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第7話 ドラゴンと魔人

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蛮族の後方に聳える山の様な存在。ドラゴン。
彼は遠くに見える小さな商業都市を破壊し、人々を蹂躙するために契約された龍族である。
一息ブレスを吐けば町は炎に包まれて、契約者は喜びの声を上げるだけの簡単な仕事だと思っていた。
だが、ドラゴンは目の前に立つ小さな存在に首を傾げる。
「貴様、よもやこの儂を相手に一人で来たのか? 生贄でどうにかなる契約では無い、失せろ」
「そうは行きません。このまま帰ってしまっては、愉しめないではありませんか」
「……なに?」
「貴方は、私を愉しませてくれるのでしょう? この世界の誰よりも強い種族である貴方がどれだけ私を愉しませてくれるのか、愉しみで夜も眠れませんでした」
「貴様、何を言って――」
その言葉を言い切るよりも先に、巨大な斬撃が飛んで来てドラゴンを吹き飛ばす。
だが、吹き飛ばされただけで全くの無傷。
しかしドラゴンは直ぐに警戒をする。傷こそ出来なかったが、山ほどある巨体を吹き飛ばす程の斬撃を飛ばして来たのだから。
「ほう、今のを防ぎますか」
「なに?」
「貴方は私が思っていたよりずっと楽しめそうです。ああ、安心して下さい。すぐに終わらせるつもりは毛頭無いので、存分に私を愉しませて下さい!」
その瞬間、ドラゴンは死を覚悟した。
ドラゴンは知る由も無い。自分が今、どれほどの存在と対峙しているかを。
ドラゴンは今までどんな敵だろうと、一撃で屠ってきた。
それは、ドラゴンにとって当たり前のことであり、例え相手が自分と同等以上の強さを持っていたとしても、簡単に勝てると踏んでいた。
だが、そんな傲慢は一瞬にして砕け散る。
「殺してくれる……!!」
「『黒夜』一閃」
居合の型を取り、その斬撃が再びドラゴンを襲う。
今度は先程の様に受けることはせず、回避に専念する。
しかし、避けても避けても、一向に終わらない斬撃に嫌気が差す。
(なんだコヤツ……本当に人間か……!?)
本来であれば、人間は脆弱で、非力で、取るに足らない存在である。
なのに、目の前の少女はどうだろうか。
自分の命を脅かす存在であり、この世界で今まで見たことのない類いの生物だ。
その事実に恐怖を覚える。
(何故、こんな小娘がここまでの力を持っている……!)
答えの出ない自問を繰り返しながら、必死に逃げ回る。
すると、突如周囲が暗くなると、そこには星々が煌めいた。
(夜!? なぜ行き成り――)
一面夜になり、彼等を星々の灯りが照らす。
「私の『黒夜』に魔力を浴びせ続けたことが原因でした。賢者であるアルダさん曰く、私は相当濃度の高い魔力を持っているようで、それを使って武器を強化し続ければ、武器の能力も強化されるとのこと」
「確かにそのような話はあるが、それはあくまで杖の話。剣に同じように出来たと言う話は聞いた事が無い」
「前例の無い話ではありますが、何事も初めは前例がないもの。誇りに思いなさい、我が剣の錆びとなれることを――双進 - ツインプログレス - 冥夜煌墜」
双進(ツインプログレス/Twin Progress)。それは美利が至った黒夜の進化。
今迄何も能力が無かったただ一振りの刀に魔力を与え続けた結果、夜を生み出し星を墜とすまでに至った。
刀は黒刀、美利はこれを、自身が夜襲して人斬りとなったことに由来しているものと分析している。
「ぬぅっ!」
ドラゴンは咄嵯に結界を張り、美利の攻撃を防ぐ。
しかし、その威力を殺しきれず、そのまま地面に墜落する。
「ぐあぁあっ!!?」
「あら、まだ動けましたか」
美利は更に追撃をかけるため、空を蹴って飛び上がる。
そして、ドラゴンの翼を斬り裂く。
「ぎゃあああ!! おのれぇえ!!!」
「まだまだ元気ですね」
美利は上空から更に攻撃を仕掛けようとする。
しかし、美利は何かを感じ取り、その場から離れた。
すると、美利がいた場所に炎の柱が降り注いで来た。
「……中々良い勘をしている」
人型ではあるが人ならざる者。魔力を膨大に有し、正しく人型の魔物であることから魔人と推察される。
死に体であるドラゴンは、そのまま魔人の横に逃げる。
「助かったぞ、我が同胞よ」
「ふん、さっさと回復しろ。こっちはあの女を始末したいんだ」
「分かっておる」
美利は少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに笑みへと変わった。
「貴方方は仲間ではなかったのですか? 同じ魔族でも、貴方は彼と同じ様に知性があるように見えます」
「……人間如きに言われるのは不愉快だ。それに、俺はお前のような弱者に興味は無い。俺達はそこのトカゲとは違うんでな。まあ、今はお前を殺すために手を組もうとしているだけだ。勘違いはしないで貰おうか」
「成程。つまり、貴方は私よりも強いと思っているということですね」
「……調子に乗るなよ、人間が」
「事実でしょう? 魔力こそ私より上手く扱えているのでしょうが、魔力攻撃の手の内が知れた貴方の底はそれまで。とても、私に及ぶとは思えな――」
そこまで言った瞬間、美利の頬を燃え盛る炎を纏った矢が霞める。
魔人は指先をこちらに向けており、一瞬いつ放たれたのかが分からなかった。
「人間、次は当てるぞ」
「…………」
美利は黙り込む。
まさか、本当に自分が負けるとは思ってもいなかった。
今までの戦いは本気ではなく、ただの遊びだったと悟る。
それと同時に、この者達と本気で戦えば自分は死ぬかもしれないという予感を抱く。
だが、その考えはすぐに打ち消した。なぜなら――
(それこそが、私が求めていた戦いなのですから――)
そう思い、刀を構える。既にドラゴンは回復し、再び空を飛んでいる。
先程の不意討ちでダメージを与えたものの、やはり完全に倒せるだけの力は無かったようだ。
(これは少し不味いかもしれませんね)
そう思った瞬間、後ろから気配を感じた。
咄嵯にそちらを見ると、そこには斧を振りかぶる巨体の男の姿があった。
避ける暇も無く、その一撃を受ける。
美利は地面を抉りながら止まり、上空を見上げる。
巨大な戦斧を握る、また別の魔人がそこには居た。
共通点は白目が黒く、瞳が赤いことか。
(本当にまずいですね……せめて、周囲に仲間が居ないことを祈るとしましょうか)
「我は戦神・アギス! 貴様の命運、ここで尽きろ!」
アギスと名乗った魔人に呼応するように、次々とアギスの周囲に斧が浮かび上がり、美利に降り注ぐ。
それを刀で弾くと、一気に地面を蹴って上空のアギスに肉薄する。
「冥夜煌墜・流星」
「むぅ!?」
隕石がアギス目掛けて落下する。
しかし、ギリギリのところで回避され、直撃はしなかった。
しかし、美利の狙いはそこではない。
この技はあくまでも囮であり、本命はその背後にいる魔人だ。
美利が上空に上がった時、既にアギスの背後にはもう一人の魔人――エルガが立っていた。
(貰った!!)
美利は勝利を確信し、笑みを浮かべ先程の炎の魔人に肉薄する。
しかし、美利の目に飛び込んできたのは、炎の壁が突然現れた光景であった。
美利は慌てて空中でブレーキをかけ、刀で壁を破壊する。
すると、そこから炎が溢れ出し、美利を飲み込もうと襲いかかってきた。
美利はそれを避けようと試みるが、突如目の前に現れた人影により妨害される。
美利は舌打ちをしながら、刀を振るう。
「我を無視するとは、悲しきことよ、人間!!」
アギスの攻撃を弾き、そのまま後方に跳躍する。
そして、そのまま着地すると、美利は静かに呟いた。
その顔には、焦燥と怒りの感情が宿っていた。
それは、この戦いが始まってから、或いはこの世界に現れてから初めて見せる表情だ。
美利は息を整え、気持ちを落ち着かせる。
そして、再び刀を構えた。
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