【完結】王子、"それ以上"なんておこがましいことは申しません!〜素直になれない二人は今夜もすれ違う〜

桐野湊灯

文字の大きさ
29 / 47

29.到来

しおりを挟む
 持ち場に戻ると、アンナの言う通りすっかり閑散と
し始めていた。徐々にみんな主邸に集まっているのだろう。

「……クレア様がそろそろご到着する予定だ。バンクス夫妻は後ほど別のお車で来られる」

 通りすがりにこそっとキャンベルが耳打ちした。そろそろ出迎えに行かなければいけない。ネイトは色んな意味で緊張していた。


 ネイトがそっと玄関の扉を開けた時だった。遠くから威勢の良い車が砂煙を巻き上げながら走ってくる。

ーーああ、あれが。

 勢いよく玄関前で停車すると、運転手が恭しくドアを開けた。中から二人の女性が出て来る。

 一人はほっそりとしていて、緊張したような顔をしている。おそらく彼女がクレアの侍女だ。

「……お待ちしておりました」

 クレア・バンクスはタイトなスモーキーブルーのドレスを纏っていた。ブロンドの長い髪はウェーブがかっていて、本物の花が散りばめられていた。

 彼女は冷ややかな目でネイトを一瞥すると、すぐにふいっと横を向いてしまった。背はすらりと高かった。

「お荷物をお運びします」

 ネイトが荷物を運ぼうとすると、クレアは首を大きく横に振った。

「……結構よ、アメリアはもうこのお屋敷のことをよく知っているの。彼女が運ぶわ」

 想像以上にツンケンした女だ、とネイトは呆れていた。だが、チャーリーも断言した通りの美人だった。

 アメリア、と呼ばれた侍女は、クレアのあまり多くはない荷物を車から出すと、すたすたと足早に屋敷へ向かっていってしまった。

「私は、少し歩きたいわ。ネイト・ハワード」

 フルネームで呼ばれたことに驚いてしまう。こういう女性は使用人の、ましてや他人の家の使用人の名前なんて把握していないと思ったからだ。

「ええ、お供いたします」

 第一印象は最悪だ、ネイトは気付かれないようにそっと痛む胃をさすった。少しの間とはいえ、彼女と上手くやっていけるだろうか。ただでさえ……。

 そんなことをぐるぐると考えていると、前を足早に歩いていた彼女が不意に振り返った。

「……あの、気を悪くしないでね。貴方を信用してない訳ではないの。ただ、貴方と少し話がしたくて……」

 彼女は心底申し訳ないと言う風に、眉を下げている。

「お気になさらないでください。お話とは……? 」

 ネイトが心配そうに歩み寄ると、彼女は堰を切ったように話し始めた。

「あのね、貴方も少しは変だと思っているでしょう。なぜ、私が女性の従者をつけることを拒んだか……」

「ええ、まぁ……」

 確かに不思議だった。拒んだ、という話はキャンベルの配慮で伏せられたのか初耳だった。だが、大抵女性には女性の従者が付けられる。

「女性は噂好きよ、悪気無くても根掘り葉掘り聞いてくるに決まっているわ。でも何も答えたくないのよ。だけど。黙っていたら今度は嫌な女とか思われるのよね……」

 彼女の口は話出したら止まらない。

「私ね、すぐに緊張してしまうの……目も合わせられないわ。子どもの頃はこんな風じゃなかったんだけど。その所為か冷たい女だと思われるのよね……ああ、ごめんなさい。私ばかり話しているわね」

 彼女は空を見上げて、大きく深呼吸をした。そして、意を決したように再び口を開いた。

「ねえ、私はどんな噂をされているのかしら?」

「王子の幼馴染で家族ぐるみで仲が良いとか……」

 ネイトは当たり障りのない、確かな事実のみを話した。途端に彼女が意思悪そうに口の端を歪めた。

「婚約者、とか聞いてない?」

「え? ああ、その……」

 それは果たして噂に入るのだろうか。

「貴方、顔に出やすいのね。信用できるわ」

 ネイトが口籠ると、クレアは声を上げて笑った。それがまたなんとも豪快に笑うので、ネイトは一気に彼女に対する好感度が上がった。

「いいの、それは子どもの頃の口約束なのよ。両親同士が仲が良いのも本当。だからくっつけたがるのよね、私もいい年齢だから親が心配するのも分かるけど、私は結婚だけが幸せじゃないと思うの」

 真っ青な空の下、彼女の横顔はきらきらと輝いていた。髪に付けた淡い色の花が、彼女が話す度にゆらゆらと揺れている。

「王子とそんな話があるというのは光栄なことよ。でも私ね、夢があるのよ」

 クレアはネイトの方を振り返ると、にっこりと笑った。

「世界中を見て回りたいの」

 ひとりで、と彼女は強調して言った。

「昔ね、教会である女性にあったのよ。色んな世界を見てきたんですって。彼女は後悔もしていたわ、これまで失ったものの代償の割りに、世界の果ては大したことなかったって」

「それは……随分と過酷な旅ではありませんか?」

「ええ、それでもね。私も海の向こうの世界を見たいと思ったの」

「お一人で?」

「ええ、そうよ。誰かと気持ちを分かち合うことの喜びなんて、私にはまだわからないの」

 クレアはそう言って、また豪快に笑った。

「クレール城で少し休ませてもらったら、このまま出ていくつもりよ」

 お父様とお母様にはまだ話していないの、きっと私を止めるわ。と囁くように言った。だが、彼女の決意はきっと揺るがないのだろう。

「私ならきっと後悔しない。それどころか、同じ空ばかり見てたら飽きてしまう、ねぇ、貴方もそう思わない?」

 熱弁していたクレアは、足下に段差があることに気付いていなかった。小さく悲鳴を上げ、大きくバランスを崩してしまう。

「……大丈夫ですか?」

 ネイトはすかさず彼女を抱き止めた。

「ああ,ごめんなさい。私ったら……こんなに熱く語ってしまったのは初めてよ。貴方聞き上手ね」

「ありがとうございます、気をつけてくださいね。これからの長旅に差し支えますから」

 そう言うと、クレアは目を丸くした。

「あら、貴方は応援してくれるのね」

「応援しています。ですが、ご両親は心配するでしょう。そのお気持ちも分かります」

 なるほど、口約束とはいえ、幼いアルベルトが彼女との未来を夢見た理由が分かる。彼女は陽の当たる道へ強引にでも引っ張ってくれるような強さがある。

「ありがとう。部屋で休みたいわ、夜のダンスパーティーに備えなくちゃ」

 クレアは大きく腕を振り上げた。

「冷たいレモネードをご用意しております」

「さすがね、少しの間よろしく。ネイト・ハワード」

 クレアはにっこりと笑うと、ネイトの腕に自分の腕を絡めた。まるで昔からの知り合いのように、クレアはすっかりネイトに心を許したようだった。
 ネイトも最初に持った印象はすっかり忘れ、彼女の明るさを慕っていた。

ーーこの時、ネイトはまだ気付いていなかった。大切なブローチを落としてしまったこと。それから、それを拾った人物がネイトを呼び止めたことも。

「行っちゃったよ……まぁ、いいか」


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルを「小説家になろう」様でも掲載しています。

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

処理中です...