90 / 111
#89 王子様からの贈り物 ⑸
しおりを挟む創さんは、恐縮しきりの私のことを自身の広くてあたたかな胸にそうっと抱き寄せると、”銀食器が贈り物とされるようになった謂れ”を静かに語り始めた。
「ヨーロッパの貴族が銀食器を愛用していた理由の一つは、毒殺を未然に防ぐためだったと言われている。というのも、銀には、青酸カリなどヒ素化合物に触れたとき化学反応を起こすという性質があるからだ。それから、晩餐会など客人を招いたときに、毒など入ってないから、どうぞ安心してください。そんな意味もあったらしいんだ」
私は創さんの身体から直に伝わってくる穏やかな声音に耳を傾けつつ。
――あっ、そういえば、そんな話どこかで耳にしたような気がする。
それに、銀食器は長時間放置しておくと変色したりするため、しっかりと手入れする必要がある。
すなわち、手入れをしてくれる忠誠心のある家臣を雇う財力があることの証。また、それを誇示する意味合いもあるんだっけ。
そんな謂れから、銀食器を使う家に生まれた赤ちゃんは幸せになれるともいわれていて。
『銀のスプーンをくわえて生まれてきた赤ちゃんは幸せになれる』
そんな言葉があるのも知っていたし、出産祝いに銀食器を贈るようになったということも知っている。
――でも、それをどうして私に、このタイミングでプレゼントしてくれたんだろう?
創さんの言わんとすることが掴めなかった私は、創さんの胸から顔を上げ。
「その話なら聞いたことあります。確か、手入れも大変で、裕福な家でないと管理できないことからも。銀食器には魔除けの意味もあったり、幸せの象徴でもあり。貴族にとっては、ステイタスでもあったんですよね? だから、出産祝いにもなっているくらいですもんねぇ」
創さんの言葉に補足するようにして、とにかく何が言いたいかを早く引き出そうと、その先を促すために放った私の声に、
「あぁ」
穏やかな声音で答えてから、ゆっくりと頷いて見せた創さんの表情は、どこか寂しげで。
胸がキュッと締め付けられるような心地がした。
――それに、なんだろう? さっきから胸がざわざわして落ち着かない。
妙な胸騒ぎに苛まれた私の元に、創さんの穏やかな声音がふたたび静かに届くのだった。
「菜々子が言ったように、銀食器は幸せの象徴でもある。菜々子には、幸せになって欲しいんだ。そんな願いを込めて用意したモノだ。だから、遠慮なく受け取って欲しい。そして使うたびに俺のことを思い出して欲しいんだ」
創さんの声音がいつになく穏やかで静かなものであるせいか。
そしてまた、妙な言い回しだったせいもあって。
さっきから妙な胸騒ぎを覚えてしまっていた私は、何かを考えるまでもなく、無意識に言葉を放っていた。
「あのう、どうしてそんな、まるで、今日でお別れみたいな言い方するんですか? それに私、今、充分すぎるくらい幸せですよ?」
そうしたら、創さんは、急に可笑しそうに豪快に笑い始め、いつもうっかり者の私に笑い飛ばしながらツッコミをお見舞いするようにして。
「ハハハッ、なんでだよ。深読みしすぎだ。これから結婚するってのに、そんな訳あるはずないだろう? バカだな。
実は、この休みが終わったら、海外出張に行かなきゃならない。それで、このマンションに菜々子をひとり残してはいけないから、明日からしばらく実家に戻ってて欲しいんだ。恭平さんともゆっくり話したいだろうし。
まぁ、結婚前の家族団らんを楽しんで欲しいってことだ。それで、おそらく式の直前まで会えないと思う。その間、浮気なんてするなっていう、魔除けの意味と、今よりもっともっと幸せにしたいって意味でもあるし。それを使うときに俺のことを思い出して、俺の居ないあいだの寂しさを紛らわせて欲しいってことだ」
いつになく明るいおどけるような声音でそう言ってきた創さんの言葉に。
――なんだ。そういう意味だったんだ。急に変なこと言い出すから吃驚した。
でも、それならそうと、もっと早く言ってくれればよかったのに。
「もう! 吃驚するじゃないですか。どうして早く言ってくれなかったんですか?」
ホッと胸を撫で下ろしてすぐ、不服に思った私がムッとして放った声にも、創さんは可笑しそうに笑ってから。
「だってしょうがないだろう? 準備はいつも通り菱沼に任せてあったし、菜々子と過ごすのがあんまり楽しくて。俺もさっき、このカトラリーが届くまですっかり忘れてたくらいだからな」
少しも悪びれることなく、さっきの寂しそうな表情はなんだったのかと思うくらい、創さんの表情と声は、いつも以上に明るいものだった。
「なんだ。そうだったんですか」
確かに、私も初デートに浮かれまくっていたから、創さんの気持ちも理解できる。
だからその後は、これまで同様に、フォンダンショコラを食べさしあいっこしたりして、楽しいひと時を過ごしていたのだけれど。
その間にも、創さんと想いが通じ合ったあの夜から、抱きしめたりキスはしてくれるのに、私にそれ以上は一度も触れようとしない創さんのことが、どうにも気にかかっていたこともあり、もうすっかり意識はそちらへとシフトしてしまっていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる