嘘つき同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。【改稿版】

羽村 美海

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#7 寝ても醒めても

#15

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「おい、高梨? 顔が真っ青になってっけど、大丈夫なのか?」

 突然の父親の出現によりフリーズしたままだった私は、窪塚からの問いかけにより、我を取り戻すことができたのだが。

 まさかこんな場面で、父と遭遇することになろうとは夢にも思わなかったものだから、おそらく現実逃避でもしようと思っていたのだろう。

 私は無意識のうちに、窓一枚隔てた向こう側に立っている父に背を向け、窪塚のほうに顔を向けていた。

 ようやくハッとし、そのことに気付いたところで、窪塚の指摘になど応えるような余裕なんてものは全くない。

 そんなことよりも、兎に角、さっき目にした父の姿が、夢か幻か、はたまた何かの間違いであるかの確認をするべく、恐る恐る車窓へと今一度目を向けてみるも。

 当然、夢や幻でも、勿論、何かの間違いでもなかった。

 私と同じで、驚愕の表情でこちらを凝視したまま立ち尽くしている父の姿がそこにある。

 バチッと視線がかち合ってしまったので、このまま気付かないフリを決め込む訳にはいかないようだ。

 その傍には、不思議そうに父の様子を窺っている母の姿も見て取れる。

 おそらく、母の実家である伯父の家に、(たった今思い出したが)無断外泊した私のことで両親そろって出向いていたのだろう。

 告白のことで頭を占拠されていたせいで、伯父への連絡を失念してしまってたことを、今更ながらに後悔したところでもう遅い。

 もう、これは、諦めるしかないようだ。

 きっと時間にすれば、数秒か数十秒ほどの僅かな時間が途轍もなく長く感じられたが、お陰で諦めがついた。

 観念した私は、依然心配そうに私の様子を気遣わしげに窺ってくる窪塚に、ようやく返事を返すことができ。

「……あっ、うん。全然大丈夫。そこに両親がいるけど気にしなくていいから。なんかごめんね。それじゃあ」

 そのまま降車しようと思っていたのだけれど。

 言い終えた刹那、どういうわけだか、依然掴まれたままだった手首を尚も窪塚にぐいっと強い力で引き寄せられた。

 そして怖いくらいに真剣な面持ちを携えた窪塚から、

「おい、ちょっと待てよ。彼女の両親に一緒にいるとこ目撃されて、それをシカトして逃げ帰る彼氏がどこの世界にいんだよ? んなことできる訳ねーだろッ」

さも当然のことのように、表向きでしかない彼氏のクセに、もっともらしいことを言われた。 

 一瞬、納得してしまいそうになったが、寸前で、『いいや』と思い直して、早口でまくし立てる。

「否、だって、私たちはただのセフレでしかないんだから、挨拶なんてする必要ないでしょうが」

 すると、いつもの強引さを遺憾なく発揮してきた窪塚からの言葉によって。

「だったら、両親に俺のこと説明するのに、『ただのセフレだから気にしないで』とでも言うつもりか? 高梨、嘘つくの下手そうだし。言わなくてもすぐバレんぞ? そんなことになってみろ。今度こそ見合いさせられんじゃないのか? それでもいーのかよ?」

「ーーッ!?」

 医大を卒業して家を出る際に、両親と交わした約束のことを思いだしてしまった私は、それ以上、窪塚に反論することなどできずに押し黙ることしかできないでいた。

 窪塚が両親と交わした約束のことまで知っていたことには驚いたけれど、おそらく、一夜の過ちを犯してしまったあの夜に自ら話していたのだろう。

 その約束というのは。

 一つ、両親の元を離れて暮らすからには、自分の言動には責任を持つこと。

 二つ、何か困ったことがあれば、一人で解決しようとせずに、両親や周りの人を頼ること。

 三つ、特に異性との交際には留意すること。もしも何か問題が生じた時には、問答無用で、それ相応の相手と見合いさせる。

 というもので、三つ目に関しては、未だに子離れできない極度の心配性である父親が独断で決めたことだ。

  あの時は、私のことを心配してのことだとはいえ、外科医になることを猛反対されたことで、特に父への反発心から、家を何が何でも出たかったために致し方なく、家を出る条件として約束を交わしはしたが。

 まさか、こんなことになるとは。

 ーーあーあ、あんな約束するんじゃなかった。

 今頃になって、後悔していた私の耳に、窪塚から有無を言わせないというように気迫に満ちた低い声音が届いて。

「ボケーッとしてねーで、行くぞ」

「ーーへ!? 行くってどこに」

 その声に驚いた私が間抜けな声を放つと同時に、弾かれるようにして窪塚に目を向けると。

 ドキリとするくらい真剣な面持ちをした窪塚のこれまた真剣な強い眼差しに見据えられ、圧倒されてしまった私は、瞬きも身動ぎさえもできずにただただ見つめ返すことしかできないでいた。

 そんな有様の私に、トドメとばかりに、

「はぁ!? お前の両親に挨拶しに行くに決まってんだろうが。ほら、行くぞ」

相変わらずの威圧感半端ない気迫に満ちた低い声音で凄まれてしまい。

 少々躊躇い気味ではあったが、気づいたときには、えらく素直に「は、はい」なんてしおらしく応えていた。

 ーーど、どうしよう。メチャクチャ嬉しい。

 成り行き上とはいえ、当然のことのように躊躇することなく、両親に挨拶をすると言ってくれた、窪塚の男らしい言動に、非常事態だというのに、不謹慎にも、ときめいしてしまっていた私の胸はキュンキュンと鳴り響いてしまっていた。

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