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9.名残
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「……やってしまった」
「ええ、そうでしょうね」
アルベルトは大きく溜息を付いた。隣ではチャーリーが呆れたように答えながら書類を整理している。
アルベルトが城を抜け出していたことは、チャーリー以外に気付いたものはいなかったようだった。
薄暗い自室にこっそり戻ると、チャーリーが鬼のような表情でアルベルトを出迎えた。
『朝日が昇っても戻らないようなら兵を呼ぶところでした……全く、嫌な予感がしたんですよ』
『サインを残しただろう』
『それでもです』
以前、こっそり城を抜け出して騒ぎになったことがあってから、アルベルトは自らが抜け出す際にチャーリーにしか分からないサインを残していく。
「少しは反省してください、夜遊びは控えて。このところは大人しくしていたのに……」
どうせ、飲み屋の女の子を本気にさせてしまったとか、そんなことでしょう。と、チャーリーは冷たい視線と棘のある言葉を浴びせた。
「……そうじゃない。その……先に眠ってしまったんだ」
「えっ……!」
チャーリーは目を見開いて、信じられないモノを見るような目でアルベルトを見た。
「それは……、やってしまいましたね」
そして、ひどく同情するよな目でアルベルトを見た。
「待て、そうじゃない。ただ隣で眠るだけという約束だったんだ。何もしない、って」
可哀想なほど真っ赤になって震えている彼に、アルベルトはそれ以上を無理強いすることなんて出来なかった。
「またまた~、そういう"テイ"なんでしょう? 」
チャーリーは揶揄うように笑った。
チャーリとアルベルトは年齢も近く、幼い頃から一緒にいたこともあって二人きりのときは普通の友人同士のようだ。アルベルトにとって、チャーリーは唯一肩の力を抜ける相手で、彼にとってこんな話が出来るのもチャーリーだけ。
「いや、本当だ」
至極真面目な表情のアルベルトに、チャーリーはようやく真剣な返事をするようになった。
「……まあ、そういうのも需要はあるでしょうけど。相手も本当に一緒に眠るだけで良かったんですかね」
チャーリーはにわかに信じ難いとでも言うように、首を捻った。彼の言うことはもっともだと思う。
実際、アルベルトもどうなんだろうとも思ったが、彼がそう言うのなら、そうなのだろうと思うことにした。
「相手がそう言ったんだ。でも……」
「ああ、アルベルト王子がそのつもりだったんですね」
アルベルトは頭を抱えるように俯きながら、大きな溜息を吐いた。
自分としては、彼さえ良ければ構わないと思った。でも、彼は一切その気を見せないどころか、"何もしなくていい"と頑なだった。随分と酔っていたようだったし、酒の所為にでもしてしまえばいいのにと心の中で思ったが、敢えて口には出さなかった。
「でも、それなら帰って来るのが随分早かったのでは? 貴方がもう少し押していたら、落ちない者などいないでしょうに」
「……夜が明ける前に、先に戻った方がいいと言われたんだ。誰かに見つかる前にと、私を気遣ってくれた」
果たして、彼はアルベルトの言う言葉を本気にしてくれただろうか。
ーー我ながら、少し情けないことを言ってしまったかもしれない。
候補にしてくれ、とは随分と弱気だった。だが、"私にしてくれ"という勇気はなかった。
「なるほど……それは出来た人だというべきか、手慣れているというか……」
チャーリも口元に手を当てながら、困惑しているようだった。
「……美しいんだ」
まだ、薄暗い部屋の中できっちりとボタンを留めて佇む彼は、なんだか背徳的で本当に美しかった。人形のような、あどけない表情で、どこか諦めたような表情で自分を見上げていた。
アルベルトは昨夜のことを思い出して、ふっと笑った。
「はぁ……、楽しそうで何よりですけど。それで公務に支障を支障をきたすことのないようにしてくださいね」
「ああ、わかってるさ」
どさっと、重みのある音がしてアルベルトの前に大量の書類が置かれた。
「全てしっかり目を通して、サインを。明日の朝までにはお願いしいますね」
この所は、ずっとこの繰り返しだった。おかげで睡眠時間も削られている。
「……これにも原因があるからな」
それ以上は諦めていたとはいえ、やっぱり先に眠ってしまったのは失敗だったと思う。呆れられてもおかしくない。
アルベルトは本日何回目かの溜息を吐くと、にっこりと意地悪そうに笑うチャーリーに、少しくたびれた表情で微笑み返した。
「ええ、そうでしょうね」
アルベルトは大きく溜息を付いた。隣ではチャーリーが呆れたように答えながら書類を整理している。
アルベルトが城を抜け出していたことは、チャーリー以外に気付いたものはいなかったようだった。
薄暗い自室にこっそり戻ると、チャーリーが鬼のような表情でアルベルトを出迎えた。
『朝日が昇っても戻らないようなら兵を呼ぶところでした……全く、嫌な予感がしたんですよ』
『サインを残しただろう』
『それでもです』
以前、こっそり城を抜け出して騒ぎになったことがあってから、アルベルトは自らが抜け出す際にチャーリーにしか分からないサインを残していく。
「少しは反省してください、夜遊びは控えて。このところは大人しくしていたのに……」
どうせ、飲み屋の女の子を本気にさせてしまったとか、そんなことでしょう。と、チャーリーは冷たい視線と棘のある言葉を浴びせた。
「……そうじゃない。その……先に眠ってしまったんだ」
「えっ……!」
チャーリーは目を見開いて、信じられないモノを見るような目でアルベルトを見た。
「それは……、やってしまいましたね」
そして、ひどく同情するよな目でアルベルトを見た。
「待て、そうじゃない。ただ隣で眠るだけという約束だったんだ。何もしない、って」
可哀想なほど真っ赤になって震えている彼に、アルベルトはそれ以上を無理強いすることなんて出来なかった。
「またまた~、そういう"テイ"なんでしょう? 」
チャーリーは揶揄うように笑った。
チャーリとアルベルトは年齢も近く、幼い頃から一緒にいたこともあって二人きりのときは普通の友人同士のようだ。アルベルトにとって、チャーリーは唯一肩の力を抜ける相手で、彼にとってこんな話が出来るのもチャーリーだけ。
「いや、本当だ」
至極真面目な表情のアルベルトに、チャーリーはようやく真剣な返事をするようになった。
「……まあ、そういうのも需要はあるでしょうけど。相手も本当に一緒に眠るだけで良かったんですかね」
チャーリーはにわかに信じ難いとでも言うように、首を捻った。彼の言うことはもっともだと思う。
実際、アルベルトもどうなんだろうとも思ったが、彼がそう言うのなら、そうなのだろうと思うことにした。
「相手がそう言ったんだ。でも……」
「ああ、アルベルト王子がそのつもりだったんですね」
アルベルトは頭を抱えるように俯きながら、大きな溜息を吐いた。
自分としては、彼さえ良ければ構わないと思った。でも、彼は一切その気を見せないどころか、"何もしなくていい"と頑なだった。随分と酔っていたようだったし、酒の所為にでもしてしまえばいいのにと心の中で思ったが、敢えて口には出さなかった。
「でも、それなら帰って来るのが随分早かったのでは? 貴方がもう少し押していたら、落ちない者などいないでしょうに」
「……夜が明ける前に、先に戻った方がいいと言われたんだ。誰かに見つかる前にと、私を気遣ってくれた」
果たして、彼はアルベルトの言う言葉を本気にしてくれただろうか。
ーー我ながら、少し情けないことを言ってしまったかもしれない。
候補にしてくれ、とは随分と弱気だった。だが、"私にしてくれ"という勇気はなかった。
「なるほど……それは出来た人だというべきか、手慣れているというか……」
チャーリも口元に手を当てながら、困惑しているようだった。
「……美しいんだ」
まだ、薄暗い部屋の中できっちりとボタンを留めて佇む彼は、なんだか背徳的で本当に美しかった。人形のような、あどけない表情で、どこか諦めたような表情で自分を見上げていた。
アルベルトは昨夜のことを思い出して、ふっと笑った。
「はぁ……、楽しそうで何よりですけど。それで公務に支障を支障をきたすことのないようにしてくださいね」
「ああ、わかってるさ」
どさっと、重みのある音がしてアルベルトの前に大量の書類が置かれた。
「全てしっかり目を通して、サインを。明日の朝までにはお願いしいますね」
この所は、ずっとこの繰り返しだった。おかげで睡眠時間も削られている。
「……これにも原因があるからな」
それ以上は諦めていたとはいえ、やっぱり先に眠ってしまったのは失敗だったと思う。呆れられてもおかしくない。
アルベルトは本日何回目かの溜息を吐くと、にっこりと意地悪そうに笑うチャーリーに、少しくたびれた表情で微笑み返した。
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