前世で大魔女と呼ばれた妾ちゃんの自由気ままな冒険譚

陣ノ内 猫子

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第一章

第一話 忌み子、目覚める

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 ――今日はいつなんだろうか。

 ――ここはどこだろうか。

 少女がいるのは、月灯かりもろくに入らないような場所だ。辛うじて、朝なのか昼なのか夜なのかが分かる程度。
 しかし今日、生まれて初めて彼女は外に出ることを許された。
 後ろ手に縄で縛られ、靴も履かされずに裸足で里の者達の前へ引きずり出される。
 少女の身に着ける衣服は、元の色も分からないほど汚れ、所々破れており、服としての機能をほとんど果たしていない。
 その惨めな姿を見た里の者達の反応は様々。歓喜を上げる者、罵詈雑言を浴びせる者、死を望む者。
 少女は毎日のように、死なない程度に蹴られ、殴られるなどの暴行を受けていた。その上、満足な治療もされることなく放置。食事も一日に一度、摂れればいい方だった。
 なぜ、少女がこのような扱いを受けているのか。その答えは簡単。

 それは――”忌み子”、だからだ。

 ここは妖精のみが住まうことのできる里。
 妖精は子ができにくく、少女は実に三百年ぶりに誕生した妖精だった。
 だが、赤子を取り上げた乳母が漏らしたのは――悲鳴。
 産まれた赤子は髪も瞳も、僅かにある妖精特有の羽も“黒”だった。妖精の古い歴史を遡っても、“黒き妖精”など存在しない。
 里の者達からは今すぐにでも殺すべき、と声が上がった。けれど生まれたのは三百年ぶりの赤子。苦肉の策で一時、牢に入れることとなった。
 少女の両親は嘆き悲しみ――少女を憎・ん・だ・。
 お前さえ生れなければ、お前が黒くさえなければ――と。
 なぜなら、不吉な“忌み子”を産んだことにより、この夫婦への風当たりが強くなったからだ。
 そして今日、少女は五十歳の誕生日を迎えた。
 妖精の成人は五十歳。つまり、少女は今日で成人したということになる。
 だが、少女が里の者達の前に引きずり出されたのはもちろん、成人の祝いの為、などではもちろんない。少女の処遇が決まったからだ。
 台座のようなところに膝をつくような形で座らされ、少女は髪を掴まれ、無理やり正面を向かせられた。

「これより、この“忌み子”の処刑を執行するっ!」
「「「おおおおおおぉぉぉぉっっ!!」」」

 里長が声を張り上げ宣言すると、歓声が上がった。その歓声の中には少女の両親のものもある。
 台座に跪かされている少女の横には、処刑を執行する者が立っていた。右手には鈍い光を放つ剣が握られている。少女の首を斬り落とす為に……。
 少女は諦めていた。
 「里に新たな子が生まれた為、お前はもう用済みだ」と昨日の夜に告げられた時から、心の準備は済ませてある。
 いや、本当はもうずっと前から諦めていたのかもしれない。物心ついた頃にはすでに。
 もういい。もう充分に生きたはずだ。もう死んでもいいんじゃないだろうか。
 しかし、本当にいいのか? と問う自分がいた。
 このまま死んでもいいのか? もっと自由に生きてみたくはないか?
 抑えきれない思いが心から溢れ出る。

 ――ああ、生きてみたい。

 もう気持ちを抑えることが出来ない。初めて牢から出た時知ってしまった。
 どこまでも広がる空。澄んだ空気。地面を踏みしめる感触。草花の香り。
 少女の心は叫んでいた。

 ――もっと、もっともっと、生きていたいのっ!!

 けれど、無残にも処刑の執行は進んでいく。
 里の者達は一人残らず見物に来ており、少女に罵詈雑言を浴びせ、「早く殺せ!」と叫ぶ。
 少女は下を向かされ頭こうべを垂れる。
 なぜ今になってこんな感情が溢れてくるのか、希望などないというのに。
 “絶望”の二文字が、少女の中で広がっていく。
 里長が何かを話しているが、もう少女の耳には届かない。
 執行人が剣を抜き振り上げ、そして――

 ――いやだ、死にたくない! 私は、もっと世界を見たいっ!!

 振り降ろされた。

 ――ドクンッ

 そう強く願った瞬間、少女の胸が強く鼓動し、突然それは起こった。
 否、ようやく戻・っ・た・。もっと言うと、私・が・私・に・な・れ・た・、という感覚だ。

「――やれやれ、妙な時に目覚めてしもうたのぅ」

 それは少女が発するには似つかわしくない、古めかしい言葉。
 さらには、その片手には今振り下ろされたはずの剣の刃が握られている。

「何ごとだ! 何が起こったのだっ!?」

 里長が狂ったように叫ぶ。ここに集まっている里の者達も、いきなりの展開についていけず、混乱に陥っていた。執行人は少女の横で尻もちをついている。

「そう騒ぐでない。こなたがここの里長だな」

 問うているが、そこには確信が込められていた。

「なっ! お、おおぉお前は何だ!? 本当にあの“忌み子”なのかっ!?」
「ああ、いかにも。妾はこなたらに“忌み子”と呼ばれておる娘だ」

 少女は名を与えられておらず、少女を表す言葉は“忌み子”しかない。
 そこに前・世・の・記・憶・が戻ったのだ。
 前世の少女は魔法を極め、“大魔女”と呼ばれていた。
 ”忌み子”の少女、そこに“大魔女”としての記憶が戻り、統合され、ようやく本来あるべき姿となった、と言うべきか。

「にしても……ちと、うるさいのぅ」

 少女は煩わしそうに眉を顰め、伸びっぱなしになっている髪を鬱陶しそうにかき上げる。
 里の者達の混乱は解けておらず、あちらこちらで叫び声が上がっていた。

「……――シュティク・ヤシェン・イナ――【静かなる眠り】」

 妖精には妖精特有の魔法がある。
 使ったことはないし、見たこともなかったが、使い方は自然と分かった。
 教えたはずのない魔法を使う少女を見て、里長が驚愕に目を見開いた。少女が小さな口を開き魔法を発動させると、里の者が一人、また一人と倒れていったのだ。

「何だ……何なんだこの魔法は!? 我ら“緑の妖精”が使える“妖精魔法”は、植物に限られるはず!」

 ――“妖精魔法”。
 “妖精言語”を用いて行使される、種族特有の魔法である。妖精は赤、青、緑などいずれかの属性を持ち、火の妖精ならば火、水の妖精なら水、緑ならば植物……といったように、特性にちなんだ魔法を操る。しかし、今少女が使った魔法は、現存する“妖精魔法”のどれにも当てはまらなかった。
 それは、少女が妖精魔法と前世の魔法知識を使って改良たからだが……。

「優しく説明してやるとでも思うたか。愚か者め」

 鼻で嗤った少女に、里長は顔を真っ赤にして怒りを現す。

「“忌み子”風情が、調子に乗るな! アーレ・ガズーラ――【葉斬】!!」

 何もない空間から生まれた無数の葉が、鋭い刃となって少女へ迫った。
 だが、少女は口角を上げただけで動かない。
 そして――……。

 ――パンッ!

 少女で払った瞬間、葉の刃が弾け飛んだ。

「な……っ! なぜだ……! なぜ私の魔法が……」
「こなた程度の魔法が、妾に届くものか。さぁ、お返しじゃ。アーレ・ガズーラ――【葉斬】」

 薔薇の香りが空気を侵食する。同時に、里長と同じ魔法が少女から放たれた。現れた葉の数は、里長の五倍――否、十倍はある。

「――行け」

 号令とともに、葉の刃が里長を襲い、悲鳴の中で、彼の身体がズタズタに斬り刻まれていく。その様子を、少女はただ微笑みを浮かべて眺めていた。
 全てが終わると、里長は失血で意識を手放したらしく動かなくなった。微かにピクピクと指先が動いているから、死んではいないのだろう。運のいいヤツだ。

「――止めを……いや、よいことを思いついた」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「悪いことをしたら責任を取らねばならぬ、が……ただ殺してしまうだけでは妾の気は晴れぬ。ならば、死よりも恐ろしい目に遭わせてやろうぞ」

 前世で“大魔女”と呼ばれていた頃には思いつきもしなかっただろうが、今世で受けた数々の暴力と暴言が少女の性格を歪めてしまった。
 けれど、彼らの命を奪わないということは、追われる危険性があるということだ。

「ふむ……ならば、記憶を消せばよいか。簡単なことじゃ」

 再び、魔法を行使すべく意識を集中させる。そこにはやはり、薔薇の香りが強く立ち込めた。

「ズィカ・シフハ――【忘却の彼方】」

 黒薔薇の花びらが舞い、里の者達の頭に一枚一枚溶け込んでいく。
 記憶を消す対象は里の者達全員。範囲は、“忌み子”に関する記憶の全て。
 さらに――……。

「ク・ソフ・ラア・ハロム――【終わりなき悪夢】」

 自分が牢に入れられていた期間と同じだけ、彼らには自身が受けた虐待の数々を味わってもらう。男も女も、老人も子どもも、赤子も全て――例外はない。

「ククッ…“連帯責任”、じゃな」

 腹を抱えてクツクツと少女は嗤う。それはもう、楽しそうに。
 里の者達はザッと数えただけでも、優に百は超えている。そんな大勢に対して三度の魔法を発動したにも関わらず、少女はケロリとしている。その小さな身体に、一体どれほどの魔力を有しているのか。
 まさに、“大魔女”の名に相応しいと言えるだろう。普通の魔法使いならば、最初の魔法だけで魔力切れを起こしているところだ。

「これでよい。……しかし“妖精魔法”、か。初めて使うたが……うむ、これはよいな」

 しかし、本人にとってはこれくらいできて当たり前のことだった。今も、自分の魔法が完璧に発動したことに満足し、うむうむと言っている。

「……さて。こやつらが寝ておるうちに、準備をせねば」

 嗤うのを止めた少女は、あちらこちらと家々の中を漁っては《空間収納》に仕舞っていく。
 《空間収納》は、空間魔法の使い手が最初に覚える魔法である。収納量は使い手の魔力量に依存するわけだが、少女は百人以上を相手に三発も魔法を放ち、それでもまだ底を尽きることのない魔力量の持ち主。そんな少女の収納量は無限と言っても過言ではないだろう。そもそも《空間魔法》自体、習得が難しいとされている魔法の上位にランクインする。
 一つ残らず家を漁り、必要だと思う物は全て収納し、金を含め金品も全て頂いていく。
 これから森を抜ける為、腰には剣を佩はき、投擲用にと何本かナイフを拝借して準備は完了である。
 目を覚まして驚愕する彼らを想像するだけで、嗤いが込み上げてくる。
 少女の旅の目的は――

 ――『来世ではあなたが憧れていた冒険者になって――……仲間を作って下さい。信頼できる、大切な仲間を……そして、自由に生きて下さい。それが私の、心からの願いです』

 冒険者になるのはいい。侍女が言っていた通り、前世からの憧れなのだから。

「……仲間を作る、か。難題じゃな」

 前世では“大魔女”と持て囃され、数々の面倒事に巻き込まれてきた。地位も名声も、余計なしがらみや妬みや嫉みを生むだけでろくなことはなかった。
 だからこそ、彼女は憧れた。自由の象徴である冒険者に。
 “大魔女”として雁字搦めにされていた彼女にとって、冒険者は憧れの存在であり、職業だ。いつかなってみたい、と思っていた。そして、叶うことはないだろう、とも思っていた。
 けれど、こうして生まれ変わった今なら、それを叶えられる。そう、侍女の命を犠牲にして――だ。

「妾にどこまでできるか分からぬが、あやつの願いじゃ」

 なぜ侍女が仲間を作れと言ったのかは分からないが、できるうる限り叶えよう。
 前世に比べて寂しくなってしまった胸に手を当て、自身に誓う。
 と、その時彼女はハッとした。

「《空間収納》が使えるのは知られぬ方がよいやもしれぬな」

 《空間収納》は前世でも珍しかったのだから、今世でも珍しいだろうと推測したのだ。少女は新品未使用の手頃なバッグをアイテムバッグに作り変え、ついでとばかりに《付与魔法》を使って“時間停止機能”も付ける。
 《空間収納》の中から日用的に使いそうな物はアイテムバッグへと移し、今度こそ準備完了だ。

「これでよし、じゃな! あとは……妾の名をどうするか、じゃのぅ」

 名前がなければ何かと不便だ。ふーむと少女は考え、すぐにピンときた。
 前世では“大魔女”と呼ばれていた。そして、彼女の好きな花は”薔薇”だった。

「……薔薇と魔女、か。……ふむ、ならば――“ヴェレッド・マクシェハ”」

 “ヴェレッド”は薔薇、“マクシェハ”は魔女という意味の“妖精言語”だ。魔法発動に伴って薔薇の匂いが強く香る、“黒薔薇の妖精”である少女――いや、彼女にぴったりの名である。

「名も決まったことじゃし、出発とするかのぅ」

 里の入り口まで歩き、そのまま振り返ることなく出発した。二度と足を踏み入れることはないであろう、己の生まれ育った里を――……。
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