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16.フィンの謀(フイン視点)
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「やれやれ……」
小さく開いた手帳を片手に、思わず溜息が漏れる。一時はどうなることかと思った。
女性に泣かれるのは、昔からどうにも苦手だった。ロイドでもいてくれたら、きっと上手い言葉で励ましてやることもできるだろうに。
結局、有益な情報は得られないままだった。まあ、実際のところは有益な情報を得るためというより、令嬢たちの噂話においての品格を確かめたかったのだが。
今回のご令嬢たちは、その点では心配することがなさそうだ。
人を陥れてのし上がろうと考えている人間がいない。みんな、それぞれの良さを認め合っている。それが本心であるかどうかは関係ない。もしかしたら、これも試練のひとつだと警戒されたのかもしれないが、それでもいい。迂闊なことを言わないという警戒心も必要なことである。
とにかく、噂話ひとつにしても品位を保っていること。なかなかこれが難しい。前回のご令嬢ときたら酷いもので、使用人の一人と寝ているらしいとか、聞くに堪えない悪口をたくさん聞かせてくれた。
メリルから意見を聞き出せなかったのは残念だが、追々聞けたらいいだろう。それにしても、セレスティは意外だった。『興味ないわ』と、軽くあしらわれると思っていた。
彼女もなかなか素直じゃない、とつい思い出して笑ってしまう。
「楽しそうだな」
笑みを含んだ優しい声。窓から差し込む月明かりに、濡れたような黒髪が美しく輝いている。
「ダニエル王子……!」
しーっと人差し指で黙らせる。辺りを見回して誰もいないことを確認する。
「こんな所に来てはダメです。ガーランド家の者は立ち入り禁止のはずですよ」
まったく、いつものことながら困った人だ。強い口調で咎めるが、この男には一切効果がない。
「お前もガーランド家の人間だろう」
「嬉しいお言葉ですが、そういう意味ではありません」
ダニエル王子は常々、城で暮らすものはみんな家族だと言ってくれる。とても光栄なことだが、この場ではただの屁理屈でしかない。
然るべきときが来るまで、選定期間中は王妃候補の女性とは顔を合わせてはいけない。このことが知れたらお咎めをうけるのはこっちだ。
「どう? 順調かな?」
随分と軽々しく聞いてくれるじゃないか。今だってこっちは大変だったんだ。本当は洗いざらい話してしまいたいくらいだが、ここはグッと耐える。
「……まだ秘密ですよ。気になる子でも見つけたのですか? どうせ、忍び込んだのは今日が初めてではないでしょう」
「バレていたか」
舌をぺろりと出して悪戯っぽく笑う。
「……貴方の考えそうなことなど、すぐにわかります」
「さすがだなあ。それなら、俺の考えていることも分かるかな」
一瞬、ダニエル王子の顔が悲しく歪むのが分かった。彼の考えていることは、すぐにわかってしまう。
「こんな無意味なこと、やめてくれたらいいのに」
そんなこと、わかっている。
「……俺は別に誰と結婚しろと言われてもいい。だが、そのせいで彼女たちが傷付くのを見たくない」
「仕方ありません。それがガーランド家のしきたりなのでしょう」
王妃候補を争いの末に決めるのは昔からの伝統らしい。誰よりも優れているものが王妃になる。ある意味では合理的とも言える。
「……なんだ、お前もあっさり"しきたり"に従うのか」
裏切り者め、と拗ねるような軽口に、少しだけ胸が痛んだ。
「私は新参者ですからね。それに、ガーランド家に仕えたとも思っていません」
ガーランド家に古くから仕えていたら、もう少し忠誠心というものも培えていたのだろうか、必要ないけど。
「私はダニエル王子にお仕えしています。貴方の選ぶ道についていく」
こんな馬鹿げた茶番をやめにしようと宣言するのなら、それを全力で支える。しきたりだから受け入れるというのなら、私に出来るのは間違った選択をさせないこと。
「それは頼もしいな」
側に置いてくれたことを、後悔させたくない。
「落ち着いたら、お前の友人にも会わせくれ。お前の友人は俺の友人だ」
「……そんな上等な奴じゃありませんよ」
変な感じだな、と思った。もしもロイドとダニエル王子と三人で酒でも酌み交わせたらきっと楽しいだろう。
でも、ロイドはきっとお行儀良くなんてしていられない。もしも、を想像してふっと笑うと、温かい眼差しでこちらを見ているのに気付いた。
「きっと、いい奴なんだろう」
小さく開いた手帳を片手に、思わず溜息が漏れる。一時はどうなることかと思った。
女性に泣かれるのは、昔からどうにも苦手だった。ロイドでもいてくれたら、きっと上手い言葉で励ましてやることもできるだろうに。
結局、有益な情報は得られないままだった。まあ、実際のところは有益な情報を得るためというより、令嬢たちの噂話においての品格を確かめたかったのだが。
今回のご令嬢たちは、その点では心配することがなさそうだ。
人を陥れてのし上がろうと考えている人間がいない。みんな、それぞれの良さを認め合っている。それが本心であるかどうかは関係ない。もしかしたら、これも試練のひとつだと警戒されたのかもしれないが、それでもいい。迂闊なことを言わないという警戒心も必要なことである。
とにかく、噂話ひとつにしても品位を保っていること。なかなかこれが難しい。前回のご令嬢ときたら酷いもので、使用人の一人と寝ているらしいとか、聞くに堪えない悪口をたくさん聞かせてくれた。
メリルから意見を聞き出せなかったのは残念だが、追々聞けたらいいだろう。それにしても、セレスティは意外だった。『興味ないわ』と、軽くあしらわれると思っていた。
彼女もなかなか素直じゃない、とつい思い出して笑ってしまう。
「楽しそうだな」
笑みを含んだ優しい声。窓から差し込む月明かりに、濡れたような黒髪が美しく輝いている。
「ダニエル王子……!」
しーっと人差し指で黙らせる。辺りを見回して誰もいないことを確認する。
「こんな所に来てはダメです。ガーランド家の者は立ち入り禁止のはずですよ」
まったく、いつものことながら困った人だ。強い口調で咎めるが、この男には一切効果がない。
「お前もガーランド家の人間だろう」
「嬉しいお言葉ですが、そういう意味ではありません」
ダニエル王子は常々、城で暮らすものはみんな家族だと言ってくれる。とても光栄なことだが、この場ではただの屁理屈でしかない。
然るべきときが来るまで、選定期間中は王妃候補の女性とは顔を合わせてはいけない。このことが知れたらお咎めをうけるのはこっちだ。
「どう? 順調かな?」
随分と軽々しく聞いてくれるじゃないか。今だってこっちは大変だったんだ。本当は洗いざらい話してしまいたいくらいだが、ここはグッと耐える。
「……まだ秘密ですよ。気になる子でも見つけたのですか? どうせ、忍び込んだのは今日が初めてではないでしょう」
「バレていたか」
舌をぺろりと出して悪戯っぽく笑う。
「……貴方の考えそうなことなど、すぐにわかります」
「さすがだなあ。それなら、俺の考えていることも分かるかな」
一瞬、ダニエル王子の顔が悲しく歪むのが分かった。彼の考えていることは、すぐにわかってしまう。
「こんな無意味なこと、やめてくれたらいいのに」
そんなこと、わかっている。
「……俺は別に誰と結婚しろと言われてもいい。だが、そのせいで彼女たちが傷付くのを見たくない」
「仕方ありません。それがガーランド家のしきたりなのでしょう」
王妃候補を争いの末に決めるのは昔からの伝統らしい。誰よりも優れているものが王妃になる。ある意味では合理的とも言える。
「……なんだ、お前もあっさり"しきたり"に従うのか」
裏切り者め、と拗ねるような軽口に、少しだけ胸が痛んだ。
「私は新参者ですからね。それに、ガーランド家に仕えたとも思っていません」
ガーランド家に古くから仕えていたら、もう少し忠誠心というものも培えていたのだろうか、必要ないけど。
「私はダニエル王子にお仕えしています。貴方の選ぶ道についていく」
こんな馬鹿げた茶番をやめにしようと宣言するのなら、それを全力で支える。しきたりだから受け入れるというのなら、私に出来るのは間違った選択をさせないこと。
「それは頼もしいな」
側に置いてくれたことを、後悔させたくない。
「落ち着いたら、お前の友人にも会わせくれ。お前の友人は俺の友人だ」
「……そんな上等な奴じゃありませんよ」
変な感じだな、と思った。もしもロイドとダニエル王子と三人で酒でも酌み交わせたらきっと楽しいだろう。
でも、ロイドはきっとお行儀良くなんてしていられない。もしも、を想像してふっと笑うと、温かい眼差しでこちらを見ているのに気付いた。
「きっと、いい奴なんだろう」
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