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第四章
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目が覚めると、まだ外は薄暗かった。朝の五時くらいだろうか。携帯も時計も持ち歩かないから、部屋に時計がないと戸惑う。手ぐしで髪を整えながら、頭を働かせる。
よし、早起き出来た。私は昨日の夜決めた作戦を実行に移すことにした。
髪を結びポニーテールにして、長袖長ズボンに着替えを済ませ、眠たいまま階段を降りダイニングへ向う。やっぱり、髪の毛をきっちり結ぶと気合も入る。
キッチンで勝手にスポドリをとり、コップに注いで一気に飲む。体中に染み渡る思いで、ぷはーと言いたくなるのを堪えた。
水分補給が目的ではない。
昨日淳悟さんが蔵の鍵をしまった木箱。そこにある蔵の鍵を使って中に入り、『雨傘』を探すのだ。その為に早起きした。
諦めていたら、見つかるものも見つからない。他人である私なら、見える景色も違うはず。
二人が寝ている間に見つけられたら、喜んでくれるかな。
勝手なことをしていると分かっているので、緊張しながら木箱の蓋をあける。しかし、中にはこの屋敷の鍵だけしかなかった。変だな。昨日、確かにしまっていたし、屋敷の鍵はあるのに。ここが鍵を収納する箱には間違いないと思うのだけれど。
私は気になって、蔵に行ってみることにした。
そっと玄関ホールのドアをあけると、ずっと空調のきいた屋敷内にいた体に、熱風にも似た風がまとわりつく。早朝にもかかわらず、一匹二匹、セミが控えめに鳴いていた。
「蒸し暑い……」
思わず独り言をもらしながら、私は蔵へ向う。
じんわり体に汗が滲む頃、蔵の前に到着した。やはり鍵が開いている。誰かがいるんだ。でも、ここにいるのは私と瑠々と淳悟さんだけ。
……じゃあ部外者?
そっと扉を押し、隙間から室内を覗く。
ヤバい人だったらどうしよう。引き返して、淳悟さんを起こそうか。
中一の女子が勝てる相手なんてそうそういないし、どうしよう。
さっきまでの勇ましい気持ちがしぼんできて、急に怖くなってきた。
でも……瑠々のために真相を確認したい。
足には自信がある。バレたら走って逃げよう。
少し身体を伸ばして、蔵の中を覗き込む。
電球の明かりが揺れ、コーヒー牛乳色の髪を照らしている。
あれ……淳悟さん?
危険人物ではなく淳悟さんだったことに安心はするけれど、こんな早朝から何をしているのだろう。
ゴトゴトと、物を動かす音が蔵の中で響く。片付けってこんな早朝にやるのかな?
今、見てはいけないものを見ている気がした。私は握った手で心臓を上から押さえつける。
淳悟さんは、男性が両手で抱えるほどの長方形の薄い何かを持ち上げる。そのままスライドするように、物が多くて狭い蔵の中を横歩きでこちらに向かってきた。私には気がついていない。
これは、真実を尋ねなくては。私は歩いてくる淳悟さんを、扉を開いて待った。
気配に気がついた淳悟さんは、目を見開いて私の顔をまじまじと見た。自分の持っている物。白い布でくるまれた薄い板を見て、諦めたようにそっと床に置く。
「梨緒子さん……どうして」
怒っている声ではなく、諦めたような声だった。
「私は、まだ『雨傘』を諦めたくなくて。他人だから、二人が探した時に見逃していた部分があわかるんじゃないかと思ったんです。でも瑠々や淳悟さんに言ったら止められるから、黙ってやろうとしました」
ふー、っと息を吐き、淳悟さんが私を見る。
「一応聞きます。これ、なんだと思います?」
「『雨傘』ですよね」
「そうです。では、今見たことを瑠々さんに言います?」
試すように、意地悪な顔をして聞かれる。
私は一瞬、言葉に詰まる。それを淳悟さんはじっと見ていた。
首筋に汗が流れる。荒くなった呼吸で、生ぬるい湿った空気が体にたくさん入ってきた。
「言いたいです。でも、それで瑠々が傷つくなら言いません。だから本当のこと教えてください」
私の答えに、淳悟さんはなぜか納得したように頷いた。
「でも、梨緒子さんは顔に出るタイプですからね。どうだか」
こんな状況なのに微笑まれ、私はなんだか腹が立った。
「教えてください! 瑠々の為にも。どうして淳悟さんが瑠々を悲しませるようなことをしたんですか?」
荒げた声に、淳悟さんは驚いた様子を見せた。瑠々とは喧嘩してたけど、淳悟さんに対して言葉を荒げたことはなかった。
「わかりました。では、屋敷に戻りましょう。今日も朝から暑いですね」
ひょい、と雨傘を持って、私を押し出すように蔵から出た。
「あ、僕のポケットに蔵の鍵が入っているので、取って施錠してくださいませんか」
ほら、と腰を動かし、淳悟さんは自分のズボンの右ポケットを私に見せてきた。今日も、ぴたっとしたアイボリーのズボン。
このポケットに、手を入れるのか。
先ほどまでとは違うドキドキが襲ってくる。いいのかな、こんなこと。手が塞がっているからって横着!
私はためらいながらも淳悟さんのポケットに手を入れた。人肌が妙に生々しくて手が震える。肌の感覚が布越しに伝わる。
こんな風に男性に触れるのは初めてだ。クラスの男子はノーカウント。けれど、こんなことで恥ずかしがっているとバレてしまうのは嫌だ。
鍵を取り出し、施錠する。鍵穴に入れるまで二回失敗したけれど、背中に隠れて淳悟さんには見えなかったはず。動揺を知られてしまうと、幼い人だと思われそうで嫌だ。
「ありがとうございます」
早朝から悪いことをしているとは思えない程、淳悟さんはすがすがしい顔で私に笑顔を向ける。
その『雨傘』どうして瑠々に見せてあげなかったのか。なぜなくしたフリをずっと続けていたのか。言いたいことはあるけれど今は無言で、屋敷に向って歩く淳悟さんの後ろについていった。
内容によっては、私は初恋の人を軽蔑しなくてはならなくなる。
それは嫌だなぁと気が重くなっていった。
よし、早起き出来た。私は昨日の夜決めた作戦を実行に移すことにした。
髪を結びポニーテールにして、長袖長ズボンに着替えを済ませ、眠たいまま階段を降りダイニングへ向う。やっぱり、髪の毛をきっちり結ぶと気合も入る。
キッチンで勝手にスポドリをとり、コップに注いで一気に飲む。体中に染み渡る思いで、ぷはーと言いたくなるのを堪えた。
水分補給が目的ではない。
昨日淳悟さんが蔵の鍵をしまった木箱。そこにある蔵の鍵を使って中に入り、『雨傘』を探すのだ。その為に早起きした。
諦めていたら、見つかるものも見つからない。他人である私なら、見える景色も違うはず。
二人が寝ている間に見つけられたら、喜んでくれるかな。
勝手なことをしていると分かっているので、緊張しながら木箱の蓋をあける。しかし、中にはこの屋敷の鍵だけしかなかった。変だな。昨日、確かにしまっていたし、屋敷の鍵はあるのに。ここが鍵を収納する箱には間違いないと思うのだけれど。
私は気になって、蔵に行ってみることにした。
そっと玄関ホールのドアをあけると、ずっと空調のきいた屋敷内にいた体に、熱風にも似た風がまとわりつく。早朝にもかかわらず、一匹二匹、セミが控えめに鳴いていた。
「蒸し暑い……」
思わず独り言をもらしながら、私は蔵へ向う。
じんわり体に汗が滲む頃、蔵の前に到着した。やはり鍵が開いている。誰かがいるんだ。でも、ここにいるのは私と瑠々と淳悟さんだけ。
……じゃあ部外者?
そっと扉を押し、隙間から室内を覗く。
ヤバい人だったらどうしよう。引き返して、淳悟さんを起こそうか。
中一の女子が勝てる相手なんてそうそういないし、どうしよう。
さっきまでの勇ましい気持ちがしぼんできて、急に怖くなってきた。
でも……瑠々のために真相を確認したい。
足には自信がある。バレたら走って逃げよう。
少し身体を伸ばして、蔵の中を覗き込む。
電球の明かりが揺れ、コーヒー牛乳色の髪を照らしている。
あれ……淳悟さん?
危険人物ではなく淳悟さんだったことに安心はするけれど、こんな早朝から何をしているのだろう。
ゴトゴトと、物を動かす音が蔵の中で響く。片付けってこんな早朝にやるのかな?
今、見てはいけないものを見ている気がした。私は握った手で心臓を上から押さえつける。
淳悟さんは、男性が両手で抱えるほどの長方形の薄い何かを持ち上げる。そのままスライドするように、物が多くて狭い蔵の中を横歩きでこちらに向かってきた。私には気がついていない。
これは、真実を尋ねなくては。私は歩いてくる淳悟さんを、扉を開いて待った。
気配に気がついた淳悟さんは、目を見開いて私の顔をまじまじと見た。自分の持っている物。白い布でくるまれた薄い板を見て、諦めたようにそっと床に置く。
「梨緒子さん……どうして」
怒っている声ではなく、諦めたような声だった。
「私は、まだ『雨傘』を諦めたくなくて。他人だから、二人が探した時に見逃していた部分があわかるんじゃないかと思ったんです。でも瑠々や淳悟さんに言ったら止められるから、黙ってやろうとしました」
ふー、っと息を吐き、淳悟さんが私を見る。
「一応聞きます。これ、なんだと思います?」
「『雨傘』ですよね」
「そうです。では、今見たことを瑠々さんに言います?」
試すように、意地悪な顔をして聞かれる。
私は一瞬、言葉に詰まる。それを淳悟さんはじっと見ていた。
首筋に汗が流れる。荒くなった呼吸で、生ぬるい湿った空気が体にたくさん入ってきた。
「言いたいです。でも、それで瑠々が傷つくなら言いません。だから本当のこと教えてください」
私の答えに、淳悟さんはなぜか納得したように頷いた。
「でも、梨緒子さんは顔に出るタイプですからね。どうだか」
こんな状況なのに微笑まれ、私はなんだか腹が立った。
「教えてください! 瑠々の為にも。どうして淳悟さんが瑠々を悲しませるようなことをしたんですか?」
荒げた声に、淳悟さんは驚いた様子を見せた。瑠々とは喧嘩してたけど、淳悟さんに対して言葉を荒げたことはなかった。
「わかりました。では、屋敷に戻りましょう。今日も朝から暑いですね」
ひょい、と雨傘を持って、私を押し出すように蔵から出た。
「あ、僕のポケットに蔵の鍵が入っているので、取って施錠してくださいませんか」
ほら、と腰を動かし、淳悟さんは自分のズボンの右ポケットを私に見せてきた。今日も、ぴたっとしたアイボリーのズボン。
このポケットに、手を入れるのか。
先ほどまでとは違うドキドキが襲ってくる。いいのかな、こんなこと。手が塞がっているからって横着!
私はためらいながらも淳悟さんのポケットに手を入れた。人肌が妙に生々しくて手が震える。肌の感覚が布越しに伝わる。
こんな風に男性に触れるのは初めてだ。クラスの男子はノーカウント。けれど、こんなことで恥ずかしがっているとバレてしまうのは嫌だ。
鍵を取り出し、施錠する。鍵穴に入れるまで二回失敗したけれど、背中に隠れて淳悟さんには見えなかったはず。動揺を知られてしまうと、幼い人だと思われそうで嫌だ。
「ありがとうございます」
早朝から悪いことをしているとは思えない程、淳悟さんはすがすがしい顔で私に笑顔を向ける。
その『雨傘』どうして瑠々に見せてあげなかったのか。なぜなくしたフリをずっと続けていたのか。言いたいことはあるけれど今は無言で、屋敷に向って歩く淳悟さんの後ろについていった。
内容によっては、私は初恋の人を軽蔑しなくてはならなくなる。
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