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第三章
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逆に私は冷静になる。運動部にいるから、熱中症対策は詳しい。
「常温のスポドリを。なければ、少しお湯で薄めたもので。後は、氷水とタオルで大丈夫です」
私の言葉に驚いた顔をしたけれど、淳悟さんは「ありがとう」と言うとキッチンへ小走りに向った。
私はノックをして瑠々の部屋に入った。涼しい風が顔を撫でる。元々エアコンをつけっぱなしにしていて、さらに強めたようだ。
中は殺風景で、ベッドと小さな棚があるだけだった。大きなベッドに横たわる瑠々は今にも消えてしまいそうだ。
珍しくショートパンツをはいていて活動的な格好に見える。まだスニーカーは履いたまま。
「瑠々、靴、脱がすよ」
私は床に膝をつき、瑠々の足元に手を伸ばした。
「ありがと……」
多少顔に赤みが戻ってきていた。
ハイカットの紺色スニーカー。ほとんど汚れもない。白い紐を解き、靴を脱がせてベッド脇に置く。そして細い足を持ち上げて、クッションの上に置いた。足が高くなり、瑠々は不思議そうに私を見た。
「何……?」
「熱中症になると、血液が頭に回らなくなるの。だから足を高くするといいんだって」
へぇ、と吐息のような反応をする。小さな棚の上に置いてあるノートを取り、それで瑠々を扇いだ。
「大丈夫? 寒すぎない?」
顔を仰ぐと、気持ちよさそうに瑠々は目を閉じた。
「丁度いいわ」
あまり話しかけては休めない、と私はそれ以上口を開かなかった。
エアコンの音と、パタパタというノートの音。それだけが部屋に響く。瑠々も目を閉じたまま。
元々色白で透き通るような肌をしているから、そうしているとまるで死んでしまったみたいに見える。怖くなって、思わず腕に触れてしまった。
「なぁに」
ぱっと目を開く。生気のある澄んだ瞳だ。
「あ、ごめん。体、熱をもっていないか確認したの。私よりちょっと冷たいくらいね」
「もう平気」
面倒くさそうに睨まれたが、安心した。意識もはっきりしている。
「瑠々さん、大丈夫ですか!」
大慌てで入ってきた淳悟さんは、右手に銀色の調理用のボウルに氷水、左手にスポドリの二リットルボトルとコップを持ってあらわれた。指の力を駆使して器用なことをしている。
「瑠々さん、自分で飲めますか、起きられますか」
「そんなに心配しなくて平気だって。めまいがしただけだから」
とはいえ、さっきは顔色も悪かった。私が手を背中に添えて起き上がらせる。コップを淳悟さんから受け取ると、両手でごくごくと飲み干した。
「染みるわぁ~」
そう言うと、ぽふっとベッドに背中を預けた。私は苦笑いしながら再び足をクッションの上に乗せた。
「自分で水分補給も出来るし、大丈夫そうね」
「だから、そう言っているじゃない」
笑顔を交わす私たちを他所に、淳悟さんは氷水につけたタオルをべしゃっと瑠々の顔に乗せた。絞っていないから、水が私にまで飛んでくる。
「瑠々さん、ダメですよ、油断したら!」
瑠々は口と鼻を塞ぐ濡れタオルをじわりとはがした。ゆっくりとした動作がホラー映画のようで怖い。
「ねぇ……殺す気?」
殺気に満ちた目で淳悟さんを睨んだ。濡れたタオルで口と鼻を塞ぐと息が出来ない、って私でも知っている。
「すっ、すみません!」
慌ててタオルを受け取る。淳悟さんの方が顔色悪くなってきたような。
「落ち着いて、ちゃんと絞りなさい」
「申し訳ないです」
はぁぁ、と深いため息をつきながら落ち込んでいる。
水音を立てて、淳悟さんがタオルを絞る。それを瑠々のおでこに乗せた。
「もし体が熱かったら、脇の下とか、太ももを冷やしたほうがいいけれど、どう?」
私の問いかけに、瑠々は小さく笑みを見せる。
「大丈夫。おでこもいらないくらいすっきりしているわ」
いらない、と言われ淳悟さんはまたうなだれた。せっかく準備したのに、ってことか。
「乗せておくわ、あなたの気遣いに免じて」
瑠々はからかうように言った。声も力強いし、もう平気だろう。
良かった!
「ところで、梨緒子は熱中症の処置に詳しいのね」
「運動部にいると、熱中症対策の勉強もするの。だからこれくらいだったらみんな詳しいよ。もちろん、予防することが一番だけどさ。瑠々はあれだけ気を遣っていたのに」
自信満々に答えたけれど、淳悟さんから移ったのか、落ち込んでしまった。そう、私がいけないんだ。うなだれて、瑠々の顔を見られなくなる。
「ごめんね、余計なこと言って」
「余計なこと?」
瑠々は、枕の上で小さく首を捻る。
「慣れないスポーツをさせてしまった。ひ弱そうな子が、真夏に太陽の下でスポーツをしたらどうなるかなんて誰だってわかるのに」
大したことにはならなかったからよかったけれど、もし命に関わるようだったら。そう思うと、今更ながら恐ろしくなった。
どうして私は人のことを考えられないのだろう。
「人の枕元で落ち込まないでくれる? 梨緒子が悪いんじゃないわ。私がやりたくてやったの」
そっけない言い方だけど、私を思って言ってくれた。顔をあげると、瑠々は眉間にシワを寄せながら笑った。
「常温のスポドリを。なければ、少しお湯で薄めたもので。後は、氷水とタオルで大丈夫です」
私の言葉に驚いた顔をしたけれど、淳悟さんは「ありがとう」と言うとキッチンへ小走りに向った。
私はノックをして瑠々の部屋に入った。涼しい風が顔を撫でる。元々エアコンをつけっぱなしにしていて、さらに強めたようだ。
中は殺風景で、ベッドと小さな棚があるだけだった。大きなベッドに横たわる瑠々は今にも消えてしまいそうだ。
珍しくショートパンツをはいていて活動的な格好に見える。まだスニーカーは履いたまま。
「瑠々、靴、脱がすよ」
私は床に膝をつき、瑠々の足元に手を伸ばした。
「ありがと……」
多少顔に赤みが戻ってきていた。
ハイカットの紺色スニーカー。ほとんど汚れもない。白い紐を解き、靴を脱がせてベッド脇に置く。そして細い足を持ち上げて、クッションの上に置いた。足が高くなり、瑠々は不思議そうに私を見た。
「何……?」
「熱中症になると、血液が頭に回らなくなるの。だから足を高くするといいんだって」
へぇ、と吐息のような反応をする。小さな棚の上に置いてあるノートを取り、それで瑠々を扇いだ。
「大丈夫? 寒すぎない?」
顔を仰ぐと、気持ちよさそうに瑠々は目を閉じた。
「丁度いいわ」
あまり話しかけては休めない、と私はそれ以上口を開かなかった。
エアコンの音と、パタパタというノートの音。それだけが部屋に響く。瑠々も目を閉じたまま。
元々色白で透き通るような肌をしているから、そうしているとまるで死んでしまったみたいに見える。怖くなって、思わず腕に触れてしまった。
「なぁに」
ぱっと目を開く。生気のある澄んだ瞳だ。
「あ、ごめん。体、熱をもっていないか確認したの。私よりちょっと冷たいくらいね」
「もう平気」
面倒くさそうに睨まれたが、安心した。意識もはっきりしている。
「瑠々さん、大丈夫ですか!」
大慌てで入ってきた淳悟さんは、右手に銀色の調理用のボウルに氷水、左手にスポドリの二リットルボトルとコップを持ってあらわれた。指の力を駆使して器用なことをしている。
「瑠々さん、自分で飲めますか、起きられますか」
「そんなに心配しなくて平気だって。めまいがしただけだから」
とはいえ、さっきは顔色も悪かった。私が手を背中に添えて起き上がらせる。コップを淳悟さんから受け取ると、両手でごくごくと飲み干した。
「染みるわぁ~」
そう言うと、ぽふっとベッドに背中を預けた。私は苦笑いしながら再び足をクッションの上に乗せた。
「自分で水分補給も出来るし、大丈夫そうね」
「だから、そう言っているじゃない」
笑顔を交わす私たちを他所に、淳悟さんは氷水につけたタオルをべしゃっと瑠々の顔に乗せた。絞っていないから、水が私にまで飛んでくる。
「瑠々さん、ダメですよ、油断したら!」
瑠々は口と鼻を塞ぐ濡れタオルをじわりとはがした。ゆっくりとした動作がホラー映画のようで怖い。
「ねぇ……殺す気?」
殺気に満ちた目で淳悟さんを睨んだ。濡れたタオルで口と鼻を塞ぐと息が出来ない、って私でも知っている。
「すっ、すみません!」
慌ててタオルを受け取る。淳悟さんの方が顔色悪くなってきたような。
「落ち着いて、ちゃんと絞りなさい」
「申し訳ないです」
はぁぁ、と深いため息をつきながら落ち込んでいる。
水音を立てて、淳悟さんがタオルを絞る。それを瑠々のおでこに乗せた。
「もし体が熱かったら、脇の下とか、太ももを冷やしたほうがいいけれど、どう?」
私の問いかけに、瑠々は小さく笑みを見せる。
「大丈夫。おでこもいらないくらいすっきりしているわ」
いらない、と言われ淳悟さんはまたうなだれた。せっかく準備したのに、ってことか。
「乗せておくわ、あなたの気遣いに免じて」
瑠々はからかうように言った。声も力強いし、もう平気だろう。
良かった!
「ところで、梨緒子は熱中症の処置に詳しいのね」
「運動部にいると、熱中症対策の勉強もするの。だからこれくらいだったらみんな詳しいよ。もちろん、予防することが一番だけどさ。瑠々はあれだけ気を遣っていたのに」
自信満々に答えたけれど、淳悟さんから移ったのか、落ち込んでしまった。そう、私がいけないんだ。うなだれて、瑠々の顔を見られなくなる。
「ごめんね、余計なこと言って」
「余計なこと?」
瑠々は、枕の上で小さく首を捻る。
「慣れないスポーツをさせてしまった。ひ弱そうな子が、真夏に太陽の下でスポーツをしたらどうなるかなんて誰だってわかるのに」
大したことにはならなかったからよかったけれど、もし命に関わるようだったら。そう思うと、今更ながら恐ろしくなった。
どうして私は人のことを考えられないのだろう。
「人の枕元で落ち込まないでくれる? 梨緒子が悪いんじゃないわ。私がやりたくてやったの」
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