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8.夜が明ける前に
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窓を叩く風の音が妙に響く、静かな夜だった。
「ネイト、君は眠る気があるのか?」
目を瞑ってないことを知ってるぞ、とアルベルトは悪戯っぽく笑った。
「……いいかい? 目を瞑って、しっかり呼吸を整えるんだ」
耳に熱い息が掛かるたびに、ゾクゾクと体が震えてしまう。
「は……はい、わかりました」
息も絶え絶えになりながら、言われた通りに必死に呼吸を整える。
「……いい子だね」
冷えた唇が、ネイトの熱くなった耳を僅かに掠めた。
「~~~っ……!」
ネイトは歯を食いしばり、はしたない声を聞かせまいと必死に身を捩った。
「ああ、もしかして……耳が弱い? 」
アルベルトの声はやっぱり少し楽しそうだ。彼からしたら今夜はただの戯れなんだ。
「っ……! アルベルト王子、貴方最初から寝かせる気なんてないでしょう……!」
くるりと体を反対に向けると、思い掛けず近い距離に今更驚いてしまう。
「あはは、すまない。楽しくなってしまってつい、からかってしまった」
小さな子どもをあやすようにネイトの肩をぽんぽんと叩くと、アルベルトは真っ直ぐにネイトの目を見つめながら優しく囁いた。
「大丈夫、今はおやすみ。安心して……ね」
そう言って、何故か先にアルベルト王子の方が意識を失ったようにぐったりと動かなくなってしまった。
ーーここで、寝る!?
ネイトは思わず心の中で突っ込んでしまった。見ると、静かに寝息を立てている。長い睫毛が扇状に美しく広がっている。
「しかも寝付くのが早い……」
ーーこの寝顔を間近で見られるなんて、本当に信じられない。
いまだに夢を見ているようだった。どれだけ見ていても飽きることはない。むしろ永遠に見ていられる。
夢なら醒めないうちに、現実なら終わらぬうちに。ネイトは彼の何一つも見逃さぬように、静かに呼吸するのをただ見ていた。
この人が生きているのを見ているだけでいい。
ネイトは、再び強く思った。何でもない風に、こんな自分にも優しくしてくれる、こんな無邪気で天使のような方を汚してはいけない。
ふと、窓の外が青白く染まっていることに気付いた。
「……どうした?」
そう言って、またベッドに引き戻されてしまう。暖かい腕の中にすっぽり収まると、アルベルトは満足そうに笑った。
「すっかり冷えてしまっているじゃないか」
アルベルトはすっかり冷たくなってしまったネイトの足に、自身の足を絡ませた。まるで、恋人同士のような仕草だ。ネイトの体に熱がこもる。
「何もしないよ、そういう約束だからね」
「別に俺は……」
少し毒気を含んだような、寂しそうな言い方に思わずネイトは反論し掛けたが、ハッと口を噤んだ。
「何? 続きを聞かせて」
促すように、ゆったりと問い掛ける。まだ半分微睡んでいるような、深い声が心地良い。
「……もうすぐ、夜が明けますね」
「ああ、そうだね」
「夜が明ける前に、ここを出ましょう」
アルベルトの腕からやっと解放される。
「貴方の後を、私も遅れて出て行きます」
「ネイト、君も一緒に帰ろう」
帰り道は同じだろう、とアルベルトは何でもない風に言った。
「私のような者と一緒にいたことを誰かに知られた場合、貴方にご迷惑が掛かるでしょう」
要らぬ噂を立てられる可能性がある。それなら、王子一人の夜遊びの方がまだ可愛いくらいだろう。
「迷惑なんて思わない」
アルベルトの瞳は真っ直ぐで、その言葉に嘘がないことが分かった。
本当に優しい人だ、ネイトはその視線から逃れるようにうつむいた。
「……ありがとうございます。そのお言葉だけで十分です」
ネイトは、自然と深く頭を下げていた。そうしなければいけないと思った。
「君は……美しいね」
「ありがとうございます」
きっちり留めたボタン、常に見えるところに城の紋章を掲げること。これが貴方の求める姿だと知っている。
夜が完全に明けたら、この関係も終わってしまう。
「本当に一緒じゃなくてもいいのか?」
「ええ、アルベルト王子」
部屋を出る前、アルベルトはまだ心配そうにネイトを気遣った。それを何でもない風に見送る。
「ネイト、君が良ければ私がいつでも力になる。だから、よくも知らない男と一夜を過ごす前に……私をその候補にいれなさい」
私ばかりがぐっすり眠ってしまって申し訳ない。アルベルトはバツが悪そうに笑った。
「いいえ、そんな……。私は光栄です。アルベルト王子、本当に……ありがとうございました」
「今、私が言ったことを忘れないように……いいね? それじゃあ、またあとで」
アルベルトは、そっとネイトの額に唇を落とした。
「ネイト、君は眠る気があるのか?」
目を瞑ってないことを知ってるぞ、とアルベルトは悪戯っぽく笑った。
「……いいかい? 目を瞑って、しっかり呼吸を整えるんだ」
耳に熱い息が掛かるたびに、ゾクゾクと体が震えてしまう。
「は……はい、わかりました」
息も絶え絶えになりながら、言われた通りに必死に呼吸を整える。
「……いい子だね」
冷えた唇が、ネイトの熱くなった耳を僅かに掠めた。
「~~~っ……!」
ネイトは歯を食いしばり、はしたない声を聞かせまいと必死に身を捩った。
「ああ、もしかして……耳が弱い? 」
アルベルトの声はやっぱり少し楽しそうだ。彼からしたら今夜はただの戯れなんだ。
「っ……! アルベルト王子、貴方最初から寝かせる気なんてないでしょう……!」
くるりと体を反対に向けると、思い掛けず近い距離に今更驚いてしまう。
「あはは、すまない。楽しくなってしまってつい、からかってしまった」
小さな子どもをあやすようにネイトの肩をぽんぽんと叩くと、アルベルトは真っ直ぐにネイトの目を見つめながら優しく囁いた。
「大丈夫、今はおやすみ。安心して……ね」
そう言って、何故か先にアルベルト王子の方が意識を失ったようにぐったりと動かなくなってしまった。
ーーここで、寝る!?
ネイトは思わず心の中で突っ込んでしまった。見ると、静かに寝息を立てている。長い睫毛が扇状に美しく広がっている。
「しかも寝付くのが早い……」
ーーこの寝顔を間近で見られるなんて、本当に信じられない。
いまだに夢を見ているようだった。どれだけ見ていても飽きることはない。むしろ永遠に見ていられる。
夢なら醒めないうちに、現実なら終わらぬうちに。ネイトは彼の何一つも見逃さぬように、静かに呼吸するのをただ見ていた。
この人が生きているのを見ているだけでいい。
ネイトは、再び強く思った。何でもない風に、こんな自分にも優しくしてくれる、こんな無邪気で天使のような方を汚してはいけない。
ふと、窓の外が青白く染まっていることに気付いた。
「……どうした?」
そう言って、またベッドに引き戻されてしまう。暖かい腕の中にすっぽり収まると、アルベルトは満足そうに笑った。
「すっかり冷えてしまっているじゃないか」
アルベルトはすっかり冷たくなってしまったネイトの足に、自身の足を絡ませた。まるで、恋人同士のような仕草だ。ネイトの体に熱がこもる。
「何もしないよ、そういう約束だからね」
「別に俺は……」
少し毒気を含んだような、寂しそうな言い方に思わずネイトは反論し掛けたが、ハッと口を噤んだ。
「何? 続きを聞かせて」
促すように、ゆったりと問い掛ける。まだ半分微睡んでいるような、深い声が心地良い。
「……もうすぐ、夜が明けますね」
「ああ、そうだね」
「夜が明ける前に、ここを出ましょう」
アルベルトの腕からやっと解放される。
「貴方の後を、私も遅れて出て行きます」
「ネイト、君も一緒に帰ろう」
帰り道は同じだろう、とアルベルトは何でもない風に言った。
「私のような者と一緒にいたことを誰かに知られた場合、貴方にご迷惑が掛かるでしょう」
要らぬ噂を立てられる可能性がある。それなら、王子一人の夜遊びの方がまだ可愛いくらいだろう。
「迷惑なんて思わない」
アルベルトの瞳は真っ直ぐで、その言葉に嘘がないことが分かった。
本当に優しい人だ、ネイトはその視線から逃れるようにうつむいた。
「……ありがとうございます。そのお言葉だけで十分です」
ネイトは、自然と深く頭を下げていた。そうしなければいけないと思った。
「君は……美しいね」
「ありがとうございます」
きっちり留めたボタン、常に見えるところに城の紋章を掲げること。これが貴方の求める姿だと知っている。
夜が完全に明けたら、この関係も終わってしまう。
「本当に一緒じゃなくてもいいのか?」
「ええ、アルベルト王子」
部屋を出る前、アルベルトはまだ心配そうにネイトを気遣った。それを何でもない風に見送る。
「ネイト、君が良ければ私がいつでも力になる。だから、よくも知らない男と一夜を過ごす前に……私をその候補にいれなさい」
私ばかりがぐっすり眠ってしまって申し訳ない。アルベルトはバツが悪そうに笑った。
「いいえ、そんな……。私は光栄です。アルベルト王子、本当に……ありがとうございました」
「今、私が言ったことを忘れないように……いいね? それじゃあ、またあとで」
アルベルトは、そっとネイトの額に唇を落とした。
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