拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村 美海

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#92 父として ⑴

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 いつしか朝を迎えてしまっていたようで、いつも通りスマートフォンのアラーム音が『早く起きろ』と容赦なく急かしていたようだったけれど。

 創さんと過ごした極甘のひと時のお陰で、身体は怠くて重いし眠いわで、どうやら寝惚けていたらしい私は無意識にアラームを解除し、創さんのあたたかな腕の中でふたたび深い眠りの世界へ誘《いざな》われていたようだ。

 今度こそ目を覚ました私がまだ気怠さの残る身体で、のろのろと起き上がった時には、もう既に創さんの姿どころか、ぬくもりさえも残ってはいなかった。

 微睡みのなかで、創さんが、

『じゃあ、行ってくる。元気でな』

そう言って私の額にそうっと触れるだけのキスを降らせてくれたような記憶がまだ微かに残っている。

 けれどあまりに曖昧で、あれは夢だったのか現実だったのか……。

 シーンと静まりかえった広い寝室の中をぼんやりと見渡しているところに、枕元に置いてあったスマートフォンの電子音が鳴り響いて、その音にビクッと肩を跳ね上げた私の意識はそこで瞬時に覚醒し。

――ど、どうしよう。

 朝食の準備どころか、しばらく逢えなくなっちゃうのに、創さんを見送ることもできなかったなんて、もう最悪だ。

 目覚めると同時、自分のやらかしに落胆し、あんなに幸せモード全開でピンク一色だったのに、朝から気分は灰色一色だった。

 そんな私のことなど知ったことかというように、着信を知らせるスマートフォンの電子音はやけにしつこく鳴り響いている。

――あっ、もしかして創さんかも。

 慌てて引き寄せたスマホの画面に、自分で登録してあった『死神』という文字が見て取れた途端。

「なんだ菱沼さんかぁ」

 ガッカリしてしまった私が悪態をつきつつも着信に応じたところ。

『やっと目を覚ましたようだな。一〇時に迎えに行く。それまでに準備しておけ』

 腹の立つくらい落ち着き払った冷たい声で監視カメラでも仕込んであるのかと思うような菱沼さんの鋭い指摘に動揺しつつも時計を確認すると、菱沼さんに告げられた時間までもう三十分もない。

 慌てて飛び起きて準備に奔走したのが功を奏し、五分ほど前にお馴染みの黒塗りの高級車の後部座席に乗り込むことができ、なんとか間に合ったと、ふうと息を吐いて菱沼さんの声に耳を傾けていた。

 菱沼さんの話によると、創さんは会社で諸々の用事を済ませてから、その脚で空港に向かうため、私には同行できないということで、菱沼さんに託してくれていたらしい。

 『パティスリー藤倉』での父親との対面には、創さんの代わりに、伯母夫婦と恭平兄ちゃんが立ち会ってくれることになっているらしかった。

 そうして今、『パティスリー藤倉』の自宅の客間である和室にて、父親との対面を果たしているのだけれど。

 どういう訳か、そこには桜小路家のご当主であり創さんの父親でもある、創一郎さんの姿もあった。

 それだけでも吃驚なのに、私が到着してからずっと沈痛な面持ちで背筋を正していた創一郎さんは、全員が揃うと同時、私の眼前で土下座すると。

「今日は創の父として、愚息の不始末を詫びに参りました。創から聞きました。まさか、菜々子ちゃんのことを人質にしていたなんて。その上、身代わりにしようとしていたなんて、つい先程義兄からその旨を聞き、大変驚きました。呆れ果てて返す言葉もございません。この度は本当に申し訳ございませんでした」

 畳に額をこれでもかというように擦りつけたままで謝罪の言葉を並べ立てた。

 土下座なんてするものだから、一体何事だろうかと慄いていたのだけれど、どうやら創さんが私のことを人質にした件で謝ってくれているらしい。

 けれども、どうやらそれだけではないようで、『身代わり』なんて言葉がご当主の口から飛び出してきた。

 確かに、人質にされてはいたけれど、『身代わり』にされた覚えは一切ない。

「あのう、『身代わり』ってどういうことですか?」

 疑問を口にした私の言葉に応えてくれたのは、これまで静観を貫いていた父親の方だった。

「創くんは誤解していたようだが。実は、君は僕の娘ではないんだよ。君の父親は、十五年前に亡くなった僕の弟でね。そのせいか、僕の娘の子供の頃に君がよく似ているんだよ。けどまさか、本当に身代わりにしようとしていたなんてね」

 父親だったと思っていた人が実は父親のお兄さんで、父親は既に亡くなっているのだという。

 それから、人質だけでなく、道隆さんの娘である『咲姫』さんの身代わりにまでされていたなんて……。

 ちょうどそこへ、桜小路家へ挨拶に行った折、創さんの部屋で目にした道隆さんの娘さんである咲姫さんだと思われる、私によく似た女の子の写真が脳裏に浮かび上がってくるのだった。

 いっぺんに色んな情報が激流の如く流れ込んできて、ただでさえ収集がつかないのに、ショックを隠せないでいる私の頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。

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