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第1章 魔術学院編

第18話 昇級試験の結果

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 体が重いな。

 目を開けてみると、白い光がカーテンから差し込んできて、まぶしく感じた。

 そして、体の上に目を向ける。

 なるほど、体が重いのは体調がまだ優れないわけじゃないのが分かった……

 こいつらのせいだ。

 セレス、アイリス、レイナ、エリル、おまけにラーちゃんまで俺の体を枕にして寝てやがる。

 そういえば、最後に聞こえた叫び声がラーちゃんの声のような……

 てめぇらいい加減にしろって叫びたい気持ちをぐっと抑えて、紳士らしく口を開く。

「おはようございます。そろそろ起きて頂けますか?」

「うっ、うーん」

 おう、さすが俺のセレスだ。目を覚ましてくれたのか。さあ、早くどきたまえ。

「ふふん、もくもく」

 だが、俺の期待はいつもセレスに裏切られる。セレスは頭の向きを変えて、また寝やがった。

「みんな、もしもし? 聞こえてますか?」

 諦めて、他の人に話しかける。

「フィリ様……もくもく」

「フィリ……アイリスの胸のサイスは……もくもく」

「フィリ様、また私を守ってくれたのね……もくもく」

 うん、一言言ってもいいですか? いいよね。俺は被害者だもんね。

 お前ら、寝言言ってる暇があるなら、さっさと起きろや! 重いだっつーの!

 てか、エリル、そこまで言ってるなら、最後まで喋れや!

「……フィリ様、起きたの?」

 あれ、一人だけ起きたのか。

 って、ラーちゃんかよ。一番まともに会話できないやつじゃないか。俺は今の状況が知りたいんだよ!

 まあ、だれも起きないよりマシか。

「ラーちゃん、昇級試験はどうなったんですか?」

 一応聞いてみる。ここからはまたラーちゃんのツンデレセリフを聞くことになるかと思うと少し憂鬱な気分になる。

 だが、俺の予想が見事に外れた。

 ラーちゃんはいきなり俺を抱きしめた。

「もう、心配したんだからな……」

 あれ、どうしたの? ラーちゃん皇女よ、キャラがいつもと違うんだが?

「すみません。状況が呑み込めません」

「フィリ様、あなた、一日もずっと寝てたのよ! もう目を覚まさないかと思ったよ……私を心配させるなんていい度胸だ……よ」

 ラーちゃんは途中で涙目になって、しどろもどろになっていた。

「一日寝てたんですか?」

「うん……セロ・アフィミスとの闘いに勝利したあと、フィリ様は倒れて意識がなかったの……」

 やばい、可愛い。ラーちゃんってこんなに可愛かったっけ。美人だとは思ってたけど。

「そうなんだ。心配かけてごめんね」

 ここは敬語を辞めて、優しい口調で褒めたほうがいいのだろう。

「うん……とても心配したわ」

「ところで、昇級試験はどうなったんですか?」

「……中止になった」

「ええええええええええっ! おっと、失礼しました」

 あまりの驚きに、びっくりした声を漏らした。

 中止!? 俺の昇級は!? なし!? は? 頑張ってセロを倒したのに? 

「急に大声出さないでよ! びっくりした……」

「ごめんなさい」

 あーあ、俺の階級はずっとEのままか。まあ、セロだってE級魔術師なのに、異名を持っているわけだし、ほかにのし上がる方法もあるかもしれない……よね。

「翌日開催されるはずのC級昇級試験もコロシアムが壊れたから、中止になったわよ」

 そうなんだ。確かに、コロシアムがボロボロになった上に、崩れてバラバラになったゴーレムの破片も残っているしな。無理もないか……

「セロ、セロ・アフィミスはどうなりましたか?」

 ならば、今はセロの状況を確かめよう。

「コロシアムを壊して、人々や貴族を危険にさらしたから、父上が逮捕状を出したよ」

「逮捕!?」

「また大声出して!」

「ごめんなさい」

 おっと、俺は紳士だ。クールにいかないと。

 って、できるか!? なにもかも予想の斜め上で冷静でいろってのは無理な話だ。

「けど、セロ・アフィミスは見つからなかった……」

「それってどういうこと?」

「セロ・アフィミスの強さを考えて、父上は近衛兵や一部の宮廷魔術師を動員したけど、そのとき、セロ・アフィミスの姿はどこにもなかったのよ」

 なるほど、逃亡……ではないな。

 すくなくとも俺に負けたとき、セロ・アフィミスは致命傷を負っていたはずだ。ならば、考えられるのはたった一つ。『五芒星』の連中がセロ・アフィミスを回収したのだ。

 空間追跡ディメンションマークを発動して、セロの位置を確認したくてもセレスが寝てるから、できないのだよね。

 ったく、肝心なときに使えないパンツだ。二日目のパンツでもまだ役に立つぜ! 女の子の二日目のパンツのほうがにおいが染み込んで楽しめるというのに。

「ところで、今ってどんな状況ですか?」

 とりあえず聞きたいことは聞けたし、現状確認。

「なんかみんなはフィリ様のことが心配で、一日中ずっと見守ってたから、多分疲れて寝てるのでしょう」

 みんなはって言い方してるけどよ、ラーちゃん、お前もさっきまで寝てただろうが。

 つくづく見栄っ張りな生き物だな。

「授業は大丈夫ですか?」

「休みよ」

「えっ?」

「怪我人こそいなかったけど、みんな相当疲れてるから、学院長が特別に二日間休みをくれたわよ」

「はあ」

 せっかくの休みなのに、俺は丸一日寝てたというのか。もったいないな。

「あっ!」

 悲鳴にも似た声とともに、ラーちゃんは急に我に返って、俺を抱きしめている手を放した。だけど、ラーちゃんの顔は真っ赤っか。可愛いな。

「勘違いしないでよね! これはその、あの……」

 言い訳思いつかないなら、無理にツンデレキャラに徹しなくてもいいと思うんだけどね。

「大丈夫ですよ。分かってます。皇女殿下は帝国臣民を案じてくれているだけですよね」

「そ、その通りよ!」

 見るに堪えない。取り繕うにももっとマシな方法があるだろう。取り繕おうとする相手の言葉を借りてどうするんだよ。

 俺を鈍感かなんかと思っているのだろうか? よく俺が本気でそう思っていると素直に信じてくれたな。お前もセレスと同じで脳みそがないのかな。

「と、とりあえず私はもう寮に戻るから、あんたも治ったらさっさと医療室から出ていきなさいよな。ほかにもここを使う人がいるかもしれないから」

「はい」

 かもしれないという理由で、一番の怪我人を追い出そうとしてるのだから、ラーちゃんには心というものがないのか?

 それから、俺は体を小刻みに動かし、ほかに俺の体を枕している無礼な輩たちを起こす。

 やれやれ。お前らは人間をなんだと思っているのだろう……


―――――

 
 一日が経って、授業が再開した。

 俺は教室に入って、アイリスの隣に座った。

 すると、クラスメイトの声が聞こえてくる。

「フィリ様はやはりイスフォード侯爵様の子供だね」

「うん、私見たよ。フィリ様の髪の毛がイスフォード様と同じプラチナ色になったのを」

「じゃ、今の髪の色は父方の遺伝でしょうか」

 あれ、まさか一心同体ハイパーリンクにこんな効果があったとは、まったく嬉しい誤算だ。バンバン使っていこう。

 これなら、俺がセレスのほんとの子供じゃないと疑う人間もいなくなるはず。

 アイリスはやはりまだ少し俺を避けてる感じがする。でも、しばらくして、アイリスから挨拶してくれた。

「フィ、フィリ様、お、おはようございます」

「おはようございます、アイリス」

 そしたら、なぜかアイリスの顔が真っ赤になってもじもじしだした。

「どうしたんですか?」

「フィリ様ってそんなに強かったのですね」

 うん? なんの話?

「いいえ、俺はまだE級魔術師ですよ」

「そんなことないです!」

 アイリスが急に大声を出したから、俺びっくり。

「だって、あのセロ・アフィミスを圧倒していたんじゃないですか」

 そうか、君の目にはそう映っていたのか。

 確かに一心同体ハイパーリンクを使ったときは圧倒していたけど、その前は負けそうになったよ?  

 俺のこと美化しすぎじゃない?

「そんなことないです。俺は苦戦してましたよ」

 とりあえず、謙虚に答えましょうか。

「でも、あのセロ・アフィミスを倒したんですよ? エレフェレト卿でも震えていたんですよ?」

 なるほど、あの爺さん、ちびりそうだったのか。S級魔術師の名が聞いて呆れるぜ。

「偶然ですから」

「偶然で異名を持つ魔術師は倒せません!」

 なぜか今日のアイリスは強気だな。天使のイメージが台無しだよ。

「そういって頂けてうれしいです」

 俺がそういうと、アイリスは照れたみたいで、うつむいた。水色の髪は垂れて、顔を隠してしまった。

 やはりアイリスは天使だな。



 しばらくして、マリア教師が教室に入ってきた。凄く上機嫌なご様子。

 まあ、昨日は可愛がってあげたから、当然と言えば当然か。

 フィアンセと俺、どっちがいいって聞いたら、躊躇いなく俺って答えた時はさすがに引いたけどな。

「残念ながら、今回のD級昇級試験は中止になりました」

 マリア教師がそういうと、みんなの顔が暗くなっていく。

「だが、今朝、魔術師協会から通知が届きました。1ヶ月後にD級、C級昇級試験は再び開催されるとの事です」

「「「やったー!」」」

「「「えっ!?」」」

 2種類の声が聞こえてくる。

 多分後者は今回いい成績出したのに、昇級できず、まためんどくさい昇級試験なんぞに参加しなければならないと思って落胆している生徒の声だろう。

 ちなみに、俺も後者だ。

 だって、なんなんだよ! あの『隕石』の破壊者を倒したのに、まだE級魔術師のままってのはないわ! なんのために頑張ったんだよ、俺。帰ったらセレスの胸で癒されよう……

「まだ話が終わっていません。今回の成績もある程度考慮して、魔術師協会が昇級を認めたものがいます」

 あれ? もしかして俺? 絶対俺だよね! だって、俺ってセロってやつ倒したもんね! みんなを救った英雄だもんね!

 さあ、マリア教師よ、話を続けたまえ!

「アイリス・シンフォニア、ティエリア・ラー・サカエル以上2名をD級魔術師として認定します」

 聞き間違いかな。俺の名前がないぞ? まあ、マリア教師のことだから、言い忘れただけかもしれないし。すぐに俺の名前を忘れたことを思い出すだろう。ここは辛抱強く3秒ほど待ってあげようか。

「以上が昇格を認められた者です。なので、アイリスさん、ティエリアさん、一か月後はC級昇給試験にご参加いただけます」

 はい? もう一度言って? 俺の頭が話についていけないんだけど?

 やばい、泣きそう。まあ、無理もないか。俺の時は昇級試験どころじゃなかったしね。まさかあのラーちゃん以下とは、泣きそうだ。

 泣くな。男なら泣くな。でも貴族だからいいんだよね。じゃ、今から泣きます。

「続いて、フィリ・イスフォードに関しましては、魔術師協会の特別通達により、Aとします」

「えっ!?」

 ごめん、今だけは紳士らしさを捨てて、叫ばせてくれ……
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