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第八話 嫉妬
しおりを挟む午前中の繁忙の合図を告げた、長蛇の列から少し経ち。
一番忙しいと言っても過言ではない、ランチタイムの時間。
時計は正午を表しており、これからもっと多くのお客様が見込まれるだろうと予想している。
「一番テーブル、アイスコーヒーおかわりっす!」
「三番テーブル、ナポリタン二つ入ったぜ!」
「はい、先に二番テーブルのコーヒーゼリーとパフェ、出来たのでお願いします」
忙しなく狭いキッチンと店内を行き来し、注文を裁いていく私達。
何故私がキッチンから出ず、二人に接客をやらせているかというと。
話はちょうど、二時間前に遡る――。
外の列は気付けば五十を超え、さばき切れなくなった私は白井さんに増援を頼むことに。
何とか二人頼み込んだら来てもらえたので、私は早速外の列さばきを彼女達に任せる。
そして、店内の接客に回ったのだが……。
「あ、あの……さっきいた、強気な方に注文を受けて貰いたいのですが」
「……は、はあ」
今まで言われたことのない台詞に思わず、口をあんぐりと開けながら固まる私。
……しょうがない、この人はただの変態なんだ。違うお客様の対応をしよう。
気持ちをどうにか切り替え、私は他のお客様の元へ向かう。
「──お待たせしました、ナポリタンです」
出来上がったばかりの、ナポリタンが盛られた皿を、お客様の目の前に置くも……。
「あ、うーん。出来たら、さっきの恵梨ちゃんって子が良かったかな……」
「……はあ?」
──思わず、怒りに任せてナポリタンを顔面にぶつけてしまうところだった。
私は何とか、沸きあがる激情を抑えてキッチンへと戻った。
「――どうやら今日、私の出番はないみたいですね」
思わず、キッチンにてアイスコーヒーを準備している白井さんに、愚痴を零す。
「ええっ! どうしたんすか春風姉さん」
「対応するお客様全員、あなた方を所望するので。何でしょうこれ。新手の乗っ取りですかね……」
「ああ、春風姉さんがイジけてるっす!」
「ど、どうしたんだ店長!」
「ほら、沢崎さんなんて、店長呼びに戻っていますし」
「こ、これは……別に深い意味はないというか」
私の鋭い指摘に、言い淀む沢崎さん。
「ちょっと変態どもに、チヤホヤされたからって……」
ボソッと、悪態をつく。
「は、春風姉さん、一応お客様っすよ!」
唐突な暴言に、驚きつつもフォローをいれる白井さん。
「いいえ、あの人達はただのヤンキー系女子が好きなだけの……変態です」
「……念のため言っておきますが、ここは私の店ですからね……!」
ムスッとした表情で、私は二人に念を押す。
「な、何当たり前のこと言ってるんだ店長」
「そ、そうっすよー春風姉さん」
「……さ、早く接客してきてください。そして彼らから、出来る限り金をむしってきてください。そうでもしないと、私の気が済みません」
「は、春風姉さんが怖いっす……!」
こちらの様子をいながら、キッチンを出ていく白井さん。
「え、えーっと……」
「あ、私はこれから買い出しに行って来ますので。お店はよろしくお願いします、沢崎さん」
淡々と、無表情でそう呟く。
「へ? あ、ああ……も、もちろんだ、任せてくれ」
どこか怯えたようにそう言って、沢崎さんもキッチンから出ていくのだった。
──そして、話は現在に戻る。
あれから買い出しを終えた私は、接客を二人に任せて宣言通りキッチンに専念する。
正午を過ぎ、案の定忙しさは加速して。悪態なんてついていられないほどに、店内は多忙を極めた。
「──皆さん、お疲れ様です」
現在は十五時。ピークとも呼べるランチタイムを終え、私達は束の間の休憩を取ることにした。
一旦お店を閉め、次は十七時から開店と表記した看板を入り口前に置き、窓のブラインドを降ろす。
沢崎さんに白井さん、そして助っ人で来てくれた不良少女二人に私は、アイスコーヒーを差し出した。
「いやー、凄かったな店長」
疲れを感じさせつつも、どこかハツラツとした表情の沢崎さん。
「春風姉さんもお疲れっすー!」
「お疲れっすー!」
白井さん、そして助っ人の二人も無事やり終えた、そんな表情をしていて。
「今日は、本当に助かりました。特に、いきなりお呼びして来ていただいたお二人には、非常に申し訳ないといいますか、ありがとうございます」
「春風姉さんのピンチであれば、いつでも駆けつけるっす!!」
まるで何てことないと言わんばかりに、不良少女二人が頷く。
「あ、ありがとうございます。早速ですが、今日のお給料をお渡ししておきます」
そう言って、私は二人に封筒を手渡す。
「夜はきっと落ち着くと思うので。ここからは、沢崎さんと二人でこなそうかと思います」
「白井さんも、ありがとうございました」
二人へ両手で丁寧に渡した後、白井さんにも給料が入った茶封筒を手渡す。
「あ、ありがとうございます春風姉さん!! いえ、春姉さん!」
「春姉さん! ありがとうございます!」
三人が茶封筒を私から受け取り、深々と頭を下げながら感謝の意を伝える。
気付いたら、また呼び名が変わっていた。
「お、春姉さんか……良いな、呼びやすくて」
「……沢崎さんまで乗らないでください」
「──あれ、そういえば俺のは?」
ふいに思ったのか、自分だけ茶封筒をもらえなかったことについて問いかける沢崎さん。
「沢崎さんは、固定のバイトなのでまとめてお渡しします」
「ちぇっ……何だか仲間外れにされた気分だぜ」
私の答えに対し、頭をみだりに搔きながら、沢崎さんは不服そうにそう呟くのだった。
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