怠惰な勇者の異世界の歩き方~勇者様とわたし団

綾栗ナオ

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6話~神殿の事情、王宮の事情

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 司祭の部屋の前まで来てクリスティは、2回ゆっくりとノックをした。


「ラシャ司祭、クリスティです」


「来たわね、どうぞ入って」

 中からラシャ司祭の優しい声色がした。


 白を基調とした広い部屋があった。部屋の中心には丸い木のテーブル。その上には木のバスケットがあり、果物が積まれていくつかが中身を見せている。ラシャ司祭はテーブルに腰掛けており、横には柔和な雰囲気の若い女神官がいた。

 中でもコウの目を引いたのは大きなガラス張りの窓であった。窓は開けられていて、白いカーテンが外から入る風によってはためいている。




「お茶とお菓子はいかが勇者様」


「じゃ、いただきます」とコウ。


「注いでちょうだい、お口に合うといいのだけど」


 司祭の隣にいた神官が会釈をしてからコウ、ラシャ司祭、クリスティの順番でお茶を注ぎ、次に皿に盛られた焼き菓子をテーブルに置き、一礼し部屋から出て行った。コウが焼き菓子を観察すると、アップルパイだと分かった。


「さて。勇者様としても聞きたいことも色々あるだろうけど、まずは神殿と王宮の関係について話しておかなくてはいけないわ。特に秘密の会話は、人に聞かれないように注意しなくてはね」


「窓、閉めてくれるかしら」

 ラシャ司祭が指示をすると、お付きの神官は窓を閉め一礼をして部屋から出ていっった。

 ラシャ司祭が、両手をぱんと鳴らし合わせたのはその後だった。
 たちまちテーブルの下に紫色の魔法陣が現れ、波紋を描くように床から周囲の壁へと光が広がっていった。

「今のは?」コウは聞いた。

「ディメンション・カバリー。空間魔法なの。範囲外に声や気配を伝わりずらくする結界魔法ね、人が近づくと結界が振動し自動感知で知らせてくれるの。王宮のスパイが神官にいないとも限らないわ。全ての人間の行動を把握するのは、それはそれは骨が折れることですもの」


「スパイを使うってことは、あの王様と仲が悪いんですか?」



 ラシャ司祭は困ったような、曖昧な笑みを浮かべた。


「なんとなく気づいてると思うけど、王宮と神殿の関係は一枚岩ではないわ。王宮は政治を行い神殿は祭事に関わる公務を行う存在であったのだけど、それは300年ほど前に変わったわ。神殿が先代勇者を召喚したことによって。そして先代勇者が魔王討伐の功績により教会の発言力は大きくなったの。武官や文官の排出や任命にも関るようになった。王宮側の権力は削がれ日夜権力のバランスに気を使うことになったわ。王宮側はね、権力の天秤をを元に戻したいのよ昔のように」


「そこに、俺が現れたということですか」


「ええそうよ。300年もの間に誰一人として勇者様を召喚できなかった。神殿は形骸化した義務感だけで、儀式を行っていたでしょうね、そこに」

 そこまで言いかけ、ラシャ司祭はクリスティに視線を送った。


「はい。私が召喚しました」


「クリスティ。さっきはバタバタして聞けなかったわね。貴方がどういう風に勇者様を召喚したのか聞かせてちょうだい」


「はい。自分の部屋で魔法陣を描きました。材料はガフの実(ココナッツに似た)の染料、ロウソク、ローズ、レモン、セージと精油を混ぜた香水です」


「自分の部屋で召喚したのね。お勤めの時間外だからそこはどうしようといいわ、それだけのガフの実の染料はどうしたの? けっこうな量でしょう?」


「空いた時間を使って街の外で、採取してきました」



「……空いた時間でねぇ。それにしてもたった1回で召喚を成功させるなんて、運がいいわねクリスティ」


「いいえ1回ではありません。何回も試しました……えーと確か、3年と2月くらいだったと思います。召喚の儀式を始めて、1日もかかしたことはないです。はい」



 ラシャ司祭は言葉を失くした。それは神と神殿への奉公をした熟練の神官でも召喚できなかったからではない。3年以上もの長い期間1日もかかさずに召喚の儀式をしていた、という異常性に驚いたのだった。それに正式な祭事を行う月の間でもなく自分の部屋で、だ。




 ラシャ司祭の知るクリスティは、真面目でどこか少し抜けていて、自分にも他人にも甘く優しい性格の見習い神官だ。

 いったいクリスティは、どうしてそこまで勇者召喚にこだわったのか? そして駆り立てる動機はなんなのだろうと考え、少しおそろしくなった。とても世界を憂い、勇者を召喚したとは考えられなかった。


 強張った顔をなんとか元に戻そうとラシャ司祭は「そ、そう」と動揺をお茶と一緒にノドに流し込んだ。

 コウはそれを見て、おそらくクリスティの何かが異常なのだと悟った。そして、まじまじと顔を見る。
 いつもとおり、とぼけていて物事の空気の変化に鈍そうな顔だ。


「それで勇者様は、これからどうするおつもり?」

「話の要点は聞きましたけど、魔王を倒しに行くつもりはありません、帰る手段を探します」


「それは残念ね。でもその気がないのなら仕方ないわね、クリスティはお勤めを休んで勇者様がこの世界に留まる間、お世話をして差し上げなさい。先代の神官がそうしたようにね」

「はいっ!」元気いっぱいに答えるクリスティ。

「勇者様が、元の世界に戻られたら、もう一度召喚をしてもらうわ」

「次は――無理だと思います。いえ無理でしょうね絶対に」

「「え?」」

 コウとラシャ司祭は同時に声を上げた。


 一度成功したのだから、二度目があってもおかしくなさそうだが。
 クリスティの表情に揺るぎはない。
 まるで絶対の確信があるかのようだ。

「何か根拠はあるのかしら?」


「ありません、でもそう思うんです、なんとなく」

 拙い言葉を絞り出すクリスティに、コウとラシャ司祭は互いに顔を見合わせた。執念で奇跡を起こしたクリスティならば、二度目があってもおかしくはなさそうなのだが。



「と、すると困ったことになりそうね」


「そういや前の勇者もこの世界に召喚されたんですよね。元の世界には帰らなかったんですか?」


「そうね。メサイア文献によると、この世界で余生を過ごしたそうよ。その後の文献では消息は書かれていないのよ、主に旅の記録と予言の章以外のことはね、メサイア文献には偽書もあるし未だ研究中といったところね」


「そうですか。ところで俺、どこで寝たらいいんですかね? 王から特に何も言われてないんですけど」

 文献の勇者のことよりも当面の寝床や食料、それに生活に必要なお金の問題が沸いてきた。明らかにコウのことを嫌ってそうな王や、アーレス王子に頭を下げてまで生活を頼る気にはなれなかった。


 だが、先代勇者を召喚した神殿側のラシャ司祭なら、何となく支援をしてくれそうな気がした。

「それならここの空き部屋で寝るといいわ。食料のことも気にしないでいいわ。ただ申し訳ないけど金銭的な支援となると正直、少し難しいわね」

「部屋を借りれるだけで有難いですよ。金は自分で稼ぎます。クリス、どっかここら辺で働けるとこあるかな?」

「それなら冒険者ギルドはどうですかね?」


「へぇ。この世界にもそういうのあるんだ。よし、後で案内してくれないか?」

「分かりました」


「王にお金のことを打診をしてみてはどう勇者様? 言うのはタダ、何も得れなくても失うものはないはず」

 司祭らしい大人の考え方だった。
 コウとしてはいい印象を持たれてないのは十分に理解してるし、会うだけで気が滅入るし重くなる。
 司祭のいうこともっともで、今コウにとって必要なのは生きてくための金だ。
 だから、しぶしぶ了承をする。

「あの王にですか。一応聞いてみますよ……あんましいい返答は期待してませんが」


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