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#20 ブランマンジェのその前に ⑵
しおりを挟む何がどうなっているのか状況がさっぱり掴めず、私はただ呆然と突っ立っていることしかできずにいた。
けれど真っ青な桜小路さんの顔色に、ただ事じゃないというのが窺えて、慌てて駆け寄れば。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「……み、水をくれ」
荒い呼吸の合間でそう訴えてきた桜小路さん。
その声に弾かれたようにマッハの早さで疾走しキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを手に戻ってきた私。
それを受け取った菱沼さんの手には既に錠剤が用意されていて、その連携プレイが功を奏し。
現在、リビングのソファにふんぞり返っている桜小路さんは、もうすっかりいつもの調子を取り戻している。
そして桜小路さんの隣には菱沼さんが居て、その向かいのソファに腰を下ろした私は、菱沼さんからさっきの説明を受けているところだ。
なんでも、桜小路さんは幼少の頃に小児喘息を患っていたらしく。元々アレルギー体質だっとことが災いして、さっきのように時折アレルギー発作を起こしてしまうんだそうだ。
そしてその項目も、大人になるに従い少しずつ増えていったらしい。
「化学物質……過敏症……ですか?」
「あぁ。おそらく創様の継母がつけていた香水に入っている化学物質でアレルギー発作を起こしたようだな」
「そうだったんですか。でも、帰って何時間も経ってるのに」
「あの方はいつも強烈だからな」
「あぁ、だから愛梨さんが換気換気って何度も言ってたんだぁ」
【そうよ】
「だったら説明してくれたら良かったじゃないですか」
【あら、だって、菜々子ちゃんは知ってると思ってたから】
「ーーん? 誰が何を言ってたって?」
「あっ、いえいえ、なんでもありません。はい」
菱沼さんに説明を受けてはいるんだけれど、私たちの居るソファの傍に置かれている小洒落たサイドテーブルの上には、カメ吉こと愛梨さんが入った外出用の水槽が置かれている。
私からすると、菱沼さんと愛梨さんと三人で喋っている格好となる。
というのも、少しでも桜小路さんの傍に居たいという愛梨さんに泣く泣く懇願されて、私がお連れしているからだった。
どうも話に夢中になって、愛梨さんの言葉にも応えてしまっていたらしい私の様子が、菱沼さんにはふざけているように見えてしまったんだろう。
「なんなんだ? お前は。創様が大変な目にあわれたというのに、さっきからブツブツと」
「あー、それはだって、そんなこと知らなかったんで、吃驚しちゃって。私、吃驚するとブツブツいうクセがあって」
「はぁ? なんだと、チビ。お前は人をおちょくってんのかッ!」
「いえいえ、そんな。滅相もない」
なんとか上手に誤魔化すつもりが、菱沼さんを余計に苛つかせ、とうとう怒らせてしまったようだ。そこへ。
「うるさい、黙れッ!」
ソファでふんぞり返って我関せずといった様子で、優雅にコーヒーの入ったカップを傾けていたはずの桜小路さんが怒声を放ち。
「私としたことが、申し訳ありませんでした」
「す……すみませんでした」
ようやくだだっ広いリビングダイニングが静かになったと思いきや。
「もういい。それより、お前はここに来て一度も化粧をしていないようだが、どうしてだ?」
「――へ!?」
唐突に桜小路さんから、化粧っ気のない私へと質問が投げかけられても、なんの心づもりもできていなかった私は、頓狂な声同様、鳩が豆鉄砲でも食らったような間抜けな顔をしているに違いない。
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