この契約結婚は君を幸せにしないから、破棄して、逃げて、忘れます。

箱根ハコ

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28 離婚と今後

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「ルーヴェルさん……!」

 彼は目を丸くしてかつての戦友を凝視していた。

「よかった……! もとに戻ったんですね!」

「ああ……」

 ルーヴェルの微笑みがエミールに向けられたことで、離婚届を渡すタイミングを失ってしまった。けれど、今はそれに安堵してしまう自分がいる。
 エミールは二人を自分の研究室へと招くと、温かいお茶を入れてくれた。
 促されるままにソファへと腰を下ろし、ルーヴェルはこれまでの出来事を語る。エルンもそれに加わり、今回のダンジョン探検で得た知見を詳しく説明した。

「……で、これがその魔術具ですか」

 エミールはローテーブルの上に置かれた魔術具を見つめる。

「うん……。ここの人なら何かわかるかもしれないって思って……」

「手にとっても?」

 エルンは首肯する。
 エミールはその金属製の魔術具をまじまじと見て首を傾げた。

「魔術式がかなり高度なもののようですね……。これは、専門家でないとわかりません。……よければ、預からせていただいても?」

「もちろん。僕が持っていてもどうしようもないし、エミール君なら安全だよ」

 エルンの言葉に、エミールはホッとしたように吐息を吐き出して、手袋越しに魔術具を掴んだ。

「ここのところ、あのダンジョンに行った兵士や町人が魔獣にされてしまったという話ばかりで気が滅入っていたところなんです。……ですので、状況を打開できそうな話が聞けて安心しています」

 彼はルーヴェルに視線を移す。

「それで、ルーヴェルさんはこの後どうなされるおつもりですか?」

 ぎくりと心臓が強張る。帰りの道中、結局聞けず終いだった。ルーヴェルははっきりとした口調で返す。

「まずは、父や弟に会いたい。……それに、ソフィアにも」

 彼の口にした名前に、エルンは心臓が凍ったような気がした。
 やはり、一番に彼が求めるのはそうした、生まれてからの日々を一緒に過ごした人々なのだろう。俯いていると、ルーヴェルはエルンを見て微笑んだ。

「この五年の間、エルンがパイプ役となって両親とつなげてくれていたから、こうして元に戻った時に気兼ねなく帰ることができるんだろうな。ありがとう」

 五年前の彼からはけして向けられなかったような、温かい微笑みだった。
 これが見たかったのだ、とエルンも痛む胸を押さえて笑顔で返す。

「ううん……。僕はそんなだいそれたことはしていないよ」

 これできっと、疎遠になって、会うこともなくなるのだろう。せめてこの五年の間の生活が、彼にとって少しでもいい思い出になってくれていればいいのだが、と考える。
 エルンはエミールに向き直った。

「それで、僕は今後も研究を続けていきたいんだ。アカデミーに僕を受け入れてくれるようなポストはないかな?」

 突然のエルンの申し出に、エミールは目を瞬かせた。アカデミーに入るには論文が認められなければいけないが、この五年の間に書き溜めたものがある。まずはそれを送ってみようと考えていたのだ。

「あなたはずっと、個人での研究者を続けると思っていました……」

 学生時代に論文を送りつけていたことは、誰にも言っていない。本当はアカデミーに所属して、仲間と切磋琢磨したいと考えていたのだ。ルーヴェルが自分のせいで姿を変えられていた間は、心の奥底に秘めていたが、確かに存在していた願望だった。

「まぁ、それもいいんだけど……。今回の件は僕一人だと難しいかなって……。だから、特に魔術具の専門家と協力できればいいなって」

「……なるほど」

 エミールは何度か頷く。

「でしたら、植物学のポストが空いていないか確認を取ってみますね」

「ありがとう」

 エルンはぺこりと頭を下げる。
 これで、二人で暮らしたあの家も引き払うことになるのだろう。
 その話をしようとしたところだった。バタバタと騒がしい足音がしてエミールの研究室の扉が開く。
 血相を変えたリチャードが立っていた。ルーヴェルの父で、今も騎士団長を務めているらしい。
 後ろには複数の護衛がいる。中にはルーヴェルにそっくりの人物もいた。あれが弟たちだろう。
 三人は思わず立ち上がっていた。

「ルーヴェル、お前……。元に戻ったんだな」

 彼の瞳が潤んでいく。よたよたと歩いてきて、ルーヴェルに抱きついた。

「よくぞ……、よくぞ、戻ってきてくれた……」

 苦しそうな涙声だった。ルーヴェルも手を回し返し、父親を抱きしめる。

「……ご心配をおかけしました」

 周囲に彼の弟が取り囲む。ルーヴェルは弟たちから慕われていたようで、皆嬉しそうな顔をしていた。

「お兄様……、またお会いできるだなんて」

「嬉しいです!」

 彼らはまだ十代に見える。
 ぽん、ぽんとリチャードは息子の肩を叩いた。

「まずは一度家に帰ってきなさい。盛大に宴を催そう!」

「はい……。エルン、行こう」

 ルーヴェルに誘われ、エルンは目を丸くする。

「え……? いや、僕は」

 リチャードはエルンを見て、一瞬気まずい表情を浮かべたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。

「是非来てください。あなたにお礼がしたいんです」

 この一家団欒に入っていくのは忍びない気がしたが、自分よりもずっと立場が上の人間に誘われたら断りづらい。
 結局そうして連れられて、一緒に彼らの屋敷へと行ったのだった。
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