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第2章 五芒星編

第30話 セレスVSラリアス2

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 誰もが恐れる帝国最強の魔術師―『真眼』の魔女、セレスのことだから、てっきり天地がとどろくほどの魔術を発動してくると思ったら、拍子抜けだった。

 なにが神器召喚レジェンドウェポンだよ!? なにが『神剣・メアリー』だよ!? 

 ただ自分が拉致ってきたかわいそうな女の子をかわいそうなな剣に変えただけじゃないか!!

 てか、セレスって空間魔術が得意なんだよね? 息子のフィリも空間魔術使ってセロと戦ってたから、そこは間違いないだろう。

 じゃ、なんでそれで戦わないわけ!?

 まじでふざけてんの!?

 頭おかしいの!?

 いや、逆に私が頭おかしいの!?

 これが普通なの!?

 武器を使うならさ、せめてこう、無理やり空間を引き裂き、その亀裂から異次元そのものを濃縮したようなおぞましいものを出してほしかったわ……それこそ格好がつくってもんじゃん?

 これじゃ、セレスと戦ってる私までバカみたいじゃないか?

 『神剣・メアリー』? ただのかわいそうな女の子が変身したなダサい剣じゃん!?

 もうちょっと見た目にこだわってレイピアみたいな細身の剣とかにできなかったわけ?

 まじでこんなのがS級魔術なの?
 
 私の基準がおかしいの?

 だれか違うと言ってくれ……

「はあ……」

 思わずため息をついて、こめかみを手で押さえた。

 例のセレスはというと、あのな剣をなんとか持ち上げようと苦戦している。

 見るからに重そうだもんね……手伝おうか?

 って敵を助けてどうするんだよ!

 危ない。これはセレスの罠に違いない。

 私の同情を誘って、隙をついてくる算段なのだろう。

 うわー、セレスの額からめっちゃ汗出てる……拭いてあげようか?

 って違う!

 これは私の母性本能を利用した罠だ!!

 気づけ、ラリアスよ!!

 おっと、セレスの手が止まったぞ?

 やっとあきらめたのか?

 うん? セレスの体が少し光った。

 今初級魔術―身体強化ブーストを使ってなかった?

「やった! やっと持ち上げられたよ!」

 セレスは嬉しそうにかわいそうな女の子が変身した……めんどくさいから、かわいそうな剣でいいか……かわいそうな剣を持ち上げて、ブンブンと振り回した。

 うん、えらいな、お母さんもうれしいよ……って誰がお母さんや!

 これもセレスの演技、私を油断させるためのフェイク。

 ふふっ、それを見抜いてなかったら、私は下手に攻撃を仕掛けていたぜ。

 隙だらけに見えたけど、まったく隙がない。

 きっとセレスはカウンターを狙っていたわ。セレスがかわいそうな剣を持ち上げようと苦戦していたのを、私が好機だと勘違いして魔術を発動した瞬間、セレスは私の背後に移動して、攻撃してくる。そう企んでいたに違いない。

 でも、相手が悪かったね。

 普通のやつならお前を天然だと思い込んで、攻撃してカウンターを食らっていたかもしれないが、私はそううまくはいかないぞ!

 にしても、少し泣きたくなった。

 S級魔術で呼び出した武器を初級魔術の身体強化ブーストでフォローしてやっと持ち上げられるなんて、不器用な子ね……待って、これもお涙頂戴な罠なんだろう。

 セレスめっ、油断ならない女だ。

 あれ? セレスがかわいそうな剣を振り上げたぞ? 

「うりゃああ!」

 えっ!? なにその掛け声?

 さっき私に淑女のイロハを説教してきたのに? ふざけんな!

 お前こそ女の子らしくしろや!

 ていうか、そのまま突っ込んでくるの!?

 まじ?

 身体強化ブーストを使っているから、セレスはすごいスピードで近づいてくるんだけど。

 大丈夫、油断はしないさ。

すべてを食らう者オールイーター!!」

 私は即座にS級魔術を発動した。

 私は魔力の一部を活性化させ、目の前に展開させる。

 活性化させてる分、わが魔力の本来の侵食能力は何倍も跳ね上がった。これこそあらゆる物理攻撃や魔術を無効化できる私の最強の防御系魔術だ。

 そして、相手の攻撃が止まった瞬間、すべてを食らう者オールイーターを操作して、相手自身を捕食させる。

 攻防両方の性能を備えた、私の自慢のS級魔術。

「ぐはっ!!」

 でも、気がついたら、私はセレスによって作られたこの部屋の壁にめり込んでいて、口から血を噴き出していた。

 これは夢に違いない。

 この部屋の外は空間の断層、体が壁にめり込むどころか壁にかすり傷をつけるのも困難極まりないはず。

 そもそも私のすべてを食らう者オールイーターをあのかわいそうな剣で突破できるわけがない。

 でも、さっき私がいた位置にセレスが立っていて、かわいそうな剣が地面に突き刺さっているのを見ると、これが現実だと認めざるをえない。
 
 あのかわいそうな剣で、あのかわいそうでな剣で私が切られたというのか。

 セレスの一撃で、私は5回死んだ。つまり5人もの眷属が私の代わりに死んだ。

 そして、おそらく幻の死ファントムリリースの処理速度が追い付かず、口から血を噴き出すほどのダメージを眷属の誰かに肩代わりしてもらうのが間に合わなかったのだろう。

「あれ? 今ので5回は死んでもおかしくないのに~」

 背筋が凍った。

 なぜセレスには私が5回死んだことが分かったの!?

 さすが『真眼』の魔女、全部お見通しってわけか。

 口のところを手で触ってみて、もう血がないことを確認する。

 幻の死ファントムリリースがさっき処理しきれなかったダメージを今眷属の誰かに肩代わりしてもらったのだろう。

 そして、同時に私の頭をさらに悩ますことが起きた。

 教師として教室に行かせた分身から今報告が来て、エターナが教室に乱入してきてセレスの息子フィリ・イスフォードを攫って行ったとのこと。

 しかも容赦なく、私の分身を半殺しにしてるし。

 そいつは今軍隊を招集しているのではないのか?

 まあ、エターナは私の分身を半殺しにしたから、誰も私が敵側の人間だとは思わないだろうけど、フィリ・イスフォードを攫って行ったのは悪手だったよ。

 エターナ、それはセレスを敵に回す行為だぞ。フィリ・イスフォードを抹消でもしたら、いくらお前でも、セレスに殺される。

 急いで、近くの眷属に連絡を取り、エターナを止めないと……セレスはわれわれが想像していたよりもっとやばいやつだ。

「ふふふ、セレスよ、私には眷属がいる限り、何度殺されようと死にはしないさ。死を眷属に肩代わりしてもらえるからな!」

 私の幻の死ファントムリリースがもう見通されてるのなら、とりあえずこれを話題に、時間稼ぎをするんだ。

 頼む! セレス、話に乗ってくれ!

 私は一刻も早く眷属に連絡をして、エターナにお前のやばさを伝えなきゃいけないんだ。

「そんなんだ……」

 よし、セレスは私の話に食いついたぞ? しかもなぜか考え込んでる。

 いくら私を圧倒できても、殺せないんじゃ、意味ないしな。

 これはチャンスだ。繋げ! 誰でもいいから、エターナの近くにいる眷属よ!

「ありがとう~」

 うん? ありがとう?

「うちの『緋色の目』であなたが致命傷を受けたのは確認できたのに、死ななかったのはそれが理由ね? 知らなかった~」

 え? 知らなかった?

 すべてお見通しじゃなかったの?

 ってことは、私自身がネタバレしちゃったってこと!? えっ!?

「これなら、あなたを殺せる方法が分かったわ~」

 うん、墓穴を掘ったな……私の馬鹿野郎。

絶対空間アブソリュートディメンション~」

 セレスが発動したS級魔術で、私は自身の敗北を確信した。

 私と眷属たちの繋がりは一瞬にしてすべて断ち切られた。

 つまり、幻の死ファントムリリースも発動されることはない。

 今度こそ、かわいそうな剣……いや、認めよう、『神剣・メアリー』に切られたら、私は死ぬ。

 ふふっ、『神剣・メアリー』って、いい名前じゃないか。

 さすがS級魔術で作り出した剣、大した威力だ。

 ならば私に残された選択肢は最後まで潔く死ぬまで戦うのみだ。

残虐なる捕食者エクストリームイーター!!」

 魔力を振り絞って、S級魔術を発動させた。

 私の体から、無数の禍々しいオーラを纏っている大蛇の首が出現し、セレスに押し寄せて食らいつこうとする。

 この距離ならセレスも無傷では済まされないだろう。

 運が良ければ、このままセレスを食い尽くすこともできよう。

 だが、セレスに蛇たちが食らいつこうとする前に、みんな血相を変えて一目散に逃げだした。

「あっ、ごめんね、説明してなかったよね? 絶対空間アブソリュートディメンションを発動したら、一定範囲の空間はうちの支配下になり、外界とは絶対的に断絶されるの~ そして、今さっきあなたの魔力に私への恐怖という感情を付加しといたわ~」

 なにそれ……チートじゃんよ……

 うん、詰んだな。

 逃げ惑う蛇たちを美少女がな剣を振り回しながら追いかける光景が目の前に広がっている。

 ここは天国か? ははは。

 私は乾いた笑顔でゆっくり目の前の光景を眺めていた。

 てか、こうするしかなかった。

 体内の魔力もセレスへの恐怖を付加されたせいで、私自身までセレスのことが恐ろしくて動けない。



「な、なにをするんだ!?」

 時間をかけて、蛇たちをみんな一刀両断してきたセレスは急に私に向き直った。

 まるで次はあなたの番よ? って言いたげに。

「ほら!」

 頭に強烈な痛みが走る。

 セレスの野郎、剣の腹で私の頭を叩いてやがる。

「えぇ!! 殺すならさっさとしろ! 敗者をいたぶるなんてお前は血も涙もないのか!!」

 気づいたら、私は叫んでいた。

 ぶっちゃけ死にたくはないが、『神剣・メアリー』の腹で頭を叩かれる痛みには耐えられそうにない。

 潔い言葉を言ってるけど、ぶっちゃけさっさと楽にしてくださいと懇願しているようなもんです。

 私の誇りはどこに行ったのやら……はい、私はメス豚ですが、なにか?

「あああっ!! 痛い!!」

 セレスはまたポンポンと『神剣・メアリー』の腹で私の頭を叩いた。

 死ぬよりも辛い痛みが全身を走る。

「……おのれ」

「ちょっと待って?」

 最後の気力を振り絞って文句でも言ってやろうとしたら、セレスに止められた。

 どうやら、念話で誰かと話しているみたい。

 おい、この空間は絶対的に外界と断絶されてるんじゃなかったのかよ……自分だけ念話できるなんてずるい……



「お待たせ~」

 だから、待ってないつーの……

 もう叩かないでくれ……

「殺してくれ……」

「あれ? 言ってなかったっけ? うちとっくに気が変わったの。あなたは殺さないわ~」

「殺さない……?」

「うん、私のご主人様の女になって一緒にご主人様が帝国を掌握するために力を尽くそう?」

 セレスはそう言いながらウィンクを送ってくる……

「……う、うん」

 もはやプライドも悪魔としての矜持も、今の私には持ち合わせていない。

 殺されないのなら、誰の女にでもなってやろうじゃないか!?

「一つだけ聞かせてくれないか。そのご主人様はだれなの……?」

 一応これから仕える主人の名前くらいは知っときたい。

「うん? うちの息子で将来の夫のフィリ・イスフォードよ?」

 マジかよ……

「でも、さっきご主人様のことを悪く言ったコバエはもう少し叩かないとね」

 そう言って、『神剣・メアリー』の腹は私の頭めがけて降ろされてくる。
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