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第二章「若き魔術講師」
第9話 ようこそ我が家へ
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日の入りの早い冬のブリタニアはすでに夜の帳が降りて冷たい風が吹いていた。
突然契約を交わした双魔とティルフィングはあの後学園長の話にしばらく付き合った後帰路につき、双魔のアパートの目の前に到着した。
「おー!ここがソーマの館か!なかなかよさそうなところではないか!」
「左文にはどう説明したものかね……」
「ソーマ!何をしているのだ?入らないのか?」
「ああ、何でもない……じゃあ、入るか」
玄関のボタンを押すとベルが鳴り扉の向こうからパタパタと足音が近づいてくる。足音が止むと扉が開いた。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま……あら?」
いつも通り左文が出迎えてくれたが視線が双魔の後ろに向けられる。
「坊ちゃま……後ろの方はどなたでしょうか?」
柔和な表情は崩さないが少し警戒しているようだ。ティルフィングの力を感じ取ったのだろう。
「ソーマ、この者は?」
「左文だ。俺の身の回りの世話をしてくれてる」
「ふむ、左文どのか。我が名はティルフィング。今宵よりこの館で世話になる故よろしく頼むぞ!」
「はあ……ティルフィングさんですか」
「へっくしゅん!」
「あ、申し訳ありません坊ちゃま!取り敢えず中に入ってくださいませ。ティルフィングさんもどうぞお入りください」
「ああ」
「うむ!」
ローブを脱いで左文に渡すと洗面所に向かい手洗いとうがいも済ます。ティルフィングは双魔の後ろをトテトテとついてきて双魔の真似をするように手を洗い、うがいをした。
リビングのソファーに深く腰を掛けるとティルフィングは当然のように双魔の膝の上にちょこんと座った。そこに左文がお茶の入った湯呑を載せたお盆を持ってやってきた。
「どうぞ」
「ん、ありがと」
双魔に湯呑を渡すと左文は向かいのソファーに座った。そしてこちらを見る。珍しく儉のある眼差しに双魔は思わず唾を飲み込んだ。ティルフィングはそんな二人を不思議そうに見ている。
「さて、坊ちゃま」
「な、何だ?」
普段温和な左文が醸し出す妙な迫力に悪いことは何もしていないはずなのに双魔の背中には冷や汗が流れてきた。
「ティルフィングさんと言いましたね?その方とはどのようなご関係ですか?」
「い、いや……その前に左文、お前なんか怒ってないか?」
「そのようなことはありません」
「と、とりあえず初対面のティルフィングがいるんだからせめて普通にしてくれよ……いつもみたいに笑っててくれないと美人が台無しだから……な?」
そう言われると左文は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから一瞬手で顔を隠した。
「坊ちゃま……そ、そのようなことは気安く言ってはいけません」
左文の顔はなぜか少し赤く見えた。
「コホン……兎も角です。ティルフィングさんのことをきちんと説明してくださいませ!私は旦那様と奥様から坊ちゃまのお世話を任されている身、突然年端もゆかない得体の知れない娘子を連れて帰ってこられては困ります!」
左文の主張は最もだ。思えば師に預けられていた時を除いた幼少期からあの放任主義を極めた父と頭の中がお花畑の母に変わって双魔の世話を焼いていたのは左文だ。最近は本人には自覚はないものの思春期故に少し、ほんの少しだが左文を鬱陶しいというような態度を取っていた双魔は反省した。
「いや、色々あったんだが突然で連絡できなかったんだ……すまん」
「謝って欲しいわけではありません!説明をしていただきたいのです!」
左文の目つきが更に鋭くなった。背中の冷や汗の勢いが増す中ティルフィングは足をぶらぶらさせて双魔と左文の顔を交互に見ている。
別に左文を焦らすつもりなど一切なく順を追って説明をしようと思っていただけなのだが左文の目がこれまで見たことのないほど怖いので単純明快に事実を示すことにした。
「ほら、これ」
双魔は右手の甲を左文に見せた。左文の目には双魔の右手に刻まれた紅い聖呪印が映った。
食い入るようにそれを見つめた後、左文は目を白黒させて勢いよく立ち上がった。
「も、申し訳ありません!」
「気にしなくていいから……頭を上げてくれ」
頭を下げたまま上げる気配のない左文を宥める。それでもしばらく頭を上げなかった左文だがティルフィングに声を掛けられるとやっと頭を上げた。
「左文どの、よくわからぬが我のことを認めてくれたのはなんとなく分かった。故にこれからよろしく頼むぞ」
「……はい、こちらこそよろしくお願いいたします。坊ちゃまのことを、何卒……何卒お願いいたします」
「うむ、我に任せるがよいぞ!」
ティルフィングは双魔の膝の上で胸を張って見せた。
「坊ちゃま」
「ん?」
「この度は誠におめでとうございます。私は嬉しゅうございます……ううっ」
「おい、泣くなって…………ありがとう」
双魔にそう言われて感極まったのか左文の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちるそして。そのまま泣きはじめてしまった。
思えば遺物科に進学する時に双魔の契約遺物がいないことを誰よりも心配していたのは左文だった。双魔自身は魔術師として生きていく当てがあったので大して気にしていなかったが双魔の幼いころから世話
をしている左文は口にはしないもののずっと心配していた。
こんなに泣き出すほど心配されているとは思っていなかった双魔は少し胸が痛んだが同時に喜ぶ左文の姿を見て自分が遺物契約者になった実感と嬉しさがじわじわと湧いてくるのだった。
双魔はティルフィングを膝から降ろして左文にティッシュ箱を差し出す。左文はそれを受け取ると涙を拭いてずびずびと音を立てて鼻をかんだ。
「失礼しました」
恥ずかしそうにしながら食卓の椅子に掛けてある割烹着を着る左文。
「それではお夕食の準備をしますので少しお待ちください」
左文が台所に姿を消したので食卓の上にあったテレビのリモコンを手に双魔は再びソファーに腰掛けた。するとすかさずティルフィングが双魔の膝の上に座ってくる。出会ってから僅かな時間しか経っていないが双魔の膝の上がお気に召したようだ。
テレビをつけて衛星放送で日本の番組ニュースを観はじめる。
ふと、ティルフィングに目をやると興味深そうにテレビを観ているのでチャンネルを幾つか変えてみるとどうやら歌番組が気に入ったのか身体を小さく揺らしながら観ているのでチャンネルをそのままにしてスマートフォンを確認する。
何件か通知があったが事務課から明日の魔術科の授業についての連絡が来ていた。どうやらハシーシュが約束通り手続きを済ませておいてくれたらしい。
(後でお礼しとくか……)
授業の確認が済んだタイミングで台所からいい匂いが漂ってくる。
いつも手伝いをしようと思うが左文に「坊ちゃまはお待ちになっていてくださればいいんです!」と言って断られてしまうのでティルフィングが観ている歌番組をボーっと眺める。後ろでは左文が食器を並べている音が聞こえるのでそろそろ食卓に呼ばれるだろう。
「坊ちゃま、ティルフィングさんお夕食の準備ができましたよー」
双魔と左文は定位置に座るがティルフィングはどこに座ればいいのか分からないようで少し考える素振りを見せてから双魔の膝の上に座った。
とりあえず座らせてはみたがこれではどうにも食事がしにくい、そして何故か目の前に座る左文の視線が痛いので横の椅子にティルフィングを座らせる。当のティルフィングは膝の上から降ろされても特に気にしていないようで机の上の料理に興味津々といった感じである。
「今日は肉じゃがと大根と油揚げのお味噌汁にしました。どうぞお召し上がりくださいませ」
「ん、いただきます」
まずは味噌汁から。今朝と同じで美味しい。
「ソーマ、ソーマ」
クイクイとティルフィングが袖を引いた。
「なんだ?」
「ニクジャガとはなんだ?」
「ん、知らないのか。これは俺の故郷の料理だ。簡単に言うとジャガイモと牛肉を甘辛く煮込んだものだ。ティルフィングの分もあるから食べてみろよ」
双魔はティルフィングの前に置かれた肉じゃがを指差す。
ティルフィングは肉じゃがの盛られた皿を見る。そして双魔に視線を戻す。
「なんだ?」
「あーん」
そして小さく可愛らしい口を開ける。
「食べさせろってことか?」
コクコクと首を縦に振るティルフィング。
「……仕方ないな、ほれ」
箸でジャガイモを摘まんでティルフィングの口に放り込む。
「あむ、もぐもぐ……む!これは美味だな!」
どうやら気に入ったようだ。
「お行儀がよくありませんから飲み込んでからお話ししましょうね」
左文にそう言われるとティルフィングは素直に頷き口の中のものを咀嚼して飲み込む。
「左文どの!そなたは料理が上手なのだな!」
「うふふ、ありがとうございます」
その後もティルフィングに食べさせながらの食事となったため普段より時間が掛かったが新鮮で楽しい時間だった。内心少し内気な左文がティルフィングとなじめるかどうか心配だったが特に問題なく打ち解けてくれたようで安心したが特にいう必要も感じないので黙っておく。
「それでは片付けをしますので坊ちゃまはお風呂に入ってしまってくださいな」
「ん、わかった」
「ティルフィングさんは後で私と一緒に入りましょうね」
「うむ、承知した」
明日の授業の準備も多少はあるのでさっさと風呂を済ます。と言っても男の入浴など大概は烏の行水のようなものだ。身体と頭を洗って少し湯船に浸かってすぐに出る。身体を拭いて寝間着に着替えて髪を乾かしてリビングの左文に一言掛けて自分の部屋に向かう。
部屋に戻ると本棚から何冊か本を取り出し先刻確認したメールと見比べながらペラペラとページを捲っていく。
「座学と演習が一コマずつか……まあ、魔術科も選挙が近いしな」
魔術科も遺物科と同様に選挙が行われるが週が一つずれて再来週だ。この時期に代行の依頼はあまりないのだが依頼してきたのは魔術科の副学長であるケルナーだ。カリキュラム変更の会議にでも出席するのだろう。
資料の確認が終わり一息ついたタイミングで部屋のドアが開いた。左文は必ずノックをするのでティルフィングだろう。
「ソーマ!」
「ん、風呂はどうだった?」
「うむ、気持ちよかったぞ、左文どのが髪を洗ってくれた」
「そうか」
話しながら双魔の膝の上に載ってくる。
「これは魔術の本か?」
「ああ、俺は魔術科で臨時講師もしてるんだ。明日は授業があるからその確認をな」
「む、そういえばヴォーダンが我の契約者候補は優秀な魔術師だと言っていたな」
「学園長が?それはなんとも恐れ多いことだな」
「うむ、決めたぞ!」
「決めたって何をだ?」
「明日は我もその授業とやらについていくことにした!」
「……本気か?」
「もちろんだ!我が契約者の力量を自ら確かめておくのも契約遺物としての責務だからな!」
「……まあ、ついてきたいって言うなら別に構わないけど」
「うむ!そうこなくてはな!」
(面倒なことにならないことを祈るしかないか……)
「じゃあ、少し早く起きるしそろそろ寝るか」
一度下に降りて洗面所で歯を磨く。ティルフィングには予備の歯磨きを渡してやり二人ではを磨いた。
「左文、俺はもう寝るから」
リビングでテレビを観ていた左文に一声掛ける。
「かしこまりました」
「ティルフィングはとりあえず左文と一緒に寝てくれ」
「む?双魔と一緒ではダメなのか?」
「俺のベッドは狭いからな。左文、来客用の布団があったろ。敷いてやってくれ」
「かしこまりました。ティルフィングさん一緒に寝ましょうね」
「……分かった」
少し残念そうなティルフィングを見て少し悪い気もしたが部屋のベッドは二人で寝るには狭すぎるので
仕方がない。
「じゃあ、そういうことで。左文、明日は少し早く起こしてくれ」
「承知しております、それではおやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ。ティルフィングもおやすみ」
「うむ、おやすみだ」
一人部屋に戻り明かりを消してベッドに倒れ込んだ。
(今日は……疲れた)
まさか自分のもとに神話級遺物が突然転がり込んでくるとは思わなかった。
『お前は何かを抱えたモノを引き寄せる力がある。引き寄せる力があるということは救う力、解き放つ力があるということだ。なに、別に気負うことはない。自分の思うままに振る舞え……それだけで救えるモノもあるさ、私のようにな』
昔、眠れない枕元で師が囁いた言葉をふと思い出す。
(「思うままに振る舞え」……か)
師とも久しく会っていない。元気にしているだろうか。
(まあ、あの人は大丈夫だろ……それより……俺はティルフィングの良きパートナーになってやれるのかね)
そんなことを考えながら意識は眠りの海に穏やかに沈んでいった。
突然契約を交わした双魔とティルフィングはあの後学園長の話にしばらく付き合った後帰路につき、双魔のアパートの目の前に到着した。
「おー!ここがソーマの館か!なかなかよさそうなところではないか!」
「左文にはどう説明したものかね……」
「ソーマ!何をしているのだ?入らないのか?」
「ああ、何でもない……じゃあ、入るか」
玄関のボタンを押すとベルが鳴り扉の向こうからパタパタと足音が近づいてくる。足音が止むと扉が開いた。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま……あら?」
いつも通り左文が出迎えてくれたが視線が双魔の後ろに向けられる。
「坊ちゃま……後ろの方はどなたでしょうか?」
柔和な表情は崩さないが少し警戒しているようだ。ティルフィングの力を感じ取ったのだろう。
「ソーマ、この者は?」
「左文だ。俺の身の回りの世話をしてくれてる」
「ふむ、左文どのか。我が名はティルフィング。今宵よりこの館で世話になる故よろしく頼むぞ!」
「はあ……ティルフィングさんですか」
「へっくしゅん!」
「あ、申し訳ありません坊ちゃま!取り敢えず中に入ってくださいませ。ティルフィングさんもどうぞお入りください」
「ああ」
「うむ!」
ローブを脱いで左文に渡すと洗面所に向かい手洗いとうがいも済ます。ティルフィングは双魔の後ろをトテトテとついてきて双魔の真似をするように手を洗い、うがいをした。
リビングのソファーに深く腰を掛けるとティルフィングは当然のように双魔の膝の上にちょこんと座った。そこに左文がお茶の入った湯呑を載せたお盆を持ってやってきた。
「どうぞ」
「ん、ありがと」
双魔に湯呑を渡すと左文は向かいのソファーに座った。そしてこちらを見る。珍しく儉のある眼差しに双魔は思わず唾を飲み込んだ。ティルフィングはそんな二人を不思議そうに見ている。
「さて、坊ちゃま」
「な、何だ?」
普段温和な左文が醸し出す妙な迫力に悪いことは何もしていないはずなのに双魔の背中には冷や汗が流れてきた。
「ティルフィングさんと言いましたね?その方とはどのようなご関係ですか?」
「い、いや……その前に左文、お前なんか怒ってないか?」
「そのようなことはありません」
「と、とりあえず初対面のティルフィングがいるんだからせめて普通にしてくれよ……いつもみたいに笑っててくれないと美人が台無しだから……な?」
そう言われると左文は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてから一瞬手で顔を隠した。
「坊ちゃま……そ、そのようなことは気安く言ってはいけません」
左文の顔はなぜか少し赤く見えた。
「コホン……兎も角です。ティルフィングさんのことをきちんと説明してくださいませ!私は旦那様と奥様から坊ちゃまのお世話を任されている身、突然年端もゆかない得体の知れない娘子を連れて帰ってこられては困ります!」
左文の主張は最もだ。思えば師に預けられていた時を除いた幼少期からあの放任主義を極めた父と頭の中がお花畑の母に変わって双魔の世話を焼いていたのは左文だ。最近は本人には自覚はないものの思春期故に少し、ほんの少しだが左文を鬱陶しいというような態度を取っていた双魔は反省した。
「いや、色々あったんだが突然で連絡できなかったんだ……すまん」
「謝って欲しいわけではありません!説明をしていただきたいのです!」
左文の目つきが更に鋭くなった。背中の冷や汗の勢いが増す中ティルフィングは足をぶらぶらさせて双魔と左文の顔を交互に見ている。
別に左文を焦らすつもりなど一切なく順を追って説明をしようと思っていただけなのだが左文の目がこれまで見たことのないほど怖いので単純明快に事実を示すことにした。
「ほら、これ」
双魔は右手の甲を左文に見せた。左文の目には双魔の右手に刻まれた紅い聖呪印が映った。
食い入るようにそれを見つめた後、左文は目を白黒させて勢いよく立ち上がった。
「も、申し訳ありません!」
「気にしなくていいから……頭を上げてくれ」
頭を下げたまま上げる気配のない左文を宥める。それでもしばらく頭を上げなかった左文だがティルフィングに声を掛けられるとやっと頭を上げた。
「左文どの、よくわからぬが我のことを認めてくれたのはなんとなく分かった。故にこれからよろしく頼むぞ」
「……はい、こちらこそよろしくお願いいたします。坊ちゃまのことを、何卒……何卒お願いいたします」
「うむ、我に任せるがよいぞ!」
ティルフィングは双魔の膝の上で胸を張って見せた。
「坊ちゃま」
「ん?」
「この度は誠におめでとうございます。私は嬉しゅうございます……ううっ」
「おい、泣くなって…………ありがとう」
双魔にそう言われて感極まったのか左文の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちるそして。そのまま泣きはじめてしまった。
思えば遺物科に進学する時に双魔の契約遺物がいないことを誰よりも心配していたのは左文だった。双魔自身は魔術師として生きていく当てがあったので大して気にしていなかったが双魔の幼いころから世話
をしている左文は口にはしないもののずっと心配していた。
こんなに泣き出すほど心配されているとは思っていなかった双魔は少し胸が痛んだが同時に喜ぶ左文の姿を見て自分が遺物契約者になった実感と嬉しさがじわじわと湧いてくるのだった。
双魔はティルフィングを膝から降ろして左文にティッシュ箱を差し出す。左文はそれを受け取ると涙を拭いてずびずびと音を立てて鼻をかんだ。
「失礼しました」
恥ずかしそうにしながら食卓の椅子に掛けてある割烹着を着る左文。
「それではお夕食の準備をしますので少しお待ちください」
左文が台所に姿を消したので食卓の上にあったテレビのリモコンを手に双魔は再びソファーに腰掛けた。するとすかさずティルフィングが双魔の膝の上に座ってくる。出会ってから僅かな時間しか経っていないが双魔の膝の上がお気に召したようだ。
テレビをつけて衛星放送で日本の番組ニュースを観はじめる。
ふと、ティルフィングに目をやると興味深そうにテレビを観ているのでチャンネルを幾つか変えてみるとどうやら歌番組が気に入ったのか身体を小さく揺らしながら観ているのでチャンネルをそのままにしてスマートフォンを確認する。
何件か通知があったが事務課から明日の魔術科の授業についての連絡が来ていた。どうやらハシーシュが約束通り手続きを済ませておいてくれたらしい。
(後でお礼しとくか……)
授業の確認が済んだタイミングで台所からいい匂いが漂ってくる。
いつも手伝いをしようと思うが左文に「坊ちゃまはお待ちになっていてくださればいいんです!」と言って断られてしまうのでティルフィングが観ている歌番組をボーっと眺める。後ろでは左文が食器を並べている音が聞こえるのでそろそろ食卓に呼ばれるだろう。
「坊ちゃま、ティルフィングさんお夕食の準備ができましたよー」
双魔と左文は定位置に座るがティルフィングはどこに座ればいいのか分からないようで少し考える素振りを見せてから双魔の膝の上に座った。
とりあえず座らせてはみたがこれではどうにも食事がしにくい、そして何故か目の前に座る左文の視線が痛いので横の椅子にティルフィングを座らせる。当のティルフィングは膝の上から降ろされても特に気にしていないようで机の上の料理に興味津々といった感じである。
「今日は肉じゃがと大根と油揚げのお味噌汁にしました。どうぞお召し上がりくださいませ」
「ん、いただきます」
まずは味噌汁から。今朝と同じで美味しい。
「ソーマ、ソーマ」
クイクイとティルフィングが袖を引いた。
「なんだ?」
「ニクジャガとはなんだ?」
「ん、知らないのか。これは俺の故郷の料理だ。簡単に言うとジャガイモと牛肉を甘辛く煮込んだものだ。ティルフィングの分もあるから食べてみろよ」
双魔はティルフィングの前に置かれた肉じゃがを指差す。
ティルフィングは肉じゃがの盛られた皿を見る。そして双魔に視線を戻す。
「なんだ?」
「あーん」
そして小さく可愛らしい口を開ける。
「食べさせろってことか?」
コクコクと首を縦に振るティルフィング。
「……仕方ないな、ほれ」
箸でジャガイモを摘まんでティルフィングの口に放り込む。
「あむ、もぐもぐ……む!これは美味だな!」
どうやら気に入ったようだ。
「お行儀がよくありませんから飲み込んでからお話ししましょうね」
左文にそう言われるとティルフィングは素直に頷き口の中のものを咀嚼して飲み込む。
「左文どの!そなたは料理が上手なのだな!」
「うふふ、ありがとうございます」
その後もティルフィングに食べさせながらの食事となったため普段より時間が掛かったが新鮮で楽しい時間だった。内心少し内気な左文がティルフィングとなじめるかどうか心配だったが特に問題なく打ち解けてくれたようで安心したが特にいう必要も感じないので黙っておく。
「それでは片付けをしますので坊ちゃまはお風呂に入ってしまってくださいな」
「ん、わかった」
「ティルフィングさんは後で私と一緒に入りましょうね」
「うむ、承知した」
明日の授業の準備も多少はあるのでさっさと風呂を済ます。と言っても男の入浴など大概は烏の行水のようなものだ。身体と頭を洗って少し湯船に浸かってすぐに出る。身体を拭いて寝間着に着替えて髪を乾かしてリビングの左文に一言掛けて自分の部屋に向かう。
部屋に戻ると本棚から何冊か本を取り出し先刻確認したメールと見比べながらペラペラとページを捲っていく。
「座学と演習が一コマずつか……まあ、魔術科も選挙が近いしな」
魔術科も遺物科と同様に選挙が行われるが週が一つずれて再来週だ。この時期に代行の依頼はあまりないのだが依頼してきたのは魔術科の副学長であるケルナーだ。カリキュラム変更の会議にでも出席するのだろう。
資料の確認が終わり一息ついたタイミングで部屋のドアが開いた。左文は必ずノックをするのでティルフィングだろう。
「ソーマ!」
「ん、風呂はどうだった?」
「うむ、気持ちよかったぞ、左文どのが髪を洗ってくれた」
「そうか」
話しながら双魔の膝の上に載ってくる。
「これは魔術の本か?」
「ああ、俺は魔術科で臨時講師もしてるんだ。明日は授業があるからその確認をな」
「む、そういえばヴォーダンが我の契約者候補は優秀な魔術師だと言っていたな」
「学園長が?それはなんとも恐れ多いことだな」
「うむ、決めたぞ!」
「決めたって何をだ?」
「明日は我もその授業とやらについていくことにした!」
「……本気か?」
「もちろんだ!我が契約者の力量を自ら確かめておくのも契約遺物としての責務だからな!」
「……まあ、ついてきたいって言うなら別に構わないけど」
「うむ!そうこなくてはな!」
(面倒なことにならないことを祈るしかないか……)
「じゃあ、少し早く起きるしそろそろ寝るか」
一度下に降りて洗面所で歯を磨く。ティルフィングには予備の歯磨きを渡してやり二人ではを磨いた。
「左文、俺はもう寝るから」
リビングでテレビを観ていた左文に一声掛ける。
「かしこまりました」
「ティルフィングはとりあえず左文と一緒に寝てくれ」
「む?双魔と一緒ではダメなのか?」
「俺のベッドは狭いからな。左文、来客用の布団があったろ。敷いてやってくれ」
「かしこまりました。ティルフィングさん一緒に寝ましょうね」
「……分かった」
少し残念そうなティルフィングを見て少し悪い気もしたが部屋のベッドは二人で寝るには狭すぎるので
仕方がない。
「じゃあ、そういうことで。左文、明日は少し早く起こしてくれ」
「承知しております、それではおやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ。ティルフィングもおやすみ」
「うむ、おやすみだ」
一人部屋に戻り明かりを消してベッドに倒れ込んだ。
(今日は……疲れた)
まさか自分のもとに神話級遺物が突然転がり込んでくるとは思わなかった。
『お前は何かを抱えたモノを引き寄せる力がある。引き寄せる力があるということは救う力、解き放つ力があるということだ。なに、別に気負うことはない。自分の思うままに振る舞え……それだけで救えるモノもあるさ、私のようにな』
昔、眠れない枕元で師が囁いた言葉をふと思い出す。
(「思うままに振る舞え」……か)
師とも久しく会っていない。元気にしているだろうか。
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その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
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