出会いがしらにパンツが見えたのが大きい!
あれ、なんかデジャヴが……
「良かった~ 聞こえてるみたいだね~」
「バカ! そんな大声出したら聞こえないほうが難しいだろう!」
「バカとはなによ、バカとは! ひどい~」
「ああもう! からかってるならもうほっといてくれよ……」
少女のペースについていけず、俺はため息をついた。
「うち、本気だよ~?」
「本気って言葉の意味を図書館で調べてこい」
「分かった~ 調べてみるね~ それじゃ、うちの養子になるってことでいいんだよね~?」
「なぜそうなる?」
「えっ? うちのクッキー食べといて、断るの~?」
少女は少し頬をぷぅと膨らませた。
清々しいほど恩着せがましいな……
ほんとに……かなり残念なパンツだ……
俺はため息をついて、空を仰いだ。
そこには貴族らしき者は見当たらず、たまに貴族の使用人と思しき者が露店から何かを買っているところが目に付く。だが、それもおそらく男爵か準男爵の爵位しか持たない貴族の使用人なのだろう。
もっと爵位の高い貴族は帝都もしくは自分の領地の貿易が発達している都市で買い物をする傾向がある。帝都に至っては、使用人に任せず、ガードを連れて馬車に乗り、自ら買い物に興じる貴族すらいる。
ゆえにポーリンみたいな物価の安い街は、税収が低く、財政困難の下位貴族に、生活用品を拵えるのに重宝される。ポーリンの住民にとってそれはありがたかった。
そんなポーリンの街の露店の間をゆっくりと通る少女の姿があった。
少女が通り過ぎると、男どもは必ずと言っていいほど二度見してくる。それほど少女は美しい。
だが、少女はそんな男どもをよそに、ぽつりと呟いた。
「うちの旦那になる人っていないかな~」
露店のある場所から少し離れた住宅街で、少女はピッタリと足を止めた。いかにも倒れそうな建物の壁を背もたれに、うずくまっている少年がいた。その少年を見て、少女の目は花が咲いたようにキラキラしだした。
その少年はボロボロのマントで身を包み、着ている服は塵やほこりですっかりと本来の色を失っているが、見る人が見れば、それは上位貴族が身に着けてるものだというのが分かる。何日もろくに飯を食べていないせいか、少年はやや痩せ細っている。
少女は少年に声をかけずにはいられなかった。
―――――
うーん、パンツ? 俺も頭が空きすぎて、お腹が回らなくなったのか。
いや、逆か。
まあ、どっちでもいいや。
「君、ここで何をしているの~?」
パンツが話しかけてきた。
やべぇ、俺はいよいよ幻聴まで聞こえるようになったのか。餓死寸前になると、幻覚を見たり、幻聴を聞いたりするってのはほんとなんだな。
あーあ、死ぬ直前にパンツの幻覚を見るなんて、俺ってよほど性欲が溜まってるのだろう……まあ、もともと性欲は強いほうだし、貴族は平民と違って暇なのだ。俺は魔術が使えないため、英才教育すら受けさせて貰えず、余計に暇を持て余していた。おかげで毎日性欲に支配されながら悶々と過ごしていたな。暇は性欲のスパイスである。
使用人のメイドには蔑まれてるから、性処理を頼めそうになかった。もし可能だったら、メイドに罵倒されながらでも、してもらえたらなぁ。
でも家を追放されたから、余計にかないそうにないか……
「あの~」
俺だって、魔術が使えたら、そのまま家を継ぎ、立派な貴族になりたかったな。欲を言うと、侯爵家以上の令嬢と結婚して、もっと地位を向上させたかった。
ちっちゃいときは野心家だったな。帝国の頂点に上り詰めたいって本気で思ってた。魔術が使えないって分かった後も、少しくらいは夢見てたし。
俺はこのまま夢もかなえられずに餓死してしまうのか……
「ちょっと~」
うるさいな、黙れ! パンツ。
だが、次の瞬間、短いスカートからちょこっと顔を見せていたはずの紫のパンツがみるみるに俺に近づいてきた。
そして、肩を叩かれた。
「あの~! ちょっと~! ここでなにしてるの~!」
あまりにも大きな声に、俺はびっくりして、頭を微かに動かし、声のする方向に目を向けた。
そこには俺を見下ろしている美しい少女の姿があった。ただ少女というには、その体つきはまさに女性のそれだった。
俺は目を凝らして、じっくりと自分の目の前に立っている少女を観察した。
実にけしからん体だ!
豊満な胸に、綺麗なくびれ、そして、艶やかなプラチナ色の髪が腰まで伸びていて、その容姿はまさに絶世の美女。おまけにいい香りが彼女から漂ってくる。彼女の存在すべてが男を誘惑するためにあると言っても過言ではない。
ただ、彼女の肌はつるりとしていて、透き通るような白さの中に幼げを感じさせる桃色が少し混じっていて、若々しさを漂わせている。
思わずよだれが出そうになったが、ぐっと堪える。
仮にも貴族だから、無様な顔を晒せるか! 元だけどね。
「見てて分からないのか?」
ちょっと傲慢だったかな。でも、追放されたとは言え、俺は貴族だ。これくらいがちょうどいいかも。
それにしても、でかいな。
舐めるように少女の豊満な双峰を見つめる。絶景かな、絶景かな。ああ、惨めだけど幸せ。
「分からないからこうやって聞いてるんだよ~?」
「何も食べてないから動けないんだ。見りゃ分かるだろう」
つくづく傲慢な態度だけど、これが俺の平常運転だ。使用人に蔑まれていようと、俺は名目上ご主人だから、態度は一丁前にデカかった。
「そうなんだ~ 君、名前は?」
は? 餓死寸前の人に名前を聞くか? 普通。胸と違って頭にはなんも詰まっていないのか?
「フィリだ」
「へえ~ 苗字は?」
喋り方が能天気すぎるだろう、この子。紫のパンツ履いてるくせに。
「ない」
「ないわけないでしょう? だって貴族の服を着てるんだもん~」
しつこいな……でも、くびれがすごい。
内心で少女のことをしつこいと思いながらも、じっくりと彼女の体を穴が空くほど見入ってごっくりと喉を鳴らす。
「家を追放されたから、もうないんだ」
なんだかんだいって、俺は律儀にもこの子の質問に答え続けてるよな。なんでだろう?
何日も人と話していないから? 絶世の美少女だから? もう理由なんてどうでもいいや!とにかく会話を続けて、彼女の体をもっとじっくりと見たいんだ。
「そうなの~? 年はいくつ~?」
追放されたところはスルーですか、そうですか!
もはや目の前の少女に対して、俺は驚愕を取り越して呆れている。
「16だよ」
「ほんとに~?」
そこは食いつくんだな。
「ほんとだよ。嘘つくメリットでもあんのか」
「確かに~」
そういうと、少女は腕を組んで頷いた。どうやら納得した様子。
天然……なのか。
「なのに、パンツは紫か……恐ろしい」
あっ、やべぇ、つい心の声を漏らしてしまった。
「えっ? パンツ? 紫? あっ! やだ~ えっち~」
少女は自分の下半身を見て、慌ててスカートに手を当てた。
少女の服装自体もきわどいものだった。露出の多いトップスに短いスカート。そんな恰好で男の前に無防備に突っ立っている自分が悪いと思うよ? そりゃ、パンツの一枚や二枚も見えるだろう。
いや、パンツ二枚も履いている女の子なんていないだろう……
でも、可能性はあるよね、確かめたい。俺は必死にもう一度パンツを見るためにスカートの中を覗こうとしたが、少女の手が邪魔で見えそうで見えない。
「み、見た?」
少女は赤面して、恐る恐る俺に聞いてきたから、俺はすっと目線を少女から離した。
「み、見てないよ?」
必死に取り繕う俺。スケベにはスケベの流儀がある。ましてや貴族なのだから、自分がスケベだということはバレていいものではない。
まあ、追放されたけどね。
「今、紫って」
「ごめん、お腹空きすぎて幻覚見えちゃったのかも」
もはや言い訳とも呼べない言葉を並べて、俺はこの場を乗り切ろうとした。
「よかった~」
普通の女の子なら、そんな言葉を信じるわけもないのだが、ことこの少女においては、もはや人を疑う発想がない。
この子の頭どうなってんだ……
あっさり自分の言葉を信じてくれたせいで、俺は別の意味で混乱した。
「そういえば、お腹空いてるって言ってたよね~ クッキー食べる~?」
そう言って、少女は胸の谷間からクッキーを一枚取り出した。
「そんなところに入ってたものが食えるか!」
そう突っぱねたが、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
もちろん、少女が手を胸に突っ込んだところから、クッキーを取り出すところまで、バッチリと目に焼き付けた。
今なら俺の目玉を調べたら、そこにはぷるんぷるんとした肌色のなにかが映っているだろう。
「心配しなくていいよ? これはうちの魔術で作った異次元収納庫から取り出したの~」
位置! 異次元収納庫の位置がおかしすぎだろうが!
内心でそう叫びながらも、空腹には逆らえず、少女の手から奪うように、クッキーを取り、自分の口の中に一気に放り込んだ。
不思議なことに、たった一枚のクッキーをかみ砕いて、胃袋に入れただけで、俺の空腹はすっかりと満たされていく。
「……こ、これってなに?」
「うちの手作りの魔力補充用のクッキーよ~? 足りないの~?」
「いや、ありがとう」
ここは紳士らしくお礼を言おう。
ただ、いままで散々少女のことをいやらしい目で見といて、今更お礼を言ったくらいで果たして紳士と言えるのかどうかはまだ議論の余地がある。
……紳士ってことにしとこう。そうしよう。
俺は改めて目の前の少女を見つめ直した。一枚だけで、空腹を満たすどころか、全身に力と精力を沸き上がらせてくるほどのクッキーを、俺は今まで聞いたことも、食べたこともない。
「ねえ、君、うちの養子にならない~?」
「はい?」
少女の唐突な申し込みに、俺は思わず声を漏らした。
「あっ、ごめんね~? 声小さかった? うちの~! 養子に~! ならないか~!」
「うるさいな! そこじゃないんだよ!」
少女がいきなり放った大声に、俺は反射的に耳を塞いだ。うるさい、黙れ! パンツ。名前知らないから、もうこの子の呼び名はパンツでいいだろう。やはり、出会いがしらにパンツが見えたのが大きい!
あれ、なんかデジャヴが……
「良かった~ 聞こえてるみたいだね~」
「バカ! そんな大声出したら聞こえないほうが難しいだろう!」
「バカとはなによ、バカとは! ひどい~」
「ああもう! からかってるならもうほっといてくれよ……」
少女のペースについていけず、俺はため息をついた。
「うち、本気だよ~?」
「本気って言葉の意味を図書館で調べてこい」
「分かった~ 調べてみるね~ それじゃ、うちの養子になるってことでいいんだよね~?」
「なぜそうなる?」
「えっ? うちのクッキー食べといて、断るの~?」
少女は少し頬をぷぅと膨らませた。
清々しいほど恩着せがましいな……
ほんとに……かなり残念なパンツだ……
俺はため息をついて、空を仰いだ。
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