6 / 15
6話~神殿の事情、王宮の事情
しおりを挟む司祭の部屋の前まで来てクリスティは、2回ゆっくりとノックをした。
「ラシャ司祭、クリスティです」
「来たわね、どうぞ入って」
中からラシャ司祭の優しい声色がした。
白を基調とした広い部屋があった。部屋の中心には丸い木のテーブル。その上には木のバスケットがあり、果物が積まれていくつかが中身を見せている。ラシャ司祭はテーブルに腰掛けており、横には柔和な雰囲気の若い女神官がいた。
中でもコウの目を引いたのは大きなガラス張りの窓であった。窓は開けられていて、白いカーテンが外から入る風によってはためいている。
「お茶とお菓子はいかが勇者様」
「じゃ、いただきます」とコウ。
「注いでちょうだい、お口に合うといいのだけど」
司祭の隣にいた神官が会釈をしてからコウ、ラシャ司祭、クリスティの順番でお茶を注ぎ、次に皿に盛られた焼き菓子をテーブルに置き、一礼し部屋から出て行った。コウが焼き菓子を観察すると、アップルパイだと分かった。
「さて。勇者様としても聞きたいことも色々あるだろうけど、まずは神殿と王宮の関係について話しておかなくてはいけないわ。特に秘密の会話は、人に聞かれないように注意しなくてはね」
「窓、閉めてくれるかしら」
ラシャ司祭が指示をすると、お付きの神官は窓を閉め一礼をして部屋から出ていっった。
ラシャ司祭が、両手をぱんと鳴らし合わせたのはその後だった。
たちまちテーブルの下に紫色の魔法陣が現れ、波紋を描くように床から周囲の壁へと光が広がっていった。
「今のは?」コウは聞いた。
「ディメンション・カバリー。空間魔法なの。範囲外に声や気配を伝わりずらくする結界魔法ね、人が近づくと結界が振動し自動感知で知らせてくれるの。王宮のスパイが神官にいないとも限らないわ。全ての人間の行動を把握するのは、それはそれは骨が折れることですもの」
「スパイを使うってことは、あの王様と仲が悪いんですか?」
ラシャ司祭は困ったような、曖昧な笑みを浮かべた。
「なんとなく気づいてると思うけど、王宮と神殿の関係は一枚岩ではないわ。王宮は政治を行い神殿は祭事に関わる公務を行う存在であったのだけど、それは300年ほど前に変わったわ。神殿が先代勇者を召喚したことによって。そして先代勇者が魔王討伐の功績により教会の発言力は大きくなったの。武官や文官の排出や任命にも関るようになった。王宮側の権力は削がれ日夜権力のバランスに気を使うことになったわ。王宮側はね、権力の天秤をを元に戻したいのよ昔のように」
「そこに、俺が現れたということですか」
「ええそうよ。300年もの間に誰一人として勇者様を召喚できなかった。神殿は形骸化した義務感だけで、儀式を行っていたでしょうね、そこに」
そこまで言いかけ、ラシャ司祭はクリスティに視線を送った。
「はい。私が召喚しました」
「クリスティ。さっきはバタバタして聞けなかったわね。貴方がどういう風に勇者様を召喚したのか聞かせてちょうだい」
「はい。自分の部屋で魔法陣を描きました。材料はガフの実(ココナッツに似た)の染料、ロウソク、ローズ、レモン、セージと精油を混ぜた香水です」
「自分の部屋で召喚したのね。お勤めの時間外だからそこはどうしようといいわ、それだけのガフの実の染料はどうしたの? けっこうな量でしょう?」
「空いた時間を使って街の外で、採取してきました」
「……空いた時間でねぇ。それにしてもたった1回で召喚を成功させるなんて、運がいいわねクリスティ」
「いいえ1回ではありません。何回も試しました……えーと確か、3年と2月くらいだったと思います。召喚の儀式を始めて、1日もかかしたことはないです。はい」
ラシャ司祭は言葉を失くした。それは神と神殿への奉公をした熟練の神官でも召喚できなかったからではない。3年以上もの長い期間1日もかかさずに召喚の儀式をしていた、という異常性に驚いたのだった。それに正式な祭事を行う月の間でもなく自分の部屋で、だ。
ラシャ司祭の知るクリスティは、真面目でどこか少し抜けていて、自分にも他人にも甘く優しい性格の見習い神官だ。
いったいクリスティは、どうしてそこまで勇者召喚にこだわったのか? そして駆り立てる動機はなんなのだろうと考え、少しおそろしくなった。とても世界を憂い、勇者を召喚したとは考えられなかった。
強張った顔をなんとか元に戻そうとラシャ司祭は「そ、そう」と動揺をお茶と一緒にノドに流し込んだ。
コウはそれを見て、おそらくクリスティの何かが異常なのだと悟った。そして、まじまじと顔を見る。
いつもとおり、とぼけていて物事の空気の変化に鈍そうな顔だ。
「それで勇者様は、これからどうするおつもり?」
「話の要点は聞きましたけど、魔王を倒しに行くつもりはありません、帰る手段を探します」
「それは残念ね。でもその気がないのなら仕方ないわね、クリスティはお勤めを休んで勇者様がこの世界に留まる間、お世話をして差し上げなさい。先代の神官がそうしたようにね」
「はいっ!」元気いっぱいに答えるクリスティ。
「勇者様が、元の世界に戻られたら、もう一度召喚をしてもらうわ」
「次は――無理だと思います。いえ無理でしょうね絶対に」
「「え?」」
コウとラシャ司祭は同時に声を上げた。
一度成功したのだから、二度目があってもおかしくなさそうだが。
クリスティの表情に揺るぎはない。
まるで絶対の確信があるかのようだ。
「何か根拠はあるのかしら?」
「ありません、でもそう思うんです、なんとなく」
拙い言葉を絞り出すクリスティに、コウとラシャ司祭は互いに顔を見合わせた。執念で奇跡を起こしたクリスティならば、二度目があってもおかしくはなさそうなのだが。
「と、すると困ったことになりそうね」
「そういや前の勇者もこの世界に召喚されたんですよね。元の世界には帰らなかったんですか?」
「そうね。メサイア文献によると、この世界で余生を過ごしたそうよ。その後の文献では消息は書かれていないのよ、主に旅の記録と予言の章以外のことはね、メサイア文献には偽書もあるし未だ研究中といったところね」
「そうですか。ところで俺、どこで寝たらいいんですかね? 王から特に何も言われてないんですけど」
文献の勇者のことよりも当面の寝床や食料、それに生活に必要なお金の問題が沸いてきた。明らかにコウのことを嫌ってそうな王や、アーレス王子に頭を下げてまで生活を頼る気にはなれなかった。
だが、先代勇者を召喚した神殿側のラシャ司祭なら、何となく支援をしてくれそうな気がした。
「それならここの空き部屋で寝るといいわ。食料のことも気にしないでいいわ。ただ申し訳ないけど金銭的な支援となると正直、少し難しいわね」
「部屋を借りれるだけで有難いですよ。金は自分で稼ぎます。クリス、どっかここら辺で働けるとこあるかな?」
「それなら冒険者ギルドはどうですかね?」
「へぇ。この世界にもそういうのあるんだ。よし、後で案内してくれないか?」
「分かりました」
「王にお金のことを打診をしてみてはどう勇者様? 言うのはタダ、何も得れなくても失うものはないはず」
司祭らしい大人の考え方だった。
コウとしてはいい印象を持たれてないのは十分に理解してるし、会うだけで気が滅入るし重くなる。
司祭のいうこともっともで、今コウにとって必要なのは生きてくための金だ。
だから、しぶしぶ了承をする。
「あの王にですか。一応聞いてみますよ……あんましいい返答は期待してませんが」
0
あなたにおすすめの小説
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる