24 / 40
第二十四話 友愛
しおりを挟む「……さっきは、ありがとうございました」
廊下を沢崎さんと共に歩きながら、私は申し訳なさそうに呟く。
鞄を置くために一度沢崎さんのクラスへ寄り、今改めて体育館に向かっている最中だ。
「まったく、朝から気分が悪いぜ。春姉のクラスを探してたら、あんな場面に出くわすとはな」
愚痴をこぼしながら歩く沢崎さん。どうやら、ああいうタイプの人間は、自身のポリシーに反するようで嫌いらしい。
「ただ腑に落ちないのは、クラスのヤツが全員無視してたことだ。春姉が俺みたいに、嫌われ者だってんならまだ分かるが……」
「……嫌われ者ですよ、私。クラスに友達いませんし、作ろうと思ったこともないです」
「そ、そうなのか?」
私の言葉に、沢崎さんが遠慮がちに問いかける。
「はい。正直、思い当たる節はあります。最初の頃に色々誘われたり、話しかけられたりしたんですが……どうしてもその場のノリなどについていけず、断ったことがあったので」
「なるほどな。それでも、あそこまで露骨になるか……? ちなみに、何て言って断ったんだ?」
「皆さんのノリについていけないので、もう話しかけてこないで大丈夫です。と」
「…………」
引きつった笑みを浮かべながら、言葉に詰まる沢崎さん。あれ……? 何か変なことでも言っただろうか?
「それは……春姉が悪いかもな……」
ばつの悪い表情をして、頬をかきながらそう呟く沢崎さん。反応を見るにどうやら、私の言動に問題があったようだ。
「……難しいですね。人間関係って」
「なーに言ってんだ春姉。元々人生なんて、上手くいくことの方が少ないだろ?」
「……そうかもしれませんね」
こちらを見ながら、何の気なしに言ってみせる沢崎さん。思いがけない台詞に、私は小さく笑って答える。
「これまでの人生を振り返ってみても、確かに上手くいったことの方が少なかったと思います」
「だろ? 人生なんて上手くいかないことだらけだ。でも、だからといって全部が上手くいってしまったら、それはそれできっとつまらねーけどな」
「沢崎さんは、全部が上手くいったらつまらないと思う派ですか?」
「ああ、つまらないと思うね。勝つと分かってる喧嘩なんてつまんねーからよ!」
清々しいほどに沢崎さんらしい回答。ブレない発言に私はすんなり納得してしまう。
「……なるほど、沢崎さんらしいですね」
「やっぱ骨のあるヤツとやりてーよな! 喧嘩は!」
指の骨を鳴らしながら、そんな野蛮なことを言い始める沢崎さん。
「さっきのあいつ、柏餅だっけ? なんか財閥とか言ってたけど」
「……柏木さん、ですね。私も聞いたことはないですが、きっとお金持ちのお嬢様なんじゃないですか?」
彼女の存在を私は、どことなく認知していた。決まってあの二人を毎回連れて歩いている、傲慢にして不遜。自分の意見こそが絶対、そんな印象。
「金持ち……ねぇ。それこそ、あいつは全てが思い通りになる人生を歩んできたんだろうな」
「そうかもしれません」
「ま、弱いヤツのことなんてどうでもいいさ。またふざけた真似しようもんなら、その時は駿河湾に沈んでもらうだけだ」
「……沢崎さんの場合、本当にやりそうなんでやめてください」
割と目が本気な沢崎さんに、私は一応念を押しておく。この人の場合、カチンと来たら本当にやりそうなので怖い。
「大丈夫、五分くらいで許してやるから」
「いや、十分死ねますからね? 手加減になってないですから。はぁ……仕方ないですね、ミニドリップの従業員から犯罪者を出したくないので、沢崎さんはクビ、ということで……」
「ご、ごめんって! 嘘嘘! 冗談だってば。俺がそんなことを本気でやるわけないだろー?」
慌てて前言撤回し、あたふたしながら謝罪の意をみせる沢崎さん。
「これまでを振り返っても、十分やりそうだから言ってるんですよ」
「マジかよ……そりゃないぜ春姉ー……」
わざとらしくうなだれる彼女に私は、若干の可愛らしさを感じながらもこの後のことを考えていた。
「冗談はさておき、今日は出勤出来るんですか?」
「ん? おう、何時からでもいいぜ!」
「夏休みは終わってしまいましたけど、大丈夫なんです?」
もしかしたら、休みの期間だけバイトをしたかったなんてこともある。ふと気になった私は、思い付きでそんなことを聞いてみる。
「むしろ、これからも積極的にシフトを入れたいくらいだ。ミニドリップで働くのも面白いし、愛姉さんの話も聞けるしな! あ、もちろん春姉がいるからってのもあるぞ!」
「べ、別に取って付けたように私を入れないで良いですよ。とりあえず、承知しました。仕事を覚えてもらうためにも、平日入れる時は積極的にお願いしたいと思います」
「良いのか? それはありがたい! っしゃー今日から新学期、仕事頑張るぜー!」
「……学生の本分は勉強ですよ」
張り切る沢崎さんをよそに、私は呆れ顔でツッコミをいれる。
バイトに精を出して勉強がおろそかになってしまったら、目も当てられない。
「まあでも、バイトにかまけて中退というのは……とても不良らしくて良いですね」
顎に人差し指を当てながら、私はそんなことを考える。しかし沢崎さんのキャラであれば、やはり暴力沙汰で退学がセオリーだろうか。
「ふっ! 退学が怖くてバイトなんかやってられるかってな!」
「良いですね、その意気ですよ沢崎さん。やはり不良はこうでないと」
朝の白井さんの台詞を思い出しながら、私は沢崎さんの言葉に同意する。このブレなさを、是非とも彼女には学んでほしいものだ……なんて。
先ほど教室であった気分の悪い出来事なんてすっかり忘れ、私と沢崎さんは体育館に辿り着くまで、そんな下らない話に花を咲かせていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる